ヒロ

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う~む。
誰も居ない職場で独り唸る。

先に帰った他の皆に倣い、私も残業を切り上げ帰ろうと席を立った。
着替えて荷物をまとめ、いざ店舗を出ようとしたところで、「そういえば、来月のシフトは確定したのか?」と気にかかり歩みを止める。
数歩後退って、伝言の類いがまとめてあるデスクを確認して冒頭の唸り声に至る。

――これは、良いのか?
首を傾げて一枚の紙切れを前に眉根を寄せた。
来月のシフト表はまだ完成していなかった。
代わりに、皆の休み希望を聞き取った紙が一枚放置されていていたのが目に留まる。

日曜祝日を除いて年中営業。お盆休みは無く、三ヶ日含めて年末年始の休みが五日間冬にあるくらい。医療機関ゆえに、元より世間のような長いゴールデンウィークとは無縁の職場である。
そういう条件の中で、前もって希望を聞き取りながら、日曜含めて週休二日になるよう皆の公休を回している。
希望が却下されることはあまり無く、ほぼ希望通りでシフトを組まれるのがうちの職場だ。
まあ、混雑の予想が立っている日にちや曜日を外したりと、店舗の事情を暗黙の内に汲みながら出されている希望なので、皆の要望が通って当たり前、とも云えるのだが。
だがしかし。私の視線は某一点、とあるスタッフの希望欄に集中する。

この希望は、有りなの、か?

繰り返しになるが、うちの職場に世間のような長い休みは無い。
有ったとしても、運良く公休が祝日や日曜と繋がるか、元々そういった希望を出した場合に限られる。
誰だって、連休は長い方が嬉しい。
けれども、ゴールデンウィーク、独りで前後の日にちを公休と有給で挟んで希望出すって有り?
五月だけならまだしも、この人、四月のゴールデンウィーク初日の土日月も、同じ手で土曜から火曜を連休にしているのは既に確定している。
その上、五月までも、なの?
休みは労働者の権利であるし、本当に予定があるなら批判して申し訳ないが、他のスタッフからの心証は考えないのだろうか。

何せ、今回の話だけではないのだ。
この御仁、去る年末年始休暇のときも同じで、独り一週間の長期休暇であった。
加えて毎月土曜日の公休希望も常習である。
そりゃあ、土曜日休みの方がプライベートの予定も組みやすいだろう。
けれども、一ヶ月に土曜は四回、多くて五回。
スタッフの人数はそれ以上居るのだから、皆が土曜休みを獲得できる訳ではないのだ。
そもそも、土曜日というのはうちの店舗にとって大変混雑しやすい曜日であって、個人の休み希望にとやかく口を挟まない店長も、「業務が回らなくなるから、土曜日の休み希望は控えめで」と制限をかけている。
その中で、土曜日の休み希望を独りで二回、三回出す月も有るのだ。
何とも図太い性格だ。と思ってしまうのは、私の方が心狭いところなのであろうか。

さらに頂けないのがもう一点。
棚卸しを予定している土曜日まで休み希望って、どういうこと?
夕方までの通常業務を終えた後から、本格的に医薬品類のカウントと確認作業に入るため、棚卸しの日は深夜残業に突入することも珍しくない。
スタッフの人数は多いに越したことは無いのだ。
そんな日まで、プライベート優先なのはどうなのだろう。
プライベートありきではなく、もう少し職場の事情と皆の印象を考慮することは出来ないのだろうか。

「これ、皆どう思ってるんだろうな……」
引っ掛かっているのは私だけだろうか。
他にも気付いている人が居たとして、きっと菩薩の心でスルーしてくれているのだろう。
本人の性格や勤務態度を見ても、突っついたら突っついたで面倒臭そうである。
ならば、私も右に倣うか。

きっと店長はこの希望を通すのだろう。
通すのだろうけど、モヤモヤが残る。
暗黙の了解と皆の良心に頼ってきたけれど、あんまり無茶な希望が続くようなら、休み希望の出し方とか、もっとはっきり決めた方が良いのだろうか。
――大人相手に面倒な。

「空気を読んでくれると助かるなあ」
残念ながら、あまり期待できそうにもないけれど。
ふと気が付けば、悶々としている間に狙っていた電車の時間も過ぎてしまっていた。
いけない、早く帰らなければ。
わだかまりを抱えながら、ため息を吐いて店舗を出た。


(2024/04/24 title:027 ルール)

4/25/2024, 9:59:02 AM