コポコポコポ。
目の前のグラスに、黄金色の液体を注ぐ。
漂ってくるビールの香りが、そしてきめ細やかな泡が、私の食欲を刺激する。
缶からグラスに中身を入れ替えただけなのに、なぜこんなにおいしそうに見えるのだろう。
きっと、ビールは神様の飲み物に違いない
「では乾杯」
そんな事を思いつつ、誰もいない部屋で一人、乾杯をする。
部屋で一人だけの忘年会。
本当はこんなはずではなかったのに……
ここにいない彼氏を恨みながら、私は大きなため息をつく
二人一緒にするはずだった忘年会。
お互いの休みを調整して、ここしかないとセッティングした。
だっていうのに、彼は『急に仕事が出来た』と言ってキャンセル。
私よりも、仕事を取るというのか……
私は鬱々とした気分のまま、ビールに口を付ける。
けれど、ビールを口に含んだ瞬間、憂鬱な気持ちを吹き飛ばし、私は一気に幸せな気分に包まれる。
口の中に広がる香り!
喉に伝わるビールの炭酸!
脳に回るアルコール!
それ等全てが、私に生の喜びを教えてくれる。
私は悟る。
やはりビールは最高だ!
そして彼がいない寂しさを、そっと包み込んでくれるビール。
間違いない。
これは愛、愛ですよ。
私、彼がいなくても生きていけるかもしれない。
けれど、一杯だけじゃ寂しさは埋まらない。
寂しさを紛らわせるために、もっと飲まないと。
私はすぐに二杯目をコップに『愛』を注ぐ。
うん、おいしそうだ。
そして二杯目も一気に飲み干した時、玄関から物音がした。
「ただいま」
彼が申し訳なさそうに部屋に入って来る。
ビールとの蜜月の時間を邪魔された私は、振り返らず嫌味を言う。
「へえ、早かったじゃん。
仕事は?」
「なんか部長が、終わっている仕事を、終わってないと勘違いしていたみたいで……
やることないからすぐに解散になった」
「ふーん」
「怒らないでくれよう」
私に謝罪してくる彼。
そんな情けない事を言うくらいなら、仕事を休めばよかったのに。
「悪いと思ってるんだ。
だからお詫びの物を買ってきた」
「お詫び?
そんなので私が許すとでも?」
「これを……」
そう言って出されたのは年代物のワイン。
確かに彼の会社の近くには、いい酒屋があるとは聞いていたけど……
こんなのも置いているの?
「これ、めちゃくちゃ高いんじゃ……」
「うん、冬のボーナス吹き飛んだ
これでなにとぞご容赦を」
そこで私は、ワインについている値札に気が付く。
そこに書かれた数字は、0がたくさん!
一気に酔いが吹き飛ぶ
「これ、一人で飲んでいいから」
「待って待って、さすがに恐れ多い」
「でもここまでしないと、許してくれないだろ?」
ということは、ボーナス使ってでも私を機嫌を取りたいということ?
そんなに大事に思われていたなんて……
私の中の『許さない』という気持ちが霧散していく。
「どうぞ、姫様。
ご堪能下さい」
そう言って彼は、空になったグラスにワインを注ぐ。
え、漂ってくる香りから、ただならぬオーラを感じるんだけど……
疑ってはいなかったが、高級品なのは間違いないらしい。
許すべきか、許さざるべきか……
私は少しばかり考えて、そして彼の方を向く。
「許しません」
私はゆっくり、ハッキリ告げる
「今日は忘年会。
一緒に飲みましょう」
彼は苦笑して、自分のグラスを持ってきた。
私は、彼のグラスに年代物のワインを注ぐ。
そして彼のグラスに、自分のグラスをコツンと当てる
「私たちの愛に乾杯」
私の名前はルナ。
花も恥じらう女子高生。
私には、一卵性双生児で自分にそっくりな妹、レナがいる。
食べ物の好みや、服のセンスが全部一緒。
理想の異性も一緒だ。
だから言葉に出さなくても、お互いに考えている事は手に取るように分かる。
まさに以心伝心、私の心とレナの心は繋がっているのだ。
そんな私たちはいつも一緒。
今日も仲良くレナとテレビを見ていた。
お笑い番組でゲラゲラ笑っていると、買い物から帰って来たお母さんが言った
「ケーキ買ったから、一緒に食べなさい」
私とレナは喜んだ。
早速お母さんが買ってきたケーキの箱を開封する。
けど中身を見て驚いた。
そこには5つのケーキが入っていたからだ。
私はケーキが好きだ。
ということは、当然レナも好き。
そして一つでも多くのケーキを食べたい私たちは、ケーキの取り合いになってしまうのは必然、喧嘩になる。
だからお母さんは、いつも分けられるものか偶数を買って来るのだけど、今日はなぜか奇数だった。
うっかりしていたのだろうか?
