ヒロ

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風呂から上がってリビングへ戻ると、不意に台所から物音が聞こえてきた。
気になって様子を伺えば、そこには部屋に戻ったはずの息子が居て、いそいそと何か作っているのが目に留まる。
「あれ、夕飯は終わったのに。どうしたんだ?」
問いかければ手の動きはそのままに、声だけで息子が「ああ」と返事をした。
「明日部活で弁当が要るんだよ。早起きしても良いけれど、時間なくなっても困るから、今から準備」
「へー。部活」
一歩引いたところまで近付いて、邪魔にならないように息子の手元を覗き見る。
ウインナーに人参、玉ねぎにピーマン。奥にある黄色いのはパプリカか?
俺がじろじろと見ている間にも、リズミカルな音と共に次々と具材が刻まれていく。
上手いもんだなあ。包丁さばきといい、手際も良いし。本当、器用なところは嫁さん譲り。俺に似なくて良かったわ。
「何作ってんの? チャーハン?」
「んー。そうしようとも思ったんだけど、ちょっと変更して、オムライスっぽいピラフもどき」
「オムライス? っぽいピラフもどき?」
駄目だ。息子の言っていることが分からない。戸惑う俺を置き去りにして、フライパンを取り出した息子は着々と炒め物の準備に取りかかる。
「コンソメとバターで味付けしてさ。塩コショウも勿論するけど。それで卵焼き被せたら、具沢山のバターライスオムライスにならないかなあ、と思って。半分実験だよ」
「へえー」
要するに、創作料理ってことか。実験と言いながらも迷いなくどんどん調理を進めていく様子を見るに、頭の中では完成した味のイメージが出来上がっているのだろう。まったく、我が息子ながらに大したものだ。
「それにしても凝ったことするなあ。随分気合いが入った弁当じゃん」
「まあ、食べるの俺じゃないし」
「うん?」
「桜が咲いて天気も良いじゃん。だから料理部の皆で花見かピクニックに行こうって話になって、明日の日曜日出掛けるんだよ。ペアの人と弁当交換して食べることになったから、まあそれなりのもの作ってかないとさ」
「あ~。なるほど」
道理で。普段買って来ないようなパプリカまで持ち出していて妙だと思った。張り切ったことをしていたのはそういう訳か。
合点がいった俺はにやりと笑う。
「ははあ。さてはおまえ、その交換する相手ってのはあの部長さんだな?」
「なっ! 何だよ急に! 」
明らかに動揺した息子が勢い良く振り返り、フライ返しで俺を牽制した。
「てか、何。何で部長のこと覚えてるんだよ!」
早口で捲し立てる息子の顔はトマトのように赤く、必死に誤魔化しても俺の予想が図星であることはばればれだった。
そりゃあ、覚えるでしょうよ。
去る二月のバレンタイン。
「部活で菓子を作るから持って帰る」
息子にそう予告されて、正直な俺はそれを楽しみに仕事を早く切り上げて帰宅したのだ。
それなのに、いざ帰ってみると件のチョコ菓子の用意はなく。
訳を聞けば、失恋した部長さんを慰めるため、俺宛てのお菓子はあげてしまったと言うじゃないか。
そんな甘酸っぱい青春のエピソードを聞かされて、息子の交友関係を記憶しない親がどこに居ようか。いいや居ないね!
慌てる息子の様子が可笑しくて、調子に乗った俺はからかい続ける。
「オムライスかあ。いいなあ。やっぱり、ケチャップで可愛くハート描いたりすんの? 俺も手伝おうか?」
「うっさい、馬鹿親父! 卵は心配だから焼くのは明日だし! 出番なんてないから、邪魔するならあっち行けよ。焦げたら、親父のせいだからな!」
「あっはっは! 分かったよ、ごめんって」
トマトどころかゆでダコとなった息子に追い立てられ、早々にリビングへと退散する。去り際に、冷蔵庫からビールを持ち出すことも忘れない。
ああ面白い。あんなに慌てる息子は初めて見たな。
突如女の子ばかりの料理部に入ると聞いたときは心底驚いたが、親が心配することなど何もなかったようだ。
きっかけは部長さんかもしれない。
けれどもこうして部活を続け、楽しそうに準備をしている様子を見るからに、おそらく今はそればかりでも無いのだろう。きっと他の部員とも仲良くやれているに違いない。
独り納得してビールを一口ごくりとあおる。ああ美味い。
それにしても、よっぽどその部長さんが好きなんだなあ。
息子には悪いが、先程のリアクションを思い返しては思い出し笑いが込み上げてくる。
まったく初々しくて、見ているこちらまで照れてしまう。青春って良いわ~。
ソファーに腰かけ、テレビの電源を入れると、丁度お天気お姉さんが明日の予報を伝えていた。
雲一つない快晴。絶好の行楽日和。
これなら明日の花見も問題なさそうだ。
「おーい! 明日の天気は晴れだって。良かったな!」
台所に居る息子に向かって呼びかける。
だがしかし。残念なことに、応える声は返って来ない。
おっといけない。これはからかいが過ぎたかな?
「親父」
今更ながらに反省し、早くも酔いが覚め出したとき。息子がひょっこりリビングに顔を出した。その表情はちょっと固い。
まずい、やっぱり怒っているのか。心当たりがあるだけに、ついつい構えて背筋も伸びる。
けれども、俺の予想は杞憂に終わる。
仏頂面のまま息子はこう告げたのだ。
「オムライス、親父の分もあるからな。家に居るなら、明日温めて食べろよ」
「え? ――えっマジで! あ、ありがとう!」
「はいはい」
言うだけ言って、息子はリビングからさっさと出て行ってしまう。
慌ててその背中を追いかけて、「ごめんな、ありがとう!」と伝えると、息子は一言「大袈裟だな」と、くしゃっと笑い、踵を返して戻って行った。
馬鹿な親父で申し訳ない。からかったりしてすまなかった。
普段は無愛想な息子だけれど、優しい子に育ってくれて、ありがとう。

翌朝。
遅がけに起きれば、息子は出掛けた後でもう居らず。
冷蔵庫を確認すると、昨日の話に違わず、ラップに包まれたオムライスが一皿入っていた。
添えられた、『ハートは自分で描けよ』のメモ書きに、思わず朝から声を出して笑ってしまった。
折角用意してくれたご馳走だ。昼まで待たず、早速朝ごはんに食べてしまおうか。

電子レンジにセットして待つ間、窓越しに外の様子を見る。空は予報通りの晴れ模様。日差しも輝いて気持ちが良い。
息子はもう皆と合流した頃だろうか。
「楽しんで来いよ~」
誰も居ない部屋で願うように独り呟く。それに相槌を打つかのようにして、電子レンジが「ピー」と鳴って俺を呼んだ。
中から取り出して、ラップを外す。
少し迷った後。冷蔵庫に戻ってケチャップを取り出し、ハートを描いて写真を撮った。
そうして『頂きます』のメッセージを添えて息子へと送信する。
さて、どんな反応が返ってくるだろうか。

「よーし。じゃあ、頂きます!」
今日も一日、良い一日となりますように。


(2024/04/13 title:023 快晴)

4/13/2024, 10:46:05 PM