ヒロ

Open App
4/24/2024, 6:52:52 AM

今日は久しぶりに早起きで。
いつもより少し時間に余裕が出来たから、朝ごはんに目玉焼きをプラスで焼いてみた。

でも、ちょっと調子に乗りすぎたかも。
朝のニュースに気を取られた隙に、うっかり火を通し過ぎてしまったみたい。
幸い焦げはしなかった。
ただ、好みの半熟具合は通り越したようで、お皿に乗せた卵はぷるっともしない。
惜しかった。あの少しトロッとした黄身が好きなのに。
鼻歌交じりだった気分もしょんぼり沈む。

しょうがない。卵の出来は諦めて、次のお昼に期待しよう。
今日の私は一味違う。
何てったって、お昼の弁当の用意まで有るのだから!
休日に作ったラタトゥイユ風野菜スープ。
沢山作っておいたのが役に立った。
これを楽しみに乗り切ろう。

――まあ。お弁当頑張った日に限って、滅茶苦茶仕事が忙しい。ってジンクスみたいになっているのが、ちょっと心配ではあるけれども。
ゴールデンウィーク前の医療機関って混みがちですよね。
はあ~。気にしない、気にしない。

出勤前の短い時間の間にも、気分が上がったり下がったり。まるでジェットコースターのように変わりゆく。

玄関を出ると、空は雨模様。
駅までの道も混みそうだ。
釣られてまたもや気分が傾きかける。
いけない、いけない。
ぐずぐずしてても仕方がない。
雨ぐらい、傘があればなんとかなる。
覚悟を決めて、行ってきます!


(2024/04/23 title:026 今日の心模様)

4/18/2024, 8:53:06 AM

初めて君を見かけたのは、春も盛りの四月だった。

放課後、部活へ急ぎ廊下を歩いていたとき。風に乗って、歌声が聞こえてきた。
どこからだろう。と、興味を惹かれて見渡せば、窓の向こうに、中庭を横切る君を見付けた。
掃除当番だったのだろう。
箒を抱えて運びながら、歩くリズムに合わせて鼻歌を口ずさむ。歌声の主は彼女なのだとすぐに気が付いた。
散りゆく桜の下、舞う花びらをまとって通り過ぎていく。その姿は桜の精か、お姫様のようにとても綺麗で。
風が運んだ歌声を、僕が聴き惚れていただなんて、君は知りもしなかっただろう。

あの時の軽やかな歌声が忘れられなくて。
しばらくの間、クラスメイトや演劇部の仲間に君のことを尋ねて回ったんだ。
けれども、君のことを知る者は誰も居なくって。
あれは本当に桜の精か何かだったのかな、だなんて。一度は君を探すことを諦めた。
そうして学業と部活動に明け暮れて、彼女のことも忘れかけた頃。
季節は巡ってその年の秋。
文化祭当日のステージで、漸く僕は桜の君と再会を果たしたんだ。

演劇部の準備にも目処が立ち、空いた時間を潰そうと体育館を訪れたときだ。
予定なら、歌唱コンテストの最中で、参加者が順に歌声を披露しているはずだった。
それなのに、その場に流れる音楽はなく。進まない演目に、客席の方も訝しんでざわめき出しているところだった。
近くにいたクラスメイトを捕まえて事情を聞けば、参加者の一人が舞台に上がったものの、一向に歌い出せずにいるらしい。
その件の舞台上の人物を見上げて、思わず僕は、あっと息を飲んだ。

あの時の、桜の歌姫がそこに居たんだ。

緊張で動けずにいるのだろう。
顔は徐々に俯いて、ギターをぎゅっと握り締める姿は張り詰めて。その体は明らかに震えていた。
脇に控えた進行役の生徒も、イレギュラーな出来事に、どうしたものかと考えあぐねているようだった。
やがて僕の周りからも、「あいつ、本当に歌えんの?」と、ひそひそ話が大きくなり、野次が飛ぶのも時間の問題に思われた。
咄嗟に、声を張り上げた。

「待ってましたー!」

演劇部で鍛えた声が、体育館に響き渡った。
集まっていた観客たちがぎょっとして僕を振り返る。
ざわめく声は止んで、会場が静まり返った。
舞台上の君も、驚いた様子でこちらを凝視しているのが見て取れた。
構わず僕は呼びかけた。
「大丈夫! 頑張って!」
僕の声に続いて、おそらく彼女の友人やクラスメイトたちだろう。
彼女たちからも少しずつ、「頑張れ!」とエールの声が沸き起こる。

あの声を持つ君なんだ。
巡り合わせたこの機会。
ここで 歌わないなんて、勿体ない!
頑張れ!

