草木も眠る丑三つ時。
住む人間が寝静まったとある民家で、闇に蠢く影があった。
猫である。
名前をミケと言う。
この家で飼われている一歳の猫。
この家の住人によって蝶よ花よと育てられた、遊び盛りの猫である。
ミケは時間になると、活発に活動を始めた
夜は猫の時間。
昼ならば世界は人間のモノだが、夜では猫のモノだ。
だが残念なことに、ミケの遊び相手はぐっすりと眠っている。
これでは一匹で遊ぶしかない。
と思われるだろうが、ミケの遊び相手はたくさんいる。
ちょこまか逃げるネズミ、光に集まる小虫、残飯を漁るG。
どれも活きがよくて、ミケは大好きだ。
他には家に憑いている幽霊もいるが、ミケは幽霊が好きではない。
飛び付こうにも、すり抜けてしまうからだ。
それはともかくミケは遊ぶ。
今日の設定は、家を侵略する悪者退治。
主人の役に立つことを妄想し、いつもより張り切るのだ。
今日も長い戦いが始まる。
そして始まる運動会。
家の人間は夢の中。
誰もミケを止めるモノはいない。
けれど、何事にも終わりはある。
空が少しだけ明るくなる時間には、ミケは疲れて遊ぶのをやめてしまった。
明るい時間は、人間の時間。
楽しい時間は終わりなのだ。
良い運動をしたと心地よい疲労感に包まれながら、ミケは餌箱に向かう
家中を走り回ったミケは、お腹がペコペコだ。
しかし、餌箱にはご飯が入ってなかった。
まったく気が利かないと不満に思いながら、ミケは主人の元へと向かう。
人間が寝ているところへ、抜き足差し足忍び足。
そして頭に猫パンチ。
ぺし。
けれど反応はない。
ミケは諦めずに、再び叩く。
ぺしぺし。
やはり反応はなく、まったく起きる気配がない。
ミケは、なかなか起きない主人に呆れつつも、三度頭を叩く。
ぺしぺしぺしぺし。
けれど人間は起きない。
ミケは仕方ないと、次の手段を取ることにした
ジョリジョリジョリ。
ざらついた猫舌が、人間を襲う。
そこで人間から呻くような声が!
だがここで安心してはいけないことを、ミケは良く知っていた。
なぜならば人間は寝起きが悪い。
ここで攻撃の手を緩めると、人間は二度寝してしまうからだ。
ミケは人間を確実に起こすべく、次なる手段、泣き声を披露する。
だが努力虚しく、人間は寝入ってしまった。
しかし、ミケは諦めない。
ご飯がもらえるまで、人間を起こし続ける。
ミケの長い戦いは、まだ始まったばかりだ。
ハローハロー!
こちら地球。
宇宙のどこかにいるキミに話しかけています。
この放送をキミが聞いているかは、ボクには分かりません。
キミがどれくらい遠くにいるのかも分かりません
けれどボクは、キミに呼びかけ続けます。
どれくらいの距離があるかは分からないけど、きっと届くと信じています
ボクは、太陽系にある地球という星に住んでいます。
水と緑が沢山ある、不思議な星です。
そこでボクたち人間は、いろんなものを作って生活しています。
いろんな文化や娯楽がたくさんあります。
キミの星はどうですか?
ボクは、キミの星に興味があります。
キミの星の事を聞きたいのです。
もしこの通信を聞いていたら、お返事ください。
キミの星は、宇宙を旅することは出来ますか?
