ヒロ

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5/6/2024, 9:58:37 AM

人間なんて脆いものだ。
転べば血が出るし、大怪我ともなれば簡単に死んでしまう。僕たち吸血鬼の頑丈さに比べたら吹けば飛ぶようなか弱さだ。

それだと云うのに、僕の大家さんときたら人間の癖に無鉄砲で。
拉致されたビルから自力で脱出しようと大暴れ。
見張りの半数をのしたところまでは良かったけれど、大立ち回りした本人も力尽きてそこでダウン。
幸い致命傷こそ少なく済んだから良いものの、探し出して早々、ぐったりと大の字に倒れ込んだ彼を目にしたときは血の気が引く思いだった。
「本当にもう。にんにくも十字架もないのに、びっくりしてこっちが死んじゃうかと思ったよ! あんな無茶はもう絶対にしないで!」
「あ痛っ! 手当てするなら叩くな馬鹿!」
「はいはーい。怪我人は黙っててくださーい」
湿布を貼り付けるついでにもう一発引っ叩けば、傷に響いた彼が小さく呻く。
まったく、こっちの気も知らないで良い気味だ。僕が到着するのが遅れていたら、こうして二人で事務所へ帰ってくることも叶わなかっただろうに。少しは反省してほしい。
「――おまえさ」
「はいはーい。文句は受け付けませーん」
「違う。おまえ、あんなに強かったのかよ」
「へっ?」
てっきり手荒い手当てに対する苦情かと思ったのに。そうではない、急な問いかけに思わず変な声が出た。
弾みで顔を上げると、僕を見下ろす彼と目が合った。からかう訳でもなく、ただ僕を見る。その表情に、続けようとした軽口も引っ込んで、逆に僕の方が黙り込んでしまった。
少しの間があって。ため息を吐いた彼は視線を外し、手当てのために腰かけていたソファーへ深く沈んで背中を預けた。そうしてそのまま天井を仰ぎ見、言葉を続ける。
「さっきさ。助けてくれたとき、おまえ滅茶苦茶強かったじゃん。阿呆のふりして、本当は凄い奴だった訳?」
「あ、阿呆って。酷いこと言うなあ」
相変わらずに口が悪い。それでいて真っ直ぐに疑問をぶつけられ、どう答えて良いか分からずに、お愛想のように苦笑いがこぼれた。
「うーん。凄い、かあ。どうだかなあ」
へらりと笑って曖昧に返す。彼が言うところの阿呆のふり、とやらだ。
そんなつもりは無いのだけれど、実のところ、彼にどこまで話して良いものか迷っているというのも事実である。
首を傾げたまま目を閉じて、遥か昔に閉じた記憶の扉を押し開ける。

実際、凄くはあったのだろう。
力が強く、能力も高い。一族始まって以来の神童などと呼ばれもした。
何かにつけては担ぎ上げられ、延いてはその恩恵を得ようと、周りの者はとかく躍起になったものだ。

けれども、そんな一族の期待にそぐわずに、そもそもの渦中の僕は争いを好まなかった。
力を誇示して脅かすこともなければ、他者を従えることすらしようとしない。誰かを蹴落とすだなんてもってのほか。
おまけに聡く、言葉巧みに傀儡にしようとする悪意を退けては先回り、なかなか皆の思惑通りには進まない。
無理矢理言うことを聞かせようにも、誰も僕には太刀打ち出来ないのだから、事はいつまで経っても堂々巡り。
頑な僕に業を煮やし、いつしか皆の期待と関心は薄れていく。
鳴かぬ鳥に用はない。使えぬ駒は捨てられるのだ。

斯くして皆の反感を買い、一族きっての神童とは過去の話。
僕は一族始まって以来の厄介者に成り下がった。
一部の者は未練がましく僕の力に固執していたが、やがては彼らの煩わしい干渉もなくなって、利用価値のない僕は晴れて自由の身と相成った。

その後は一族を離れて引きこもり。
それにも飽きると、拠点を転々と移しては人と関わって。頃合いを見て、人外の噂が立つ前に引きこもる。
それを幾度と無く繰り返して、永い時を過ごしてきた。
人の成す世は面白い。
僕がのらりくらりとしている間にも、何度も技術革命が巻き起こり。
最近ではスマホの登場に、ネット通販サービスの向上と宅配ロッカーなんてものまで現れて。
お陰さまで、日中に活動の出来ない僕のような者にも優しくて、随分住みやすい時代となってきた。

とりわけ、今の大家の彼と出逢ってからの毎日は楽しくて。
早々に吸血鬼とばれたのは予想外だったものの、その後恐れて僕を敬遠する訳でもなく、寧ろ隠れて住む場所に困った僕を下宿人として招き入れてくれたときは驚いたものだ。
今では僕を仕事の相棒として認めてくれてまでいるのだから、こんなに嬉しいことはない。
まあ、ぶっきらぼうにドライな性格を気取っている彼だから、感謝の気持ちを伝えたところで、素直に受け取ってくれやしないだろうけれどね。

