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2/5/2025, 1:53:36 PM

12.『バイバイ』『隠された手紙』『優しくしないで』


 昔々、あるところにカンベイという男がいました。
 この男、他人の秘密を暴くのが三度の飯より大好きというとんでもない人間でした。

 誰もが知られたくない秘密の一つや二つ持っています。
 たとえば好きな人が誰だとか、陰で悪口を言っていたとか、物を壊したのを内緒にしているだとか、へそくりの場所はどこだとか、性癖をばらしたりだとか……
 ですがカンベエはデリカシーも遠慮もなくそれらを暴き立て、周りの人間に吹聴するのです。
 そんな性格ですから友人などおらず、誰も近づこうとはしませんでした。

 それで落ち込むなら可愛げもあるのですが、まったく気にした様子がない。
 それどころか、さらに趣味にまい進する始末。
 まことにはた迷惑な男でございました。
 
 ですがそんなカンベイにも味方が一人いました。
 母親です。

 カンベエの母親は『人様に迷惑をかけるのは今だけ』『本当は他人を思いやれる良い子』とカンベエを信じ、庇っていました。
 ですが親の心子知らず。
 自らの行いを反省するどころか、さらに秘密を暴きたてます。
 その度に母は注意しますが、カンベイは気にせずに過ごしていました。


 そんな日常を送っていたある日の事
 母親がいつものように仕事に出かけた時、彼は母親の秘密を暴こうとタンスを探り始めました。
 普段から母親の私物を漁るのは日課なのですが、今日は特に気合が入っておりました。
 これと言って特別なことは無かったのですが、彼の秘密に対する嗅覚が『何かある』と告げています。
 他人の秘密に関する事に限り、彼のカンは名探偵張りに冴えているのです。

 秘密を探し始めてから約五分、引き出しの裏に手紙を発見します。
 ただの手紙ならいざ知らず、隠された手紙はカンベエの大好物!
 彼はたいそう喜び、逡巡することもなく手紙を読み始めます。



『 カンベエへ。
 
  お母さんです。
  あなたへ伝えたいことがあって手紙を書きました。
  直接言うのは憚られたので、こうして文を書いています。
  この手紙はタンスに隠していますが、あなたならきっと見つける事でしょう。

  カンベイは小さな頃から他人の秘密を暴くことが大好きでしたね。
  お母さんの秘密を暴いたこともありました。
  その時は叱りましたが、本当はお母さんは怒っていないのです。
  あの病弱で生死を彷徨ったカンベエが、こうして親を困らせる程元気になったこと、とても感動しました。

  ですがお母さんとて人の子。
  秘密を暴かれることが好きではありません。
  暴かれるたびに厳重に隠すのですが、あなたはそれら全てを見つけ出しましたね。
  お母さんはその度にあなたの成長に驚かされました。

  この子は将来きっと大物になる。
  今でこそ秘密を暴いて言いふらすことにしか関心がないが、きっと天下を騒がせる傑物になるであろうとお母さんは確信しました。

  ですが他の方にとっては違ったようです。
  ご近所様から毎日のように『優しくしないでもっと叱れ!』と言われました。
  そのたびに『あの子は分かってくれる』『もう少し待って』と言い返しました。

  ですが他人に迷惑をかけているのは事実。
  事あるごとにあなたを叱りましたが、まったく気にしていませんでしたね。
  きっと甘やかし過ぎたのでしょう。
  ご近所様の言う通り、もっと厳しくしていればと思わずにはいられません。
 
  ですが、あなたの行いは私の不徳の致すところ。
  あなたの責任ではありません。
  それは親の責任です
  そして、お母さんは親として責任を取らねばなりません。

  お母さんはこれから川に身を投げます。
  カンベイは、お母さんの死を持って生まれ変わってください。
  お母さんが死ねば、ご近所様の目もいくらか同情的になるはずです。
  そしてあなたが死ぬ気で変われば、ご近所様も力を貸してくれるはずです。

  バイバイ、カンベエ。
  幸せになって下さい。
  大好きです。

  母より』

 カンベイは手紙を握り締め、その場に崩れ落ちます。
 手紙で知らされた母の死と覚悟に、カンベエは嗚咽を漏らします。

 確かにカンベエは秘密を暴くことが大好きです。
 そして秘密を他人に言いふらす度に、母親に叱られましたが少しも気にかけませんでした。
 次はだれの秘密を暴くのかという事に頭がいっぱいだったからです。

