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4/9/2025, 1:33:45 PM

『新しい地図』『フラワー』『遠い約束』


 ナントカ大陸の東、カントカ山を越え、ソントカ川を越えた場所に『迷いの森』と呼ばれる魔の森があった
 その森は来たものを迷わし、生きては返さない呪いの森。
 何百年も人を拒み続けたこの森の奥に、人目を避けるようにひっそりと村があった。
 エルフの住む村である

 人間の忙しない世界から離れ、自然と共に暮らすエルフたち。
 変化こそないが、静かな暮らし。
 人間たちの争いに巻き込まれることもなく、彼らは平和に暮らしていた。

 だがいつも静かなエルフの村が、今日ばかりは慌ただしい。
 エルフの長が、村の住人たち全員を呼び出したのである。
 
「これが新しい地図だ」
 長は集めたエルフたちに地図を配り始める。
 この地図は、迷いの森で迷わないための魔法の地図。
 この森で暮らす、エルフたちの必須のアイテムであった。

 この森が『迷いの森』と呼ばれているのは、エルフが魔法をかけて方向を惑わしているから。
 人間たちを接近させないためではあるが、エルフたちすら迷わせる強力な魔法。
 同胞に犠牲者を出さないために、こうして迷わない地図を渡しているのである

 だが人間は諦めが悪い。
 あの手この手で迷いの森を通り抜けようとして、エルフの村にやってこようとする

 だから定期的に魔法を更新し、仲間のエルフたちが迷わないように地図を渡しているのだ
 面倒ではあるが、自分たちの平穏を守るための必要な処置。
 なんどもやってくる人間に、エルフたちは諦めの境地であった

 しかし今日集まったエルフたちの顔には、悟りの境地ではなく不満がにじみ出ていた。
 誰もが不快さを隠そうとせず、舌打ちまでする始末である。

「今月に入って何枚目だよ」
 若いエルフが愚痴を零す。
 長は若者を睨むが、なにも言わなかった。
 長もまた、同じ気持ちだったからだ。

 4月に入ってから地図を配るのは3回目であった。
 暖かくなった3月中旬から数えれば、もう20枚目。
 エルフたちが不満を思うのも無理はない。

「最近人間の活動が活発なのだ。
 抜けられるとは思わないが、用心のためだ」
 それを聞いて、エルフたちは一斉に溜息をつく。
 人間たちが嫌いでこんな森の奥に引きこもっているのに、どうして人間たちがやってくるのか。
 エルフたちは、人間たちのしつこさにうんざりしていた

「人間が来たって面白いものなんて無いんだけどな。
 何が目的なんだか……」
「なんでも、人間の間で疫病が流行っているらしい。
 それで原因が森にあるとかで、周辺をうろついているようだ」
「なんでもかんでも俺たちのせいかよ!」
「人間の愚かさは今更だが……
 村に疫病を持ってきたりはしないよな?」
「それを防ぐために、こうして結界を張っておるのだ。
 皆の者、苦しいだろうが今だけだ。
 そのうち諦めるだろうさ」

 白熱する議論を打ち切るように、長は手を叩く。
 それを合図に、エルフたちは静まり返った。

「では皆の者、『フラワー』様に祈りを捧げるのだ」
 そう言って、長は後ろを振り返る
 そこにはエルフたちが崇めるご神体――『フラワー』が鎮座していた。

「これからも『フラワー』様の祝福が貰えるよう、真剣に祈るのだぞ。
 長の言葉を合図に、エルフたちは祈りを捧げる。
 先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、小さな子供まで熱心に祈りを捧げてはじめた……

 エルフたちが崇める『フラワー』とは、毎年春になると咲く美しい花である。
 だが、ただの花ではない。
 この世の物とは思えない美しい花を咲かせ、美に厳しいエルフたちですら魅了する花だ。
 陽光を受けて虹色に輝く。
 漂う香りは天にも昇る甘い香り。
 そして煎じて飲めば、あらゆる病気を治す漢方薬となる。
 エルフはこの美しい花を神と崇め、命よりも大事に扱っていた。
 
 だがその花には秘密があった。
 花粉を物凄くまき散らすのである。
 空の色が変わるほどまき散らす。

 だが自然の民であるエルフたちにとって、自然物である花粉は無害である
 花粉を空を覆いつくすほどまき散らす『フラワー』ですらほとんど害はなく、特に気にかけることは無かった。
 しかし、人間は違う。
 
