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10/16/2025, 10:32:02 AM

『秋恋』『一輪のコスモス』『未知の交差点』


「ナムナムナム」

 俺は今、道端に祀られているお地蔵さまに拝んでいた。
 交差点にぽつんと置かれたお地蔵さま。
 大事にされているのか、小綺麗にしてあった。

 作法がよくわからないので、呪文は適当だが、その分熱心に拝む。
 こういうのは気持ちが大事、きっと想いは通じることだろう。

 特に信心深いわけでもない俺がこんな事をしているのには理由がある。
 理由は単純、俺は絶賛現在進行系で困っているから。

 都合が良すぎると非難を受けそうだが、背に腹は代えられない。
 
 俺は今、遭難しているのだ。


 とある休日、車でとある農家に向かっていた。
 俺は園芸ご趣味で、特にコスモスが好きだった。
 
 最初は郵送して欲しいと交渉したが、『直接来ないと譲らない』の一点張り。
 仕方なく住所を聞き出し、こうして農家に直接向かうところだったのだが……

 もう少しで目的地というところで、

 ここはどこにもわからぬ未知の交差点。
 途方に暮れていた。

 スマホは圏外で助けも呼べぬ。
 山に囲まれているからか、電波が入らずカーナビ代わりのスマホも機能しない。
 コンビニどころか人の気配のしない山奥で、俺は遭難していた……

 なぜこんな知らない土地に来たのか?
 それは、幻のコスモスを手に入れに来たのだ。
 この辺りの農家でしか育てられていない、希少価値の高いコスモス。
 現地で数量限定で販売されるそれは、この山奥でしか栽培されていない。
 他の愛好家たちに取られまいと、ここまでやってきたのだが……

「田舎すぎて、誰も来てなかったな……」
 農家の人曰く、数量限定で販売するものの、買いに来る人が少ないので、毎年売れ残るとのことだ。
 

「お裾分けだよ」
 そう言って、苗から一輪のコスモスを摘み取って、お地蔵さまの前に
 だが不思議な感覚がある。
 全くの未知の交差点だと言うのに、とこか見覚えがあるのだ。
 だが全くふと足元を見ると、一輪のコスモス……

 何か、思い出そうとして……

「もし、そこのお方」

10/12/2025, 10:08:00 AM

94.『燃える葉』『静寂の中心で』『愛する、それ故に』


「これでよし、と。
 火をつけるぞ」
 焼き芋のために集めた落ち葉の山に、出力を限界まで絞った炎魔法を放つ。
 葉の先がチリチリと音を立てて焦げ、やがて小さな炎が上がる。
 それを見た妻のクレアは、感心したように声を上げた。

「器用ですね」
「剣士の俺がおかしいか?」
「いえ、そうではなく。
 大きな火の玉を作るのは得意でも、そこまで小さな火を出せる魔法使いはなかなかいない、という意味です」
「田舎の人間はこのくらい出来るよ。
 魔道具なんて便利な物は無いからな。
 自分でやるしかないんだ」
「うーむ、ところ変われば必要とされる魔法も違うんですね」

 と、国中でも指折りの魔法使いである彼女は呟く。
 彼女を始めとした魔法使いにとって、魔法とは魔物を屠るためのモノ。
 それを、こうした生活の一部として使うのは斬新なんだろう。

「そういえば俺がまだパーティを組んでいた頃、焚火の点火は俺の役目だったな。
 魔法使いは魔力の温存とか言って頑なに拒否していたが……」
 かつてクレアとは違うメンバーで冒険をしていた頃の思い出が蘇る。
 なにかと言い訳するので当時から怪しいと思っていたが、そうか、あの魔法使いは小さな火を出せなかったのか……
 あの時は『いい加減な奴』と思っていたが、真実を知った今はなんだか妙におかしい

「ところでバン様、もう火が消えてしまいますよ。
 サツマイモは焼かないのですか?」
「火が強すぎると芋が焦げるんだ。
 だから火が弱くなって、赤熱しているくらいがちょうどいいんだ。
 と、そろそろだな」

