58.『好き、嫌い、』『君の背中を追って』『どこにも行かないで』
飼い猫のノインは好き嫌いが激しい。
寝床、 食べ物、おもちゃ。
全てに強いこだわりがある。
家に新しい物が来た時、毎回その前に座って検分を始める。
言葉が分からないので想像に過ぎないが、きっと自分が使う様子を想像しているのだろう。
これは好きになれるか、嫌いな物か?
穴が空くほど見つめて確かめる。
好き、嫌い、好き、嫌い……
ノインの尻尾が、右に左に行ったり来たり。
時間にして一分くらい考えた後、お眼鏡に叶えば体をこすりつけ、ダメなら猫パンチ。
結構な割合でダメ出しをくらうが、そんな様子が可愛らしく、ついつい貢いでしまう。
『人間は猫の奴隷』とはよく言うが、自分は紛れもなくノインの下僕であった。
そんなノインの最近のお気に入りは、僕の恋人の花蓮である。
交際してから初めて部屋にやって来た時、一目惚れしたらしい。
値踏みすらせず、当然のように膝の上で喉を鳴らすノイン。
花蓮も満更でもないようで、おやつをあけたりと可愛がっていた。
あまりにノインを構って僕に構ってくれない。
ちょっとだけ嫉妬である。
だが花蓮は僕の部屋の住人ではない。
花蓮が自分の家に帰る度に大騒ぎして、『どこにも行かないで』と鳴き始める。
まるで小さな子供だ
いつかカレンに言ったことがある。
「ノインは君が好きすぎる。
いつか君の背中を追って、家まで付いて行くかもしれないね」
そう言うと、花蓮は困ったような顔をした。
「そうなったら大変だわ。
お婆さまが厳しくて、人でも動物でも家族以外が来たら大騒ぎするの」
「もしそうなったら、ノインを家族にするといい。
ノインも喜ぶだろうさ」
花蓮は少し考えた後、優しく微笑んだ。
「それはいい考えね。
そうさせてもらうわ」
そんな会話をした1週間後。
ノインがいなくなった。
お気に入りの昼寝場所や餌の場所、トイレ。
テレビの裏に、タンスの上。
エサだと呼んでもやって来ない。
どこにも見つからなくて、もしやと思って花蓮に電話してみた。
「ええ、ノインなら私の側にいるわ。
カバンに潜り込んだみたい」
花蓮の言葉にホッとしながらも、僕は次の言葉を紡ぐ。
「迷惑をかけたね。
騒ぎにならなかったかい?」
「なんとかね。
私の家族だって言ったら矛を収めてくれたわ。
でもノインが退屈そうでね。
申し訳ないけど、ノインのおもちゃを持ってきてくれないかしら?」
「それは無理だよ。
君の家は家族しか入れないからね」
反論すると、花蓮は電話の向こうで笑った、
「安心して。
あなたも家族にしてあげるから」
6/27/2025, 1:45:23 PM