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12/30/2024, 1:34:28 PM

 ミカン。
 それは誰もが追い求める甘美なフルーツ。
 食べて良し、飲んで良し、飾り付けても良し!
 どこにも隙は無い。
 完璧で究極のフルーツ!

 ところで、皆様はミカンについて、奇妙な噂があるのをご存じだろうか……?
 それは『とある農家が出荷するミカンの中に、シークレット級に珍しいミカンがある』というもの。
 ミカン通を自称するほどミカンが好きな私は、これを逃さない理由はない

 シークレットなミカン。
 ぜひとも食べたい。
 居ても立っても居られない私は、このミカンを入手すべく、すぐに行動に移した。

 最初にぶち当たった壁は、『どれくらい珍しいか?』 
 入手の困難さは、金額に直結する。
 場合によっては借金しないといけない可能性もある、重大な問題だ。

 しかしこの問題はすぐに解決した。
 情報提供者が知っていたのである。

 『シークレットだから、一箱に付き一個入っている』

 まるでトレーディングカードのような封入率だが、これはありがたい。
 確かあの農家は一箱5000円と非常にリーズナブルだったはず。
 どうやら家を売らずに済みそうだ。

 私は早速近所のスーパーに出向き、噂のミカンを一箱購入する。
 さあ、これで準備は整った。
 私はミカン箱を抱えて家路につく。

 さてここからが大変だ。
 このミカン箱から、シークレットを探し当てないといけない。
 けれど問題なのは、どれも同じ見た目だということ。
 中身を見ないと分からないのだろうか。
 これは時間がかかるぞ……

 ――という事は無いのでご安心を。
 私くらいのミカンマスターであれば、見ただけでミカンの状態が分かる。
 一瞬でミカンの状態を判別し、一番おいしい時期を見分けるものだけが、ミカンマスターを名乗っていいのだ。
 そしてこの中で、違和感があるミカンは――

 これだ!

 私はシークレットと思わしきミカンを手に取る。
 一見普通のミカンに見えるが、私のカンが告げている。
 『これはシークレットだ』と……

 けれどじっくり見つめても、普通のミカンにしか見えない。
 では一体何がシークレットなのか?
 中身を見ないと分からないだろう……
 私は緊張しながら、ミカンの皮を剥くとそこには――

「ん、紙が出てきた。
 なになに、『納期が間に合いませんでした Byミカンの木』」

 未完のミカンであった。

12/29/2024, 3:21:44 PM

「おおー、今日も吹雪いてるなあ……」

 稼業の冒険者業を少し休み、数年ぶりに里帰りした故郷の村。
 俺は暖炉で暖められた部屋から、久しぶりに見る吹雪を眺めていた

 この辺りは、冬の寒さが厳しい場所だ。
 毎年この時期になると、吹雪が吹き荒れる。
 酷い時にはすぐそこにあるはずの隣家すら見つけることが出来ない。

 こうなっては、外に出ることは自殺行為。
 農業が主体であるこの村は、冬の間は何もできず冬休みとなる。
 しかし冬休みだからと言って、遊んでばかりはいられない。

 冬の間、この村では内職をするのが普通だ。
 民芸品というほど立派なものではないが、それっぽいお守りを手作りする。
 こういった素朴なものが都会で売れるらしく、そこそこの収入源となっていた。

 例に漏れず、俺の家族も冬の間は内職をしている。
 実は俺の冒険者時代の稼ぎで貯えがたくさんあるので、そんなことする必要な無かったりするのだが、『逆にやらないと落ち着かないのよ』という母の言葉により、我が家でも内職をすることになっていた。
 ――俺を除いて……

 というのも、俺に内職禁止令が出ているからだ。
 理由は『壊滅的に不器用』だから。
 完成品は目も当てられない程酷い出来栄えで、ゴミ同然。
 材料を無駄にするばかりで、少しも儲けにならない
 魔物を殺すのは一流だが、お守り一つ作れない役立たず。
 それが俺。

