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7/6/2025, 9:44:38 PM

61.『青く深く』『カーテン』『夏の匂い』


 気持ちのいい朝だった。
 カーテンから漏れる光が部屋を優しく照らし、よく眠れたのか体が軽い。
 朝特有のけだるさもなく、頭もバッチリ冴えて眠気がない。
 一日を始めるには最高のコンディションだった。

 カーテンを開ければ、窓一面には青く深く染まる海の色。
 サンゴ礁は虹色に輝き、色とりどりの魚たちが躍る。
 人生で初めて見る幻想的な風景。
 文字通り究極の美と言えるだろう。

 けれど時間は有限、眺めている時間は無い。
 すぐに家を出ないと遅刻してしまう。
 特に今日は大事な会議がある。
 すぐに朝の準備をしなければ、って――

「なんじゃこりゃー!?」
 思わず叫ぶ。
 窓の外が海ってどういう事?
 意味が分からない。

 自分が住んでいるアパートは、ごくごく普通の安アパートである。
 普通に陸の上に建っており、普通に街の中にあった。
 間違っても海の中に建てられたものではない。

 何度目をこすっても窓の外は海の色。
 昨日まで代り映えしない街の風景が見えたのに、どうしてこうなった?
 夏の匂いに誘われて鳴いていたセミも、どこにもいやしない。

 もしかして寝ている間にアパートが水没した?
 でも、近くには海は無いし……
 どれだけ考えても理解できず、まるで悪い夢でも見ているようだった。

「川島様、起きられましたか?」
 あまりの事態に呆然としていると、自分を呼ぶ声がした
 振り返ると、そこにはこの世の物とは思えない程美しい女性がいた。
 女性は優しく自分に微笑みかける。

 女性の後ろには、鯛が控えるようにいた。
 なにも無い空間に『ここは水中です』と言わんばかりに、当たり前の様に浮かんでいる。
 荒唐無稽な目の前の風景に、夢かと思い頬をつねる。
 しかし頬から伝わる痛みが、ここは現実だと知らせて来る

「お疲れのようでぐっすりと眠られていましたよ。
 さあ、朝ご飯の準備は出来ておりますから――」
「待って、ちょっと待って」

 咄嗟に女性の言葉を遮る。
 失礼なことだと承知しているが、何が何だか分からないまま事態を進行させないで欲しい。
 頭が爆発しそうなくらい混乱しているのに、何も教えないのは酷くないか?
 俺は努めて冷静さを装いながら、女性に質問する。

「ここはどこ?」
「竜宮城でございます」
「竜宮城って、あの!?」

 そこですべてが繋がった。
 竜宮城と言えば、昔話の『浦島太郎』に出てくる場所。
 海の底、美しい女性、不思議な魚……
 この世とは思えないほど美しい城で、そこで時を忘れてしまうほど楽しい時間が過ごせると言う。

 辺りを見渡せば、確かにここは自分の部屋ではない。
 部屋は趣のある和室で、お高そうな美術品が多数置いてある。
 一見して自分の部屋ではないと分かるのだが、混乱のあまり気づかなかったようだ。

 となると、目の前の女性は乙姫だろうか?
 ただならぬ雰囲気を纏っているので、多分そうなのだろう。
 にわかには信じがたいが、目の前に起きている信じがたい事実の数々。
 本当に竜宮城なのだろう。

 アレはフィクションじゃなかったのか……
 そんな思いを抱きながら、乙姫にさらなる質問をする

「それで、なんでボクはここにいるの?」
「川島様は、先日亀をお助けになられましたよね?」
「亀を助けた?
 俺が?」
「ええ、先週の日曜日に、川辺で」

 乙姫に言われて、先週の日曜日の事を思い出す。
 確かその時は、アイスを買いに近所のコンビニに行こうとしていた。
 川に沿って続く歩道を歩いていると、川辺でひっくり返った亀を見つけたのである。
 足をばたつかせてもがく亀。
 かわいそうに思った俺は、亀をひっくり返してその場を去ったのだった。

「ああ、思い出した。
 あの時の」
「探すのには苦労しましたよ。
 なにせ、名乗らずに行ってしまわれるのですから」
「普通は亀には名乗らないよ」
「そうでもありませんよ。
 亀を助けて名乗る方が大勢いらっしゃるのです」
「へえ、そうなんだ……」

 昔話を真に受けて、名乗る人がそれなりにいるらしい。
 どうやら意外とロマンチストが多いようだ。
 けれど自分がこうして竜宮城に来ている事を考えれば、あながち間違っても言えないのだが。
 そんな事を思っていると、腹が大きな声で鳴いた。