 しかしそのことが母を追い詰めていたことに少しも気づけませんでした。
 なぜ母親の言うことを真剣に聞かなかったのか……
 カンベエは自分の愚かさに嘆き、自責の念に駆られます

 その時でした。
 家の入口から、誰かが入ってくる気配がしたのです。

 カンベイは驚いて振り向くと、さらに驚きました。
 そこにいたのは、死んだはずのカンベイの母だったからです。

「母さん!
 川に身を投げたのでは!?」
「そのつもりだったんだけどねぇ。
 やっぱり最後に話をしてからじゃないと、死んでも死にきれないと思って……
 安心してカンベエ、あなたの顔を見たら安心したわ。
 もう出ていくわね」
「待って!!」
 カンベエは、ふたたび出ていこうとする母を引き留めます。

「お母さんは死ぬことない!」
「でもご近所様に……」
「大丈夫、僕は反省した。
 もう二度と馬鹿なことはしないよ」
「お母さんの思った通り。
 やっぱりカンベエは優しい子ね」
 母は目元をぬぐい、慈しみの目でカンベイを見ます。

「だからね、お母さん。
 ずっと一緒にいてよ」
「あら、甘えんぼね。
 まだまだ子供みたい」
「そうなんだ。
 僕にはお母さんが必要だよ」
「分かったわ。
 カンベイがそこまで言うなら死ぬことを止めるわ。
「うん、他の人の秘密を暴かないようにするよ」
 カンベイがそう言うと、母は目をパチクリとしばたかせました。

「何を言っているのカンベエ。
 秘密を暴くのは良いのよ!」
「え、でも……」
「あらまあ、その様子じゃ分かってないみたいね。
 これじゃ死んでも死にきれない。
 もう一度言うわ、よく聞きなさい」
 カンベイの母は居住まいを正し、まっすぐにカンベイを見つめます

「私たちは代々盗みで生計をたてる盗賊の家系。
 情報を集めて忍び込むことはあっても、それを言いふらすことはありません。
 もし我慢できなくなったらお母さんに言うのよ。
 それを聞いて、お母さんが他人の家に忍び込むから」

2/2/2025, 10:47:09 PM

「ねえ知ってる?」
「……」
「知らない君にいいお知らせだ」
「……」
「ほら、聞きたいでしょ?」
「……」

 8月中旬、汗が滝の様に出てくる真夏日。
 強い日差しを避けるように日陰で休んでいると、ちゃらい男が声をかけてきた。
 ナンパのつもりなのか、手を変え品を変えこちらの気を引こうとさっきから話しかけてくる。

 率直に言ってタイプでないので全く相手にしていないのだが、そんなことお構いなしに話しかけて来る。
 取り付く島もない事が分かりそうなのに、何が彼をここまで駆り立てるのか?
 もう長い事無視をしているのに、少しも諦める気配がない。

 『もういっそ相手にしたほうが楽なのでは?』という考えが頭を過るが、相手をしてしまってはコイツの思うつぼ。
 私は心を無にして、無視をする。
 
「人生は旅に例えられることがある」
 突然男が何やら哲学的なことを言い出してきた。
 無視を決意したばかりなのに、少しだけ興味が湧いてきた
 何を言うつもりなのだろう?
 私は少しだけ悩み、興味ないフリをしつつ彼の言葉に耳を傾けることにした。
 
「それは長い長い旅で、辛くて苦しくて、目的地は分からない。
 そんな旅だ」
 詩的でなんの中身のない言葉。
 いい風に言って含蓄のあるように見せかけて人をけむに巻く、そんな言葉だ。
 薄っぺらく中身のない言葉に、いつもの私は悪態交じりに反論するのだが今回ばかりはそんな気が起きなかった。
 それは、男が至極真面目に話しているからだろう……
 私の体に、男の言葉の一つ一つが沁み込んでいく

「君が苦しんでいたことは知っている」
 『なんで知っている?』
 問いただそうとして、思わず振り返るもそこにあるのは虚空だけ。
 男がいたはずなのに、どこに行ったのだろうか?

「こんなところにいてはいけないよ。
 君はまだ旅の途中だろう?」
 どこからともなく声が聞こえてくる。
 声はとても近くから聞こえるが、男の姿はどこにもない

「さあ、足を踏み出すんだ」
 なんて無責任な言葉……
 足を踏み出すのが、どんなに勇気のいる事か知らないのだろうか……

 でも男の言う通り。
 男の言葉に従うのは癪だが、ここにいても何も始まらない。
 私は勇気を出し、一歩足を踏み出して――


 □

「痛っ!」
 足に激痛が走る。
 唐突な出来事に、涙をながしながら悶える。
 自分の身に何が起こった!?