 だから外に出れなくなってからは、こうして家族を眺めているのが俺の仕事。
 けど見るだけというのは、どうしても落ち着かない
 じっとしていたほうが、みんなのためになる事は分かっている。
 分かっているのだが、どうしても自分だけがサボっているようで居心地が悪い。

 いたたまれず、俺は窓の外を見る。
 俺に出来るのは、邪魔しないよう家族から離れている事だけ。
 体が寒いのは、窓から入って来る冷気か、それとも自身の不甲斐なさからか。

「バン様、落ち着きませんか」
 俺が震えていると、妻のクレアが声をかけてきた。
 所在なさげにしているのを見かねたのだろう。
 こんな役立たず、放っておいてもバチは当たらないだろうに……
 
「ああ、何もすることが無いと変になりそうだ。
 せめて剣の素振りをしたいが、こうも家が狭くちゃな……」
 俺が愚痴ると、少し間が置いてクレアが提案する
 
「なら本を読むというのはどうでしょう?
 隣の部屋に何冊かあったはずですが……」
「悪い案ではないけど却下だ。
 この家にある本はもう全部読んだ。
 何回もな……」
「そうでしたか……」
「冬に備えて、もっと本を買っておけばよかったよ。
 久しぶりの故郷だったから、冬の過ごし方を忘れていた」
「読書がダメとなると……」
 クレアは内職の手をとめ、顎に手を当てて考え事をする。

 俺の問題だというのに、どうやら一生懸命考えてくれるらしい。
 クレアには何の得にもならないというのに……
 まったく人のいい奴だ。
 しばらく考え込んだのち、クレアは顔の前でポンと手を叩く。

「では、本を書くのはどうでしょう?」
「本を書く?」

 予想外の提案に、俺はあっけに取れる。
 だがすぐに頭を切り替え、クレアの案を検討する

 『本を書く』
 なるほど、少し突拍子もないが、確かにいい案だ
 確かに紙とペンがあれば出来るし、壊滅的に不器用でも問題ない。
 それに書くことなら沢山ある。

 自分で言うのもなんだが、俺は一流の冒険者。
 いろんな場所に行って、いろんなダンジョンにも潜った。
 話題には事欠かない。
 けれど、問題が一つ

「だけど本なんて書いたことがないぞ。
 下手くその文章なんて、だれも見向きしないよ」
「そこは書いてから考えましょう。
 どうせやることが無いのでしょう?
 売れるかどうかは考えず、まずは時間を潰すのが一番かと思います」

 クレアの言う通りだった。
 たしかに書く前に、売れるかどうかを気にしても仕方ないだろう。
 ダメで元々、時間が潰せるだけありがたいのだ。

「じゃあ、本を書くか……
 何を書こうかな」
 俺は準備をしようと立ち上がると、安心したのかクレアは再び内職の手を動かし始めた。
 その様子を見て、俺は心の中でクレアに感謝する

 クレアは俺が困った時、いつも手を差し伸べて助けて来る。
 彼女にとって当然のことなのだろうが、いつも助けられていた
 今日もまた助けてもらった。
 俺には勿体ない妻である。

 けれど、こちらからはあまり返せるものが無いのが、少しだけ悔しい
 何か、返せるものがあればいいのだけど……

 そうだ。
 せっかくなので、クレアが喜ぶものを書こう。
 あまり切った張ったの話は苦手そうなので、ほのぼのした話でも書くか。
 依頼でドラゴン退治に出かけたのに、なぜかファッションショーが開催された話とか気に入ってくれるかもしれない。
 うん、やる気が出てきたぞ

