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11/15/2025, 2:13:17 AM

105.『透明な羽根』『寂しくて』『心の境界線』


 寒くなると人肌が恋しくなる。
 独身の男にとって、この季節は特に。

 月日が経つにつれて慣れてしまうものだと思ったけど、どうにもそんな気配がない。
 寂しくて彼女を作ろうと奮起した時期もあるけれど、結局恋人は出来ずじまい。
 これも運命だと自分に言い聞かせても、心まで冷え込むようだった。

 けれど今、自分の部屋に女性がいる。
 しかも、彼女はこの部屋で夜を明かしたのだ。
 この奇跡に『我が身に春が来た』と言いたいところだけど、残念ながら彼女は恋人ではない。

 彼女は、小さい頃よく一緒に遊んだ幼馴染。
 名前は順子だ。
 親からは本当の兄妹みたいと言われるくらい仲が良かったけど、彼女が遠い所に引っ越した。
 会ったのはそれっきりで、記憶からも消えかかっていた。

 ところが昨日、バッタリ出くわした。
 仕事帰りのコンビニで、夜食を買おうとしたときに会ったのだ。
 突然の再会に話が弾んだ。
 ……弾みすぎて、順子が終電を逃してしまったが。

 『帰る手段がない』とおろおろする彼女に、俺は彼女を泊めることにした。
 もちろん付き合ってもいない女性を部屋に上げるべきなのか、そこは少し迷った。
 でも知らない仲ではないし、夜道を歩かせるのは気が引ける。
 『ホテル代くらいは出すよ』と代替案と一緒に伝えると、順子はあっさり了承し、申し訳なく微笑んだ。
 そして部屋に連れて来た。


 誓って言うが下心はない。
 たしかに恋人は欲しいが、困っている人間の弱みに付け込むほど落ちぶれてない。
 純粋な親切心として、部屋に上げることにした。
 もう一度言う、下心は無い。

 ――無いのだが、実際に順子を部屋に上げて気づいた。
 自分の部屋に女性がいると言うのが、どういう意味なのかと……

 順子がいるだけで、枯れた男部屋が潤いで満たされる。
 彼女の周りだけ、輝いているように見えるのは気のせいだろうか。
 香水を付けているのかいい匂いもしてきて、まるで自分の部屋じゃないかのような錯覚を起こす。
 見慣れた部屋が、まるで別物だ。

 奇跡の数々に、順子を『天使なのでは?』と半ば本気で思ってしまう。
 きっと背中には、俺には見えない透明の羽根がついているに違いない。
 もちろんそんな事はないのだが、そう思うほどに大事件であった。

 改めて、順子を異性として認識し始め、心臓が激しく鼓動する。
 さらに、あの幼かった順子がとびっきりの美人になっていたことも拍車をかける。
 自分のあまりの迂闊さに、過去へと戻って過去の自分を殴ってやりたいくらいだ。
 せめて心の準備が欲しかった。
 無かったはずの下心も頭を出し、俺の心の中は大混乱だった。

 それからの事はよく覚えていない。
 異性として意識している事に感づかれないにするだけで精いっぱいだったのだ。
 子供の頃仲が良く遊んだ思い出があるだけに、どうしても昔の様に接してしまう。
 お互いい歳をした男と女。
 もう少し節度を持ったお付き合いをすべきなのだが、全く距離感が分からないでいた。

 今日ほど女性に免疫がない事を悔やんだ日は無い。
 彼女の心の境界線がどこにあるか分からず、会話が続かないのだ。
 これ以上は俺の気が持たないと、電気を消して寝る提案をした。

 だがウチに来客用の布団は無い。
 どちらが布団で寝るかを議論し、最終的に一緒の布団に寝ることになった。
 ……なぜ?

 頭にハテナマークを浮かべながら一緒に布団に入る。
 あれほど待ち望んだ人肌だが、満たされる満足感よりも緊張の方が勝った。
 余裕のある順子が羨ましい。

 一睡もできないことを覚悟していたが、いつの間にか寝入っていた。
 外が明るさで目が覚め、寝起きの頭で一安心と思っていたが、まだ危機は去っていなかった。
 布団の中で、順子に抱き着かれていたのだ。

 おそらく寝ぼけて抱き着いたのだろう。
 順子が知ったら、きっと気まずい思いをするだろう。
 そうなる前に抜け出そうとするが、順子が身をよじる気配がして、ピタリと動きを止める。
 もしかしたら眠りが浅いのかもしれない。
 起こしては悪いと、とりあえず寝たフリをすることにした。