 『フラワー』のまき散らす花粉は、人間たちの免疫機能を大いに刺激し、主に鼻水や涙の症状――いわゆる花粉症を引き起こしていた。
 この花粉症は、森の周辺に住む人々を中心に発症。
 春にしか発症しない奇病であるが、重症になると何もが出来なくなるほど酷い病状であった。
 さらに悪い事に年々被害は拡大し、国の経済は鈍化、生活基盤を揺るがす疫病と恐れられた。

 それまで戦争をしていた国々も、事態を重く見て休戦、共同で調査に当たることになる。
 調査の結果、エルフが住む迷いの森に原因があると断定。
 原因を排除すべく、迷いの森に調査隊を送ることになった――というのが、騒動の真相である。
 しかし、外の世界に興味がないエルフたちは、そんな事情など全く知らない。

「おお、『フラワー』様よ。
 醜い人間どもから、我々をお守りください」
「「お守りください」」

 だが崇める『フラワー』が災いを呼んでいる事に気づかぬまま、彼らは祈り続ける。
 そしてそんなことなど露知らず、今日も『フラワー』は輝くのであった。

4/6/2025, 1:47:34 PM

『空に向かって』『桜』『好きだよ』



 ウチの高校には伝説がある。
 ご多分に漏れずベタなもので、それは『満開の桜の木の下で告白すると永遠に結ばれる』というもの。
 『意中の相手を呼び出して告白すれば晴れてカップルとなる』、そんなありふれた伝説。
 あまりにも陳腐で、使い古され、そして俺たちの心を惹きつけてやまない伝説だ。

 でもこの伝説、謎なところが多い。
 伝説こそありふれたものだが、桜がある場所がすごく特殊なのである。

 何を思ったのかこの桜、グランドの端にある切り立った崖の上にある。
 この学校は山を切り崩したところに建てられているのだが、その時たまたま残ってしまったのがこの桜らしい。

 そういった経緯なので、まともな手段ではこの桜の所に行くことは出来ない。
 崖を登るには高すぎて危険だし、回り込もうにも山の反対側から道なき道を登ってこないといけない……
 近くて遠い桜であった。

 こんな危険な場所に行けるわけがない。
 なので伝説は嘘っぽいのだが、生徒の中ではそれなりの信憑性を持って噂をされている。
 なんでも卒業生の中に、伝説の桜の木の下で告白した猛者がいるとか。
 その二人は晴れてカップルになり、『本当の愛があれば問題ない』と

 そんな事を思いながら、俺は今、崖の前に立っていた。
 もちろんこの崖の上の桜の所まで行き、気になるあの子に告白するためである。
 共通の友人を通じ、脈があることは分かっている。
 この呼び出しもOKを貰っている。

 告白の前には根回しが重要。
 これぞ恋の秘訣。
 もはや成功したも同然であった。

 だがもう一つ解決すべきことがあった
 空に向かってそびえ立つ、岩肌がむきだしの崖……
 一般的な男子高校性の俺に、この崖を登る技術は無い。
 だが俺には秘策があった。

 登れないなら飛んでいけばいいじゃない。
 俺は貯金をはたいてヘリコプターをチャーターし、空から行く事にした。
 もちろんパイロット付き。

 そんな感じで特に苦労もなく(財布は大打撃だが)崖を登ることに成功した俺。
 あとは彼女が来るのを待つだけ。
 だがその時、俺はとんでも無い事に気づいた。

「彼女、どうやって来るんだ?」
 自分がどうやってここに来るかを考えていたばっかりに、彼女の事をまったく考えてなかった!
 俺だけ来ても全く意味がないじゃないか!
 浮かれ過ぎて、彼女の事が頭からすっぽり抜け落ちていた

 今気づいても、もう遅い。
 もっと早く気づけば、彼女に確認を取れたのに!
 俺って本当にバカ!
 自己嫌悪に陥っていた、その時であった。

「待った?」
 なんと彼女がやって来た。
 一瞬山を越えて来たのかと思ったが、彼女は涼しい顔をしている
 とても道なき道を進んできたようには思えない。
 俺は信じられない光景を前に、心に浮かんだ疑問をそのまま口にする。

「どうやって来たの?」
「どうやってって、そりゃあ……」
 彼女は後ろを指さした。
 そこには扉が――ちょうどエレベーターみたいな両開きの扉があった。

 ……エレベーター?