「さて、ヘタクソなりに書きますか」
 面白くなくてもファンになってくれるだろう妻の顔を思い浮かべながら、俺は執筆にとりかかるのであった

12/27/2024, 3:37:11 PM

 『変わらないものはない』。
 誰もが知っている不変の事実。
 私はバカだけれども、私ですら知っているくらい自明な真理。

 でも人間というのは我がままで、やっぱり変わって欲しくないというものはある。
 かく言う私にもあった。
 けれど、駄目だった。

 あれほどまでに変わらない努力を重ねたというのに、その努力を嘲笑うかのように変わってしまったのだ。
 一体どうしてこんなことに……

 ――いや原因は分かってる。
 諸悪の根源は友人の沙都子。
 私はどうしようもない現実から逃避するため、事の発端を思い出していた――


 ◇

 12月25日、クリスマスの事……
 私は沙都子主宰のクリスマスパーティに招待された。

 沙都子の家は大金持ち。
 庶民である私には想像のつかないほど豪勢なパーティだろうと期待して行けば、私の想像以上に豪勢なパーティだった。
 テーブルには所狭しとオシャレな料理が並び、配膳されるドリンクも香りから違うもの。
 周りを見渡せば、テレビで見るような有名人がちらほら。
 庶民である私は、普通なら絶対に見る事の無かった光景……
 あまりの場違い感に、私は人生で初めて死を覚悟した。

 私、ここにいてもいいの?
 ドレスコードは大丈夫なの?
 制服着てこいって聞いたけど、本当に制服でよかったの?
 私の頭にいくつもの疑問が浮かぶ

「百合子じゃない。
 パーティ、楽しんでいるかしら?」
 私がオドオドしている様子が面白いのか、沙都子はご機嫌にやってくる。
 沙都子は真っ赤なドレスに身を包み――ってドレス!?

「どういうこと!?
 沙都子も制服着るって言ってたじゃん!」
「百合子、本当に制服を着て来たのね……」
「謀ったな!!」

 沙都子め、始めから私を晒し物にするつもりだったらしい。
 こんな嫌がらせをしてくるなんて、沙都子は本当に友達なのだろうか?
 関係を変える時が来たのかもしれない。

「冗談よ、安心しなさい。
 制服でも大丈夫だから。
 受付で止められなかったでしょう」
「あー、そう言われてみればそうだね」
「パーティにはいろんな立場の人が来るの。
 百合子みたいな、普通の学生もいるのよ」

 沙都子の言葉に、私は周囲を見渡してみる。
 確かに制服を着ている姿がチラホラ見える。
 緊張のあまり気づかなかったらしいが、それなりに制服を着てきた学生は多いようだ。

「本当だ。
 普通に、制服着てる人もいる」
「そうよ。
 このパーティには普通の学生も参加してるの。
 例えばあそこにいるのは普通の――普通の超高校生級のサッカー選手よ」
「普通とは!?」

 全然普通じゃなかった。
 というかやっぱり私場違いじゃん!

「大丈夫よ百合子。
 あなたも超高校生級の……
 超高校生級の……

 大丈夫よ、あなたも彼らに引けは取らないは」
「中途半端は止めてもらいたい!」

 なんだよ、それ。
 馬鹿にするなら、きっちり馬鹿にしろよう……
 反応に困るじゃんか。
 私がやり切れない思いを抱えていると、沙都子が近づいてそっと耳打ちをする。

「そろそろよ」
 沙都子の言葉にハッとする
 そうだった。

 私はこんなところで落ち込んでいる場合じゃない。
 私がこのパーティに参加を決めた理由。
 それは――

「それでは本日のメインディッシュ!
 世界一のパティシェが作り上げたクリスマスケーキ。
 とくとご賞味ください」

 司会のアナウンスと共に、執事がワゴンを押して入って来る。
 そしてワゴンにのっているのは、巨大なケーキ。
 これこそが私の目的。
 食事を抜いてまでやって来た理由だ。

 それは大きな苺がたくさん載った、スタンダートなケーキだった。
 庶民の私でもよく見るタイプのケーキだが、お金持ちのケーキともなれば一味違う。
 見たこともないくらい赤くて大きな苺が、これでもかと並べられている。
 ホイップクリームも綺麗に飾り付けられ、味だけではなく見た目にもこだわっているのが見て取れた。
 まさに文句の付け所がない、完璧なケーキだ。
 私は唾を飲み込む。