僕らの思いが届いたのか。
大きな深呼吸の後、怯えるようにして立っていた彼女の雰囲気がぴりりと切り替わる。
そうして掻き鳴らされたギターの音色に、先程までとは違う意味でのどよめきが体育館に広がった。
知らなかった。歌だけじゃなく、彼女はギターの腕も確かだったのか。

驚く僕らに畳み掛けるようにして、満を持して彼女が歌い始める。
その声は、あの春の日と変わらぬ歌声で。
正しく僕が探していた歌姫だった。

軽快なリズムと曲調に、誰が始めたか手拍子も加わって。
彼女が無事に歌い終わったとき、会場は大歓声に包まれた。
「あ、ありがとうございました!」
我に返った彼女は、内気な女の子に逆戻り。
吃りながら、恥ずかしそうに慌てて舞台袖へと消えていく。
そんな彼女を見送る間も、拍手はずっと鳴り止まなかった。

斯くしてお祭り騒ぎは幕を閉じ。
他の参加者に大差をつけて、満場一致のもと、彼女は堂々の一位を勝ち取った。
後に国民的歌手となる、彼女の最初のステージのエピソード。

あの体育館のライブから。
いや、皆が君に気付く前。
桜の下で歌う君を見付けたときから、僕は君に夢中なんだ。
今や大スターの君に無謀かな?
だけど、無名だった頃の君に恋をしたのだから、今更仕方がないよね。
君は僕のことをただのファンだと思い込んでいるようだけれど、そろそろこの気持ちを打ち明けても良いだろうか。
きっと君は驚くだろう。

これからもずっと輝いていて。
恥ずかしがり屋で格好良い。
桜の国の、お姫様。


(2024/04/17 title:025 桜散る)

4/17/2024, 9:58:25 AM

昔から歌うことが大好きで。憧れ続けたスターダム。
歓声にスポットライト。私は今、夢の大舞台に立っている。

内気な自分には厳しい世界。ここへ辿り着くまでに、苦しみ悩む出来事も色々あった。
今でさえ、この期に及んで手が震える。ギターを握る手も汗ばんで、意識をしたら、足まですくんでしまいそうだ。

「待ってましたー!」

そんな弱気を打ち払うようにして。
歓声に紛れて、一際大きな声が、陰る心の闇を切り裂いた。
俯きかけていた顔を上げれば、目の前には大勢の観客。
それなのに、どうしてかな。
遥か向こうの客席に、手を振り私にエールを送る貴方の姿が目に映ったの。
まるで貴方の方がライトを浴びているかのように、はっきりと。可笑しな話ね。
けれどもこうして、また一つ貴方に助けられた。

貴方は覚えているかしら。
学生時代、思い切って出場した歌唱コンテスト。
人前で歌うのは初めてで。本番になってから、舞台の上で尻込みしてしまった情けない私。
けれどもあの時も、貴方は同じように励まし、勇気づけてくれたよね。
「待ってましたー!」
その一言に、どれだけ気持ちを救われただろう。
力をもらったあの日から、ずっと貴方に焦がれている。
そして、夢を追い求める気持ちにも、火がついたの。

挫けそうになるどんな時も、いつでも貴方のエールが背中を押して、立ち止まる私を導いてくれた。
ずっと見守ってくれて、ありがとう。
おかげでここまで上って来られたよ。
勿論、恋心だけで駆け上がれる道ではなかったわ。
それでも、貴方に感謝を伝えたい。
今日披露する新曲は、貴方への想いと感謝を込めたもの。
さあ、鈍感な貴方は気が付くかしら?

私の素敵なファン一号。
私を救うヒーローで、唯一無二の王子様。

精一杯歌うから覚悟して。
きっと貴方を振り向かせるわ。


(2024/04/16 title:024 夢見る心)