 燃える葉が灰になり、赤く光るだけの状態――熾火(おきび)になった事を確認して、俺はサツマイモを投入する。
 これでイモは焦げることなく甘く仕上がるはずだ。

「それにしても、ここまでやる必要あります?
 焼き芋作るだけなら、魔法を使えば数分ですよ」
「ウマい焼き芋が食べたいと言ったのはお前だろ?」
「確かに言いましたが……」
「こっちの方がウマいんだよ。
 食べ比べたことがあるから間違いない」
「ちなみに、あとどれくらいかかりますか?」
「1時間くらいだな」
「魔法なら5分なのに……」
 クレアはソワソワし始める。

「他に用事があるのか?
 火は俺が見ておくから、そっちに行ってもいいぞ」
「ではお言葉に甘えて。
 申し訳ありませんが、用事を済ませたら戻りますね」
 と言ってクレアは去っていった。

 そうしてクレアがいなくなり、場に静寂が訪れる。
 世界がまるで、自分だけになったような感覚になる。
 正確には、火の音だけが微かに響く、心地よい静寂。
 まるでここが世界の中心と錯覚しそうなほど、深く静かな時間だった。

 そして静寂の中心で俺は思う。
 『俺、何やっているんだろう』と……

 俺は冒険者だ。
 自分で言うのもなんだが、超一流だ。
 そんな俺が今、こうして故郷の田舎でスローライフを送っている。

 その発端は、まだ俺が冒険者だった時の事。
 ひょんなことからパーティメンバーと喧嘩した俺は、深く暗いダンジョンに置き去りにされた。
 命からがら地上に戻ることが出来たが、その事でトラウマを発症、ダンジョンに潜れなくなった。

 トラウマに苦しむ俺を見たクレアが、『一度冒険から離れた方が良い』と故郷に帰る事を勧めたのだ。
 アドバイスに従い、故郷に戻ってきたのが去年の秋。
 もうすぐ一年になる。

 この田舎ならではののんびりした空気が良かったのか、トラウマはかなり改善した。
 トラウマは癒され、いつしかもう一度冒険に出たいと思うようになった。
 そのための準備もしたし、知り合いには旅に出る予定を伝えている。
 だと言うのに……

「旅に出れねえ……」
 田舎特有の『使えるものは親でも使え』精神により、鍛えている俺は引っ張りだこだった。
 旅に出ようとする度に、引き留められ農作業を手伝わされる。
 春は畑起こし、夏は雑草狩り、秋は収穫。
 その合間に、村の外で魔物狩り。
 常に大忙しだった。

 準備は万端なのに、一向に旅に出る事が出来ない。
 どうしてこうなった。
 旅立ちの予定日から、もう半年だ。
 俺はいったいいつになったら旅立てるんだ!

 ……いや、これは言い訳だ。
 引き留めがあるのは事実だが、俺は本当は迷っているのだ。
 ここでの生活を捨てていいのだろうかと……

 ここでの生活は心地よい。
 クレアとの穏やかな生活は、冒険者時代にはなかった平穏がある。
 クレアのために最高の焼き芋を作るこの時間が愛おしい。
 そして俺に向けて来る人々の優しい笑顔も……
 この心地よさが、危険を冒してまで旅に出る判断を鈍らせているのだ。

 俺は故郷の村が好きだ。
 飛び出した俺を、なにも言わず暖かく迎えてくれた。
 故郷を愛する、それゆえに思い切りがつかない。
 俺はここにきて、人生の岐路に立たされていた。

「大変です、バン様!」
 深刻な声と、クレアが息を切らせて走ってくる様子に、俺の頭はすぐさま戦闘態勢に入った。
 魔法使いとして優秀なクレアが、慌てているのは非常事態が起こったに違いない。
 もしや手に負えない程に凶悪な魔物が出たか!?
 俺は最悪の可能性を想定しながら、クレアの言葉を待つ。

「村に来ている行商人と話したのですが、遠くの国にミカンなる果実があるそうです」
「え?」

 俺は耳を疑った。
 恐ろしい事態が起こったと思いきや、遠国のフルーツの話だと……?
 平和なこの地に、凶悪なモンスターが出たということよりも不可解だ。
 いったいクレアは何を言っているんだ。