「もっとお話をしたいところですが、空腹であるご様子。
 お食事を食べながらお話ししましょう」
「そうしよう。
 とりあえずなにか腹に入れて、話はそれからだな」
「ではご案内します」

 最低限の身なりを整えて、乙姫に付いて行く。
 いい匂いがし始める。
 これは期待できそうだ。

 腹ごしらえをして、次にすることは……
 とまで考えてあることに気づいた。

「今思い出したんだけど、俺今日は大事な会議があるんだ。
 朝食を食べたら地上に送ってもらえないかな?」
「ああ、それについてはご安心を。
 こちらで手配しております」
「手配?」
「そろそろ連絡が来る頃だと思いますよ」

 と乙姫が言うと同時に、通知を知らせてスマホが震える。
 通知はLINE、上司からのメッセージだった。

『川島よ、話は聞いた。
 そこにいる女性の言う事には絶対に逆らってはいけない。
 こちらの事は何とかするから、自分の身の安全だけ考えてろ』

 妙に不穏なメッセージに、俺の心が不安でいっぱいになる。
 俺殺されるの?
 そう言われてみれば、『浦島太郎』はバットエンド。
 気を抜くととんでもない事が起こるのかもしれない。

「ところで亀を助けた人は大勢いるみたいだけど、どうなったの?」
「ええ、下心があるとはいえ、恩は恩。
 歓迎し、笑顔でお帰り願いました」
「そうなんだ」
「イケメンは返しませんけどね」
「へ?」
「冗談ですよ」

 ふふふ、とイタズラっぽい笑みを浮かべる乙姫。
 だが俺は見逃さなかった。
 乙姫の目の奥が、ほの暗い炎を宿していた事を……

「早く行きましょう、川島様。
 用意したご飯が冷めてしまいます」
「ああ、分かった。
 冷めたらおいしくないもんな」
 適当に話を合わせつつ、乙姫に付いて行く。
 おいしそうと思えた朝ご飯の匂いも、今では最後の晩餐としか思えない。

 叫びそうになるくらい恐怖していると、再びスマホが震える。
 震える手で操作すると、また上司からメッセージが来ていた。

『おまえは顔がいいから、逆らわない限り乱暴されることは無いだろう。
 その内飽きるだろうから、それまでの辛抱だ。
 生きて帰って来いよ』

 一説によると、浦島太郎は300年間竜宮城にいたらしい。
 さすがにそこまで引き留められるとは思わないが、覚悟はしたほうがいいかもしれない。

「川島様、どうかされましたか?」
「……なんでもない。
 すぐ行く」

 帰ってみせる、たとえ300年かかろうとも。
 乙姫のなめつける視線に寒気を感じながら、俺は硬く決意をするのだった。

7/4/2025, 12:42:25 PM

60.『最後の声』『まだ見ぬ世界へ』『夏の気配』


 玄関から出ると、巣にいたツバメの雛がいなくなっていた。
 天敵に襲われたかと不安になるが、隣にいた亭主によると今朝早くに巣立ちしたとのこと。

 七月に入り夏の気配が濃くなってきた今日この頃。
 今日みたいに天気のいい日は、たしかに旅立つにはちょうどいい
 まだ見ぬ世界に胸を躍らせて巣立つツバメ。
 それがかつての娘と重なる。
 
 一年前の今頃、社会人になった娘は家を出た。
 県外の会社で働くことになり、近くにアパートを借りて住む事になったのだ。
 若いツバメと同じように、新しい世界に希望を抱き家を飛び出す娘。
 家を出る時の最後の声は、とても弾んでいた。

 そして仕事が充実しているのか、今日まで一度も帰って来なかったが……
 とんだ親不孝者である。

 しかし、その娘が今日帰って来る。
 結婚を約束した恋人と一緒に。

 歳を取り、たいていの事は動じなくなったと思っていたが、まさかここまで心をかき乱されるとは。
 一週間前に帰って来ると連絡があったが、それ以来気が気でない。
 今だって、到着予定の時間にはまだ早いのに、いても経ってもいられずこうして玄関に出ている。
 まだかまだかと待っていると、ふとあることを思い出す。

 いつかテレビでみたのだが、ツバメは寒い場所が苦手だから、冬を暖かい場所で過ごすらしい。
 そして暖かくなると、かつて育った巣に里帰りするという。
 まるで娘のようだ、と私は思う。

 娘も寒さが苦手であった。
 冬になると、ストーブの前から動かなかなくなる。
 毎朝学校に送り出すのは一苦労だった。

 そういえば娘が勤める会社もはるか南の方。
 仕事が忙しくて帰れないと言っていたが、本音では寒いのが嫌で戻ってこないのではないかと邪推する。
 これは、返ってきたら問いたださないといけない。
 私はひそかに決意する。

