G14

Open App

「今年もこの時期がやって来たか……」
 私は部屋で一人、コタツでミカンを食べながら独り言をつぶやく。
 今日は12月24日、クリスマスイブ。
 一年で最も忌むべき日。
 
 毎年毎年飽きもせずやって来るクリスマス。
 律義なのは評価するが、たまには休もうという発想にはならないのか?
 働き過ぎは良くないと思うんだ、私。
 例えばオリンピックの年は休みでもいいのでは?
 そんな事を考える2024年クリスマスイブの夜。

 と言ったりしたけど、別にクリスマスが憎いわけじゃない。
 別に独り身が寂しいわけじゃない。
 もはや諦めの境地なので心を乱される事は無いのだ。

 じゃあ、なぜ私がクリスマスが嫌いなのか……
 それはイブの夜、サンタクロースとして働かないといけないからだ!


 事の発端は5年前。
 クリスマスイブを目前に、彼氏の浮気が原因で別れた私は、自暴自棄になってやけ酒をしていた。
 飲めない酒を飲み、辛い現実から目を背けていた私。

 そんな時、私の前に『ヤツ』は現れた
 犬とも猫ともつかぬ、珍妙な生き物。
 強いて言えば、アニメ『まどか☆マギカ』に出てくる『キュゥべえ』に似ていた。

 普通なら自分の正気を疑うが、残念ながらその時の私は泥酔状態。
 『わあ、キュゥべえだ』『本物だあ』『リアルで見るとキモイw』とか言って喜んでいた。
 キュゥべえが、不幸をまき散らす存在だという事を忘れて……

 異常なテンションではしゃぐ私を無視し、『キュゥべえもどき』こと『Oべえ』は事も無げに言った。

「僕と契約してサンタクロースになってよ」
「いいよ」
 酔っていた私は、即答した。

 そんなわけで、その年からと私はサンタクロースとしてプレゼントを配る羽目になったのである。
 ただし――

「給料無いなんて聞いてねえぞ!」
 ただ働きであった。
 税金が上がり、物価も上がるこの時代。
 お金を貰わず、ハードな労働に勤しむほど、私は善人ではない。

「どういうこったよ!
 あんだけ重労働させといて、びた一文払わないとか!
 悪魔か!」
「聞かれなかったからね」
 私が叫んでいると、何もも無い空間から突然Oべえが現れる。
 どこかドヤ顔のOべえに腹が立つ。

「驚かないんだ?」
「来るのは分かっていたからね」
 最初こそ驚いていたけど、もう慣れた。
 何度も驚かされたら耐性つくよ
 それはともかく。

「よく聞かずに了承した私も悪いけどさ。
 報酬の話はちゃんとすべき。
 今は令和なんだから、コンプライアンスを守れ」
「始めに説明したよ。
 給料は出ないけど、報酬はあるって」
「そうだっけ?」
「うん、『子供の笑顔』が報酬」
「ふざけんな!」

 子供の笑顔で腹が膨れるか!
 こっちは金が欲しいんだよ、金が!
 金さえ寄越せば、いくらでも子供を笑顔にしてやるわい!

「でも契約したからね。
 拒否権は無い。
 さあ、行こう。
 子供たちが待ってる」
「行かない」

 Oべえが私を見る。

「ふーん。
 でもいいの?」
「何が?」
「サンタになってプレゼントを配らないと君――


 死ぬよ」
「なんでじゃい!」
 唐突に物騒なことを言い出す。
 それこそ初めに言うべきことだろうが!

「契約したときに、『子供の笑顔』で超人的な身体能力が発揮できるよう、君の体を作り替えたのさ。
 プレゼント配りは大変だからね。
 今は『子供の笑顔』がキミを動かすエネルギーさ。
 君はもう『子供の笑顔』なしでは生きていけないんだよ」
「言葉だけ聞くと感動ものなんだけどなあ……」

 『だから笑顔が無うと死ぬ』と言外に言われた気分がして、余計にやる気がなくなる私。
 やりがい搾取の次は、恫喝かよ。
 前から思っていたが、Oべえは人の心がない。

「なんか、全部どうでもよくなっちゃったなあ……」
 私はため息を吐きながら、後ろに倒れ込む。
 もともと乗り気ではないのに、やらなかったら死んでしまうとか……
 こんなんでやる気出す方が無理だ。

 ならコタツでぬくぬくと死に向かっていく方がマシだ
 私はコタツを墓標にすることを決意する。
 だがそんな私を見かねたのか、Oべえは大きなため息をついた。

「分かったよ」
 Oべえの言葉に目を見開く。
 もしかして報酬くれる流れですかね?

「君がサンタクロースをしてもらわないと困る。
 僕の裁量で、君に報酬をあげようじゃないか」
 マジで!?
 あれほど渋ったのに、どんな心境の変化だ?
 意外と言ってみるもんだな。

 私は逸る気持ちを抑えきれず、Oべえに質問する。
「で、なにくれるの?」
「現金だね」
「人間ですから。
 で、なにくれるの?」

 Oべえが、またも溜息をつく。
 こんなに困ってるOべえは初めてだ。
 ふふ、ざまあみやがれ。
 
「残念ながら、金銭の類は渡せない。
 持ってないからね」
「それで?」
「合コン、というのはどうだろう?」
「合コン!」

 私は勢いよく体を起こす。
 合コン、素晴らしい響きだ。
 え、『最初に言ってた諦めの境地はどうした?』って……
 そんなん、やせ我慢じゃい!

「他にもサンタクロースがいるからね。
 彼らに会わせてあげる。
 そこからの保証は出来ないけどね」
「やる気出た」
「本当に現金だね……」

 Oべえが何やら呆れているが、それは無視。
 サンタクロースの仕事なんて御免こうむるが、報酬があるとなれば話は別。
 お金では買えない『出会いの場』を設けてくれるなら、これ以上言う事は無い
 どんなに重労働だってやってやろうじゃないか!

 若干ひいているOべいを横目で見ながら、押し入れからサンタ服を取り出す。
 いざゆかん、子供たちを笑顔にするために!

 私の運命を変えるイブの夜が、今始まる

12/25/2024, 1:49:13 PM