そうして今日。
大切な友を拐われて、流石の僕も頭に血が上ってしまったようだ。
力を使ったのはかなり久しぶりで。
加減が掴めず、人間相手にちょっと大人げなかったかもしれないから、彼が驚いたのも無理はないだろう。
でもまあそこは、先に危害を加えてきたのはあちらさんなので。相応のお仕置きということで勘弁してもらおうか。
長い間ずっと宝の持ち腐れだった僕の力も、彼を助けることに役立ったのならば何よりだ。

「――おい。いい加減、何か喋れよ」
彼の質問にはっきり答えないまま黙りこくり。
終いにはニマニマと声なく笑い出した僕を気味悪がって、渋い顔で彼が眉根を寄せた。
まったく、そんな顔をして。
内心、答えにくい質問をしてしまったのか、などと考えて後悔しているのだろう。
本当、僕と似てお人好しなんだから。
「うふふふふ。まあ、いざとなればまた僕が助けてあげるけれど。でもね、今日みたいな無茶は二度としないでよ!」
「言われなくても、あんなヘマはもうしねーよ」
「本当に~?」
彼の言葉をからかって、手当ての仕上げにくるくると包帯を巻いていく。

僕は吸血鬼で、君は人間。
寿命の違いはもう仕方の無いことだけれど。
頼むから、あんまりハラハラさせないでね。
僕の大事な大家さん。


(2024/05/05 title:031 君と出逢って)

5/5/2024, 9:58:47 AM

部屋の掃除に洗濯と。
仕事にかまけて溜め込んでいた家事をひたすら片付けて。
いつの間にか、高く昇っていた日も傾いて時刻は夕暮れ。
五月には似つかわしくない猛暑も和らいで、開け放った窓からは、昼間と打って変わった爽やかな風が吹き込んだ。
片付けそびれたまま、秋どころか冬と春も越した風鈴が揺れて、涼しげに凛と音を鳴らす。
そのぼんやりとした音を遠くに聞いて、うっかり眠りこけていたことに気が付いた。

ああ、近頃また忙しかったからな。寝落ちてしまっても仕方がないか。
ただどうにも眠たくて。折角開きかけた瞼も、うとうとと再び閉じてしまう。
そんな主人を起こそうと、腹を空かした飼い猫がすり寄ってにゃあと鳴いた。

「しーっ。駄目よ、お疲れなんだから。もう少し寝かせてあげて」
その言葉に続き、ふんわり肩へと柔らかいものを被せられた感覚と。
ことんと床に物が置かれた音に飛び起きた。
この部屋は、俺以外に同居人は猫しか居ない。

「だ、だっ」
眠気は吹っ飛び、頭も冴える。
反射で誰だと叫びたかったのに、寝起きの渇いた喉では言葉が上手く続かなかった。
慌てる主人にはお構い無く。
薄情な猫は用意された餌に飛び付くと、嬉しそうに尻尾を振って食べ始めた。
肩からずり落ちたブランケットを握り締め、ごくりと唾を飲み込んだ。
「今の、声は――」
誰だなどと問わずとも、本当は誰かだなんて分かっていた。忘れるはずが、ない。
あれは、半年前に亡くなった、俺の大事な恋人の声だ。
周りを見渡したところで姿が見えるはずもなく、狭い部屋には間抜けな俺と、ご機嫌な猫が一匹床に座っているだけだ。
「ちゃっかり餌まで貰ってよ。おまえには見えてんのかね、元ご主人が」
マイペースに食事を続ける猫が羨ましくて、くしゃくしゃと頭をなで回す。
邪魔された猫はへそを曲げて、にゃあと鳴いて俺の手を振り払った。
そうしていれば、再び窓から風がぶわっと吹き込んで、じゃれる俺たちを宥めるようにして間をすり抜けた。