 私は何が何だか分からないまま、目を開ける。
 すると見覚えのない天井が視界に入った。

 ……どこだ、ここ?
 自分の部屋じゃない……

「気が付かれましたか?」
 私が動揺していると、横から声をかけられる。
 声の方を向くと、そのには白い服を着た女性がいた。
 看護師だった。

「私の言葉が分かりますか?」
 看護師の言葉にうなずくと、彼女は嬉しそうにほほ笑む。

「気が付いてよかった。
 あなたは事故に遭って一か月意識不明だったんです」
「え!?」

 そう言われても何も思い出せない。
 ドラマで見た記憶の混濁だろか?
 へえー、本当にあるんだ……
 それにしても、自分のことながらまったく緊張感が無いのが少し笑える。

「先生を読んできますから、少し待ってくださいね」
 看護師は私の返事を待たないまま、遠くへと走っていく。
 忙しい事だ。
 まあ私のせいか……

 とりあえず、医者が来るまでの間に状況の整理をしよう。
 記憶に無いのだが、看護師が言うには私は車に撥ねられたらしい。
 おそらくだが、理由は私の注意不足。

 一番新しい記憶は、大学に落ちた時の事。
 合否確認の帰り、絶望の淵にいた事だけは覚えている。
 そんな状態だったから、多分安全確認なんてしてなかったのだろう。
 本当に車の運転手にには悪い事をした。
 後で謝っておこう。

 それにしても不思議な夢だ。
 もしあの時足を動かそうと思わなければ、一生目覚めなかったかもしれない。
 今だ解明されてない人体の神秘が、夢を通じてSOSを受け取ったのだろうか?
 と、非現実的な事を考えて、不合格の事実から現実逃避する

 とその時、『学業成就』と書かれた赤いお守りが視界に入る。
 そこに置いてあるだけのお守りが、なんだか『私が助けました』と言っているような気がする。

 もしかして神様が助けてくれた?
 あのチャラ男は神様で、頑張っても報われなかった私を助けてくれたのだろうか?

「なーんてね」
 私はオカルト系は信じないのだ。
 たしかにお守りは持っていたが、ただの気休め、本当に効果があるとは思ってない
 だいたいそんな力があったら、私を合格させろっちゅうねん!

 とその時、お守りの下に何か紙が置いてあることに気づく。
 手を伸ばすと、なんとか紙を取り書いてある内容を読み思わず顔がにやける。

 『繰り上げ合格』
 合格者に辞退者が出て、私まで枠が待って来たことがと書かれている。
 これで晴れて私も大学生の仲間入りという事だ。

「いい知らせってこれかあ」
 そりゃあのチャラ男がなんとしても伝えたがるはずだ。
 私は少しだけ笑って、小さな声で『ありがとう』と呟くのだった。

1/30/2025, 1:47:39 PM

10.『わあ!』『小さな勇気』『帽子かぶって』

「わあ!
 すごく沢山の人間がいる」
 視界を覆い尽くすほどの人混みをみて、少年は感嘆の言葉を漏らす。
 そして通りに並ぶたくさんの店。
 彼にとって目の前の光景はとても刺激的で、どれほど眺めても飽きないように思えた。
 都会の喧騒に圧倒されながらも、彼の心は興奮でいっぱいだった。

 まるで典型的な『都会に初めて出てきた田舎者』仕草であったが、実際に初めて都会に出てきたので仕方がない。
 彼は今日初めて、都会にやってきたのだ。

 彼の名前は、キタロウ。
 生まれた時から自然と共に育った、純朴な少年である。
 一見どこにでもいそうな少年だが、彼には秘密があった。

 彼の頭には禍々しい角があるのだ。
 そう、彼の正体は鬼……
 先祖は桃太郎と死闘を繰り広げた鬼で、彼はその末裔なのだ。

 とはいえ、今は人間中心の社会。
 彼は無用なトラブルを避けるため、角を隠すように帽子をかぶっていた。
 鬼ということがバレて、退治されてはたまらないからである。
 親に聞かされる桃太郎の話は、彼に人間に恐怖心を抱くには十分であった

 しかし鬼の彼が、なぜ人間の集まる都会にいるのか?
 それは、ぎっくり腰で動けなくなった父の代わりに、仕事をしにやって来たためである。
 キタロウの父は責任感から『絶対に休めない』と這ってでも行こうとするが、腰が砕けては何もできない。
 それで代わりに誰が行くのかと話になった時に、手を挙げたのがキタロウだった。

