場にそぐわない。華やかな香りが鼻先をかすめ、思わず俺は歩みを止めた。
「先輩、どうしたんすか?」
先を歩いていた後輩が、立ち止まった俺を訝しんでこちらを振り返る。
「あ、いや。何か濃く匂わないか?」
「匂い?」
俺の言葉に釣られ、後輩もひくひくと鼻をひくつかせた。
何か。だなんて白々しい。
後輩に聞くまでもなく、刑事の勘が、最悪の事態を想定して警鐘を鳴らす。
落ち着け。早まるな。まだそうと決まった訳じゃない。
俺の焦りに気付かずに、後輩は、ああ! と相槌を打ち、捜査手帳をめくって話し出した。
「香水の香りですよ。この先で死んでる仏さん、倒れ込んだ拍子に鞄の中の香水も一緒に割れちまったみたいで。それがここまで香ってき――て 、ちょっと先輩! どうしたんすか!」
後輩の報告を皆まで聞かず。
無意識に足早となった俺を、後輩が慌てて追いかけて来た。
冷静になろうとする気持ちと反比例して、心臓はばくばくと早鐘を打ち始める。
落ち着け。偶然だ。
黒髪の女なんて五万と居る。
荷物に香水を持ち歩く女なんてそこら中に居るだろ。
だから、きっと違う。
たまたま俺が彼女にプレゼントした香水と、同じ香りのものを持ってる人だって沢山居るさ。
だから――!
「先輩!」
犯行現場に辿り着くや否や。無様にも膝から崩れ落ちた俺を、追いついた後輩がすんでのところで支えてくれた。
目の前には、女性のご遺体。
違ってくれ、という願いは虚しく打ち砕かれ。
割れてしまった香水瓶を、大事そうに抱えて眠る。愛しい恋人の姿がそこにはあった。
――ありがとう。大切に使うわ。
現実を目の当たりにした今でさえ。昨日会ったばかりの彼女の笑みがありありと思い出される。
手を振って、いつものように別れた後に、君は――。
「どうして――!」
人目をはばからず、悲しみのままに吠えた俺の慟哭が、公園内にこだまする。
彼女へ贈った香水の香りが風に乗り、辺りにこびりつく鉄の臭いを掻き消した。
その強さはまるで、泣きじゃくる俺を、優しい彼女が慰めてくれているかのようにも受け取れて。
濃く広がる香りに、堪らず涙が零れ出た。
その日、恋人の死を皮切りに。
忘れもしない、連続婦女殺害事件が幕を開けたのだ。
(2024/04/29 title:029 風に乗って)
4/30/2024, 9:58:02 AM