「甘美で食べた物を虜にするという、魔法の果実……
 その状態で、未だ完成には程遠いので『未完』と呼ばれているのだとか。
 ぜひとも食べてみたいものです!」
「えっと、それが……?」
「一緒にいた村人たちとも話したんですが、この村でも是非とも栽培してみたいという話になりまして……
 それで私たちに苗木を買い付けに行って欲しいと、今すぐに!」
「はあ!?」
 俺は思わず叫ぶ。

「待て待て、話が急すぎる!」
「季節的にもう冬がやってきます。
 そうなればこの村は雪に閉ざされ、出入りが出来なくなってしまいます。
 その前に、今から商人の馬車に相乗りして、一緒に行って欲しいと」
「さすがに勝手すぎるだろ!
 俺の都合を聞けよ!」
「『冒険に出たがっていたから丁度いい』とも言ってましたよ。
 それに『不器用だから冬の内作は役立たずだから』とも」
「ふざけんな!」
 不器用なのは事実だが、そこまで言われる理由はないぞ。
 マジで役立たずだが、文句を言われるほどじゃない、多分。

「バン様、早く行きましょう。
 旅の準備は出来てますよね?」
「だが焼き芋が……」
「それはあとで村の人が食べると言ってました」
「なんでだよ!」
「早く!
 馬車が待ってます!」
「ああ、くそ!」

 こうして俺たちは旅に出ることになった。
 あらかじめ準備してあった装備一式を持ち、家族との別れの挨拶もそこそこに家を出た。
 俺たちの慌しく出ていく様子に、家族は苦笑いしていた。

 あれほど思い悩んでいた旅立ちが、まさか、ミカンの苗の買い付けという、馬鹿げたきっかけで始まるとは……
 『人生何が起こるか分からない』とは言うが、さすがに予想外すぎる。
 そして俺を『役立たず』と侮辱した奴らに文句を言えなかったのも心残りだ。

 だが――
「村のために旅に出るのもいいもんだな」

 愛する故郷のために、俺は旅に出る。
 誇らしい気持ちを胸に、俺はクレアと共に馬車に乗り込むのだった。

10/11/2025, 4:41:09 AM

93.『誰か』『今日だけ許して』『moonlight』


「すいません、沙都子様。
 どうにか許してもらえないでしょうか……」
 私は誠意を示すため、人生で何度目か分からない土下座をする。
 だが友人である沙都子は、なにも言わずただ私を見下ろすだけだった。

「いえ、別にすべてを許せという訳ではありません。
 どうか、今日だけ……
 今日だけ許してくれませんか……」
 土下座しながら、私は視界の隅でそっと沙都子の様子を伺う。
 しかし沙都子は、土下座する前からの無表情を崩さず、私を睨んだままだった。

 まるで親の仇でも見るかのような目線を向ける沙都子に、思わず反論したくなるがそれは出来ない。
 なぜなら沙都子の手には、私の命より大切なスマホが握られているからだ。
 スマホが敵の手に渡っている以上、私には服従という選択しかない。

 どうしてこうなってしまったのか……
 それは10分前に遡る。

 ◇

 学校が終わった後、私は沙都子の家に遊びに来ていた。
 沙都子の家はお金持ちなので、最新ゲーム機が一通りそろっている。
 私はそれを目当てに連日通っていた。

 『今日は用事があるからダメ』と言われているものの、私のゲーム熱は留まることを知らない。
 だが持ち主不在でもゲームは出来るだろうと、ここまでやって来たのだ。

 顔見知りの門番に会釈してから玄関から入り、まっすぐ沙都子の部屋へと向かう。
 勝手知ったる他人の家とでも言おうか、大きな屋敷も案内無しで歩けるのだ。
 新作ゲームに胸を躍らせながら歩いていると、途中で奇妙な物音が聞こえた。

「誰かいるの?」
 物音の方向に呼びかけるも、何も返事がない。
 気のせいかと思って歩き出すも、再び物音がする。
 好奇心を刺激された私は、新作ゲームを後回しにして物音のする方向へと歩いて行く。