「これに乗って来たんだけど……
 もしかして知らなかった?」
「知らなかった」
「まあ、知る人ぞ知るってやつだからね。
 エレベーターが無かったら私も来なかったな。
 昔、崖を登る生徒がいたから作ったらしいけど――

 でも、君は知らなかったんだよね?
 じゃあどうやって来て――うわ、ヘリコプターがある!」
 俺が乗って来たヘリコプターに気づいて驚く彼女。
 彼女は目を丸くし、まじまじとヘリコプターを見つめていた。
 そりゃ驚くよね。
 エレベーターで来るのが正攻法だもん。

「ひえええ。
 告白するのに、まさかヘリコプターを使うとか。
 私、愛されてる!」
 楽しそうに笑う彼女。
 そんなに喜んでくれるなら、俺も勘違いした甲斐があったものである
 もっとも顔から火が出そうなほど恥ずかしいけどね……
 俺が羞恥に耐えていると、彼女はクルリと振り返った

「じゃあ、そろそろ告白してくれる?
 『好きだよ』って言ってくれればすぐOKするから」
 そして彼女はもう一度、ヘリコプターに振り返った。

「そしてすぐにデートに行きましょう。
 初デートが空って素敵よね!」

4/3/2025, 9:50:07 PM

『春風とともに』『またね!』『はじめまして』



 藤岡ヒナタは春が好きでした。
 小学六年生のどこにでもいる女の子。
 彼女は花が大好きで、世界に花でいっぱいになるこの時期は、一年の中で最も好きな季節でした。

 街路樹として植えられている桜の木。
 誰かの庭で咲いているチューリップの花。
 川のほとりに咲く、名前も知らない小さな花々たち……
 色とりどりに彩られる世界は、彼女を魅了してやみません。

 今日も花を眺めながら学校に登校していていました。
 公園の隅に咲いている梅を眺めていた時のことです。
 春風とともに、紙飛行機が飛んできました。
 そして、ヒナタのちょうど目の前にポトリと落ちます。

 風に流されて来たのかと辺りを見渡しますが、誰もいません。
 見通しがいい場所なので、どこかに隠れているということもありません。
 不思議だと首を傾げながら紙飛行機に目線を戻すと、文字が書いてある事に気づきました。

 『はじめまして。
 これからよろしくお願いします』
 紙飛行機には、そう書かれていました。

 ヒナタは怖くなりました。
 知らない人が自分を見ている事にです。

 学校では『知らない人と話してはいけません』と言われています。
 それは誘拐されたり犯罪に巻き込まれるからです。

 それに手紙の主が、姿を現さないのも不気味です。
 どこからか様子を伺っているのでしょうか……
 正体の分からない存在に、ヒナタは恐怖で震えます。

 ですがここにいても何も解決しません。
 『学校に逃げれば、変質者も追っては来れないはず』
 彼女はそう思い、逃げるようにその場を後にしました。
 判断が功をそうしたのか、不審者は学校まで追って来ませんでした
 ホッと一安心です。

 ですが学校に着いてからも不思議なことが起こりました。
 鼻水が止まらないのです。
 目もシパシパして、違和感があります。

 風邪でも引いたか?と思いましたが、どうやら熱はない様子。
 新手の病気かと不安になりますが、そのまま授業を受けました。
 そして、学校が終わって帰宅してすぐ、布団に入り寝ることにしました。
 少しくらいの不調なら、寝て治ると思ったからです

 次の朝、ヒナタはしっかりと睡眠をとり爽やかな朝を迎え――ることは出来ませんでした。
 相変わらず鼻水で鼻がつまっていました。
 それどころか、くしゃみが出るようになり、前日より酷くなっている気すらします。

 ヒナタの母親は、彼女が辛そうな様子を見て、こんな提案をしました。
「今日は学校を休んで病院に行きなさい」
 そうしてヒナタは、母親に連れられて病院に向かうことになりました。 
 ですがヒナタの顔は晴れません。