 想像以上だ。
 ケーキの事はさほど詳しくないが、凄い事だけは分かる。
 お金持ちになると、ここまで贅沢に出来るのか!
 私は早速相伴に預かろうと、足を踏み出そうとして――沙都子に手を掴まれる

「待ちなさい、百合子」
「止めないで。
 私はアレを食べに来たの。
 早く行かないと取られちゃう!」
「知ってる。
 けど待ちなさい」
「ダメだよ、ああいうのは早い者勝ち――あれは!」

 苺のケーキのワゴンの後ろから、チョコレートケーキが乗せられたワゴンが出てくる。
 しかし、これが最後では無い。
 後ろから次々とワゴンが出てくる。
 チーズケーキ、ロールケーキ、ガトーショコラ、etc……
 それら全てに、違う種類のケーキが乗せられていた。

「あなたのために、たくさんケーキを用意したわ。
 気の済むまで食べなさい」
 優しく囁いて、手を離す沙都子。
 どうして沙都子のことを疑ってしまったのだろう……

 沙都子は、なんだかんだで私が一番欲しい物をくれる。
 意地悪ばっかりすると思っていたけど、結局は私の事が大好きで、あれは照れ隠しなのだ。
 沙都子、君は私の親友だよ!

 私は返事の代わりにぐっと親指を立る。
 沙都子も親指を立てて返してくる。
 私は負けられない思いを胸に、ケーキの元に向かうのであった。


 ◇

「やっぱし、食いすぎだよなあ……」

 私の口から自然と言葉がこぼれる。
 私が何度見返しても少しも変わる事のない体重計の表示。
 この数字が変わらないように努力してきたというのに、この前測った時より5Kg 増えてるという事実。
 本当にどうしてこうなった?

 たしかにあの後、私は限界までケーキを食べた。
 というか限界超えても食べた。
 食べて食べて食べまくった。
 途中からは味が分からなかったけれど、それでも食べた。

 さらに沙都子が容器を持って来て、家に帰っても食べれるようケーキを取り分けてくれた。
 両手で持ちきれないくらい貰って、持ちきれない分は後から持って来てくれた
 それも食べた。
 たくさん食べても飽きないくらいケーキはおいしかった。

 でも今になって思う。
 『アレは沙都子の策略だったに違いない』と……

 沙都子が私に優しくするのは、いつだって裏がある。
 今回も私を太らせようとして、ケーキをどんどん食べさせたに違いない。
 奴はそう言う女である。
 きっと今頃ニヤニヤしていることだろう。

 沙都子とはいい友人同士だと思っていたし、ずっと変わる事のない関係だと思っていた。
 けれど沙都子のあまりの嫌がらせ振りは、そろそろ我慢の限界だ。
 いい加減この一方的な友情を終わらせる時がきたようだ――

 とその時、ブーブーとスマホが通知を知らせる。
 スマホを見ると、沙都子からLINEの通知が来ていた。

『百合子、正月もこっちに来れる?
 パパとママがあんたを気に入っちゃってさ。
 お年玉用意してるって』
 そのメッセージを見て、私は自分の意見を180度クルリと変える

 金の切れ目が縁の切れ目。
 沙都子がお金持ちである限り、私たちの友情は不変である。

12/26/2024, 1:44:12 PM

 え、クリスマスはどう過ごすのかって?
 なんだよ、パパが忘れていると思ってるかい?

 クリスマスは、街の外に出てお前と一緒にゾンビを殺す。
 パパはちゃんと約束を守るんだ。
 知ってるだろ?