 断続的に聞こえてくる物音を辿っていくと、どうやら衣裳部屋から音がするようだった。
 この衣装部屋は、デザイナー志望の沙都子が自作した服が大量に置いてある。
 服のためだけに部屋があるなんて、さすが金持ちとしか言いようがないが、正直ここにはいい思い出が無い。
 沙都子が何かと服を着せようとしてくるからだ。

 かといって私は物音の正体を確認せずに帰る事も出来ない。
 泥棒がいたら大変だからだ。
 『服を全部盗んで欲しい』と思わなくもないけど、それはそうとして犯罪を見過ごすわけにはいかない。
 ゲームをさせてもらっている身分なので、それくらいの義理はある。
 でも捕まえるまではしない。
 さすがにそこまでの義理は無いよ。

 ともかく私は中にいる人間に気づかれないよう、こっそりドアを開けて中を盗み見る。
 服と服の間でごそごそと何かやっている影があった。
 犯人の顔を確認しようと目を凝らす
 そこで私が見た物とは――


 ――泥棒。

 ――ではなかった。
 衣装部屋にいたのは部屋の主である沙都子だった。
 沙都子はmoonlightな服に身を包み、美少女戦士の格好をしている。
 身をよじったり、背筋を伸ばしたり、服の着心地を確かめているようだった。

 用事があるとは聞いていたが、まさかこんな事をしているとは……
 コスプレの趣味があるなんて、まったく思いもよらなかった。
 それなりに付き合いの深い私に内緒にしているなんて、よっぽど秘密にしたかったようだ。

 そう思った私は『趣味の時間を邪魔してはいけない』と思い、音もなくポケットの中のスマホを取り出す。
 そしてカメラアプリを起動し、沙都子の勇姿を画像に残す。
 しかし――

「そこにいるのは誰!?」
 消し忘れたシャッター音で、沙都子に気づかれる。
 私は慌てて逃げようとするが、態勢を崩して転倒。
 転んだ勢いで、スマホが沙都子の足元まで滑っていく。

「何をしていたのかしらね……」
 スマホを拾い上げて、沙都子は中身を確認する。
 そして見る見る赤くなる沙都子を見て、私は本能的に危険を感じた。

「遺言を聞いてあげるわ」
 今まで聞いたことの無いような、地の底から響くような声。
 私のか弱い精神は縮み上がり、自然と土下座体勢へと移行したのであった。

 ◇

「なんでも!
 何でもしますので、どうかスマホだけはご勘弁を!」
「ふーん、何でもねえ……」
 無表情だった沙都子の顔が、みるみるうちに邪悪に染まっていく。
 その顔はまるで、出来るだけ苦痛を与えんとする地獄の鬼のものであった。
 私は心底震えながらも、スマホより大切なものはないと言い聞かせて耐える。

「この服を着ている理由を教えてあげよっか?」
 一転してフレンドリーな空気を醸し出す沙都子。
 だが油断してはいけない。
 これはとんでもない要求の前触れなのだ。

「服を作る練習しているのは知っているわよね?
 あなたに着せている以外にも作っているんだけど、最近スランプ気味でね。
 気分を変えるためにサブカル系にも手を出しているんだけど、やっぱり着ないと服の価値は分からないわよね、って思って……」
「なるほど」
「本当は着たくないのよ。
 いえ、サブカルを馬鹿にしているわけではないわ。
 ただ自分で着ると、客観視しづらいのよ」
「はあ」
「そこで提案。
 あなた、他のサブカル系の服を着てみない?
 きっと似合うわ」

 今まで度々着せられてきたが、アニメやゲームの衣装は初めてだ。
 過去に着せられた服は、フリフリは多いが普通の服だった。
 しかしサブカル系となれば話は違う。
 作品によって露出の多いものや、品性を疑うものがある。
 中にはとんでもないキワモノが出てくることもある。