 今日が休みでよかった。
 いくらでも寝ていられる。
 ……いや、平日だった方が、朝の忙しさを理由に誤魔化せたのかもしれないのに。
 上手く行かないものだ。

 それにしても、これは心臓に悪い。
 確かに人肌が欲しかったが、これでは生殺しだ。
 もっと気楽に温もりを感じたいのに、どうしてこうなってしまったのか……

 それにしても人肌は良いものだ。
 側に誰かがいるというだけで、とても安らかな気持ちになる。
 布団の暖かさと相まって、とても心地よい。
 このまま眠ってしまいそうだが、そうもいかない。

 ああ、それにしても。
 誰かがいるっていいなあ。
 幸せな気分で、満たされて、このまま眠ってしまいそうだ。


 ◇

 寒くなると人肌が恋しくなる。
 独身の女にとって、この季節は特に。

 月日が経つにつれ慣れてしまうものだと思ったけど、どうにもそんな気配はない。
 恋人が出来そうにないので、代わりにと湯たんぽ付き抱き枕を買った。
 暖かく寝れるようにはなったが、余計に寂しさが募るばかりだった。

 けれど今、私は男性の部屋にいる。
 しかも、私はこの部屋で夜を明かしたのだ。
 この奇跡に『我が身に春が来た』と言いたいところだけど、残念ながら彼は恋人ではない。

 彼は、小さい頃よく一緒に遊んだ幼馴染。
 名前は…… 分からない。

 別に忘れたとかじゃなくて、本当の兄妹みたいに仲が良く、ずっと『お兄ちゃん』と呼んでいたから、知る必要がなかったのだ。
 けれど、私は引っ越してしまい、ずっと知らないままだった。

 ところが昨日、バッタリ出くわした。
 仕事帰りのコンビニで、夜食を買おうとしたときに会ったのだ。
 突然の再会に、思わず『お兄ちゃん』と言ってしまった。
 大人の男性を相手に失礼かと思ったのだが、特に気にした様子もなくホッとした。
 安心して話していたら終電を逃がしてしまったけど……

 『帰る手段がない』と困っていると、お兄ちゃんは『うちに泊っていけばいい』と提案してくれた。
 付き合ってもいない男性を部屋に上がってもいいのか、そこは少し迷った。
 けれど知らない仲ではないし、お兄ちゃんもさすがに手は出してこないだろう。
 ホテル代を出すとも言われたけれど、そこまで迷惑はかけられないと了承し、感謝の意を伝えた。
 そして部屋にやって来た。


 誓って言うが下心はない。
 たしかに恋人は欲しいが、あえて隙を見せて既成事実を作るほど落ちぶれてはいない。
 好意から来る申し出に、ありがたく申し受けただけ。
 もう一度言う、下心は無い。

 ――無いのだが、実際にお兄ちゃんの部屋に入って気づいた。
 男性の部屋に上がると言うのが、どういう意味なのかと……

 お兄ちゃんの部屋は、自分の無味乾燥な部屋とはまったく違った。
 自分とは異なる感性によって築き上げられた空間に、私は感嘆の息をもらす。
 そして芳香剤に混ざった微かな汗の香りを感じて、ここは自分の部屋じゃないと痛感する。
 始めて経験する男性の部屋に、私はどぎまぎしていた。

 あまりに予想外過ぎて『ひょっとして夢なのでは?』と半ば本気で思ってしまう。
 なにかの拍子にお兄ちゃんの事を思い出し、夢の中で親交を深めていると……
 もちろんそんな事はないのだが、そう思うほどに大事件であった。

 改めて、お兄ちゃんを異性として認識し始め、胸の奥がざわめく。
 さらに、あの幼かったお兄ちゃんがとびっきりのイケメンになっていたことも拍車をかける。
 自分のあまりの迂闊さに、過去へと戻って過去の自分を殴ってやりたいくらいだ。
 せめて心の準備が欲しかった。
 無かったはずの下心も頭を出し、私の心の中は大混乱だった。

 それからの事はよく覚えていない。
 異性として意識している事に感づかれないにするだけで精いっぱいだったのだ。
 子供の頃仲が良く遊んだ思い出があるだけに、どうしても昔の様に接してしまう。
 お互いい歳をした女と男。
 もう少し節度を持ったお付き合いをすべきなのだが、全く距離感が分からないでいた。
 特に『お兄ちゃん』呼びはどうにかしたかったのだけど、全くタイミングがつかずにいた。

 今日ほど男性に免疫がない事を悔やんだ日は無い。
 彼の心の境界線がどこにあるか分からず、会話が続かないのだ。
 これ以上は私の気が持たないと、電気を消して寝る提案をした。

 だがお兄ちゃんの部屋には、来客用の布団が無かった。
 どちらが布団で寝るかと議論し、最終的に一緒の布団に寝ることになった。
 ……なぜ?