どちらにせよ、戦争は避けられない
けれど私たちはいい大人。
暴力で解決する年齢は卒業した。
殴り合いをせず、スマートな方法で解決する
その方法とは――
ジャンケンだ。
『喧嘩するくらいなら運で決めてしまおう』。
という、多くの血を流した私たちが導き出した、教訓だ。
私はレナにアイコンタクトを送る。
するとレナは『当然』と言わんばかりの目線で返してきた。
これで勝負は成立、後は神に祈るのみ。
私たちは、ゆっくりと拳を握り――
「ちょっと二人とも待ちなさい」
けれど勝負を始めようとした瞬間、お母さんが割って入ってきた。
「私がジャッジするわ」
私のレナの間に、お母さんが座る。
お母さんは、私たちのジャンケンを見るのが好きだ。
なんでも私たちの勝負が『頭脳戦』で、見ごたえがあるらしい。
まあ、お互いの考えが分かる手前、相手の裏をかこうといろいろ考えるからね。
でもルナも裏をかこうとするわけで、でも私もさらに裏をかき……
そして最期に読み間違えた方が負ける。
少しの誤差で、勝敗は決するのだ
うん、立派な頭脳戦だ
「今日の二人を見ると長期戦になりそうな予感がするわ……
観戦の用意をいないと……」
「「はやくしてよ、お母さん」」
「二人とも急かさないの。
そうねえ……」
そう言ってお母さんは、辺りを見回す。
「あ、ケーキがあるじゃない。
これ、一つ貰うね」
私たちの勝負は、勝負する前に、勝負が決まった瞬間であった。
江戸に助座衛門という者がいた。
彼は下級武士の出身で、いつもひもじい思いをしていた。
低い身分である彼は、食べ物を買うお金があまり無かったのである。
しかし下級とはいえ武士は武士。
まじめな性格の彼は、『武士の家系に生まれたからには、立派な武士となろう』と決意する。
そして人々の模範となるべく、家計の許す限り様々な芸事を精を出し、礼節を身に着けていった。
功を奏して、彼は江戸中で知らぬ者のない武士となる
人々は彼を『あれこそ真の武士である』と褒めたたえた。
何でも出来る彼であったが、どうしても出来ないことが一つあった。
やせ我慢である。
武士は食わねど高楊枝。
『誇り高き武士はどんなに食べるものが無くとも、腹いっぱい食べたかのように楊枝を使って見栄を張らねばならない』
有名なのことわざだが、彼はこの見栄――つまり『何でもないフリ』が出来ないのである
しかも彼は人一倍食いしん坊であった。
普段は温厚な彼も、お腹がすくと途端に不機嫌になる。
不幸なことに彼は下級武士、満足するほど食べることは出来ない
周囲の人々からの差し入れによって、なんとか食いつないでいたが、日に日に食べる量は増えるばかり。
遠くない未来に限界が訪れようとしていた……
そんなある日の事。
助左衛門の隣に、自称仙人の初老の男性が引っ越してきた。
始めは気にも留めなかった助左衛門だったが、ある噂を耳にする。
『誰もあの爺さんの食事をしている所を見たことがない。
もしや、本当に霞を食っていけると噂の仙人ではないのか?』
にわかには信じられない、信憑性の薄い噂である。
だが助左衛門は無視できなかった。
もし引っ越してきた男性が本当に仙人ならば、自分の食糧問題が解決するかもしれないからだ
そう思った彼は、気づいた時には仙人のもとを訪れていた。
「不躾な願いであることは重々承知でお聞きしたいことがある。
わたしめにカスミを食べる奥義を伝授願いたい」
助左衛門の突然の来訪に驚く仙人。
しかしすぐに落ち着きを取り戻し、助左衛門を諭すように話す。
「頭を上げてくだされ、助左衛門様。
貴方の評判は、新参者の儂も聞き及んでおります。
そんなあなたが儂に頭を下げるとはただ事ではないのでしょう。
力になりたいが、残念ながら他人に教えられないからこそ、奥義なのです。
心苦しいですが……」
「そこをなんとか!」
「ううむ、どうしたものか……」
仙人は腕を組んで悩みます。
「仕方がありません。
あなたほどの方がそこまで言うなら、儂も奥義の秘密を明かしましょう」
「かたじけない」
「その代わり、奥義の件については内密に」
「分かっております」
「では少々お待ちください」
そう言うと、仙人は床板をベリベリと引きはがし始めた。
何が始まるのかと眺めていた助左衛門。
そして助左衛門は、仙人が床下から取り出したものを見て目を見開く。
「キノコですじゃ。
床下はいい具合に湿って、キノコの栽培に適しておる。
苗床を分けるから、これを育てて食べるとよい。
大家に気づかれぬよう、何でもないフリをお願いしますぞ」
ホッホッホッ。
子供たちよ、サンタチャンネルの時間じゃぞい!