 ゲームが好きだからこそ分かるだけに、絶対に着たくなかった。
 断る口実を考えるが、その前に沙都子が言い放つ。

「スマホ、どうなってもいいのかしら?」
「くっ!」
 なんてことだ。
 まさか人質もとい物質を取られるとは……

「……喜んで着させていただきます」
「あら素敵。
 けっこう際どい服も多いから、無理矢理着せるのは避けていたんだけど……
 そこまで言うなら是非とも着て欲しいわ」

 やっぱりかよ。
 私は内心愚痴りつつ、沙都子の沙汰を待つ。
 『私の心配のし過ぎでありますように』と祈る私に、沙都子はとびっきりのキワモノ――ではなく、可愛らしいゴスロリの服を持って来た。

「なんだ意外と普通じゃないか」
 『沙都子も意地悪だよね』。
 そう言おうとして顔を上げたが、沙都子の邪悪な笑みが消えていないことに気づいた。

「その次はこれ。
 アナタにとっては普通でしょ?」
「すいません、沙都子様。
 さすがにそれは服ではないのでは?」
 ゴスロリを持っている反対の手に持っているのは『紐』。
 もはや水着と呼んでいいのかも分からない、紐だけで構成された代物、『紐ビキニ』だった。

 たしかにそれを着ているキャラは稀にいる。
 だがそれは間違っても服じゃない。
 なんでそんなの作ったんだ。

「迷走していたことは認めるわ」
 心を読んだのか、ポツリと呟く沙都子。

「ともかくこれを着てもらうわ。
 こればっかりは、さすがに恥ずかし過ぎて、自分じゃ着られないもの」
「だからって他人に着せないで!
 ていうか、スマホは諦めるので許してください!」
「女に二言は無い!
 とっとと着替えろ!」

 それからも次々と感性を疑う服を着せられて、逆に沙都子のスマホに私の写真が撮られまくる。
 屈辱に顔を歪める私に満足したのかか、沙都子は終始ヒマワリのような笑顔だった。
 そして撮影会が終わり、ようやくスマホを返却された私に、沙都子は追い打ちをかけるように告げる。

「この写真、撒かれたくなかったら次もよろしくね」
 鬼か。

10/6/2025, 10:33:36 AM

92.『旅は続く』『秋の訪れ』『遠い足音』



「1年ぶりだな!
 よく来てくれた!」
 日差しが翳りはじめ、夜の訪れが早くなった9月下旬、往年の友人が訪ねてきた。

「残暑がきつくて参ってたんだ。
 君が来て涼しくなって助かったよ」
 友人は名前は『秋』。
 あらゆる生き物に心地よい空気をもたらし、実りの訪れを告げる涼やかな季節。
 それが『秋』だ。

「去年も聞いたな、その言葉」
「そうなんだよ、どんどん暑くなっていてな。
 だから来てくれて、本当に助かったよ」
 俺は感謝を述べながら『秋』の肩を軽く叩いた。

「ちょっと上がっていけよ。
 ちょうど晩御飯作っていたところなんだ。
 一緒に食おうぜ」
 家に入るように促すと、秋は困ったように微笑んだ。

「厚意はありがたいけど、すぐ出ないといけないんだ。
 他の所にも行かないと」
「ああ、皆に『秋』が来たことを知らせないといけないもんな。
 でも茶くらいは飲む余裕があるだろ?
 そろそろお前が来ると思って、いいお茶を用意したんだよ」
「そこまで言うなら」

 そう言って、『秋』は家の中へと入っていく。
 そんな『秋』を見ながら、心の中でガッツポーズをしていた。

 『秋』は人気者だ。
 暑くもなく寒くもなく、とても過ごしやすい季節。
 一日でも長くなって欲しいと、誰もが引き留めたがる。
 だから俺も、少しでも長くいてもらうために策を弄した。
 冬の到来を一日でも遅らせ、心地よい季節を少しでも長引かせるためだ。

 けれど秋を無理矢理一つの場所に留める事は出来ない。
 なぜなら『秋』には、誰にも代えられない重大な使命があるからだ。

 秋は収穫の季節だ。
 自然界に『秋の訪れ』を知らせることで、生き物に恵みを与えるのだ。
 そして冬が近い事も知らせて、冬支度を促す。
 それは秋の使命なのだ。

 俺は『秋』に、高級な玉露茶を差し出す。
 『秋』を労いたいという気持ちと、一秒でも長くいて欲しいという複雑な思いを抱えている事を悟られないよう、俺は努めて明るい笑顔を続けた。

