子供の頃の夢は、アイスクリーム屋さんになることだった。
食べるのも好なのはもちろん、食べる人の幸せそうな顔を見るのも好きだからだ。
子どもに買ってあげる親。
友人同士で同じものを食べる高校生たち。
一つだけ頼んで、二人で分け合いながら食べるカップル。
みんなが幸せそうなところを見ていると、自分も幸せになった。
小さな愛、中くらいの愛、大きな愛。
アイスクリームはたくさんの愛を運んでくる。
だから僕もアイスクリーム屋になり、たくさんの人に愛を分け与えたいと思った。
でも世界は残酷だ。
僕にはアイスクリーム屋どころか、職業選択の自由すら無かった。
先祖代々武器商人の家系で、自分も武器商人になることが決まっていたからだ。
一度家を飛び出したこともあるが、すぐに連れ戻され罰を受けた。
大好きなアイスクリームを食べることも禁止され、はっきり言って地獄だった。
だが希望が無かったわけじゃない。
粘り強く交渉した結果、副業としてならアイスクリーム屋をしてよいと渋々許可が出たのである。
表面上はアイスクリーム屋として、裏では銃器の売買。
二重経営だが、まさに天にも昇る気持ちだった。
そうして晴れて夢が叶い、アイスクリーム屋(銃器含む)を開業。
僕はおおいにテンションが上が――らなかった。
なぜかって?
アイスクリームがまったく売れないからだ。
理由は明白。
店の立地は人通りの少ない路地裏。
空はこんなにも晴れていると言うのに、日光の届かない陰気臭い場所。
こんな偏屈な場所に人が来るわけがない。
普通ではない人間を除いて、だが……
開店して一週間経つと言うのにアイスクリームの売り上げはゼロ。
銃器ばかりが売れ、これではまるで武器屋さんである。
冗談ではない。
ウチはアイスクリーム屋である。
だが憤ってもアイスクリームは売れることは無い。
そこで僕は、銃器を買いに来る人間にも売り込みを掛けることにした。
「なあ、銃もいいが、たまにはアイスクリームも買っていかないか?
おいしいぞ」
「馬鹿か?
なんでそんなマズイもん食わねえといけないんだよ」
気がついたら目の前の男を殴り倒していた。
当たりどころが悪かったのか、呻くばかりで動こうとしない。
コイツはアイスクリームを馬鹿にした。
それだけで万死に値する。
しかし『マズイ』という発言は引っ掛かる。
アイスクリームはうまいもの。
なのにマズイと言うのはなぜだろう?
と、そこであることに気づいた。
もしかしたら、彼はアイスクリームを食べたことが無いのかもしれない。
いわゆる食わず嫌いというものだ。
そうでなければ、アイスクリームをマズイなんて言う訳がない!
普通ではありえない話だが、彼の住む世界は裏社会。
ありえない話じゃない。
そうと決まれば話は早い。
アイスクリームを口にすれば、きっと彼の偏見も消えるハズ。
僕は使命感に駆られ、よそったアイスクリームを持って彼の側にしゃがみ込む。
「お前、こんなことをしてタダで済むと思って……」
「おい、アイスクリーム食えよ」
「お前何言ってる?
頭でも打ったか?」
「気にするな、サービスだ」
「本当に何を言って――もごお」
「うまいか?」
「待て、息が出来な……」
「もっとあるから遠慮しなくていいぞ」
「ぐああああ」
5個目のアイスクリームを口に突っ込んだところで、彼は動かなくなった。
僕のアイスクリームにまみれた彼の死に顔は、まるで至福を閉じ込めたようだ。
と思うのは僕の妄想だろうか?
それはともかく、今回の一件で気づいたことがある。
「もしかしたら他の人間もアイスクリームを食べたことが無いのかもしれないな。
家族が反対した理由もそこにあるのかもしれない。
こうしちゃいられない。
みんなにアイスクリームの素晴らしさを教えてあげないと!」
🍧 🍨 🍦
「速報です。
最近巷を騒がせていた、アイスクリーム殺人事件の犯人が捕まりました。
被害者は全員裏社会の人間と言うことで、ヤクザの抗争が疑われていましたが、容疑者は『愛を与えたかった』と謎の供述をしており――」
6/30/2025, 12:54:09 PM