 頭にハテナマークを浮かべながら一緒に布団に入る。
 あれほど待ち望んだ人肌だけど、満たされた満足感より緊張の方が勝った。
 余裕のあるお兄ちゃんが羨ましい。

 さすがに一睡もできないことを覚悟していたが、いつの間にか寝入っていた。
 外が明るさで目が覚め、寝起きの頭で一安心と思ったけど、まだ危機は去っていなかった。
 布団の中で、お兄ちゃんに抱き着いていたのだ。

 無意識のうちに、愛用の抱き枕のつもりで抱きしめてしまったらしい。
 お兄ちゃんにバレたら、私は恥ずかしくて顔を見れなくなるだろう。
 そうなる前に手を引こうとすると、お兄ちゃんが身をよじる気配がして、ピタリと動きを止める。
 もしかしたら眠りが浅いのかもしれない。
 起こすのも悪いと、とりあえず寝たフリをすることにした。

 今日が休みでよかった。
 いくらでも寝ていられる。
 ……いや、平日だった方が、朝の忙しさを理由に誤魔化せたのかもしれないのに。
 上手く行かないものだ。

 それにしても、これは心臓に悪い。
 確かに人肌が欲しかったが、これでは生殺しだ。
 もっと気楽に温もりを感じたいのに、どうしてこうなってしまったのか……
 
 それにしても人肌は良いものだ。
 側に誰かがいるというだけで、とても安らかな気持ちになる。
 布団の暖かさと相まって、とても心地よい。
 このまま眠ってしまいそうだが、そうもいかない。

 ああ、それにしても。
 誰かがいるっていいなあ。

 幸せな気分で、満たされて、このまま眠ってしまいそうだ。

11/12/2025, 10:29:10 AM

104.『時を止めて』『冬支度』『灯火を囲んで』


 最近ネットではタヌキの話題で盛り上がっていますね。
 あちらこちらでタヌキの可愛い画像が見られるようになったので、いちタヌキファンとしてとても喜んでおります。
 タヌキの時代が来たと言っても過言ではありません!

 この素晴らしき日を祝福し、今日はタヌキに関する豆知識をお教えしたいと思います。
 マル秘情報ですよ。
 一回しか言いませんので、よく聞いてくださいね。


 タヌキは時を止める事が出来ます。


 ……ええ、『何言ってんだ、こいつ』という目線は想定済みです。
 初めて知る方は、いつもその目をされます。
 ですが嘘ではありません。

 よく思い出してください。
 タヌキのどんくささを……
 走るのが遅く、木登りは苦手、狩りもヘタクソ。
 令和の時代になっても絶滅していないことが、世界七不思議に数えられるほどのどんくささ。
 今でこそ萌えポイントではありますが、そんなタヌキがどうして生き残っているのか、疑問に思った事はありませんか?

 そうです。
 その生き残る術が、『時止め』なのです。
 時を止めて自身の不器用さを補い、狩りを行っているのです。

 例えば、こんな経験はありませんか?
 友人たちと、わいわい灯火を囲んで盛り上がっている時のこと。
 楽しい時間を過ごしている最中、ふと気づけば手元にあった食べ物が無くなっていることに……

 無意識で食べたのだろうと思いがちですが、それは間違いです。
 そう、これはタヌキが時を止めて、こっそりと拝借している証拠なのです。
 そうして誰にも気づかれず食べ物を得るのが、タヌキの狩りなのです。

 では時を止めておける時間は、どれくらいでしょうか……
 仮説の域を出ませんが、およそ10分くらいです。
 え?
 長すぎる?

