「ふんふんふふ~ん」
遊園地デートの帰り道、恋人の咲夜はご機嫌に鼻歌を歌っている。
咲夜はよっぽど楽しかったのか、この浮かれよう。
手を繋いでないと、そのままどこかに行ってしまいそうなほどだ。
彼女がこんなに喜んでくれたことは、恋人として素直に誇らしくもあり、同時に気恥ずかしさもあった。
けれどそれ以上に、俺は満ち足りていた。
歩きながら幸せをかみしめていると、咲夜が腕をちょいちょいと引く。
「ねえねえ、拓哉」
「なんだ?」
「一緒の出掛け楽しいね」
「……そうだな」
一瞬答えるべきか悩んで、思った事を素直に答える。
そこには嘘は一つもない
でも実際に口に出すのは未だに恥ずかしい。
こういう時、思った事をそのままいえる咲夜のことが少し羨ましく思う。
「まだ家に着くまで距離があるよね?
家に帰るまで『手を離したら死ぬごっこ』しよう」
「なにそれ?」
「『白線から出たら死ぬごっこ』、やったことあるでしょ?
それの『私たち』バージョン」
「……小学生の遊びじゃん」
「いいじゃん、別に。
で、やるの? やらないの?」
「うーん」
咲夜のお誘いに、言葉が詰まる
ぶっちゃげ二重の意味で恥ずかしい。
まるでバカップルのような振る舞いも恥ずかしいし、いい歳して小学生の遊びをするのも恥ずかしい。
けれど、最愛の咲夜のお願いだ。
無下にするのも心苦しい……
ちらと、咲夜の顔を見る。
その顔は期待で溢れていた。
俺が断る可能性なんて、少しも考えてない。
この状態で断ると、泣いてしまうかもしれない。
咲夜はそういう女の子だ。
俺は悩み抜いた末、覚悟を決めて咲夜に返事をする。
「分かった」
よくよく考えれば、手を繋ぐだけの話である。
『手を離したら死ぬごっこ』なんて、周りから見れば、ただ手を繋いでいるようにしか見えないはずだ。
ならば、何も恐れる事は無い。
いつも通りなのだから。
そこまで考えが至った所だった。
「ごめんよー」
酔っぱらった男性がまっすぐ歩けないのか、俺たちの間を突っ切ろうとする
歩いてきた男性を避けるように、反射的に繋いでいた手を離す。
「危ないな」
男性に悪態を突いて、そして気づく。
咲夜が今にも死にそうな顔をしている事に。
――『手を離したら死ぬごっこ』しよう。
だからと言って本当に死ぬことはないんだけど、それを本気にする咲夜が少し可愛らしい。
救いを求めるように、俺を見る咲夜。
ちょっと面白いのでこのまま見ていたいけど、このまま放っておくわけにもいかない。
俺はもう一度手を繋ぐ。
「三秒ルールだから」
「三秒ルール……」
咄嗟に言った言葉だったが、意外にも効果があったようだ
咲夜は俺の言葉をかみしめるように繰り返す。
そして数秒後、咲夜は満面の笑顔になった。
「三秒以内だったから、大丈夫だね」
「ああ、大丈夫だ」
本当は三秒以上経っていたけれど、そこは追及しない。
面倒だから。
「じゃあ、『手を離したら死ぬごっこ』は続行だね」
そう言って、俺の手を強く握り締める咲夜。
そこからは『次は絶対に離さない』という意気込みを感じた。
「ああ、続行だ。
手を離すなよ」
「当然だよ!」
俺たちは少し笑い合った後、仲良く手を繋いで帰路につくのであった。
12/10/2024, 1:40:25 PM