「来たぞ」
 亭主の声に、私は顔を上げる。
 視線の先で、娘と男性が肩を並べて歩いていた。
 娘は大きく手を振っており、隣にいるのはおそらく恋人だろう。
 真面目そうな人だが、さてどうだろう?
 こっちも確かめないといけない。

 やることが山積みだけど、その前に言うことがある。
「おかえりなさい」
 私の声を聞いた娘はニコリと笑い――

「ただいま!」
 娘は里帰りした子ツバメのように、生まれ育った家に駆け込むのであった。

6/30/2025, 12:54:09 PM

 子供の頃の夢は、アイスクリーム屋さんになることだった。
 食べるのも好なのはもちろん、食べる人の幸せそうな顔を見るのも好きだからだ。

 子どもに買ってあげる親。
 友人同士で同じものを食べる高校生たち。
 一つだけ頼んで、二人で分け合いながら食べるカップル。
 みんなが幸せそうなところを見ていると、自分も幸せになった。

 小さな愛、中くらいの愛、大きな愛。
 アイスクリームはたくさんの愛を運んでくる。
 だから僕もアイスクリーム屋になり、たくさんの人に愛を分け与えたいと思った。

 でも世界は残酷だ。
 僕にはアイスクリーム屋どころか、職業選択の自由すら無かった。
 先祖代々武器商人の家系で、自分も武器商人になることが決まっていたからだ。

 一度家を飛び出したこともあるが、すぐに連れ戻され罰を受けた。
 大好きなアイスクリームを食べることも禁止され、はっきり言って地獄だった。

 だが希望が無かったわけじゃない。
 粘り強く交渉した結果、副業としてならアイスクリーム屋をしてよいと渋々許可が出たのである。
 表面上はアイスクリーム屋として、裏では銃器の売買。
 二重経営だが、まさに天にも昇る気持ちだった。

 そうして晴れて夢が叶い、アイスクリーム屋(銃器含む)を開業。
 僕はおおいにテンションが上が――らなかった。
 なぜかって?
 アイスクリームがまったく売れないからだ。

 理由は明白。
 店の立地は人通りの少ない路地裏。
 空はこんなにも晴れていると言うのに、日光の届かない陰気臭い場所。
 こんな偏屈な場所に人が来るわけがない。
 普通ではない人間を除いて、だが……

 開店して一週間経つと言うのにアイスクリームの売り上げはゼロ。
 銃器ばかりが売れ、これではまるで武器屋さんである。
 冗談ではない。
 ウチはアイスクリーム屋である。

 だが憤ってもアイスクリームは売れることは無い。
 そこで僕は、銃器を買いに来る人間にも売り込みを掛けることにした。

「なあ、銃もいいが、たまにはアイスクリームも買っていかないか?
 おいしいぞ」
「馬鹿か?
 なんでそんなマズイもん食わねえといけないんだよ」

 気がついたら目の前の男を殴り倒していた。
 当たりどころが悪かったのか、呻くばかりで動こうとしない。
 コイツはアイスクリームを馬鹿にした。
 それだけで万死に値する。

 しかし『マズイ』という発言は引っ掛かる。
 アイスクリームはうまいもの。
 なのにマズイと言うのはなぜだろう? 

 と、そこであることに気づいた。
 もしかしたら、彼はアイスクリームを食べたことが無いのかもしれない。
 いわゆる食わず嫌いというものだ。
 そうでなければ、アイスクリームをマズイなんて言う訳がない!
 普通ではありえない話だが、彼の住む世界は裏社会。
 ありえない話じゃない。

 そうと決まれば話は早い。
 アイスクリームを口にすれば、きっと彼の偏見も消えるハズ。
 僕は使命感に駆られ、よそったアイスクリームを持って彼の側にしゃがみ込む。

「お前、こんなことをしてタダで済むと思って……」
「おい、アイスクリーム食えよ」
「お前何言ってる?
 頭でも打ったか?」
「気にするな、サービスだ」
「本当に何を言って――もごお」
「うまいか?」
「待て、息が出来な……」
「もっとあるから遠慮しなくていいぞ」
「ぐああああ」

 5個目のアイスクリームを口に突っ込んだところで、彼は動かなくなった。
 僕のアイスクリームにまみれた彼の死に顔は、まるで至福を閉じ込めたようだ。
 と思うのは僕の妄想だろうか?