4/13/2024, 10:46:05 PM

風呂から上がってリビングへ戻ると、不意に台所から物音が聞こえてきた。
気になって様子を伺えば、そこには部屋に戻ったはずの息子が居て、いそいそと何か作っているのが目に留まる。
「あれ、夕飯は終わったのに。どうしたんだ?」
問いかければ手の動きはそのままに、声だけで息子が「ああ」と返事をした。
「明日部活で弁当が要るんだよ。早起きしても良いけれど、時間なくなっても困るから、今から準備」
「へー。部活」
一歩引いたところまで近付いて、邪魔にならないように息子の手元を覗き見る。
ウインナーに人参、玉ねぎにピーマン。奥にある黄色いのはパプリカか?
俺がじろじろと見ている間にも、リズミカルな音と共に次々と具材が刻まれていく。
上手いもんだなあ。包丁さばきといい、手際も良いし。本当、器用なところは嫁さん譲り。俺に似なくて良かったわ。
「何作ってんの? チャーハン?」
「んー。そうしようとも思ったんだけど、ちょっと変更して、オムライスっぽいピラフもどき」
「オムライス? っぽいピラフもどき?」
駄目だ。息子の言っていることが分からない。戸惑う俺を置き去りにして、フライパンを取り出した息子は着々と炒め物の準備に取りかかる。
「コンソメとバターで味付けしてさ。塩コショウも勿論するけど。それで卵焼き被せたら、具沢山のバターライスオムライスにならないかなあ、と思って。半分実験だよ」
「へえー」
要するに、創作料理ってことか。実験と言いながらも迷いなくどんどん調理を進めていく様子を見るに、頭の中では完成した味のイメージが出来上がっているのだろう。まったく、我が息子ながらに大したものだ。
「それにしても凝ったことするなあ。随分気合いが入った弁当じゃん」
「まあ、食べるの俺じゃないし」
「うん?」
「桜が咲いて天気も良いじゃん。だから料理部の皆で花見かピクニックに行こうって話になって、明日の日曜日出掛けるんだよ。ペアの人と弁当交換して食べることになったから、まあそれなりのもの作ってかないとさ」
「あ~。なるほど」
道理で。普段買って来ないようなパプリカまで持ち出していて妙だと思った。張り切ったことをしていたのはそういう訳か。
合点がいった俺はにやりと笑う。
「ははあ。さてはおまえ、その交換する相手ってのはあの部長さんだな?」
「なっ! 何だよ急に! 」
明らかに動揺した息子が勢い良く振り返り、フライ返しで俺を牽制した。
「てか、何。何で部長のこと覚えてるんだよ!」
早口で捲し立てる息子の顔はトマトのように赤く、必死に誤魔化しても俺の予想が図星であることはばればれだった。
そりゃあ、覚えるでしょうよ。
去る二月のバレンタイン。
「部活で菓子を作るから持って帰る」
息子にそう予告されて、正直な俺はそれを楽しみに仕事を早く切り上げて帰宅したのだ。
それなのに、いざ帰ってみると件のチョコ菓子の用意はなく。
訳を聞けば、失恋した部長さんを慰めるため、俺宛てのお菓子はあげてしまったと言うじゃないか。
そんな甘酸っぱい青春のエピソードを聞かされて、息子の交友関係を記憶しない親がどこに居ようか。いいや居ないね!
慌てる息子の様子が可笑しくて、調子に乗った俺はからかい続ける。
「オムライスかあ。いいなあ。やっぱり、ケチャップで可愛くハート描いたりすんの? 俺も手伝おうか?」
「うっさい、馬鹿親父! 卵は心配だから焼くのは明日だし! 出番なんてないから、邪魔するならあっち行けよ。焦げたら、親父のせいだからな!」
「あっはっは! 分かったよ、ごめんって」
トマトどころかゆでダコとなった息子に追い立てられ、早々にリビングへと退散する。去り際に、冷蔵庫からビールを持ち出すことも忘れない。
ああ面白い。あんなに慌てる息子は初めて見たな。
突如女の子ばかりの料理部に入ると聞いたときは心底驚いたが、親が心配することなど何もなかったようだ。
きっかけは部長さんかもしれない。
けれどもこうして部活を続け、楽しそうに準備をしている様子を見るからに、おそらく今はそればかりでも無いのだろう。きっと他の部員とも仲良くやれているに違いない。
独り納得してビールを一口ごくりとあおる。ああ美味い。
それにしても、よっぽどその部長さんが好きなんだなあ。
息子には悪いが、先程のリアクションを思い返しては思い出し笑いが込み上げてくる。
まったく初々しくて、見ているこちらまで照れてしまう。青春って良いわ~。
ソファーに腰かけ、テレビの電源を入れると、丁度お天気お姉さんが明日の予報を伝えていた。
雲一つない快晴。絶好の行楽日和。
これなら明日の花見も問題なさそうだ。
「おーい! 明日の天気は晴れだって。良かったな!」
台所に居る息子に向かって呼びかける。
だがしかし。残念なことに、応える声は返って来ない。
おっといけない。これはからかいが過ぎたかな?
「親父」
今更ながらに反省し、早くも酔いが覚め出したとき。息子がひょっこりリビングに顔を出した。その表情はちょっと固い。
まずい、やっぱり怒っているのか。心当たりがあるだけに、ついつい構えて背筋も伸びる。
けれども、俺の予想は杞憂に終わる。
仏頂面のまま息子はこう告げたのだ。
「オムライス、親父の分もあるからな。家に居るなら、明日温めて食べろよ」
「え? ――えっマジで! あ、ありがとう!」
「はいはい」
言うだけ言って、息子はリビングからさっさと出て行ってしまう。
慌ててその背中を追いかけて、「ごめんな、ありがとう!」と伝えると、息子は一言「大袈裟だな」と、くしゃっと笑い、踵を返して戻って行った。
馬鹿な親父で申し訳ない。からかったりしてすまなかった。
普段は無愛想な息子だけれど、優しい子に育ってくれて、ありがとう。