 代役とはいえ、仕事をするとなれば都会に行く事になる。
 年相応に好奇心旺盛な彼は、都会に行くための方便として立候補したのだ。

 だがキタロウは若い。
 『荷が重いのでは?』と周囲は心配するが、他にやりたさそうな者もいない。
 誰もいないならばと、キタロウに代役が回ってきたのである。

 一通り観光し、キタロウがやってきたのは待ち合わせの場所『BAR 鬼が島』。
 人間社会に溶け込んだ鬼たちが集まる酒屋だ。
 蹴れど同族とはいえ、知らない相手。
 キタロウは少し緊張していた

 だが、いつまでもドアの前に立っているわけにはいかない
 彼は小さな勇気を振り絞り、ゆっくりとドアを開ける。
 カランカランとドアのベルが鳴り、店内にいた数人の客たちから視線が集まる。

「坊主、ここは子供に来るところじゃねえぞ」
 客の一人から威圧感のある声が浴びせ掛けられる。
 キタロウは気圧されそうになるが、気を取り直して言い返す。

「子供じゃありません
 父の代わりにきたキタロウです」
「ああ、アイツの代役か……」
「やっと来たか」
「これでなんとかなりそうだな」
 キタロウが名乗ると、店内にいた客たちが、各々に話始める。
 そして客たちは、キタロウを品定めするように眺め始めた

「だが体が細いな。
 代役は務まるのか?」
 リーダーらしき鬼が、不安そうに言葉を漏らす。
 それを聞いてキタロウは、姿勢を正して大きく声を出す。

「大丈夫です!
 出来ます!」
 キタロウは自分の誠意を見せるため、精いっぱい元気に答える。
 だがリーダーの鬼は、その言葉を聞いても困ったような顔をするだけだった。

「意気込みは評価するが、いかんせんこの仕事は見た目が大事だ。
 お前のような細い体では務まらないよ」
「そこをなんとか!」
「そうは言ってもな……」
 リーダーの鬼が、考え込むように腕を組む。
 キタロウが周囲を見渡すと、他の鬼も同じように不安そうな顔をしていた。

「だか1月も終わる。
 これから代役を探すのは無理だ」
「となると、コイツでなんとかするしか無いのか」
「仕方ない。
 誰か、肉ジュバンを買ってこい。
 なんとかなるだろ」
「え、それでなんとかなるんですか?」
「本物の筋肉がいいに越したことはないがな。
 とりあえずそれっぽければいい」
「はあ」
キタロウはイマイチ納得できなかったが、場が収りそうなので黙っていることにした。

「ところで何をするんでしょうか?」
「なんだ、聞いてないのか?」
「ええ、急ぎできたもので」
 嘘である。
 家族の気が変わって止められる前に、準備もそこそこに家を出たのだ。
 いったいどんな仕事を仰せつけられるのか……
 キタロウは、ゴクリとツバを飲む。

「お前の仕事は、『節分の鬼』だ」
「節分の……鬼……?
 『鬼は外』の?」
「ああ、その鬼だ。
 人間どもに混じって、豆をぶつけられて来い。
 俺らで行きたいんだが、豆アレルギーでな。
 豆アレルギーが無いお前たちに頼んでいるってわけだ」
「待ってください。
 人間の所へ行くんですか!?」
 退治されてしまいますよ、とキタロウは言外に叫ぶ。

「安心しろ。
 一昔前はともかく、現代はTPOさえ弁えればトラブルはない。
 人間と仲良くなって、一緒に遊びに行けばいいさ」

1/27/2025, 2:00:17 PM

9.『瞳を閉じて』『優しい嘘』『終わらない物語』



 古代日本、古墳時代、トウラという名の男がいた。
 彼は埴輪作りの職人で、名の知れた男だった。
 彼が作る埴輪は『見ていると元気になれる』と評判で、毎日のように注文が舞い込んでくる。
 時には、遠くの地の有力者がトウラの埴輪を手に入れようと、視野を送ってくるほどだった。
 そのため、彼はいつも埴輪の制作に忙しくしており、予約は3年待ちが普通であった。

 そんな忙しくも充実した日々を送っていた時の事。
 彼の元に一人の男性が、護衛と共にやって来た。
 男性はきらびやかな服を身にまとい、一見して高貴な身分であることは明らかであった。