 自分の体に何かとんでもない事が起こっており、このまま死んでしまうのではないだろうか……
 そんな不安を抱えたまま、彼女は病院へと向かいます

「花粉症ですね」
 診察してくれたお医者さんは、きっぱりと断言しました。
 どうやら不調の原因は、春風とともにやって来た花粉だったようです。
 ヒナタは病気ではなかったことに安堵する一方、頭の中によぎった疑問を口にします。

「でも先生、去年までは何ともなかったんですよ」
「花粉症は突然来るものです。
 挨拶なんてしない、失礼な奴らですよ」
 お医者さんは、花をすすりながら答えます

 そこでふと思いました。
 昨日の紙飛行機のことを……

 もしかして、あれは花粉からの手紙だったのでしょうか……?
 お医者さんの様に『挨拶が無い』と怒られたから、手紙を出すことにしたのでしょうか?
 よく分かりませんが、大変な病気ではなかったのでひとまず安心しました。

「お薬を出しますね。
 それで楽になりますよ」

 医者の言うことは間違っていませんでした。
 薬を飲むと、あら不思議。
 今までの体調不良がきれいさっぱり消えてしまったのです。
 ヒナタはクスリが効いたことに胸を撫でおろします。

 ヒナタは、自分が花粉症と聞いた時、一つ不安なことがありました。
 大好きな春が大嫌いな季節になってしまうかもしれないという事……
 花粉症の人の中には薬が効かない人がおり、もし自分がそうならば春の間はずっと辛い思いをすることになります。
 そうなれば

 しかし、ヒナタには薬が効きました。
 薬を飲む限り、花粉症に悩まされる心配はありません。
 花粉症で困っていたのは少しの間だけ。
 ヒナタにとって大好きな春は、大好きなままなのです。
 こんなに素敵なことはありません。

 そしてヒナタは毎日薬を飲み、花を眺めていました。
 幸せでした。
 けれど何事も終わりがあるものです。

 一か月後、花が咲く季節は終わりを告げました。
 気温も高くなり、花が咲くのには適さない時期になりました
 春の終わりの訪れに、ヒナタは切なさを感じます。

 ですが悪い事ばかりでもありません。
 花粉症の季節の終わりでもあるからです。
 この季節さえ超えてしまえば、薬を飲む必要はない……
 もう花粉症に悩まされないのです。

 それはいい事なのですが、ヒナタは切なさと喜びが入り混じる複雑な思いでした。
 小学生の心が受け止めるには、少々荷が重い感情でした。

 ですがそれ以上に、ヒナタの頭にあるのは来年の事。
 年が変わって春になれば、また花が咲く。
 それが楽しみでした。

 早く春にならないかな。
 そう思いながら、通学路を歩いていた時のことです。

 再びどこからともなく、紙飛行機が飛んできました。
 その紙飛行機にはやはり文字が書かれていました。
 ヒナタは、恐る恐る文を読みます

『春が終わったので、実家に帰ります。
 でも来年戻ってきますので、心配なさらぬよう。
 またね!

 花粉より』

3/31/2025, 1:46:05 PM

『春爛漫』『小さな幸せ』『涙』


 俺の名前はバン。
 高ランクの冒険者である。
 数多のダンジョンを踏破し、冒険者の間では俺の名前を知らないもヤツはいない。

 でも今現在、冒険者業は休業中。
 一年前のある日、パーティの仲間たちと喧嘩した時にダンジョンに置きざりにされたことがトラウマで、ダンジョンに潜れなくなってしまったのだ。

 ダンジョンの入り口に立つと、吐き気が止まらなくなり、膝が震えて動けない。
 もう冒険者を廃業すべきかと悩んでいた頃、今の妻であるクレアと出逢った。
 クレアは俺の悩みを熱心に聞いてくれ、一度落ち着いて休むべきだと俺に助言、そして十年ぶりに故郷の村に帰省することになった。
 その甲斐あってかトラウマは劇的に改善し、村の近所にあるダンジョンにも潜れるようになった。
 奇跡のような変化に、俺はクレアには感謝してもしきれない。

 そして春。
 若葉萌ゆる季節。
 葉は芽吹き、虫たちは目を覚ます。
 山は緑に染まり、道端では花が咲き誇っている。
 まさに春爛漫である。

 そして俺も、草花と同じように動き出そうとしていた。
 雪で通れなかった道路も開通し、もはや俺の冒険を阻むものは何も無い。
 さあ旅にでよう。
 冒険の始まりだ――