 いえいえ短すぎるくらいです。
 なんども言いますが、タヌキはどんくさいのです。
 時を止めることが出来ても、タヌキが俊敏になることはありません。
 獲物に近づく前に、時が戻ってしまう事が多くあります。
 どれだけ時間があっても、ダメな時はダメなのです。
 一説によると、狩りの成功率は3割ほどらしいです。

 さらに、時を止めると言う、奇跡とも言うべき所業は簡単ではありません。
 時にベテランのタヌキですら失敗することがあります。

 こんな経験はありませんか。
 ある時、あっという間に時間が過ぎ去ってしまった事は?
 それは未熟なタヌキによって、あなただけ時が止まったからです。
 あるいは、いつまで経っても時間が経たず、うんざりしてしまった事は?
 それは雑なタヌキによって、あなた以外の時が止まったからです。

 また、秋の夜長もタヌキが原因です。
 厳しい冬に備えるために、秋は活発(当社比)に狩りを行うからです。
 のんびり屋のタヌキも、冬支度だけは手を抜きません。
 そしてタヌキは夜行性なので必然的に夜に時間を止められることが多く、人間目線では秋は夜が長いと感じてしまうのです。

 これで信じて頂けたでしょうか?
 タヌキは時を止められます。
 これは事実です。


 ああ、一つ言い忘れていました。
 それは狸寝入りについてです。
 巷では、『ビックリして動けなくなっているだけ』と言われますが、それは違います。

 ここまでお読みいただいた皆さんならお分かりかと思いますが、タヌキが間違えて自分の時を止めてしまっただけなのです。
 のんびり屋のタヌキは、突然のハプニングには弱いのです。
 もし狸寝入りをしているタヌキを見かけたら、暖かい目で見守って下さい。
 タヌキは脅かさないようにしましょう。


 
 もしご友人の中に、タヌキの『時止め』を知らない人がいたらぜひ教えてあげてください。
 タヌキにより一層興味を持ってくれるはずです。
 タヌキの魅力を多くの人に広め、後世に伝えていきましょう。

 最後に。
 タヌキは基本的に野生動物です。
 近すぎず離れすぎず、適切な距離を心がけましょう。
 ストレスになるので、触ってはいけません。
 写真で我慢しましょう。

 これを読んだあなたが、よきタヌ活を送れることを心から願っています。


※この文章はフィクションです。
 実在の人物・団体・タヌキとは一切関係ありませんが、タヌキの愛らしさは真実です。
 LOVE & TANUKI !

11/9/2025, 2:44:04 AM

103.『秘密の標本』『行かないでと、願ったのに』『キンモクセイ』


 友人である沙都子の家に遊びに行くと、私の顔を見るなり沙都子が言った。
「百合子、あなた専用のトイレが出来たわ」
 私は思わず耳を疑った。
 全く意味が分からず、沙都子を二度見した。

 沙都子の家はお金持ちだ。
 トイレの一つや二つ、造作もなく作れるだろう。
 家も相応に大きいためトイレが数か所もあるし、私も普段はそこを使わせてもらっている。
 だからこそ分からない。
 なんで私専用のトイレが必要なのか?

 他の人からクレームが来たのかとも思ったが、多分違う。
 最低限のマナーとして綺麗に使っているし、それで注意を受けたこともない。
 とにかく何も心当たりがなかった。

「何を不思議そうな顔をしているのよ。
 あなた、先週来た時に『部屋の隣にトイレがあれば便利なんだけどな~』って言ったじゃない!」
「いや、それは冗談だよ!
 本当に作るとは思わないじゃんか!」
 まさかあの軽口が現実のものになろうとは……
 気が遠くなりそうだ。
 沙都子の前じゃ、おちおち冗談も言えない。

「とにかく!
 せっかく作ったんだから使ってちょうだい」
「はあ」
 実際必要ないけど、作ってもらっといて『いらない』とも言えない。
 私は釈然としない思いを抱きながら、トイレのドアを開けた。


 ドアを開けた瞬間、ふわりとキンモクセイの甘い香りが鼻をくすぐる。
 そこは庶民的なんだなと感心していると、すぐに間違いに気づかされた。
 トイレの中がとんでもなく広かったからだ。

 一人用にしては無駄にデカい広さで、なんと壁を隔てることなく、便座と同じ空間に庭がある。
 しかも不必要なほど立派な庭園で、そこには立派なキンモクセイが植えられていた。
 いい香りだと思ったが、まさか現物だったとは……
 まさか芳香剤代わりじゃないよね?