「君がトウラ君かね?」
 鈴の転がすような声で、男性はトウラに話しかける。
 その涼やかな声に呆けそうになるも、トウラは頭を切り替える。

「はい、私がトウラです。
 失礼な質問ですが、あなたはどなたでしょうか?
 やんごとなき身分とお見受けしますが……」
「うむ、君の疑問は当然だ。
 儂はこの辺りを収める大王である」
「なんと、大王様でしたか!
 なんというご無礼を」
「気にするでない。
 突然やってきたのはこちらの方だからな。
 むしろ、こちらが無礼をした」

 身なりのいい男性こと大王は、屈託なく笑う。
 トウラは安心しつつも、

「しかし大王様は何の御用でこちらへ?
 お体の調子が優れないと聞いておりますが……」
「うむ、実は休みすぎて体がなまっておってな。
 運動不足の解消がてら遠出をしてな、近くに寄ったついでに有名なお主に会いに来たのだ」
「なるほど、生のエネルギーで満ち溢れております」

 トウラは嘘をついた。
 彼の顔は青白く、まるで死人のようだったからだ。
 お世辞でも健康とは言えず、長くないのは明白だった。
 しかしそれを口に出さなかったのは、大王自身も分かっていることをわざわざ指摘するまでもないと思ったからだ。
 優しい嘘だった。
 
「その、なんだ。
 せっかくここに来たのでな。
 埴輪の一つでも作ってもらいたい」
「ええ、。
 なにかご希望がありますか?」
 トウラがそう聞くと、大王は瞳を閉じて考え込む。

「そうだな、せっかくなので斬新なデザインのものがいい」
「分かりました」
「うむ、頼んだぞ。
 出来上がるころに、使いの者を寄越そう」
 そう言って、大王は護衛と共に帰っていった。

 そして、客が去ってトウラは一人になった後、頭を抱えた。
 『斬新なデザインの埴輪』
 安請け合いはしたものの、なにもアイディアが思い浮かばない。
 斬新なデザインは、誰も思いつかないから斬新なのだ。
 だが請け負ってしまった以上、普通の物を出すわけにも行かない
 どうしたらいいのだろうか、トウラは悩むことになった。

「顔を洗いながら考えるか」
 そう思い、近くの川までいって顔を洗う。
 しかし何も浮かばず、失意のまま帰ろうとしたその時であった。

 川の水面に自分の顔が映っている事に気づく。
 生まれてから何度も見てきた何の面白みのない顔。
 まったくもって、見どころの無い顔であった。

 しかし『これを基にして埴輪を作ったら、逆に面白いんじゃないか?』という考えが頭を過る。
 だがトウラも一端の職人。
 悪ふざけにもほどがあると頭を振る。

 しかしどれだけ考えても、他に案が思い浮かばない。
 トウラは熟考の末、ある決断をする。

「とりあえず作るか。
 ダメそうなら壊せばいいだけだし」
 そう思いながら作った埴輪は、しかし何も思い浮かばずそのまま大王の元へと納品される。
 怒られると戦々恐々するトウラだが、受け取った大王は
「ははは!
 まさか自分の顔を送って寄越すとはな!
 まったくもって斬新だわい」
 そう言っていたく気に入ったという。
 そしてそのその後すぐに大王は亡くなり、彼と一緒に埋葬されるのであった。


 しかし、物語は終わらない。
 時は2001年8月4日。
 古墳からとある埴輪が出土された。
 大王のためにトウラが作った埴輪が出土したのだ。

 この埴輪は、その見た目や出土した場所が柴又であったことから『寅さん埴輪』と呼ばれるようになり、一躍人気に。
 、名職人である彼の作った埴輪は、時代を超えてもなお人々に元気を与える事になるのであった。


 なお、これはフィクションであり、実在の物とは一切関係ありませんが、『寅さん埴輪』は実在します。
 ぜひともその手の中にあるスマホを使って検索してみてください。
 元気がもらえること請け合いです

1/24/2025, 2:08:08 PM

8.『羅針盤』『明日に向かって歩く。でも』『あなたへの贈り物』


「念願の羅針盤を手に入れたぞ!」
 僕はようやく手に入れた羅針盤を愛しくなでる。
 今まで不幸続きの人生だったが、これで僕にも運が向いて来るだろう。

 なぜならこれは、魔法の羅針盤。
 持ち主にとって有益なものまで案内してくれる、凄いシロモノなのだ

 『あなたへの贈り物を探しに行きましょう』
 そんなキャッチコピーと共に発売されたこの羅針盤は、とんでもなく売れまくった。
 友達が話しているのを聞いて、僕も噂の羅針盤を手に入れようと店に行くが時すでに遅し。
 どの店でも売り切れで、ようやく見つけても偽物だったりと不幸続き。
 最終的には一年待ちの予約となった。

