『春風とともに』『またね!』『はじめまして』
藤岡ヒナタは春が好きでした。
小学六年生のどこにでもいる女の子。
彼女は花が大好きで、世界に花でいっぱいになるこの時期は、一年の中で最も好きな季節でした。
街路樹として植えられている桜の木。
誰かの庭で咲いているチューリップの花。
川のほとりに咲く、名前も知らない小さな花々たち……
色とりどりに彩られる世界は、彼女を魅了してやみません。
今日も花を眺めながら学校に登校していていました。
公園の隅に咲いている梅を眺めていた時のことです。
春風とともに、紙飛行機が飛んできました。
そして、ヒナタのちょうど目の前にポトリと落ちます。
風に流されて来たのかと辺りを見渡しますが、誰もいません。
見通しがいい場所なので、どこかに隠れているということもありません。
不思議だと首を傾げながら紙飛行機に目線を戻すと、文字が書いてある事に気づきました。
『はじめまして。
これからよろしくお願いします』
紙飛行機には、そう書かれていました。
ヒナタは怖くなりました。
知らない人が自分を見ている事にです。
学校では『知らない人と話してはいけません』と言われています。
それは誘拐されたり犯罪に巻き込まれるからです。
それに手紙の主が、姿を現さないのも不気味です。
どこからか様子を伺っているのでしょうか……
正体の分からない存在に、ヒナタは恐怖で震えます。
ですがここにいても何も解決しません。
『学校に逃げれば、変質者も追っては来れないはず』
彼女はそう思い、逃げるようにその場を後にしました。
判断が功をそうしたのか、不審者は学校まで追って来ませんでした
ホッと一安心です。
ですが学校に着いてからも不思議なことが起こりました。
鼻水が止まらないのです。
目もシパシパして、違和感があります。
風邪でも引いたか?と思いましたが、どうやら熱はない様子。
新手の病気かと不安になりますが、そのまま授業を受けました。
そして、学校が終わって帰宅してすぐ、布団に入り寝ることにしました。
少しくらいの不調なら、寝て治ると思ったからです
次の朝、ヒナタはしっかりと睡眠をとり爽やかな朝を迎え――ることは出来ませんでした。
相変わらず鼻水で鼻がつまっていました。
それどころか、くしゃみが出るようになり、前日より酷くなっている気すらします。
ヒナタの母親は、彼女が辛そうな様子を見て、こんな提案をしました。
「今日は学校を休んで病院に行きなさい」
そうしてヒナタは、母親に連れられて病院に向かうことになりました。
ですがヒナタの顔は晴れません。
自分の体に何かとんでもない事が起こっており、このまま死んでしまうのではないだろうか……
そんな不安を抱えたまま、彼女は病院へと向かいます
「花粉症ですね」
診察してくれたお医者さんは、きっぱりと断言しました。
どうやら不調の原因は、春風とともにやって来た花粉だったようです。
ヒナタは病気ではなかったことに安堵する一方、頭の中によぎった疑問を口にします。
「でも先生、去年までは何ともなかったんですよ」
「花粉症は突然来るものです。
挨拶なんてしない、失礼な奴らですよ」
お医者さんは、花をすすりながら答えます
そこでふと思いました。
昨日の紙飛行機のことを……
もしかして、あれは花粉からの手紙だったのでしょうか……?
お医者さんの様に『挨拶が無い』と怒られたから、手紙を出すことにしたのでしょうか?
よく分かりませんが、大変な病気ではなかったのでひとまず安心しました。
「お薬を出しますね。
それで楽になりますよ」
医者の言うことは間違っていませんでした。
薬を飲むと、あら不思議。
今までの体調不良がきれいさっぱり消えてしまったのです。
ヒナタはクスリが効いたことに胸を撫でおろします。
ヒナタは、自分が花粉症と聞いた時、一つ不安なことがありました。
大好きな春が大嫌いな季節になってしまうかもしれないという事……
花粉症の人の中には薬が効かない人がおり、もし自分がそうならば春の間はずっと辛い思いをすることになります。
そうなれば
しかし、ヒナタには薬が効きました。
薬を飲む限り、花粉症に悩まされる心配はありません。
花粉症で困っていたのは少しの間だけ。
ヒナタにとって大好きな春は、大好きなままなのです。
こんなに素敵なことはありません。
そしてヒナタは毎日薬を飲み、花を眺めていました。
幸せでした。
けれど何事も終わりがあるものです。
一か月後、花が咲く季節は終わりを告げました。
気温も高くなり、花が咲くのには適さない時期になりました
春の終わりの訪れに、ヒナタは切なさを感じます。
ですが悪い事ばかりでもありません。
花粉症の季節の終わりでもあるからです。
この季節さえ超えてしまえば、薬を飲む必要はない……
もう花粉症に悩まされないのです。
それはいい事なのですが、ヒナタは切なさと喜びが入り混じる複雑な思いでした。
小学生の心が受け止めるには、少々荷が重い感情でした。
ですがそれ以上に、ヒナタの頭にあるのは来年の事。
年が変わって春になれば、また花が咲く。
それが楽しみでした。
早く春にならないかな。
そう思いながら、通学路を歩いていた時のことです。
再びどこからともなく、紙飛行機が飛んできました。
その紙飛行機にはやはり文字が書かれていました。
ヒナタは、恐る恐る文を読みます
『春が終わったので、実家に帰ります。
でも来年戻ってきますので、心配なさらぬよう。
またね!
花粉より』
4/3/2025, 9:50:07 PM