 それにしてもクリスマスは、なんていい日なんだ。
 かつて人間を絶滅寸前まで追いつめた災厄、ゾンビ。
 今は生態系の保護のために殺すのは禁止されてるけれど、この日ばかりは何も気にしなくていい。
 クリスマス、本当に素晴らしい日だ――

 ん、なんでクリスマスにゾンビを殺してもいいのかって?
 学校で習って――寝てた?
 仕方ないな
 説明するから寝るなよ。
 コホン。

『昔々の事でした
 人間たちは、みんな仲良く平和に暮らしていました。
 弱い物を助け、食べ物は皆で分け合う。
 そんな誰もが夢見た世界です。

 ですがある日の事。
 何の前触れもなく、たくさんのゾンビが現れました。
 ゾンビたちは人間たちを襲い、瞬く間に人間たちを追い詰めてしまいました。
 人類はゾンビに対抗できず、ただ蹂躙されるばかり。
 そのまま絶滅すると思われました。

 しかしクリスマスの日、一人の男が現れました。
 彼の名前はサンタクロース。
 お供のトナカイたちと共に、たくさんのゾンビを殺し始めました。

 その姿に勇気づけられた人々は、反抗を決意。
 人類は力を合わせて、ゾンビたちを撃退、平和を取り戻したのでした。
 めでたしめでたし』


 どうだ?
 聞いたことあるだろ?
 ……ってお前、聞いてないな?
 よだれが垂れてるぞ……

 まあいい。
 ともかく、クリスマスの日が来るたびに、ゾンビどもに銃弾と死をプレゼントするのは、コレが始まりってわけさ。
 そして、ゾンビを殺す人間の事を『サンタクロース』と呼ぶようになったんだ
 分かったかい?

 うん、返事だけはいいな。
 話を聞いてないのにさ……
 え、立派なサンタになる?

 うん、それいいな!
 パパ、応援するよ。
 でもママには言わない方がいいかな。
 多分反対されるから。

 じゃあ、こっちについてこい!
 ママに内緒で、パパと一緒に特訓だ!

12/25/2024, 1:49:13 PM

「今年もこの時期がやって来たか……」
 私は部屋で一人、コタツでミカンを食べながら独り言をつぶやく。
 今日は12月24日、クリスマスイブ。
 一年で最も忌むべき日。
 
 毎年毎年飽きもせずやって来るクリスマス。
 律義なのは評価するが、たまには休もうという発想にはならないのか?
 働き過ぎは良くないと思うんだ、私。
 例えばオリンピックの年は休みでもいいのでは?
 そんな事を考える2024年クリスマスイブの夜。

 と言ったりしたけど、別にクリスマスが憎いわけじゃない。
 別に独り身が寂しいわけじゃない。
 もはや諦めの境地なので心を乱される事は無いのだ。

 じゃあ、なぜ私がクリスマスが嫌いなのか……
 それはイブの夜、サンタクロースとして働かないといけないからだ!


 事の発端は5年前。
 クリスマスイブを目前に、彼氏の浮気が原因で別れた私は、自暴自棄になってやけ酒をしていた。
 飲めない酒を飲み、辛い現実から目を背けていた私。

 そんな時、私の前に『ヤツ』は現れた
 犬とも猫ともつかぬ、珍妙な生き物。
 強いて言えば、アニメ『まどか☆マギカ』に出てくる『キュゥべえ』に似ていた。

 普通なら自分の正気を疑うが、残念ながらその時の私は泥酔状態。
 『わあ、キュゥべえだ』『本物だあ』『リアルで見るとキモイw』とか言って喜んでいた。
 キュゥべえが、不幸をまき散らす存在だという事を忘れて……

 異常なテンションではしゃぐ私を無視し、『キュゥべえもどき』こと『Oべえ』は事も無げに言った。

「僕と契約してサンタクロースになってよ」
「いいよ」
 酔っていた私は、即答した。

 そんなわけで、その年からと私はサンタクロースとしてプレゼントを配る羽目になったのである。
 ただし――

「給料無いなんて聞いてねえぞ!」
 ただ働きであった。
 税金が上がり、物価も上がるこの時代。
 お金を貰わず、ハードな労働に勤しむほど、私は善人ではない。

「どういうこったよ!
 あんだけ重労働させといて、びた一文払わないとか!
 悪魔か!」
「聞かれなかったからね」
 私が叫んでいると、何もも無い空間から突然Oべえが現れる。
 どこかドヤ顔のOべえに腹が立つ。