「今年はいつまでいるんだ?」
「2ヶ月くらいだね」
「なんだよ、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうもいかないんだ。
 冬が待ちぼうけを食らってしまう」
「待たせときなよ。
 全部夏のせいにしてさ」
 ははは、と俺たちは笑い合う。

「ん、うまかったよ」
 もう飲んでしまったのか、『秋』は湯呑を手渡してきた。
「そんなに急がなくてもいいだろ」
「うん、待っている物がたくさんいるからね。
 早くいってあげないと」
「大変だな」

 俺は『行くな』と言う言葉を飲み込んだ。
 『秋』にはずっといて欲しい。
 だがこれ以上『秋』を引き留めるわけにはいかない。

 『秋の訪れ』を伝えるという、彼の旅はまだまだ続く。
 俺だけのワガママで引き留めていい相手じゃない。 
 悪魔がささやくのに耐えながら、玄関のドアを開けた。

「じゃあな」
「ああ、また来年会おう」
 そう言って『秋』は歩き出し、やがて闇に消えた。

「行っちゃったか……」
 振り向くこともなく去っていく『秋』の背中に思う所がないではない。
 『秋』にはたくさんの友人がいて、俺はその一人……
 だからこそ、名残惜しそうな素振りを見せない彼に、一抹の寂しさを覚えたのだった。

 寂しさを感じつつ、俺は部屋のエアコンのスイッチを切った。
 秋が来た以上、もう冷房は必要ない。
 エアコンが無くても快適なのが秋なのだ。
 もちろんすぐに冬将軍の遠い足音が近づき始め、暖房の用意に追われるのだが……

「あれ?」
 『秋』が使った湯呑を洗おうとしたところ、その中に何かが入っていた。
 不思議に思いつつ取り出してみると、それは松茸を模した小さな飾りのストラップだった。

「なんだよ、アイツ。
 素直じゃないなあ」
 目の前にストラップをぶら下げつつ、去年松茸の話をしたことを思い出す。
 『死ぬまでに飽きるまで食いたい』という、どうでもいい話を覚えていたらしい。
 大切な使命の合間にも、一年も前の雑談を覚えていてくれたことに、喜びとむず痒さを感じた。

「けど食えるもん寄越せよ。
 なんだよ、ストラップって」
 さっきまで感じていた寂しさはどこにもなかった。
 俺は友情の証をポケットに入れて、部屋の窓を開ける。
 吹き込んでくる秋の夜風に身を震わせ、冬将軍の気配を感じるのであった。

10/4/2025, 2:07:00 PM

91.『涙の理由』『永遠なんて、ないけれど』『モノクロ』


 俺には同居中の恋人、カレンがいる。
 結婚も考えていて、婚約指輪も用意した。
 あとはプロポーズを残すのみだったが、俺たちの未来に暗雲が立ち込めていた。
 最近、カレンの様子がおかしいのである。

 話しかけても素っ気ないし、デート中もずっとボーっとしている。
 心配して声をかけると、『季節外れの花粉症だよ』とはぐらかされる。
 だが俺は信じていない。
 絶対に何かがあったのだ!

 また、ある時には泣いていたことすらあった。
 暗い部屋で涙を流すカレン……
 目じりに涙をためながら、嗚咽だけならまだ分かる。
 しかし、そこにいない誰かに微笑みかける様子を見て、俺は思わず腰を抜かした。
 カレンに一体何が見えているのか!?
 恐ろしくて理由を聞くことが出来なかった。
 一度だけなら『そんな気分の時もある』と無理矢理納得できるが、何度も見てしまえばそうもいかない。

 悪霊に憑りつかれたのではと思い、知り合いの霊媒師に物陰からカレンを見てもらった。
 「問題ない」とお墨付きをもらって安心したものの、まだ油断はできない。
 悪霊ではないだけで、まだ何も解決していないのだ。

 それならば何が原因なんだろう?
 恋人、秘密、嘘、涙……
 これらから導き出される結論は……


 ……浮気?
 そんな馬鹿な!