 庭だけじゃない。
 トイレの壁に、これでもかと多くの絵画が並べられていた。
 よく分からないけど、多分高価なものだ。
 でも芸術に興味が無いので不要な代物である。

 ていうか、こんな圧の中で用なんて足せるのか?
 絵の中の人、みんなこっちを見ているぞ……

 そして便座の横には透明のディスプレイが置いてあった。
 『秘密の標本』と書かれたプレートがあり、中には綺麗な蝶々が飾られている。
 『綺麗だけどどこら辺が秘密?』と思って見ていると、隅の方に『中身は日替わり、当日まで秘密』と書かれてあった。
 日替わりの標本?
 お金持ちの考えることは、本当に分からない……

 
 そのほかも気になる部分を見て、トイレの中をじっくり見て回るという、人生で最初で最後の経験をした。
 『常識よ、どこにも行かないで』と、願っていたのに、見る物全てが狂気の領域に足を踏み入れていた。
 お金持ちの普通がこれなのか、それとも沙都子の感覚がおかしいだけなのか……
 ぜひとも後者であって欲しいと思いつつ、私はトイレを後にした。

 外では、沙都子が『どーよ』とドヤ顔で私を待ち構えていた。
 それを見た私は、感謝の言葉を述べるべきか、それともあの狂気にツッコミをいれるべきか、本気で悩んだ。
 色々考えた末、最終的に私は自分の心に従うことにした。

「最初からやり直せ」

11/6/2025, 1:33:02 PM

102.『そして、』『光と影』『凍える朝』



 寒気を感じて目が覚めた。
 時計を見ると、アラームの鳴る10分前。
 寝坊助の自分が、時間前に起きれたことを喜ぶべきか、それとも時間まで寝れなかったことを嘆くべきか……
 ともかく、電気毛布の出番が来た事だけは分かった。

 カーテンを開けると、太陽が頭だけを出しており、光と影が混ざり合っている暁時。
 数日前まではこの時間なら日は昇っていたのに、最近の太陽は重役出勤である。

 それにしても、今日は随分と寒いものだ。
 この前まで気持ちのよく起きられたのに、いつから凍える朝になってしまったのだろう?
 『秋だ、秋だ』と思っていたのに、もう冬の気配。
 過ごしやすい時期は、あっという間だった。

 冬の気配は、俺にある一大イベントを意識させる。
 それはクリスマス。
 一年で最も悩ましい一日だ。


 クリスマスは、いい歳した大人にとってただの平日。
 さすがに浮かれるような年頃じゃないのだが、指折りで待ちわびる息子を見れば、どうしても意識せざるを得ない。
 8歳になる息子は、サンタにもらうプレゼントを真剣に考えている。

 そんな息子を見て微笑ましく思うけど、同時に複雑な気分になる。
 自分にとって、クリスマスはいい思い出ばかりじゃないからだ。

 俺は6歳の時、サンタの正体に気づいた。
 夜中、トイレに行こうとしてプレゼントを運ぶオヤジにバッタリ会うとは、誰が予想できようか?
 あの時の事はハッキリ覚えている。
 信じられなさ過ぎて、思わず三度見してしまった。

 子供ながらにショックを受けたが、幼い俺はある可能性に気づいた。
 『サンタの正体を知ったら、プレゼントをもらえなくなるのでは?』という可能性に……
 そう思った俺は、一計を案じた。

「もしかしてさっきサンタさんに会った?」
 咄嗟に『父がサンタからプレゼントを預かったと思い込んだフリ』をして、その場を乗り切ろうとしたのである。
 それを聞いたオヤジは、これ幸いと「ああ、会ってプレゼントを預かったよ」と話を合わせた。

 その甲斐あって、翌年以降も何事も無かったようにプレゼントをもらうことが出来た。
 そして、それとなく欲しいプレゼントを伝えるという手段にも出た。
 当時の両親にはバレバレだったと思うが、何も言わず付き合ってくれた。
 多少打算があったとはいえ、ある意味でサンタを信じているのだ。
 両親は夢を壊すまいと思っていたに違いない。
 毎年欲しい物をくれた。


 だからこそ、あの時は本当に驚いた。
 中学入学の年のクリスマスの日、そろそろプレゼントを断ろうかと考えていた頃、家族会議が開かれた。
 親父が『本物の』サンタであり、我が家は代々サンタ稼業をやっていると打ち明けたのである。