 と思っていたのが2週間前。
 俺はまだ村にいた。

 本来なら旅に出ているはずの俺が、なぜまだ村にいるのか?
 それは……

「おーい、こっちも手伝ってくれ」
「……あいよ」
 知り合いの農家の手伝いをさせられていた。

 この村は農業で生計を立てている。
 農家に暇などなく、この時期は特に忙しい。
 田起こしに肥料を撒き、種まき、植え付け、雑草抜き、あとは農具の整備か。
 猫の手でも借りたいくらいの忙しさである。

 そんな慌しい空気の中で旅支度をしていたのだが、暇をしていると思われたのであろう。
 村のじい様やばあ様に小言を言われた挙句、駆けつけた若い衆に連行され、強制的に農作業の手伝いをさせられた。

 『暇なら、旅に出る前に少し手伝ってくれ』
 と村人たちは口を揃えて言うが、全く『少し』じゃない。
 いい働き手が来たと、散々扱き使われた。

 しかも村全体がそんな雰囲気なので、一つの所が終わっても『次はウチ』と次の仕事が舞い込んでくる。
 そうして、出発日予定日から、一日二日と延びて、今に至る。
 二週間経った現在も順番待ち(!?)している農家がおり、俺の体は当分の間解放されそうにない。
 どうしてこうなった!

「しけた面してるな、オイ」
 俺が憂鬱でいると、声をかけてきたのは友人のジョセフ。
 村を出る前は一番中の良かった悪友、そして『今日』の仕事先である。

「いろいろ計画を立てていたのに、全部オジャンになってな。
 世を儚《はかな》んでいたところだ」
「それは計画を立てるほうが悪い。
 自然相手に、思い通りなんてなるわけないだろ」
「主にお前たちのせいだよ」
 俺が睨むと、ジョセフはイタズラっぽく笑う。
 こいつ、反省してないな。

「冗談だ。
 そんな怖い顔をするなよ。
 あれもこれも押し付けて悪いとは思ってるよ」
「本当か?
 俺が回ってきた中で、一番扱き使われている気がする」
「使えるもんは使わないとな。
 ほら、手を動かせ!
 日が暮れるぞ!」
「はいはい」
 俺は鍬を手に持ち、畑を耕していく。
 額に汗し、畑の半分ほど耕したところで、ジョセフが口を開いた。
 
「お前、このまま村にいるってのは出来ないのか?」
 唐突に発せられた質問に、咄嗟に反応出来なかった。。

「お前、一緒に帰ってきた冒険者仲間――クレアって言ったか、その子と結婚しただろ。
 ならこの村でのんびり結婚生活を満喫したらどうかと思ってな。
 小さな幸せを感じながらスローライフ。
 そんな生き方もアリだと思うんだがね」
「言いたいことは分かる」

 この村での生活は楽しかった。
 命のやりとりをする冒険者業の経験があるからこそ、この自然に囲まれたスローライフは掛け替えのないものだと断言出来る。
 トラウマが治ったのも、優しい村の人々のおかげだ。
 だか……

「残念ながらやり残したことがあってね。
 まだ冒険者業は、廃業するつもりはないんだ」
「そうか」
 どうやら聞く前から答えが分かっていたらしい
 ジョセフはあっさりと引き下がる。

「まあ、ずっといられても困るしな」
「は?」
 だが予想だにしない言葉が、ジョセフの口から放たれる。
 お前、さっき俺に村にいて欲しい的なこと言ってたじゃん。
 どういうことだよ!

「気づかなかったか?
 この村の農具が、全て新しくなっている事に……」
「それは気になっていたが……
 もしかして!」
「そうだ!
 お前の送ってくる仕送りで買ったんだよ。
 冒険者って儲かるんだな」
 満面の笑みを浮かべるジョセフ。
 それに対し、俺はただ茫然と立ち尽くす。