 それはともかく、今回の一件で気づいたことがある。
「もしかしたら他の人間もアイスクリームを食べたことが無いのかもしれないな。
 家族が反対した理由もそこにあるのかもしれない。
 こうしちゃいられない。
 みんなにアイスクリームの素晴らしさを教えてあげないと!」


 🍧 🍨 🍦

「速報です。
 最近巷を騒がせていた、アイスクリーム殺人事件の犯人が捕まりました。
 被害者は全員裏社会の人間と言うことで、ヤクザの抗争が疑われていましたが、容疑者は『愛を与えたかった』と謎の供述をしており――」

6/27/2025, 1:45:23 PM

58.『好き、嫌い、』『君の背中を追って』『どこにも行かないで』


 飼い猫のノインは好き嫌いが激しい。
 寝床、 食べ物、おもちゃ。
 全てに強いこだわりがある。

 家に新しい物が来た時、毎回その前に座って検分を始める。
 言葉が分からないので想像に過ぎないが、きっと自分が使う様子を想像しているのだろう。

 これは好きになれるか、嫌いな物か?
 穴が空くほど見つめて確かめる。

 好き、嫌い、好き、嫌い……
 ノインの尻尾が、右に左に行ったり来たり。

 時間にして一分くらい考えた後、お眼鏡に叶えば体をこすりつけ、ダメなら猫パンチ。
 結構な割合でダメ出しをくらうが、そんな様子が可愛らしく、ついつい貢いでしまう。
 『人間は猫の奴隷』とはよく言うが、自分は紛れもなくノインの下僕であった。


 そんなノインの最近のお気に入りは、僕の恋人の花蓮である。
 交際してから初めて部屋にやって来た時、一目惚れしたらしい。
 値踏みすらせず、当然のように膝の上で喉を鳴らすノイン。

 花蓮も満更でもないようで、おやつをあけたりと可愛がっていた。
 あまりにノインを構って僕に構ってくれない。
 ちょっとだけ嫉妬である。

 だが花蓮は僕の部屋の住人ではない。
 花蓮が自分の家に帰る度に大騒ぎして、『どこにも行かないで』と鳴き始める。
 まるで小さな子供だ


 いつかカレンに言ったことがある。
「ノインは君が好きすぎる。
 いつか君の背中を追って、家まで付いて行くかもしれないね」
 そう言うと、花蓮は困ったような顔をした。

「そうなったら大変だわ。
 お婆さまが厳しくて、人でも動物でも家族以外が来たら大騒ぎするの」
「もしそうなったら、ノインを家族にするといい。
 ノインも喜ぶだろうさ」
 花蓮は少し考えた後、優しく微笑んだ。
「それはいい考えね。
 そうさせてもらうわ」


 そんな会話をした1週間後。
 ノインがいなくなった。
 お気に入りの昼寝場所や餌の場所、トイレ。
 テレビの裏に、タンスの上。
 エサだと呼んでもやって来ない。

 どこにも見つからなくて、もしやと思って花蓮に電話してみた。

「ええ、ノインなら私の側にいるわ。
 カバンに潜り込んだみたい」
 花蓮の言葉にホッとしながらも、僕は次の言葉を紡ぐ。

「迷惑をかけたね。
 騒ぎにならなかったかい?」
「なんとかね。
 私の家族だって言ったら矛を収めてくれたわ。
 でもノインが退屈そうでね。
 申し訳ないけど、ノインのおもちゃを持ってきてくれないかしら?」
「それは無理だよ。
 君の家は家族しか入れないからね」

 反論すると、花蓮は電話の向こうで笑った、
「安心して。
 あなたも家族にしてあげるから」

6/23/2025, 1:14:27 PM

『届かないのに』『糸』『雨の香り、涙の跡』


 ある日のことです。
 お釈迦様は、極楽にある蓮池の側で悲しんでいました。
 数刻前、地獄にいるカンタダを救うため、地獄へと通じる蓮池に蜘蛛の糸を垂らしていたのですが、糸が切れてしまったのです。
 ほかならぬカンタダの、他人を蹴落とそうとする無慈悲な行いによってです。

 カンタダは生前残虐な大泥棒として名を馳せていました
 裕福な家に盗みに入り、金目の物を奪うばかりではなく、人を殺める事も厭わないため、人々を恐怖に陥れていました。

 そんなカンタダでしたが、一度だけ善行をしたことがあります。
 小さな蜘蛛を助けた事があるのです。
 カンタダににとって気まぐれなのでしょうが、それは紛れもない善行です。
 善行は報いがあるべきと考えたお釈迦様は、極楽へと来れる機会を与えたのです。
 
