ヒロ

Open App

疲れた。ああ疲れた!
あのくそ野郎、チョロチョロ移動しまくって。尾行して追っかけるこっちの身にもなれってんだ。
おかげで浮気の証拠はばっちり揃ったが。
何が休日出勤の出張だ。こんな夜中まで女と遊び回りやがって。
絶対ばれねえと思って安心してんだろうな。
全然振り返りもしねえし。
だいたい、奥さんはとっくに感付いてんだよ。おめでたい奴。舐めんじゃねえよ。
俺が一部始終を見ているとも露知らず。
件のカップルは別れ際にしっかり抱き合うと、互いに投げキッスまで残して漸く側を離れて行った。
「さて、と」
今のもしっかり写真に納めたし、これでこの件も粗方終わりだな。
あとは依頼人と連絡取って、調査結果を報告すれば終了だ。
俺もさっさと帰るとしよう。
二人の後を追っている間に日付も変わって、時刻はもう深夜一時近くとなっていた。

疲れた。すっげえ疲れた。
奴らを追いかけ回った肉体的な疲労も勿論だが、奥さんの気持ちなんか微塵も考えていない、馬鹿騒ぎみたいなデートには吐き気がして、こちらまでごっそりメンタルが削られた。
仕事だからとやりきりはしたが、しばらく浮気の素行調査はやりたくねえな。
報告書のまとめは一旦置いといて、今はとにかく帰って休みたい。
事務所まで帰る道すがら、ただそれだけを考えて暗い夜道を急ぎ車を走らせた。
それなのに。

「おっかえり~!」
事務所に到着して早々。
扉を開けるなり、騒がしい馬鹿と爆ぜるクラッカーが俺を出迎えた。
奴が夜に元気なのは元々だ。吸血鬼の性だから仕方がない。
それにしても、今日は一段と浮かれている。
満面の笑顔の馬鹿の頭の上にはパーティー用の三角帽子。
視線を外してその後ろを伺えば、来客用テーブルにはサラダに始まって肉料理、高い酒までが所狭しと並んでいた。
「――何だこれ」
訳の分からない状況に、疲れでツッコミも追い付かない。
戸惑う俺を他所に、元凶の馬鹿は「え~ノリ悪~い」とブー垂れた。
「いやマジで。何のパーティーだ? 騒ぎたいなら昼間にしろよ。夜中だぞ」
「やだー。ちょっと、何そのリアクション。まったくピンとも来てないの? 人間は短命だけど、流石に呆けるにはまだ早いでしょ。しっかりしてよ探偵さん」
「ちょ、やめろって!」
奴が近付いて、からかうように頬を突っつかれる。
うざい煽りから逃れるため、立ち尽くしていた入り口から中へ進んで遠ざかる。
そうして初めて、壁に掲げた日めくりの日にちが目に留まった。
依頼人から謝礼と一緒にもらって、何となく下げているだけのカレンダー。
めくり忘れることも多いその日めくりが、今はしっかりと更新されている。壁のパーティー飾りと一緒にデコられて、電飾に彩られピカピカと輝いていた。
日付が変わった今日は――。

「俺の、誕生日?」
漸く合点がいった。
振り向けば、にんまりと笑った相棒とばっちり目が合う。
「そうだよー。やっと気が付いてくれた?」
「俺、おまえに教えたか? 誕生日なんて」
「バーのお姉さんに聞いたんだよ。あと、念のため間違ってると恥ずかしいから、君が寝ている間に免許証を失敬してね」
マジか。油断も隙もあったもんじゃない。身内とはいえ、所持品管理には気を付けねえと。
「さあさあ。これで理由は分かったでしょ! いつもお世話になってるし、一番にお祝いしたかったんだ~。早く食べよ!」
呆気に取られている間に背中を押され、テーブル前のソファーに座らされた。
御馳走の匂いに釣られて腹も鳴る。
そういえば、見失わないように尾行するのに必死で、昼から飯を食べ損ねたままだった。自覚した途端に食欲も沸いてくる。
あんなに疲れていたはずなのに、こいつの陽気に引き摺られて、いつの間にか体も少し軽くなっていた。
「――そうだな。食うか」
誕生日パーティーなんて柄じゃねえけれど、たまには誘いに乗ってやるのも悪くない。
珍しく素直にグラスを取った俺に、向かいの相棒もぱあっと笑顔を輝かせた。
ワインをついで、グラスを掲げる。
「誕生日、おっめでとー!」
「恥ずいわ馬鹿」
口ではいつものように毒づいて、グラスを鳴らして乾杯した。
一口飲み干して、ふと疑問が浮かぶ。
「そう云えば、おまえこそ、歳いくつなんだ?」
「えっ今それ聞くの? そこはミステリアスなままで良くない?」
「勝手に免許証見た奴がそれ言うか?」
「ノ、ノーコメントで!」

二人で騒いで酒を煽る。
ずっと独りの仕事だったけれど、こうして笑う相棒が居るのも良いもんだ。
ま、吸血鬼で不老のじーさんだけど。
いつかこいつの誕生日も暴いてやるか。


(2024/05/17 title:036 真夜中)

5/18/2024, 9:59:21 AM