「それでもお金が余ったから、試しに最新式の農具も取り寄せたりしてな。
 今はすげえのがあるぞ!
 魔法の力で動くトラクターっていうヤツが凄く便利でな。
 村に一台しかないから持ち回りなんだが、それでも農作業が格段に楽になんだ!
 それでさらに買うためにもお金が必要だから、今さら冒険者を止められても困るんだよ」
「完全にそっちの都合じゃねえか!」
「お前がいなくなると寂しくなるけど……
 俺たちは涙をのんで見送るよ」
「驚きの白々しさ」
「俺たちのことは忘れても、仕送りだけは忘れるなよ」
「もう送るのやめようかな……」
「そんなこと言うなよ。
 友達だろ」

 一緒にいない方が長い俺に対し、友達扱いしてくれるのは有難いことだが……
 言葉通りに受け取るには、今までの話が少々生々し過ぎた。

「そういうことだから、安心して旅に出な」
 とポツリと呟くジョセフ。
 どうやら彼なりの励ましだったようだ。
 村の事は心配するなという事だろう。

 ジョセフの言葉を聞いて、俺はこの村に帰って来た時のことを思い出していた。
 突然帰って来た俺を、何も暖かく迎えてくれた村人たち。
 今も子供の頃と同じように接してくれるジョセフ。

 俺の帰る場所はここなんだと再認識する。
 家族がいて、友達がいる。
 暖かく迎えてくれる人々がいる。

 いつになるかは分からないけど、最後に帰る場所はここでありたい。
 優しい人々がいる、この村に。
 俺は心の中で、ひそかにそう思うのであった。


「それはそうとして、秋には帰ってこいよ。
 村中が収穫で大忙しなんだ」
 あれ……
 ひょっとして俺、労働力と金蔓としか思われてない……

 ここにいたら、新しいトラウマが出来そうだ。
 俺はそんな予感を胸に感じながら、出来るだけ早く村を出ることを誓うのであった。

3/29/2025, 7:40:19 AM

『もう二度と』『記憶』『七色』

 朝起きて鏡を見ると、俺の毛の無い頭が七色に染まっていた。
 昨日まで普通の肌色だったのに、今では赤、青、黄色と色とりどりだ。

 こんな頭で会社に行こうものなら、みんなの笑いもの!
 自分のハゲ頭をタネに、俺から笑いを取ることはあるけれどこれは違う!
 ゲーミングヘッドなんて、冗談じゃねえよ。

 ええい、悩んでも仕方がない。
 とりあえず、医者の所へ行こう。
 俺は会社に休む連絡をしてから、帽子かぶって病院へと向かった。


 □

「どうなされました?」
「見ての通り、頭が七色に光るようになりました。
 助けてください」
「ふむ、診てみますね――」
 医者はどこからかサングラスを取り出し、俺の頭をまじまじと観察し始める

「分かりました」
「あの、大丈夫でしょうか?」
「ええ、命に別状はありません。
 ご安心ください」
「良かった」
「ところで構造色って知ってますか?」
「いいえ……」

 急な医者の質問に戸惑う俺。
 質問の意図が分からないが、どっちにしても知らないので頭を振る
 すると医者は学校の先生の様に、ゆっくりと話し始めた。

「その物質自体には色が無いのに、まるで色を持っているかのように見える現象です」
「あの、よく分からないんですけど……」
「縁遠いものに聞こえますが、意外と身近にありますよ。
 DVDやブルーレイディスクの裏面を見た時に、虹色に光るところを見たことがあるでしょう?
 光の反射によって、違う色が見える。
 これが構造色です」
「へえー、勉強になりました。
 でもそれが、俺の頭と何の関係が?」
「アナタの頭の表面が、DVDみたいになっているという事です」

 医者から明かされた衝撃の事実!
 そんなことあるの!?

「何か心当たりは?」
「あー、最近アメリカから育毛剤を取り寄せまして……」
 俺はスキンヘッドを恥とは思ってないが、それとは別にフサフサの髪は欲しい。
 つまりはそういうことだ。

「それを使ったと?」
「ええ、一周間くらいですかね。
 頭がむずむずしてきたので効いているのだと思っていたのですが、まさかこんなことになっているとは……
 先生、直りますか?」
「安心してください。
 確かに珍しい症状ですが、若い頃に一度診察したことがあります。
 その時の機材もホコリを被ってますが、使えるハズですよ
 いやあ、もう二度と診察することが無いと思っていましたよ。
 長生きするもんだ」
「先生、はしゃいでませんか?」
「そんなことありませんよ。
 では早速治療に取り掛かりましょう」