 そして待ちに待った一年後、ついに手に入れることが出来た。
 相変わらず不幸続きだったが、ようやく幸運な未来が開けてくる。
 僕は幸せな未来を掴むため、説明書を読む。

 『羅針盤には二つの針があります。
 赤い方角は幸運があり、もう一方の黒い方角には不幸があります』

 なるほどね。
 原理はよく分からないが、赤い方に向かって歩いて黒い方を避ければ、幸運が訪れるらしい
 あまりの簡単さに不安になるが、今日は日曜日。
 効果があるのか試してみよう。

 僕はアパートの部屋から出て、近所の公園のベンチに座って羅針盤を見る
 赤い針は、近所のスーパーの方を差していた。

「そういえばチラシでタイムセールやるとか書いてあったな」
 僕はウキウキな気分でスーパーに体を向ける。
 今までタイミングが悪く、一度もも遭遇したことがないタイムセール。
 もしかしたら初めて遭遇できるかもしれない。
 
「行こう」
 ついてない人生にはさようなら。
 僕は幸せな明日に向かって歩く。



 でも、何だろう。
 何かを忘れているような感覚が、胸の中にある
 僕はその不安を見逃すことが出来ず、少し考える

「家のカギを閉めてない気がする」
 もちろん気のせいで、ちゃんと鍵を閉めたかもしれない。
 これまでそんな事は一度も無かったし、きっと今回も閉めただろう
 そう思うのだけど、どうしても不安が拭い去れない。
 僕は悩んだ末、決断をする。

「帰ろう」
 この先に幸運があるとしても、心残りがあったら純粋に楽しめないだろう。
 閉まってたらまた出かければいいだけだ。
 幸い部屋はすぐそこである。
 僕はベンチから立ち上がり、家に向かおうとして、ちらと羅針盤が視界に入る

「あれ、黒い方が家に向いてる……」
 しかし羅針盤の黒い針は家を向いて、不幸があることを指し示していた。
 これはおかしい。

 家の施錠の状態を確認すれば少なくともホッとするので、少なくとも僕にとってはプラスの出来事だ。
 なのに、『このまま向かうと不幸になる』事を羅針盤は示している。
 どういう事だろう?

 タイムセールに遅れる?
 確かに残念だが、それって不幸か?
 考えても分からない。
 どういう事だろう……?

 幸運のスーパーに行くか、不幸の自宅へ戻るか……
 選択を迫られる。
 僕はまたしても悩み、さっきより長めに悩んだ末、一つの決断を下す。

「スーパーに行こう」
 何があるかは分からないが、とりあえずスーパーに行けば不幸避けられる。
 僕は納得しないながらも、スーパーに向かうのであった。

 ◇

 30分後。
「いやー、運がよかったなあ」
 僕はたくさんの戦利品を手に、いい気分で家路についていた
 あのままスーパーに入るとタイムセールが行われていた
 売られている商品すべてがお買い得で安いのだ。
 初めてのタイムセールに、僕は興奮してたくさん物を買ってしまった。
 買いすぎて買い物袋が手に食い込んでいたいけど、、そんな事が気にならないくらい僕は幸せな気分だった。

 いい買い物に、羅針盤の性能も確認できた。
 有意義な時間であった
 
 そして、一応確認したのだが黒い針はもうアパートを向いていない。
 それどころか赤い針が差している。
 不幸は過ぎ去り、幸運が待っている
 今夜は戦利品でパーティだ!

 鼻歌を歌いながら近くまで行くと、アパートの前に人だかりができていた。
 何かあったのだろうか?
 出かける前の黒い針の事を思い出して、嫌な予感がよぎる

「あっ、無事だったんですね!?」
 恐怖に駆られていると、誰かに声をかけられた。
 振り向くと、そこにいたのは隣の部屋に住んでいる隣田くんだ。
 隣田くんは非常に慌てた様子で、事態の説明をしてくれた

「アパートに隕石が落ちてきて、アパートが壊れちゃったんだ。
 みんな怪我がない事が分かったけど、君だけ連絡がつかなくて心配していたんだ。
 でも出掛けてて良かったよ。
 特に君の部屋がひどく壊れて、家の中にいたら死んでいたかもしれないからね。
 不幸中の幸いだ」

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