本当はボクの方からキミの所へ行けばいいんだけど、ボクたちはまだ地球を出るのに苦労しています。
だからキミが宇宙に出れるのであれば、是非地球に来てください。
会って、たくさんお話ししましょう
もしかしたらこれを聞いているキミは、返事も出来なくて、宇宙に出れないのかもしれません。
それは残念ですが、嘆くことはありません。
なぜならボクがキミに会いに行くからです。
確かにボクたちは宇宙を旅するのは難しいです。
けれど、ボクが大人になってとても速い宇宙船を作ります。
そうしたら、絶対にキミに会いに行きます。
約束です。
だからキミはこれだけは知っておいてください。
キミは一人ではありません。
ボクとキミは友達です。
いつか宇宙に出て、キミに会いに行きます。
では遠い未来に会いましょう。
◇
まだ見ぬ『異星人と会う』という人類の悲願を背負って、旅に出てから一か月。
無線機からは懐かしいものが流れてきた。
希望に満ち溢れた幼い『ボク』が、まだ見ぬ『キミ』に送ったメッセージ。
『キミ』に届くと信じて発信したけれど、結局返事が返ってこなかったけれど、まさか受け取りが僕とは思いもしなかった。
この宇宙船は光より早く移動できる人類の英知の結晶だ。
だから理論上、電波に乗せて光の速さで飛んでいくしかない『ボク』のメッセージには追いつけるけど、実際に追いついてみれば驚きしかない。
僕は無線機を操作して、受信したメッセージを改めて宇宙に発信する。
科学の進歩は宇宙船だけではなく、無線機の技術にも及んでいた。
かつて光の速さでしか送れなかったこのメッセージも、今では光より早く送ることが出来る。
こうしてもう一度発信すれば、ボクが到着する前には『キミ』にメッセージが届いているだろう。
ごめんね、まだ見ぬ『キミ』よ。
メッセージはまだ届いてないけれど。
どこにいるかもわからないけれど。
一方的な約束だけど。
ボクは、キミに会いに行きます
『泣かないで』
育児を経験した人間なら、誰もが願ったことがあるだろう。
いや、育児の習性を持つ動物ですら、願っているのかもしれない。
赤ちゃんが泣くのは仕事とはいえ、世話をする側にとっては大変な事だ。
赤ん坊はこっちの事情はお構いなし。
寝ていようが他の作業をしていようが、ひたすら泣くのだ……
ただ何事も例外はある。
泣くことが良い事とされ、赤ん坊たちをこぞって泣かせようとする奇祭がある。
泣き相撲だ。
ルールは簡単。
赤ん坊を向かい合わせて、先に泣いた方が勝ち。
同時の場合は、泣き声の大きな方が勝ち。
そんな奇妙な祭事なのだ
赤ん坊の泣き声によって邪を打ち払い、健康と成長を願う。
ヤケクソで思いついたのではないかと邪推するものの、そこそこ人気のある行事でもある。
ともかく、この泣き相撲に我が子を参加させようと、日本各地から泣き上手が集まる。
その泣き上手の中に、晴太という赤ん坊がやって来た
去年のチャンピオンで、今年も優勝すべく参加を決めた。
彼は関係者の期待に答え、決勝戦へと駒を進めた。
だが彼の最後の相手は、誰もが予想だにしなかった相手だった。
今回初出場の、ロボ太――超高性能のAIを搭載したロボットだったのだ
もちろん、ロボ太を参加させるに当たって議論は紛糾した。
『AI』を赤ん坊に数えていいものなのかと……
しかし制作者いわく、
『このAIは生まれて一年です。
この子にも参加資格はありますよ。
ありますよね!?』
とゴリ押し、責任者はしぶしぶ参加を認めた。
とはいえ、納得いかない人間が多いのも事実。
新参者に現実を思い知らせてやれと、否が応でも晴太に期待は集まる
そして決勝戦、二人は顔を合わせた。
両者は笑顔で土俵に登る。
そして行司が入場。
会場は緊張に包まれた。
そして――
「はっけよい……
のこった!」
行司の掛け声が響き渡る
観衆が見守る中、注目を集めた二人は――
笑顔だった。
晴太は、始めて見たロボットに興味津々。
ロボ太も、晴太につられ誤作動を起こし、こちらも笑う。
これには関係者も大慌て。
泣き相撲は泣いた方が勝ち。
泣いてもらわないと、勝負が決まらないのだ。
二人を泣かせようと、鬼のお面を持った大人たちが土俵に登る。
しかし、二人は泣くどころか大喜び。
これには誰もが困惑顔である。
そして一番焦っていたのは行司であった。
彼はトイレを我慢していたのだ。
少し遠いトイレに行くかどうか迷い、行かないことを選んだのだ彼だが、早くも後悔し始めていた
優勝候補の二人の試合は、いつも数秒で決まっていた
なのですぐ終わるだろうと、我慢して土俵に登ったのが運の尽き。
勝負は終わりそうにない
このまま勝負が長引けば、行司は大衆監視のなかで漏らしてしまう。
もしそうなれば、行司は恥ずかしさのあまり泣いて、泣き相撲の勝者として祭り上げられるだろう。
それだけは避けたかった。
「ほら泣いて、泣いて」
行司は必死に赤ん坊に泣くように促す。
しかし、二人は喜ぶばかり。
とても泣きそうになかった。
「ほら、泣いて、ね?
泣いてよ。
お願いだからさ」
行司は泣きそうになりながら、二人を泣かせようと奮闘するのであった
「たとえ冬が来ようとも、私は決して屈しない!
世界が氷に閉ざされようと、私は決して絶望しないだろう。
なぜなら私には心強い味方がいるからだ!