 と言うと、看護師に指示して、機材をもってこさせた。
 たくさんケーブルが出ているヘルメットのような物と、それに繋がっているモニターの二つ。
 不安になるデザインだが、他に方法があるわけでもない。
 俺は渡されたヘルメットを被った

「では始めます。
 治療中は何があっても外さないように」
「分かりました」
「ではスイッチオン!」

 医者の掛け声ともに、被っているヘルメットが起動して、ほんのり頭が暖かくなる。
 不安だったが、ちゃんと起動しているようだ。
 医者も何があってもいいように、モニターを見て不測の事態に備えて――

 と思っていたら、モニターには映像が流れていた。
 古いアメリカの映画のようだ。
 なんで治療そっちのけで映画をみているんだ?
 沸き上がる怒りを堪え、きわめて冷静に注意する。

「先生、治療中に映画を見るのは止めて頂けませんか?」
「ああ、これですか?
 さっき、あなたの頭がDVDになっていると言ったでしょう?
 読み込めるんですよ、これ」
「読み込めるんですか!?」
「ええ、前回の時もそうでした。
 これが結構楽しくてね。
 一緒に見ます?」
「治療は!?」
「大丈夫ですよ。
 読み込みと並行して、治療が行われていますので。
 たいてい10分くらいで治り――むむっ」

 医者が突然、声を上げる。
 なにか予想外の事が起こったか?
 これ以上のや花きごとは勘弁してくれ

「これは、ケネディ元大統領暗殺の時の記録!?
 なぜこんな映像が……」
 医者が物騒なことを言い始めた。
 ケネディ、といえばアメリカの暗殺された大統領だったか?
 育毛剤を取り寄せたのもアメリカからだったし、奇妙な偶然である。

「これは、公開されたものの中には無いものですね……
 へえ、こんなことが……」
 患者を放置して映像に夢中になる医者。
 聞いたことはあるが、俺は興味が無いのでなにが凄いのか分からない。
 好きな事は人それぞれだが、せめてダビングして家で見てくれないかな。

「馬鹿な!!
 そんな事が!?
 となると真実は……」
 突然医者が叫んだかと思うと、乱暴にモニターを消した。
 あまりの豹変ぶりに、俺は唖然とする。

「これは知ってはいけないことでした。
 闇に葬ることにしましょう」
「闇に?
 というか治療は?」
「安心してください。
 全自動ですから。
 それはともかく、お薬出しますので飲んでくださいね」
「え、はい。
 それはいいですけど、本当に大丈夫ですか?」
「今の医療で記憶を消すのは造作もありません」
「心配しているのはそっちじゃない!」
「そっちの方が大事です!」
 医者の気迫に、俺は気圧される。
 一体何が起こっているんだ?

「記憶を消さなければ大変な事になります!
 あなたもCIAに命を狙われたくはないでしょう?」
「大げさな」
「マスコミにリークするつもりですか?
 そうはいきません。
 記憶消去モード!」
「まっ――」
 そこで記憶が途切れた。


 □

 気が付くと、俺は自宅の玄関に立っていた。
 なぜ自分はこんなところにいるのか?
 何も思い出せない。

「病院に行ったはずなんだけどなあ……」
 何か病院に行く用事があったはず。
 けれど行った記憶どころか、そのなぜ行こうと思ったのかも思い出せない
 もしや夢でも見たか?

「頭の事で悩んでいた気がする……」
 分からないことだらけだが、とりあえず自分の姿を見れば何かわかるだろう
 俺は首を傾げながら、洗面所の鏡台に向かう。

「うわ、フサフサになってる」
 だが鏡に映るのは昨日までの禿げ頭ではなく、盛りに盛られた髪の毛であった。
 幻覚かと思い触ってみるも、そこには確かな感触がある。
 本物の毛だ。

「やった、やったぞ!」
 よく分からないが、髪の毛が生えた。
 これでハゲと馬鹿にされない。
 俺は喜びに打ち震える

「けど、急に髪の毛が伸びたら会社の奴らになんて言われるか……
 今日はいったん坊主にしよう。
 一度生えたんだから、つぎも生えるだろ」

 俺はバリカンを取り出して、髪の毛を刈っていく。
 複雑な気持ちのまま髪の毛を切っていると、そこから七色の頭の表皮が出てきて――

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