「ありがとう」

吹き抜ける一瞬。
もう一度彼女の言葉が耳に届き、俺が猫にそうしたように、頭をぽんと撫でられる感覚が確かに伝わった。
その懐かしい声と温もりに、思わず目頭が熱くなる。
「ありがとう、だなんて」
そんな言葉、俺が貰って良いのだろうか。
恋人が殺されて、捜査本部が立ち上がっても、彼女と近しい関係だった俺は捜査へ直接的には関われず。
不甲斐ない俺に出来たのは、代わりに敵討ちだと張り切る後輩や警部たちを陰ながら援護することくらいで、歯がゆい思いで事件の行方を見守った。
彼らの頑張りの甲斐あって、漸く犯人逮捕に繋がったが、事件解決となるまでに、彼女の他に二人の命が犠牲となった。
これで良かったのだろうかと、解の無い悶々とした気持ちをずっと抱えて過ごしてきた。
こんな結末でも、彼女の無念は晴れたのか?
もしそうであるのならば、俺も幾分か溜飲が下がる。
彼女を守れなかった俺に喜ぶ権利など無いかもしれない。
先ほどの声も都合の良い幻聴だったかもしれない。
しかしながら、それでは用意された餌とブランケットの説明がつかなくて――。
拳で涙を拭い、呟いた。
「また、な」
黄昏時に迷い込んだ風に耳を澄ましても、さわさわと心地良い音が耳を撫でるだけ。
彼女の声はもう、聞こえなかった。


(2024/05/04 title:030 耳を澄ますと)

4/30/2024, 9:58:02 AM

場にそぐわない。華やかな香りが鼻先をかすめ、思わず俺は歩みを止めた。
「先輩、どうしたんすか?」
先を歩いていた後輩が、立ち止まった俺を訝しんでこちらを振り返る。
「あ、いや。何か濃く匂わないか?」
「匂い?」
俺の言葉に釣られ、後輩もひくひくと鼻をひくつかせた。
何か。だなんて白々しい。
後輩に聞くまでもなく、刑事の勘が、最悪の事態を想定して警鐘を鳴らす。
落ち着け。早まるな。まだそうと決まった訳じゃない。

俺の焦りに気付かずに、後輩は、ああ! と相槌を打ち、捜査手帳をめくって話し出した。
「香水の香りですよ。この先で死んでる仏さん、倒れ込んだ拍子に鞄の中の香水も一緒に割れちまったみたいで。それがここまで香ってき――て 、ちょっと先輩! どうしたんすか!」
後輩の報告を皆まで聞かず。
無意識に足早となった俺を、後輩が慌てて追いかけて来た。
冷静になろうとする気持ちと反比例して、心臓はばくばくと早鐘を打ち始める。

落ち着け。偶然だ。
黒髪の女なんて五万と居る。
荷物に香水を持ち歩く女なんてそこら中に居るだろ。
だから、きっと違う。
たまたま俺が彼女にプレゼントした香水と、同じ香りのものを持ってる人だって沢山居るさ。
だから――!

「先輩!」
犯行現場に辿り着くや否や。無様にも膝から崩れ落ちた俺を、追いついた後輩がすんでのところで支えてくれた。
目の前には、女性のご遺体。
違ってくれ、という願いは虚しく打ち砕かれ。
割れてしまった香水瓶を、大事そうに抱えて眠る。愛しい恋人の姿がそこにはあった。

――ありがとう。大切に使うわ。

現実を目の当たりにした今でさえ。昨日会ったばかりの彼女の笑みがありありと思い出される。
手を振って、いつものように別れた後に、君は――。
「どうして――!」
人目をはばからず、悲しみのままに吠えた俺の慟哭が、公園内にこだまする。

彼女へ贈った香水の香りが風に乗り、辺りにこびりつく鉄の臭いを掻き消した。
その強さはまるで、泣きじゃくる俺を、優しい彼女が慰めてくれているかのようにも受け取れて。
濃く広がる香りに、堪らず涙が零れ出た。

その日、恋人の死を皮切りに。
忘れもしない、連続婦女殺害事件が幕を開けたのだ。


(2024/04/29 title:029 風に乗って)

4/26/2024, 6:44:19 AM

嗚呼、神さま仏さまガチャの神さま。
無課金貫いて貯め込んだ無償コイン。
全部注ぎ込んで賭けるから、どうか推しのレアカードを我が手に~!

心の中で何度も念じ、意を決してキャンペーンガチャのスタートボタンをタップした。
たかがゲームに何を大袈裟な?
いえ、至ってこちらは真剣です。
推しのイベント十連ガチャを回すため、他の魅力的なガチャを幾度と無く我慢して、必死に貯めたコインなのだからね。
やっと巡り合わせた使いどころ。これで全部外れたりしたらきっと泣く。
すがれるもの有れば何でもすがりますって。

画面はキラキラと切り替わり、ガチャを盛り上げるエフェクトとして、数多の流れ星が次々と降り注ぐ。
結果を待つ間が待ちきれなくて、無意味に星をタップしまくって何重にも願をかけ続けた。
来い。来い。来い!
星々の演出も徐々にフェードアウトし、画面の奥から順にガチャの結果が明かされる。
一枚目、二枚目、三枚目――。

「キター!」

雄叫びを上げた私に驚いて、同じくリビングに居た母がぎょっとして私を振り向いた。
念願叶い、五枚目にて待ちかねた推しとご対面。
う、うわあ。か、格好良い!
嗚呼! ありがとう、神さま仏さまガチャの星たち。
これでメインイベント終章にも立ち向かえる。
必ず世界を救ってみせるから。
最終戦まで見守っててね!


