G14

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 コポコポコポ。
 目の前のグラスに、黄金色の液体を注ぐ。
 漂ってくるビールの香りが、そしてきめ細やかな泡が、私の食欲を刺激する。
 缶からグラスに中身を入れ替えただけなのに、なぜこんなにおいしそうに見えるのだろう。
 きっと、ビールは神様の飲み物に違いない

「では乾杯」
 そんな事を思いつつ、誰もいない部屋で一人、乾杯をする。
 部屋で一人だけの忘年会。
 本当はこんなはずではなかったのに……
 ここにいない彼氏を恨みながら、私は大きなため息をつく

 二人一緒にするはずだった忘年会。
 お互いの休みを調整して、ここしかないとセッティングした。
 だっていうのに、彼は『急に仕事が出来た』と言ってキャンセル。
 私よりも、仕事を取るというのか……

 私は鬱々とした気分のまま、ビールに口を付ける。
 けれど、ビールを口に含んだ瞬間、憂鬱な気持ちを吹き飛ばし、私は一気に幸せな気分に包まれる。

 口の中に広がる香り!
 喉に伝わるビールの炭酸!
 脳に回るアルコール!

 それ等全てが、私に生の喜びを教えてくれる。
 私は悟る。
 やはりビールは最高だ!

 そして彼がいない寂しさを、そっと包み込んでくれるビール。
 間違いない。
 これは愛、愛ですよ。
 私、彼がいなくても生きていけるかもしれない。

 けれど、一杯だけじゃ寂しさは埋まらない。
 寂しさを紛らわせるために、もっと飲まないと。
 私はすぐに二杯目をコップに『愛』を注ぐ。
 うん、おいしそうだ。
 そして二杯目も一気に飲み干した時、玄関から物音がした。

「ただいま」
 彼が申し訳なさそうに部屋に入って来る。
 ビールとの蜜月の時間を邪魔された私は、振り返らず嫌味を言う。

「へえ、早かったじゃん。
 仕事は?」
「なんか部長が、終わっている仕事を、終わってないと勘違いしていたみたいで……
 やることないからすぐに解散になった」
「ふーん」
「怒らないでくれよう」

 私に謝罪してくる彼。
 そんな情けない事を言うくらいなら、仕事を休めばよかったのに。

「悪いと思ってるんだ。
 だからお詫びの物を買ってきた」
「お詫び?
 そんなので私が許すとでも?」
「これを……」

 そう言って出されたのは年代物のワイン。
 確かに彼の会社の近くには、いい酒屋があるとは聞いていたけど……
 こんなのも置いているの?

「これ、めちゃくちゃ高いんじゃ……」
「うん、冬のボーナス吹き飛んだ
 これでなにとぞご容赦を」
 そこで私は、ワインについている値札に気が付く。
 そこに書かれた数字は、0がたくさん!
 一気に酔いが吹き飛ぶ

「これ、一人で飲んでいいから」
「待って待って、さすがに恐れ多い」
「でもここまでしないと、許してくれないだろ?」
 ということは、ボーナス使ってでも私を機嫌を取りたいということ?
 そんなに大事に思われていたなんて……
 私の中の『許さない』という気持ちが霧散していく。

「どうぞ、姫様。
 ご堪能下さい」
 そう言って彼は、空になったグラスにワインを注ぐ。
 え、漂ってくる香りから、ただならぬオーラを感じるんだけど……
 疑ってはいなかったが、高級品なのは間違いないらしい。
 許すべきか、許さざるべきか……
 私は少しばかり考えて、そして彼の方を向く。

「許しません」
 私はゆっくり、ハッキリ告げる
「今日は忘年会。
 一緒に飲みましょう」

 彼は苦笑して、自分のグラスを持ってきた。
 私は、彼のグラスに年代物のワインを注ぐ。
 そして彼のグラスに、自分のグラスをコツンと当てる

「私たちの愛に乾杯」

12/14/2024, 3:38:47 PM