 当然冗談だと思ったのだが、研修と称して空飛ぶソリに乗せられた時は、もう信じるしかなかった。
 それ以来、助手として子供たちにプレゼントを配り、今では家業を継いでサンタをしている。


 今日、アラームをセットして朝早く起きたのも、サンタとしての下準備があるから。
 街を回って、子供たちの欲しい物をリサーチするのだ。
 朝ご飯を食べながら英気を養っていると、目をこすりながら息子がやって来た。

「お父さん、お仕事に行くの?」
「そうだね」
「もしかしてさ、サンタさんに会いに行く?
 欲しいもの伝えておいてよ」

 思わず苦笑する。
 実は自分も、息子が7歳の時にサンタである事がバレた。
 トイレに出た息子とバッタリである。
 これでは親父を笑えない。

 そしてあの頃の俺と同じように、欲しい物を伝える。
 どこにもいないサンタにではなく、プレゼントを買って来る父親に。
 こういう時、息子は自分にそっくりだと再認識する。

「何が欲しいんだ?」
「ポケモン。
 新しいのが出たんだよ」
 そう言うと、息子はにんまりと笑った。
 きっと息子は、自分の事を『偽物』のサンタだと思っていることだろう。
 それでもいい。

 自分は子供の頃、サンタを信じてなかった。
 でも不幸だったわけじゃない。
 両親が暖かく見守ってくれたおかげで、俺は夢を見ることが出来た。

 プレゼントをくれるサンタクロースはいなかったけど、サンタクロースのフリをしてプレゼントをくれる両親はいた。
 知らなかっただけで、サンタはずっといたのだ。
 そのことが、今の俺にはとても嬉しい。

 今度は俺の番。
 両親が俺に夢を見させてくれたように、今度は俺が息子に夢を見せる。
 演じて見せようじゃないか。
 息子の信じる『偽物の』サンタを! 

「分かった、伝えておくよ」
「絶対だよ!」

 うまくいったと、ほくそ笑む息子。
 この調子なら、まだ夢を見せてあげられそうだ。

11/3/2025, 1:27:48 PM

101.『消えない焔』『おもてなし』『tiny love』


 涼宮塔子は嫉妬の炎に燃えていた。
 数年かけて作り上げた自分の居場所を、ポッと出の後輩に奪われてしまったからである。

 血と汗と涙がにじむような、努力の集大成。
 それを奪われて平然としていられるものはいない。
 塔子は瞳に消えない焔を宿し、簒奪者への復讐を狙っていた……


 ◇

 塔子は、サークルの姫である。
 大学入学と同時に男しかいないサークルへと入り、その美貌を武器に男を手玉に取っていた。

 サークルのメンバーからは毎日のように貢物が送られ、部室にいる間はなに不自由なく過ごしていた。
 塔子の美貌はサークル外にも知れ渡り、出待ちする男も多かった。
 彼女の噂は留まるところを知らず、県外から彼女を一目見ようと尋ねてくる人間がいたくらいである。

 しかし塔子は、自らの美貌に胡坐をかくような人間ではない。
 自己の魅力を最大限に引き出すため、常に流行の化粧やファッションを研究している。
 美容にも余念がなく、独学ながら心理学も修め、人を惹きつける技術を習得している。
 その魅惑的なプロポーションを維持するため、ジム通いもしていた。

 常に自分を魅力的に見せる努力を怠らず、そして内面も磨くため、あらゆる芸事もたしなむ。
 人々の献身を受けるからには、その価値に見合う人間であるための努力を惜しまない。
 それが涼宮塔子という女であった。

 そんな彼女には夢があった。
 今は『サークルの姫』だが、ゆくゆくは『大学の姫』となり、『日本の姫』となり、そして最終的には『世界の姫』となるのが彼女の目標だった。
 そして、いつか来るであろう宇宙人を『おもてなし』することが、彼女の最終目標だった。
 誰も知らない、自分の胸に秘めた子供っぽい夢。
 彼女は見た目とは裏腹に、宇宙人が大好きなのだ。

 だが、転機が訪れたのは一週間前。
 自らが所属するサークルに、一つ下の森山リンが入って来たことから、彼女の夢は陰り始める。

 リンは、美人であった。
 彼女は愛嬌こそあったが、塔子ほどの美貌を持っておらず、『これならば自分の地位を脅かす事は無いだろう』と当初は気にしていなかった。
 塔子から見ても可愛い後輩であり、自分の後継者として育てようと思っていたくらいだ。
 だがすぐにそれが間違いであったと気づかされる。