「驚かないんだ?」
「来るのは分かっていたからね」
 最初こそ驚いていたけど、もう慣れた。
 何度も驚かされたら耐性つくよ
 それはともかく。

「よく聞かずに了承した私も悪いけどさ。
 報酬の話はちゃんとすべき。
 今は令和なんだから、コンプライアンスを守れ」
「始めに説明したよ。
 給料は出ないけど、報酬はあるって」
「そうだっけ?」
「うん、『子供の笑顔』が報酬」
「ふざけんな!」

 子供の笑顔で腹が膨れるか!
 こっちは金が欲しいんだよ、金が!
 金さえ寄越せば、いくらでも子供を笑顔にしてやるわい!

「でも契約したからね。
 拒否権は無い。
 さあ、行こう。
 子供たちが待ってる」
「行かない」

 Oべえが私を見る。

「ふーん。
 でもいいの?」
「何が?」
「サンタになってプレゼントを配らないと君――


 死ぬよ」
「なんでじゃい!」
 唐突に物騒なことを言い出す。
 それこそ初めに言うべきことだろうが!

「契約したときに、『子供の笑顔』で超人的な身体能力が発揮できるよう、君の体を作り替えたのさ。
 プレゼント配りは大変だからね。
 今は『子供の笑顔』がキミを動かすエネルギーさ。
 君はもう『子供の笑顔』なしでは生きていけないんだよ」
「言葉だけ聞くと感動ものなんだけどなあ……」

 『だから笑顔が無うと死ぬ』と言外に言われた気分がして、余計にやる気がなくなる私。
 やりがい搾取の次は、恫喝かよ。
 前から思っていたが、Oべえは人の心がない。

「なんか、全部どうでもよくなっちゃったなあ……」
 私はため息を吐きながら、後ろに倒れ込む。
 もともと乗り気ではないのに、やらなかったら死んでしまうとか……
 こんなんでやる気出す方が無理だ。

 ならコタツでぬくぬくと死に向かっていく方がマシだ
 私はコタツを墓標にすることを決意する。
 だがそんな私を見かねたのか、Oべえは大きなため息をついた。

「分かったよ」
 Oべえの言葉に目を見開く。
 もしかして報酬くれる流れですかね?

「君がサンタクロースをしてもらわないと困る。
 僕の裁量で、君に報酬をあげようじゃないか」
 マジで!?
 あれほど渋ったのに、どんな心境の変化だ?
 意外と言ってみるもんだな。

 私は逸る気持ちを抑えきれず、Oべえに質問する。
「で、なにくれるの?」
「現金だね」
「人間ですから。
 で、なにくれるの?」

 Oべえが、またも溜息をつく。
 こんなに困ってるOべえは初めてだ。
 ふふ、ざまあみやがれ。
 
「残念ながら、金銭の類は渡せない。
 持ってないからね」
「それで?」
「合コン、というのはどうだろう?」
「合コン!」

 私は勢いよく体を起こす。
 合コン、素晴らしい響きだ。
 え、『最初に言ってた諦めの境地はどうした?』って……
 そんなん、やせ我慢じゃい!

「他にもサンタクロースがいるからね。
 彼らに会わせてあげる。
 そこからの保証は出来ないけどね」
「やる気出た」
「本当に現金だね……」

 Oべえが何やら呆れているが、それは無視。
 サンタクロースの仕事なんて御免こうむるが、報酬があるとなれば話は別。
 お金では買えない『出会いの場』を設けてくれるなら、これ以上言う事は無い
 どんなに重労働だってやってやろうじゃないか!

 若干ひいているOべいを横目で見ながら、押し入れからサンタ服を取り出す。
 いざゆかん、子供たちを笑顔にするために!

 私の運命を変えるイブの夜が、今始まる

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