『変わらないものはない』。
誰もが知っている不変の事実。
私はバカだけれども、私ですら知っているくらい自明な真理。
でも人間というのは我がままで、やっぱり変わって欲しくないというものはある。
かく言う私にもあった。
けれど、駄目だった。
あれほどまでに変わらない努力を重ねたというのに、その努力を嘲笑うかのように変わってしまったのだ。
一体どうしてこんなことに……
――いや原因は分かってる。
諸悪の根源は友人の沙都子。
私はどうしようもない現実から逃避するため、事の発端を思い出していた――
◇
12月25日、クリスマスの事……
私は沙都子主宰のクリスマスパーティに招待された。
沙都子の家は大金持ち。
庶民である私には想像のつかないほど豪勢なパーティだろうと期待して行けば、私の想像以上に豪勢なパーティだった。
テーブルには所狭しとオシャレな料理が並び、配膳されるドリンクも香りから違うもの。
周りを見渡せば、テレビで見るような有名人がちらほら。
庶民である私は、普通なら絶対に見る事の無かった光景……
あまりの場違い感に、私は人生で初めて死を覚悟した。
私、ここにいてもいいの?
ドレスコードは大丈夫なの?
制服着てこいって聞いたけど、本当に制服でよかったの?
私の頭にいくつもの疑問が浮かぶ
「百合子じゃない。
パーティ、楽しんでいるかしら?」
私がオドオドしている様子が面白いのか、沙都子はご機嫌にやってくる。
沙都子は真っ赤なドレスに身を包み――ってドレス!?
「どういうこと!?
沙都子も制服着るって言ってたじゃん!」
「百合子、本当に制服を着て来たのね……」
「謀ったな!!」
沙都子め、始めから私を晒し物にするつもりだったらしい。
こんな嫌がらせをしてくるなんて、沙都子は本当に友達なのだろうか?
関係を変える時が来たのかもしれない。
「冗談よ、安心しなさい。
制服でも大丈夫だから。
受付で止められなかったでしょう」
「あー、そう言われてみればそうだね」
「パーティにはいろんな立場の人が来るの。
百合子みたいな、普通の学生もいるのよ」
沙都子の言葉に、私は周囲を見渡してみる。
確かに制服を着ている姿がチラホラ見える。
緊張のあまり気づかなかったらしいが、それなりに制服を着てきた学生は多いようだ。
「本当だ。
普通に、制服着てる人もいる」
「そうよ。
このパーティには普通の学生も参加してるの。
例えばあそこにいるのは普通の――普通の超高校生級のサッカー選手よ」
「普通とは!?」
全然普通じゃなかった。
というかやっぱり私場違いじゃん!
「大丈夫よ百合子。
あなたも超高校生級の……
超高校生級の……
大丈夫よ、あなたも彼らに引けは取らないは」
「中途半端は止めてもらいたい!」
なんだよ、それ。
馬鹿にするなら、きっちり馬鹿にしろよう……
反応に困るじゃんか。
私がやり切れない思いを抱えていると、沙都子が近づいてそっと耳打ちをする。
「そろそろよ」
沙都子の言葉にハッとする
そうだった。
私はこんなところで落ち込んでいる場合じゃない。
私がこのパーティに参加を決めた理由。
それは――
「それでは本日のメインディッシュ!
世界一のパティシェが作り上げたクリスマスケーキ。
とくとご賞味ください」
司会のアナウンスと共に、執事がワゴンを押して入って来る。
そしてワゴンにのっているのは、巨大なケーキ。
これこそが私の目的。
食事を抜いてまでやって来た理由だ。
それは大きな苺がたくさん載った、スタンダートなケーキだった。
庶民の私でもよく見るタイプのケーキだが、お金持ちのケーキともなれば一味違う。
見たこともないくらい赤くて大きな苺が、これでもかと並べられている。
ホイップクリームも綺麗に飾り付けられ、味だけではなく見た目にもこだわっているのが見て取れた。
まさに文句の付け所がない、完璧なケーキだ。
私は唾を飲み込む。
想像以上だ。
ケーキの事はさほど詳しくないが、凄い事だけは分かる。
お金持ちになると、ここまで贅沢に出来るのか!
私は早速相伴に預かろうと、足を踏み出そうとして――沙都子に手を掴まれる
「待ちなさい、百合子」
「止めないで。
私はアレを食べに来たの。
早く行かないと取られちゃう!」
「知ってる。
けど待ちなさい」
「ダメだよ、ああいうのは早い者勝ち――あれは!」
苺のケーキのワゴンの後ろから、チョコレートケーキが乗せられたワゴンが出てくる。
しかし、これが最後では無い。
後ろから次々とワゴンが出てくる。
チーズケーキ、ロールケーキ、ガトーショコラ、etc……
それら全てに、違う種類のケーキが乗せられていた。
「あなたのために、たくさんケーキを用意したわ。
気の済むまで食べなさい」
優しく囁いて、手を離す沙都子。
どうして沙都子のことを疑ってしまったのだろう……
沙都子は、なんだかんだで私が一番欲しい物をくれる。
意地悪ばっかりすると思っていたけど、結局は私の事が大好きで、あれは照れ隠しなのだ。
沙都子、君は私の親友だよ!
私は返事の代わりにぐっと親指を立る。
沙都子も親指を立てて返してくる。
私は負けられない思いを胸に、ケーキの元に向かうのであった。
◇
「やっぱし、食いすぎだよなあ……」
私の口から自然と言葉がこぼれる。
私が何度見返しても少しも変わる事のない体重計の表示。
この数字が変わらないように努力してきたというのに、この前測った時より5Kg 増えてるという事実。
本当にどうしてこうなった?
たしかにあの後、私は限界までケーキを食べた。
というか限界超えても食べた。
食べて食べて食べまくった。
途中からは味が分からなかったけれど、それでも食べた。
さらに沙都子が容器を持って来て、家に帰っても食べれるようケーキを取り分けてくれた。
両手で持ちきれないくらい貰って、持ちきれない分は後から持って来てくれた
それも食べた。
たくさん食べても飽きないくらいケーキはおいしかった。
でも今になって思う。
『アレは沙都子の策略だったに違いない』と……
沙都子が私に優しくするのは、いつだって裏がある。
今回も私を太らせようとして、ケーキをどんどん食べさせたに違いない。
奴はそう言う女である。
きっと今頃ニヤニヤしていることだろう。
沙都子とはいい友人同士だと思っていたし、ずっと変わる事のない関係だと思っていた。
けれど沙都子のあまりの嫌がらせ振りは、そろそろ我慢の限界だ。
いい加減この一方的な友情を終わらせる時がきたようだ――
とその時、ブーブーとスマホが通知を知らせる。
スマホを見ると、沙都子からLINEの通知が来ていた。
『百合子、正月もこっちに来れる?
パパとママがあんたを気に入っちゃってさ。
お年玉用意してるって』
そのメッセージを見て、私は自分の意見を180度クルリと変える
金の切れ目が縁の切れ目。
沙都子がお金持ちである限り、私たちの友情は不変である。
12/27/2024, 3:37:11 PM