終わらない冬は無い!」
「そーね」
私がカッコよく叫んでいると、コタツに入っている友人の沙都子がゆるーく同意する。
ツッコミ前提の発言だったので、ツッコミが無いとどうにもおさまりが悪い。
いつも切れ味鋭いツッコミをくれる沙都子も、今日は期待できそうになかった
なぜなら毒舌ツッコミガール沙都子は、今はただのコタツムリと化していたからだ。
……コタツ恐るべし。
「百合子、アンタも遊んでないでコタツに入りなさい」
「うす」
というわけで、今日はコタツに入ってお送りします。
私こと百合子は、いつものように友人の沙都子の部屋に遊びに来ていた。
普段はきらびやかな洋風の部屋だが、冬が始まってコタツが設置され、なんちゃって和風になっていた。
そして設置されているコタツも、いいものを使っているのかとても暖かい。
正直、コタツに良い悪いがあるのかは知らないけれど。
「ヤバいね、コタツ。
まさにブラックホール!
一生ここで暮らそうかな」
「いつもより数割増しでテンション高いわね、百合子……
でも仕方ないわ。
だってコタツだもの」
私のおふざけにも、優しく対応してくれる沙都子。
普段の沙都子からは想像できない聖人振り!
調子狂うなあ……
「そういえば、今日どうするの?」
「どうするとは?」
「泊まってく?」
「まさか沙都子にお泊りを誘われるとは……」
私が泊まりたいと言ったら全力で阻止してくるというのに、なにこの変わりよう……
ちょっと怖い。
一周回って、このコタツは呪われているのかもしれない
「き、今日は遠慮するよ。
着替え持ってきてないし」
「そうなの、残念ね……」
沙都子は食い下がることなく納得する
本当は、いつでも泊まれるようにカバンの中にはお泊りセットが入っている。
けれど調子がおかしい沙都子と一緒にいると、私まで調子を崩しそうになるので遠慮することにした。
次の機会という事で。
「まあいいや、沙都子。
ゲームしていい?」
「どうぞ、お好きになさい」
私は沙都子の許可を得て、ゲームの準備をする。
『友人の家に遊びに来てまで、することじゃないだろ』と言われるが、仕方が無いのだ。
たって、私の家にはPS5がないんだもの。
沙都子も、熱心にゲームをする人間ではないので、私が主な使用者である。
ではさっそく――あれ?
「PS5の電源が入らない……
もしかして壊した?」
「心外ね。
あんたじゃあるまいし、壊さないわよ」
「じゃあなんで?」
「PS5の電源コードを抜いてるからよ」
「えええーー!」
衝撃の事実に、私は絶叫する。
コタツに入りながら、ぬくぬくゲームをしようと思っていたのに……
計算外だ!
「何で抜いたの!?」
「コタツを設置するときに、コンセントが足りなくてね。
仕方ないからPS5の線を抜いたわけ」
「なんてことを!
ゲームできないじゃんか!」
「まったく世話の焼ける……
そこにスマホの充電用の線に繋いでいる電源タップがあるでしょ。
少しの間ならアレをつかっていいわ」
沙都子の目線の先に、電源タップが置いてある。
なるほど、あれを使えばいいのか。
今日の沙都子はひたすら優しい。
「ありがとう、沙都子。
じゃあ、差し変えてきて」
「嫌よ」
「なんで!?」
「何でと言われても……
私、コタツ出たくないの」
「私も出たくないよ!」
「それでもいいわよ。
私ゲームしないし」
「くっ」
痛いところを突かれ、私は押し黙る。
優しいとはいえ、今日の沙都子はコタツムリ。
コタツからは出るはずがなかった。
コタツに出ずに電源タップを使う方法を考えて考えて……
いろいろ考えた末、自分で取りに行くことにした。
結論はいつだってつまらないものだ……
「ふうう、寒い寒い」
コタツをでて、腕をさすりながら電源タップの元へと向かう
エアコンが利いているので寒くはないけど、気分というやつだ
私は手早く電源コードを差し替える。
悩んだ分、無駄に時間を浪費してしまった。
さっさとゲームをしよう。
「さあて、ゲームをする、か、な……」
自分がコタツの元位置に戻ろうとしたところ、先客がいた。
沙都子の飼い猫、ラリーだった。
「ラリー!
そこは私の場所だよ!」
私はラリーに抗議するが、彼はどこ吹く風。
『ここは私の場所ですが?』と言った顔で私を見る。
私は知っている。
あの顔のラリーは、てこでも動かない
持って動かそうにも、急に重くなる憎いやつ
飼い主に似て、ワガママなやつだ。
コタツの中で丸くなっていればいいものを!