 しかし、カンタダは己の浅ましさによって、その機会を自ら潰してしまいました。
 自らの行いによって救いの道を閉ざす。
 そんな結末に、お釈迦様は嘆かれたのです

 その一連のやりとりを見ていたものがいました。
 カンタダの元相棒、カンベエです。

 かつてカンタダと組んで、巷を騒がせていたカンベエ。
 結婚を機に犯罪から足を洗い、今までの悪事の償いをするかのように善行に取り組みました。
 それが認められてカンベエは極楽へ迎えられたのです。

 しかしカンベエの心には、ずっと心残りがありました。
 カンタダの事です。

 カンベエは多くの善行を行いましたが、特に力を入れたのは防犯について。
 元犯罪者であるカンベエは、どんな対策をすれば犯罪者が嫌がるかをよく知っていました。
 カンベエの的確な助言による防犯対策は功を奏し、犯罪を減らすことに成功、町の治安は良くなっていきました。
 そんな時でした、カンタダが捕まったのは……

 カンベエの防犯対策によってカンタダは盗みに失敗、そのまま捕らえられたのです。
 カンタダが連行される時、カンベエもその場にいました。

 すぐにでも振り出しそうな雨の香り、そして悔しさをにじませたカンタダの涙の跡。
 無念のうちに連れていかれる元相棒の姿に、カンベエは黙って見送ることしか出来ませんでした。

 そして、まるでかつての相棒を嵌めたような形になったカンベエは、そのまま気を病んでしまいました。
 そして極楽に来た後もカンベエの心は晴れず気晴らしで散歩に出た時に、お釈迦様が蜘蛛の糸を垂らすところを目撃したのです。

 そうして蜘蛛の糸が切れた後、お釈迦様が去っていくのを見てカンベエは蓮池の側まで走り寄りました。
 蓮池から地獄の様子を伺うためです。

 再び地獄まで堕ちてしまったカンタダは、極楽に向かって罵詈雑言を叫んでいました
 届かないのに、なおも叫び続けづカンタダ。
 その様子を見たカンベエは心を痛め、カンタダがあそこまで落ちぶれてしまった原因は自分にあると感じました。
 カンベエは罪滅ぼしにと、カンタダを助ける事を決意しました。
 そしてお釈迦様がされたように、もう一度蜘蛛の糸を垂らしたのです。

 垂らされた糸を見て、カンタダはすぐさま糸を掴みます。
 そして途中で切れては敵わないと、一回目よりも早い速度で昇っていきます。
 無心で上った結果、後ろを振り向いて亡者たちを振り落とすこともなく、無事に登り切ることが出来きたのでした。

「なんだ、糸を垂らしていたのはお前だったのか」
「許して欲しい、カンタダ。
 俺は……」
「何も言わなくていい。
 俺を極楽まで連れてきてくれたことには感謝してる」
 カンタダは優しく笑いかけながら、カンベエの肩を掴みます。

「だが許さねえよ」
「うあああ」
 カンタダは、カンベエの肩を思い切り引っ張って蓮池の中に落としてしまいました。
 カンベエは何が起こっているか分からないまま池に沈みます

「俺を裏切った奴は許さない。
 たとえ恩人だろうともな」
 カンベエが浮き上がってこない事に、カンタダは満足気に笑みを浮かべます。

「これで邪魔者はいなくなった。
 ここでのんびりと暮らし――
 なんだ?」

 そこでカンタダはあることにに気がつきました。
 いつのまにか、目の前に大きな柱がそびえ立っていたのです。

「こんなものあったか?」
 不思議に思いつつ周囲を見渡すと、柱は全部で五本。
 カンタダを取り囲むように立っていました。
 
「カンタダよ」
「俺を呼ぶのは誰だ!」
 カンタダは声の方を振り向きます。
 そこには巨大なお釈迦様の顔がありました。
 非常識な光景に、カンタダは呆然とします。

「極楽まで連れて来た恩人を池に落とすとは何事だ」
「これは手違いで……
 ははは」
「改心すれば極楽にいさせたものを」

 お釈迦様がそう言うと、突然の地面が震え始めました。
 カンタダは、そこでようやく自分がどこにいるか気づきます。

「お釈迦様の手のひらの上だったのか!」
「もう一度地獄へと落としてくれる」
「待ってくれ。
 改心するからもう一度――」

 カンタダは助命を乞いますが、最後まで言うことが出来ませんでした。
 お釈迦様が手のひらを返したからです。

「もう二度と、お前には救いはない」
 カンタダはそのまま真っ逆さまに地獄へと落ちていきました。
 こうして地獄へと舞い戻ったカンタダは、ようやく自らの愚かさに気づきましたが、二度と救いの手が差し伸ばされることはありませんでしたとさ。

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