良い子は、もっと良い子に。
悪い子は、サンタチャンネルの間だけでも良い子になるんじゃぞ。
サンタとの約束じゃ。
でないとプレゼントをあげられないからの
さて急な話じゃが、世界中の子供たちにプレゼントを配るのは、皆が思っている以上に危険なことなのじゃよ。
というのも、儂はキミたちに渡すプレゼントが入っている『魔法の袋』を持っている。
これを、悪い大人たちが狙っておるのじゃ。
プレゼントを独り占めするためにの……
じゃが安心せい。
儂には心強い仲間がおる。
そう、トナカイじゃ!
奴らのおかげで、悪い奴に襲われても
今日はそんなトナカイたちを紹介するぞ!
さて最初に紹介するのははダッシャーじゃ!
ダッシャーは、常に先頭で走っておる。
先陣を切って、敵に襲い掛かる頼もしい奴じゃ。
トナカイたちの切り込み隊長じゃ。
二匹目はダンサー。
踊りが好きな奴での、時間があればいつも踊っとるわい。
そんなダンサーの役割は囮。
自分に攻撃を引き付けることで、他のトナカイの負担を減らすのじゃ。
もちろんダンサーは、攻撃を避けるのが得意じゃから、怪我する事は無いぞ。
三匹目はプランサー。
いつも楽しそうに跳ね回っている奴じゃ。
トリッキーな動きで敵を翻弄。
ニンジャの様に近づいき、敵を倒すのじゃ。
四匹目はヴィクセン。
おしゃべりな奴で、こいつのお喋りぶりには皆迷惑しておる……
じゃが、戦闘となれば話は別、意外と頼りになる奴なのじゃ
戦いとなれば、敵に自慢のマシンガントークで話しかけ、敵の注意力を削ぐのが
役目じゃ。
ゲームで言えば、デバフ(能力弱体化)が得意なやつじゃな。
五匹目はコメット。
クールで、頭のいい奴じゃ。
トナカイたちの司令塔で、
すこし無鉄砲なところがあるが、頼りになるお兄さんじゃ。
個性派ぞろいのトナカイをまとめる凄い奴じゃ。
六匹目はキューピット
愛らしい姿でみんなの人気者じゃ。
その愛らしさで、皆を励ますムードメーカーじゃ。
こいつがおることで、トナカイたちのやる気が上がるのじゃよ。
ゲームで言えば、バフ(能力強化)が得意なのじゃ
七匹目、ドナー。
八匹目、ブリッツェン。
こいつらは二匹で一匹、コンビネーションで敵を倒すのじゃ。
二匹は稲妻の様に駆け、そのあとは雷に打たれたように倒れる敵が残るのみ。
そして、最後はルドルフ。
みんなも知っておるな?
歌にも出てくる、あの『赤鼻のルドルフ』じゃ。
こやつの鼻は特別でな。
暗い夜道でも、こやつの鼻が照らしてくれるのじゃ。
そこまで言えばわかるな?