 彼女は誠実な女性だ。
 もしも他に好きな人が出来たなら、きっと自分に打ち明けてくれるだろう。
 ……それこそ泣きながら、言って、くれて……
 うう、考えていると辛くなってきた。

 ともかく!
 カレンが浮気していると言うのは絶対にない。
 そのくらいには、俺は彼女を信じている。

 けれど彼女は何も話してくれない。
 俺を信じていないわけじゃないだろうが、なにか理由でもあるのだろうか……
 何も思い当たらないが、もし彼女が困っているならば、力になりたいと思う。
 俺にとってカレンは救いの女神だ。

 カレンと出逢った頃、俺は人生に絶望していた。
 友人に裏切られ、家族からも裏切られ、死ぬことも考えていた俺が、再び人を信じることが出来るようになったのは彼女のおかげだ。
 彼女と出会った事で、モノクロで面白みのない俺の世界は、彼女によって鮮やかに色づいた。
 彼女は大切な恋人であると同時に恩人なのだ。
 俺は人生のすべてをかけて、恩を返さないといけない。

 でもどうすればいいだろう……
 原因が分からない以上、どうやって助けていいか分からない。
 かといって無理矢理聞き出すのも違う。
 何も知らない俺に、いったい何ができるだろうかと考え抜いて、あることを思いついた
 ――プロポーズだ。

 今の俺に話せない事でも、家族になった俺になら話してくれるかもしれない。
 たとえ悩みを打ち明けてくれなくても、一緒にいるだけで力になれる。
 そばにいるだけで心強い。
 家族って、そういうものだ。

 ポケットの中から小さな箱を取り出す。
 中身はもちろん婚約指輪。
 これを受け取ってくれるのだろうか。
 もしかしたら本当に浮気で、プロポーズを断られるかもしれない。

 けれど、今動かなければ何も変わらない!
 俺は大きく深呼吸して、カレンに呼びかける。

「カレン、少しいいかな?」
 テレビを見ていたカレンは、肩をびくりと震わせてこちらを見る。
 オドオドと挙動不審な様子で明らかに何かを隠しているが、とりあえず見なかったことにする。

「永遠なんて、ないけれど……」
 カレンの前に、小箱を差し出す。

「それでもずっと、そばにいて欲しい」
 そして箱を開けて指輪を見せる。

「どうかな?」
 そう言うと、カレンは声をあげて泣き始めた。
 断られると思ったが、カレンは俺に微笑みながら言った。

「嬉しい」
 カレンはプロポーズを受け入れてくれた。
 ずっと前から聞きたかった答え。
 だが俺はカレンの言葉を聞きながら、別の事を考えていた。

 『このシチュエーション、どこかで見たことがある』と……
 頭をフル回転させ、思い当たる事を探す。
 そして目尻に涙をためながら、俺に微笑むカレンを見て気づいた。

「暗い部屋で泣いていたアレ、このためか!」
 それを聞いたカレンは、気まずそうな顔をしてポツリ。
「……洗濯は私の担当なのに、ズボンの中に指輪を入れている方が悪い」
 サプライズのつもりが、どうやら気づかれてしまっていたらしい。
 そしてカレンは嘘をつくのが苦手だ。
 だから渡された時、初めて知ったフリをするために泣く練習していたというのが真相のようだ。

 まさか涙の理由が俺だったとは。
 恋人を、いや、家族を泣かせるなんて、幸先悪い事この上ない。
 俺が少なくないショックを受けていると、カレンは満面の笑みで言った。

「やっぱり隠し事はバレるね。
 結婚してからも、秘密は無しでいこう」
「そうだな」
 俺が同意すると、カレンは鬼の形相で、俺を睨んだ。

「で、婚約指輪いくらだった?
 生活苦しいから『節約しようね』って話し合ったばかりだよね?
 さあ、言い訳を聞こうか」
 今度は俺が泣かされる番のようだ。

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