ヒロ

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人間なんて脆いものだ。
転べば血が出るし、大怪我ともなれば簡単に死んでしまう。僕たち吸血鬼の頑丈さに比べたら吹けば飛ぶようなか弱さだ。

それだと云うのに、僕の大家さんときたら人間の癖に無鉄砲で。
拉致されたビルから自力で脱出しようと大暴れ。
見張りの半数をのしたところまでは良かったけれど、大立ち回りした本人も力尽きてそこでダウン。
幸い致命傷こそ少なく済んだから良いものの、探し出して早々、ぐったりと大の字に倒れ込んだ彼を目にしたときは血の気が引く思いだった。
「本当にもう。にんにくも十字架もないのに、びっくりしてこっちが死んじゃうかと思ったよ! あんな無茶はもう絶対にしないで!」
「あ痛っ! 手当てするなら叩くな馬鹿!」
「はいはーい。怪我人は黙っててくださーい」
湿布を貼り付けるついでにもう一発引っ叩けば、傷に響いた彼が小さく呻く。
まったく、こっちの気も知らないで良い気味だ。僕が到着するのが遅れていたら、こうして二人で事務所へ帰ってくることも叶わなかっただろうに。少しは反省してほしい。
「――おまえさ」
「はいはーい。文句は受け付けませーん」
「違う。おまえ、あんなに強かったのかよ」
「へっ?」
てっきり手荒い手当てに対する苦情かと思ったのに。そうではない、急な問いかけに思わず変な声が出た。
弾みで顔を上げると、僕を見下ろす彼と目が合った。からかう訳でもなく、ただ僕を見る。その表情に、続けようとした軽口も引っ込んで、逆に僕の方が黙り込んでしまった。
少しの間があって。ため息を吐いた彼は視線を外し、手当てのために腰かけていたソファーへ深く沈んで背中を預けた。そうしてそのまま天井を仰ぎ見、言葉を続ける。
「さっきさ。助けてくれたとき、おまえ滅茶苦茶強かったじゃん。阿呆のふりして、本当は凄い奴だった訳?」
「あ、阿呆って。酷いこと言うなあ」
相変わらずに口が悪い。それでいて真っ直ぐに疑問をぶつけられ、どう答えて良いか分からずに、お愛想のように苦笑いがこぼれた。
「うーん。凄い、かあ。どうだかなあ」
へらりと笑って曖昧に返す。彼が言うところの阿呆のふり、とやらだ。
そんなつもりは無いのだけれど、実のところ、彼にどこまで話して良いものか迷っているというのも事実である。
首を傾げたまま目を閉じて、遥か昔に閉じた記憶の扉を押し開ける。

実際、凄くはあったのだろう。
力が強く、能力も高い。一族始まって以来の神童などと呼ばれもした。
何かにつけては担ぎ上げられ、延いてはその恩恵を得ようと、周りの者はとかく躍起になったものだ。

けれども、そんな一族の期待にそぐわずに、そもそもの渦中の僕は争いを好まなかった。
力を誇示して脅かすこともなければ、他者を従えることすらしようとしない。誰かを蹴落とすだなんてもってのほか。
おまけに聡く、言葉巧みに傀儡にしようとする悪意を退けては先回り、なかなか皆の思惑通りには進まない。
無理矢理言うことを聞かせようにも、誰も僕には太刀打ち出来ないのだから、事はいつまで経っても堂々巡り。
頑な僕に業を煮やし、いつしか皆の期待と関心は薄れていく。
鳴かぬ鳥に用はない。使えぬ駒は捨てられるのだ。

斯くして皆の反感を買い、一族きっての神童とは過去の話。
僕は一族始まって以来の厄介者に成り下がった。
一部の者は未練がましく僕の力に固執していたが、やがては彼らの煩わしい干渉もなくなって、利用価値のない僕は晴れて自由の身と相成った。

その後は一族を離れて引きこもり。
それにも飽きると、拠点を転々と移しては人と関わって。頃合いを見て、人外の噂が立つ前に引きこもる。
それを幾度と無く繰り返して、永い時を過ごしてきた。
人の成す世は面白い。
僕がのらりくらりとしている間にも、何度も技術革命が巻き起こり。
最近ではスマホの登場に、ネット通販サービスの向上と宅配ロッカーなんてものまで現れて。
お陰さまで、日中に活動の出来ない僕のような者にも優しくて、随分住みやすい時代となってきた。

とりわけ、今の大家の彼と出逢ってからの毎日は楽しくて。
早々に吸血鬼とばれたのは予想外だったものの、その後恐れて僕を敬遠する訳でもなく、寧ろ隠れて住む場所に困った僕を下宿人として招き入れてくれたときは驚いたものだ。
今では僕を仕事の相棒として認めてくれてまでいるのだから、こんなに嬉しいことはない。
まあ、ぶっきらぼうにドライな性格を気取っている彼だから、感謝の気持ちを伝えたところで、素直に受け取ってくれやしないだろうけれどね。

そうして今日。
大切な友を拐われて、流石の僕も頭に血が上ってしまったようだ。
力を使ったのはかなり久しぶりで。
加減が掴めず、人間相手にちょっと大人げなかったかもしれないから、彼が驚いたのも無理はないだろう。
でもまあそこは、先に危害を加えてきたのはあちらさんなので。相応のお仕置きということで勘弁してもらおうか。
長い間ずっと宝の持ち腐れだった僕の力も、彼を助けることに役立ったのならば何よりだ。

「――おい。いい加減、何か喋れよ」
彼の質問にはっきり答えないまま黙りこくり。
終いにはニマニマと声なく笑い出した僕を気味悪がって、渋い顔で彼が眉根を寄せた。
まったく、そんな顔をして。
内心、答えにくい質問をしてしまったのか、などと考えて後悔しているのだろう。
本当、僕と似てお人好しなんだから。
「うふふふふ。まあ、いざとなればまた僕が助けてあげるけれど。でもね、今日みたいな無茶は二度としないでよ!」
「言われなくても、あんなヘマはもうしねーよ」
「本当に~?」
彼の言葉をからかって、手当ての仕上げにくるくると包帯を巻いていく。

僕は吸血鬼で、君は人間。
寿命の違いはもう仕方の無いことだけれど。
頼むから、あんまりハラハラさせないでね。
僕の大事な大家さん。


(2024/05/05 title:031 君と出逢って)

5/6/2024, 9:58:37 AM