翌朝。
遅がけに起きれば、息子は出掛けた後でもう居らず。
冷蔵庫を確認すると、昨日の話に違わず、ラップに包まれたオムライスが一皿入っていた。
添えられた、『ハートは自分で描けよ』のメモ書きに、思わず朝から声を出して笑ってしまった。
折角用意してくれたご馳走だ。昼まで待たず、早速朝ごはんに食べてしまおうか。

電子レンジにセットして待つ間、窓越しに外の様子を見る。空は予報通りの晴れ模様。日差しも輝いて気持ちが良い。
息子はもう皆と合流した頃だろうか。
「楽しんで来いよ~」
誰も居ない部屋で願うように独り呟く。それに相槌を打つかのようにして、電子レンジが「ピー」と鳴って俺を呼んだ。
中から取り出して、ラップを外す。
少し迷った後。冷蔵庫に戻ってケチャップを取り出し、ハートを描いて写真を撮った。
そうして『頂きます』のメッセージを添えて息子へと送信する。
さて、どんな反応が返ってくるだろうか。

「よーし。じゃあ、頂きます!」
今日も一日、良い一日となりますように。


(2024/04/13 title:023 快晴)

4/8/2024, 9:59:16 AM

『捕まった。逃げろ』
夕刻前。合わせたアラームより早く僕の目を覚ましたのは一件の新着メッセージだった。
がばりと起きてポップアップをタッチする。開いたトーク画面に出るのは通知と同じ文面で、それ以上も以下の情報もない。
「あちゃー。いつも用心深いのに、珍しいこともあるもんだ」
しかも「逃げろ」だなんて穏やかじゃない。
確か彼が今請け負っているのは浮気絡みの素行調査だったはず。ということは、藪をつついて蛇が出たか。
「まったく忙しない。厄介事を引き寄せる天才だね、彼は」
強面な上に口は悪い。本人はドライに淡々と仕事をこなしているつもりなのだろうが、そんな振りでは騙されない。面倒見が良く放っておけない性格なのは、共に仕事をこなし、一緒に生活している内にすぐに分かった。
だいたい、吸血鬼と承知の上で僕を相棒 兼下宿人として認めているのだ。とんだお人好しで間違いないさ。
こちらだって伊達に長生きしていない。人の世に紛れて生きるため、人間観察はお手の物だ。
「さーて藪から出たのは何かな~」
お気に入りのふかふかソファーから立ち上がって体を伸ばす。それを見計らったかのように、スマホのアラームが鳴り響いた。日没を知らせるアラームだ。
「おっタイミング良いじゃ~ん」
拉致されたのは不運だが、夕方に捕まるとは都合が良い。
これが昼間だったならば、僕に出来ることは限られてしまうけれど、幸いにも日は落ちた。
彼が用意した分厚い遮光カーテンを開け放ってベランダに出れば、眼下には明かりが灯り出した薄暗い街が広がっていた。
彼の伝言の通りなら、この事務所の場所も割れているのだろう。捕まった彼を探すとなれば、尚のこと長居は無用だ。
「緊急事態だし、仕方ないよね~」
仕舞い込んでいた羽を悠々と広げ、星が瞬き出した夜空にふわりと飛び立った。
いつもなら、「飛ぶな」「目立つな」と彼に喧しく怒られるところであるが、今はその声もない。
「あーあ。逃げろだなんて、何言ってるんだか。そんな薄情に思われてるのかな、僕」
うっかりヘマをした彼を見捨てるくらい、悠久の時を過ごしてきた僕にとっては些細なこと。そういうこともあったよね、と思い出せるかも怪しいくらいに一瞬の出来事だ。
されど、お人好しなのはお互い様。僕の方が年寄りな分、筋金入りで年季も入っている。
何せそのせいで一族に見放されたのだ。まったく、なめてもらっては困るな。
「助けに行くに決まってるじゃん」
上空を大きく旋回し探りを入れる。そうして見付けた彼の気配がする方へ、くるりと向きを変えて羽ばたいた。
夕日も沈み、暗くなれば僕の世界。
さあ、久しぶりに暴れさせてもらおうか。
「待っててね。僕の大事な大家さん」


(2024/04/07 title:022 沈む夕日)

Next