ルドルフの鼻からはビームが出る。
ビームを出すことで、暗闇も明るく照らし出されるのじゃ。
それだけじゃないぞ。
そのビームは襲い掛かって来る敵を燃やすことが出来るのじゃ。
安全確保と敵のせん滅。
便利じゃぞい。
おっともう時間じゃ。
子供たちよ、サンタチャンネルを聞いてくれてありがとう。
話はここまでじゃ。
みんなもお母さんの言うことをよく聞いて、良い子にしているんじゃぞ。
でないと、ルドルフのビームがキミに……
なんてな。
冗談じゃよ。
ホッホッホッ。
――――いい子のうちはな(ボソッ)
子どもたちよ。
早く寝るんじゃぞ。
大人に迷惑をかけるんじゃないぞ。
ではまた会おう!
メリークリスマス!
「ふんふんふふ~ん」
遊園地デートの帰り道、恋人の咲夜はご機嫌に鼻歌を歌っている。
咲夜はよっぽど楽しかったのか、この浮かれよう。
手を繋いでないと、そのままどこかに行ってしまいそうなほどだ。
彼女がこんなに喜んでくれたことは、恋人として素直に誇らしくもあり、同時に気恥ずかしさもあった。
けれどそれ以上に、俺は満ち足りていた。
歩きながら幸せをかみしめていると、咲夜が腕をちょいちょいと引く。
「ねえねえ、拓哉」
「なんだ?」
「一緒の出掛け楽しいね」
「……そうだな」
一瞬答えるべきか悩んで、思った事を素直に答える。
そこには嘘は一つもない
でも実際に口に出すのは未だに恥ずかしい。
こういう時、思った事をそのままいえる咲夜のことが少し羨ましく思う。
「まだ家に着くまで距離があるよね?
家に帰るまで『手を離したら死ぬごっこ』しよう」
「なにそれ?」
「『白線から出たら死ぬごっこ』、やったことあるでしょ?
それの『私たち』バージョン」
「……小学生の遊びじゃん」
「いいじゃん、別に。
で、やるの? やらないの?」
「うーん」
咲夜のお誘いに、言葉が詰まる
ぶっちゃげ二重の意味で恥ずかしい。
まるでバカップルのような振る舞いも恥ずかしいし、いい歳して小学生の遊びをするのも恥ずかしい。
けれど、最愛の咲夜のお願いだ。
無下にするのも心苦しい……
ちらと、咲夜の顔を見る。
その顔は期待で溢れていた。
俺が断る可能性なんて、少しも考えてない。
この状態で断ると、泣いてしまうかもしれない。
咲夜はそういう女の子だ。
俺は悩み抜いた末、覚悟を決めて咲夜に返事をする。
「分かった」
よくよく考えれば、手を繋ぐだけの話である。
『手を離したら死ぬごっこ』なんて、周りから見れば、ただ手を繋いでいるようにしか見えないはずだ。
ならば、何も恐れる事は無い。
いつも通りなのだから。
そこまで考えが至った所だった。
「ごめんよー」
酔っぱらった男性がまっすぐ歩けないのか、俺たちの間を突っ切ろうとする
歩いてきた男性を避けるように、反射的に繋いでいた手を離す。
「危ないな」
男性に悪態を突いて、そして気づく。
咲夜が今にも死にそうな顔をしている事に。
――『手を離したら死ぬごっこ』しよう。
だからと言って本当に死ぬことはないんだけど、それを本気にする咲夜が少し可愛らしい。
救いを求めるように、俺を見る咲夜。
ちょっと面白いのでこのまま見ていたいけど、このまま放っておくわけにもいかない。
俺はもう一度手を繋ぐ。
「三秒ルールだから」
「三秒ルール……」
咄嗟に言った言葉だったが、意外にも効果があったようだ
咲夜は俺の言葉をかみしめるように繰り返す。
そして数秒後、咲夜は満面の笑顔になった。
「三秒以内だったから、大丈夫だね」
「ああ、大丈夫だ」
本当は三秒以上経っていたけれど、そこは追及しない。
面倒だから。
「じゃあ、『手を離したら死ぬごっこ』は続行だね」
そう言って、俺の手を強く握り締める咲夜。
そこからは『次は絶対に離さない』という意気込みを感じた。
「ああ、続行だ。
手を離すなよ」
「当然だよ!」
俺たちは少し笑い合った後、仲良く手を繋いで帰路につくのであった。