G14(3日に一度更新)

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『春爛漫』『小さな幸せ』『涙』


 俺の名前はバン。
 高ランクの冒険者である。
 数多のダンジョンを踏破し、冒険者の間では俺の名前を知らないもヤツはいない。

 でも今現在、冒険者業は休業中。
 一年前のある日、パーティの仲間たちと喧嘩した時にダンジョンに置きざりにされたことがトラウマで、ダンジョンに潜れなくなってしまったのだ。

 ダンジョンの入り口に立つと、吐き気が止まらなくなり、膝が震えて動けない。
 もう冒険者を廃業すべきかと悩んでいた頃、今の妻であるクレアと出逢った。
 クレアは俺の悩みを熱心に聞いてくれ、一度落ち着いて休むべきだと俺に助言、そして十年ぶりに故郷の村に帰省することになった。
 その甲斐あってかトラウマは劇的に改善し、村の近所にあるダンジョンにも潜れるようになった。
 奇跡のような変化に、俺はクレアには感謝してもしきれない。

 そして春。
 若葉萌ゆる季節。
 葉は芽吹き、虫たちは目を覚ます。
 山は緑に染まり、道端では花が咲き誇っている。
 まさに春爛漫である。

 そして俺も、草花と同じように動き出そうとしていた。
 雪で通れなかった道路も開通し、もはや俺の冒険を阻むものは何も無い。
 さあ旅にでよう。
 冒険の始まりだ――



 と思っていたのが2週間前。
 俺はまだ村にいた。

 本来なら旅に出ているはずの俺が、なぜまだ村にいるのか?
 それは……

「おーい、こっちも手伝ってくれ」
「……あいよ」
 知り合いの農家の手伝いをさせられていた。

 この村は農業で生計を立てている。
 農家に暇などなく、この時期は特に忙しい。
 田起こしに肥料を撒き、種まき、植え付け、雑草抜き、あとは農具の整備か。
 猫の手でも借りたいくらいの忙しさである。

 そんな慌しい空気の中で旅支度をしていたのだが、暇をしていると思われたのであろう。
 村のじい様やばあ様に小言を言われた挙句、駆けつけた若い衆に連行され、強制的に農作業の手伝いをさせられた。

 『暇なら、旅に出る前に少し手伝ってくれ』
 と村人たちは口を揃えて言うが、全く『少し』じゃない。
 いい働き手が来たと、散々扱き使われた。

 しかも村全体がそんな雰囲気なので、一つの所が終わっても『次はウチ』と次の仕事が舞い込んでくる。
 そうして、出発日予定日から、一日二日と延びて、今に至る。
 二週間経った現在も順番待ち(!?)している農家がおり、俺の体は当分の間解放されそうにない。
 どうしてこうなった!

「しけた面してるな、オイ」
 俺が憂鬱でいると、声をかけてきたのは友人のジョセフ。
 村を出る前は一番中の良かった悪友、そして『今日』の仕事先である。

「いろいろ計画を立てていたのに、全部オジャンになってな。
 世を儚《はかな》んでいたところだ」
「それは計画を立てるほうが悪い。
 自然相手に、思い通りなんてなるわけないだろ」
「主にお前たちのせいだよ」
 俺が睨むと、ジョセフはイタズラっぽく笑う。
 こいつ、反省してないな。

「冗談だ。
 そんな怖い顔をするなよ。
 あれもこれも押し付けて悪いとは思ってるよ」
「本当か?
 俺が回ってきた中で、一番扱き使われている気がする」
「使えるもんは使わないとな。
 ほら、手を動かせ!
 日が暮れるぞ!」
「はいはい」
 俺は鍬を手に持ち、畑を耕していく。
 額に汗し、畑の半分ほど耕したところで、ジョセフが口を開いた。
 
「お前、このまま村にいるってのは出来ないのか?」
 唐突に発せられた質問に、咄嗟に反応出来なかった。。

「お前、一緒に帰ってきた冒険者仲間――クレアって言ったか、その子と結婚しただろ。
 ならこの村でのんびり結婚生活を満喫したらどうかと思ってな。
 小さな幸せを感じながらスローライフ。
 そんな生き方もアリだと思うんだがね」
「言いたいことは分かる」

 この村での生活は楽しかった。
 命のやりとりをする冒険者業の経験があるからこそ、この自然に囲まれたスローライフは掛け替えのないものだと断言出来る。
 トラウマが治ったのも、優しい村の人々のおかげだ。
 だか……

「残念ながらやり残したことがあってね。
 まだ冒険者業は、廃業するつもりはないんだ」
「そうか」
 どうやら聞く前から答えが分かっていたらしい
 ジョセフはあっさりと引き下がる。

「まあ、ずっといられても困るしな」
「は?」
 だが予想だにしない言葉が、ジョセフの口から放たれる。
 お前、さっき俺に村にいて欲しい的なこと言ってたじゃん。
 どういうことだよ!

「気づかなかったか?
 この村の農具が、全て新しくなっている事に……」
「それは気になっていたが……
 もしかして!」
「そうだ!
 お前の送ってくる仕送りで買ったんだよ。
 冒険者って儲かるんだな」
 満面の笑みを浮かべるジョセフ。
 それに対し、俺はただ茫然と立ち尽くす。

「それでもお金が余ったから、試しに最新式の農具も取り寄せたりしてな。
 今はすげえのがあるぞ!
 魔法の力で動くトラクターっていうヤツが凄く便利でな。
 村に一台しかないから持ち回りなんだが、それでも農作業が格段に楽になんだ!
 それでさらに買うためにもお金が必要だから、今さら冒険者を止められても困るんだよ」
「完全にそっちの都合じゃねえか!」
「お前がいなくなると寂しくなるけど……
 俺たちは涙をのんで見送るよ」
「驚きの白々しさ」
「俺たちのことは忘れても、仕送りだけは忘れるなよ」
「もう送るのやめようかな……」
「そんなこと言うなよ。
 友達だろ」

 一緒にいない方が長い俺に対し、友達扱いしてくれるのは有難いことだが……
 言葉通りに受け取るには、今までの話が少々生々し過ぎた。

「そういうことだから、安心して旅に出な」
 とポツリと呟くジョセフ。
 どうやら彼なりの励ましだったようだ。
 村の事は心配するなという事だろう。

 ジョセフの言葉を聞いて、俺はこの村に帰って来た時のことを思い出していた。
 突然帰って来た俺を、何も暖かく迎えてくれた村人たち。
 今も子供の頃と同じように接してくれるジョセフ。

 俺の帰る場所はここなんだと再認識する。
 家族がいて、友達がいる。
 暖かく迎えてくれる人々がいる。

 いつになるかは分からないけど、最後に帰る場所はここでありたい。
 優しい人々がいる、この村に。
 俺は心の中で、ひそかにそう思うのであった。


「それはそうとして、秋には帰ってこいよ。
 村中が収穫で大忙しなんだ」
 あれ……
 ひょっとして俺、労働力と金蔓としか思われてない……

 ここにいたら、新しいトラウマが出来そうだ。
 俺はそんな予感を胸に感じながら、出来るだけ早く村を出ることを誓うのであった。

3/31/2025, 1:46:05 PM