 リンは持ち前の愛嬌を持って、あっという間に男たちの心を鷲掴みにした。
 塔子の世話を甲斐甲斐しく焼いていた男たちは、またたく間に塔子の元を離れリンの世話を焼くようになった。
 毎日の貢物もなくなり、常に騒がしかった塔子の周辺は、閑古鳥が鳴くようになった。
 彼女のプライドはズタズタだった。

 男たちの尻の軽さも塔子は許しがたかったが、リンのことも憎かった。
「他人の物を奪って、平気でいるなんてなんてヤツ!」
 もちろんそれが自分の力不足が原因であり、リンには何の咎がない事は分かっていた。
 しかし頭では分かっていても、心は納得しない。
 塔子は日に日に負の感情が大きくなり、もうこれ以上は抑えきれないとなった時、塔子はある決断をした。
「山籠もりをしよう」

 一度俗世から離れ、自らを見つめなおす。
 塔子はその必要があると感じたのだ。

 そもそも塔子の目標は『世界の姫』。
 『サークルの姫』で躓いているようでは、先が思いやられる。
 ならばここで一度自分を見つめ直して、改めて『サークルの姫』として君臨しよう。
 もし、それでもリンに勝てないようであれば、自分はそれまでの存在。
 潔く諦めようと、塔子は心に誓った。

 だが今年の山は危険でいっぱいだ。
 クマが例年になく活発で、もしかしたら見つめなおすどころではないかもしれない。
 鍛えなおすにも命を失っては仕方ないと、むかし石油王から『tiny love(ささやかですが)』と献上されたコテージに行く事にした。
 あそこなら静かに自分を見つめなおせると、塔子は思った。

 予定が決まってから、塔子の行動は早かった。
 サークルのメンバーが心配しないように書置きを残し、マンションの自室に戻って準備に取り掛かる。
 滞在予定はまだ決まっていないが、食料は必要だ。
 食料の買い出しに行こうとすると、玄関のベルが鳴った。
 書置きを見たリンが駆けつけたのだ。

「すいませんでした」
 玄関の戸を開けると、リンはすでに土下座していた。
 驚いた塔子が目を白黒させていると、リンはポツポツと話し始めた。

「ちょっとだけ、塔子先輩が羨ましかったんです。
 人気者で、みんなに頼りにされて……
 私も塔子先輩に憧れていたんですけど、それでも悔しくて……
 
 それで男どもを唆したんです。
 『少しの間、私を姫扱いするのはどう?
 そうしたら塔子先輩が嫉妬して、アナタたちの事見直してくれるかも。
 よく言うでしょ、押してダメなら引いてみろ』って。
 軽率な事をしたと、反省しています」

 それを聞いて、塔子は全てを悟った。
 自分の力不足が原因だとは思っていたが、さすがに展開が急だと感じていた。
 圧倒的なまでにリンと差があると推測していたのだが、それは他ならぬリンの言葉で否定された。
 早合点しすぎたと、塔子は心の中で反省した。

「私、サークルをやめます。
 塔子先輩に迷惑をかけてしまいました」
「リンさん、頭を上げて」
「でも……」
「気にしてないわ。
 嫉妬していたのは事実だけど、アナタには感謝しているの。
 未熟さに気付けたからね」

 子供を諭すように、塔子はリンに話しかける。
 だがリンは信じられないと言った様子で、塔子に食って掛かる。

「塔子先輩は、なんで平然としていられるんですか?
 私、先輩の居場所を奪ったんですよ!」
「宇宙の前にはちっぽけな事よ」
「宇宙?
 話が飛躍しすぎてませんか……?」
「その理由を知りたければ、一緒にコテージに行きましょう。
 あそこは空気が澄んでいて星が良く見えるの。
 満天の星空を見れば、全てがちっぽけに思えるわ」


 ◇

 数十年後、人類史上最大のイベント――宇宙人の地球来訪が実現した。
 歴史的大イベントに世界が湧く中、地球代表として彼らを『おもてなし』する大役を担ったのは、二人の女性だった。
 一人は涼宮塔子、もう一人は森山リン。
 地球を代表する二人の『世界の姫』である。

 二人のおもてなしに宇宙人は魅了され、我先にと貢物を送るようになった。
 そうして、彼女たちは宇宙史上初の『宇宙の姫』となり、歴史に名を残すのであった、

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