(2024/04/25 title:028 流れ星に願いを)

4/25/2024, 9:59:02 AM

う~む。
誰も居ない職場で独り唸る。

先に帰った他の皆に倣い、私も残業を切り上げ帰ろうと席を立った。
着替えて荷物をまとめ、いざ店舗を出ようとしたところで、「そういえば、来月のシフトは確定したのか?」と気にかかり歩みを止める。
数歩後退って、伝言の類いがまとめてあるデスクを確認して冒頭の唸り声に至る。

――これは、良いのか?
首を傾げて一枚の紙切れを前に眉根を寄せた。
来月のシフト表はまだ完成していなかった。
代わりに、皆の休み希望を聞き取った紙が一枚放置されていていたのが目に留まる。

日曜祝日を除いて年中営業。お盆休みは無く、三ヶ日含めて年末年始の休みが五日間冬にあるくらい。医療機関ゆえに、元より世間のような長いゴールデンウィークとは無縁の職場である。
そういう条件の中で、前もって希望を聞き取りながら、日曜含めて週休二日になるよう皆の公休を回している。
希望が却下されることはあまり無く、ほぼ希望通りでシフトを組まれるのがうちの職場だ。
まあ、混雑の予想が立っている日にちや曜日を外したりと、店舗の事情を暗黙の内に汲みながら出されている希望なので、皆の要望が通って当たり前、とも云えるのだが。
だがしかし。私の視線は某一点、とあるスタッフの希望欄に集中する。

この希望は、有りなの、か?

繰り返しになるが、うちの職場に世間のような長い休みは無い。
有ったとしても、運良く公休が祝日や日曜と繋がるか、元々そういった希望を出した場合に限られる。
誰だって、連休は長い方が嬉しい。
けれども、ゴールデンウィーク、独りで前後の日にちを公休と有給で挟んで希望出すって有り?
五月だけならまだしも、この人、四月のゴールデンウィーク初日の土日月も、同じ手で土曜から火曜を連休にしているのは既に確定している。
その上、五月までも、なの?
休みは労働者の権利であるし、本当に予定があるなら批判して申し訳ないが、他のスタッフからの心証は考えないのだろうか。

何せ、今回の話だけではないのだ。
この御仁、去る年末年始休暇のときも同じで、独り一週間の長期休暇であった。
加えて毎月土曜日の公休希望も常習である。
そりゃあ、土曜日休みの方がプライベートの予定も組みやすいだろう。
けれども、一ヶ月に土曜は四回、多くて五回。
スタッフの人数はそれ以上居るのだから、皆が土曜休みを獲得できる訳ではないのだ。
そもそも、土曜日というのはうちの店舗にとって大変混雑しやすい曜日であって、個人の休み希望にとやかく口を挟まない店長も、「業務が回らなくなるから、土曜日の休み希望は控えめで」と制限をかけている。
その中で、土曜日の休み希望を独りで二回、三回出す月も有るのだ。
何とも図太い性格だ。と思ってしまうのは、私の方が心狭いところなのであろうか。

さらに頂けないのがもう一点。
棚卸しを予定している土曜日まで休み希望って、どういうこと?
夕方までの通常業務を終えた後から、本格的に医薬品類のカウントと確認作業に入るため、棚卸しの日は深夜残業に突入することも珍しくない。
スタッフの人数は多いに越したことは無いのだ。
そんな日まで、プライベート優先なのはどうなのだろう。
プライベートありきではなく、もう少し職場の事情と皆の印象を考慮することは出来ないのだろうか。

「これ、皆どう思ってるんだろうな……」
引っ掛かっているのは私だけだろうか。
他にも気付いている人が居たとして、きっと菩薩の心でスルーしてくれているのだろう。
本人の性格や勤務態度を見ても、突っついたら突っついたで面倒臭そうである。
ならば、私も右に倣うか。

きっと店長はこの希望を通すのだろう。
通すのだろうけど、モヤモヤが残る。
暗黙の了解と皆の良心に頼ってきたけれど、あんまり無茶な希望が続くようなら、休み希望の出し方とか、もっとはっきり決めた方が良いのだろうか。
――大人相手に面倒な。

「空気を読んでくれると助かるなあ」
残念ながら、あまり期待できそうにもないけれど。
ふと気が付けば、悶々としている間に狙っていた電車の時間も過ぎてしまっていた。
いけない、早く帰らなければ。
わだかまりを抱えながら、ため息を吐いて店舗を出た。


(2024/04/24 title:027 ルール)

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