ここで対応しても時間を取られるだけ。
仕方が無いので、別の所からコタツに入ることにした。
ベストポジションを取られたのは痛いが仕方がない。
私は別の側面に移動する
けれどここにも猫がいた。
この猫も『ここは私の場所ですが?』という顔をしている。
なんだか嫌な予感がした私は、残りの場所を覗いてみる。
しかし、そこにも例の顔をした猫がいた。
「どんだけ猫がいるねん!」
思わず叫ぶ。
でもそんな事は知らんと、猫たちはこたつの側で毛づくろい
沙都子も沙都子で、相変わらずコタツムリ。
この状況が示すのはたった一つの事実。
「コタツから追い出された」
なんてこった。
今日の沙都子は優しいというのに、沙都子の飼い猫は優しくないらしい。
無理矢理引きはがすか?
ダメだ。
経験上、こうなった猫は本当に動かない。
それに引きはがせたとしても、新しい猫が来るだけだろう……
「かくなる上は……」
私はコタツに入らないまま、ゲームをすることにした。
これ以上、時間を浪費できないという判断である
沙都子はコタツが一番らしいが、私はゲームが一番なのだ。
コタツなんて、家に帰ればいくらでも入れるのだ。
コタツの中から出ようとしない沙都子。
コタツの側で丸くなる猫たち。
そしてコタツの外でゲームする私……
私たちの奇妙な冬は、こうして始まったのだった。
僕の名前は、杉下 健太。
二人しかいないゲーム研究部に所属しているんだ。
内訳は、誰もが認める絶世の美少女である部長と、何の変哲もない僕の二人だ。
活動内容はゲームの研究――ではなくゲームばかりしている実に退廃的なクラブだ。
もちろんゲームばかりしている部活に、予算を出す学校は無い。
なので、遊ぶ合間に適当にでっち上げ、レポートをネットに発表するなどして誤魔化している。
なぜかそれがネットで受けて、一部の界隈で有名になってしまったのだが……
まあ、そんな感じで楽しくやっていた。
にもかかわらず、ウチには部員が二人しかいない。
たまにあるレポート制作を除けば、天国のような環境なのになぜなのか?
それは、現部長に原因がある。
この部活は古くから『部の中で一番ゲームがうまい奴が部長』という、体育系も吃驚のしきたりがある。
で、前部長が引退した際に、現部長が勝ち残り就任したわけだが……
けれど、他者を圧倒するほどのゲーマーは、得てして変人である。
現部長も例外じゃない。
さらに部長は変人の多いゲーマーの中でも、特に変人の部類。
『作業ゲー』と呼ばれる、多くの人が苦痛と感じるゲームが大好きなのだ。
部長に就任してからは、部員たちに作業ゲーを押し付けるようになった。
それに嫌気が差した部員たちは、一人また一人と辞めていった……
前部長も『クソゲーが好き』という、とんでもない変人であったが、『自分は変人である』ことを分かっているタイプの変人であったので、そんなトラブルは皆無。
それに対し、現部長は自分を『普通よりゲームが好きな、どこにでもいる少女』と固く信じているので、善意で『作業ゲー』を周囲に押し付け、部活を崩壊させてしまった。
そんな流れで、部長以外には僕だけが残っただけなのだが……
僕が研究部を辞めずに、残っているのには理由がある
実は僕、部長の事が好きである。
研究部に入ったのも、お近づきになりたいからで、今回の事件も『二人っきりになれば、いいムードになるかも』という下心で残っている。
もっとも、部長はゲームバカなので、そんなムードになった事は無いけど……
話が長くなったけど、僕がゲーム部に所属しているのはそう言ったわけ。
そして今日も、研究部の部室にやって来た。
『部長と仲を深められるといいな』という微かな希望を胸に、僕は部室の扉を開ける
「こんにちは」
僕は挨拶しながら部室に入って、すぐゲームをしている部長の姿を認める。
僕が来たのは気づいているのだろうが、返事が無い。
明確に無視されたのだが、いつもの事なので気にしてない。
なぜならゲームに忙しい部長は、挨拶を返さないのだ。
僕はカバンを机の上に置いて、部長の隣に座る。
「何やっているんですか?」
「……見たら……分かるでしょ……テトリス……だよ」
部長はモニターから目線を外さず、質問に答えてくれる。
たしかに部長の言う通り、テトリスには違いない。
けれど、テトリスとは思えない光景が広がっていた。
ブロックが異常な速度で落ちて積まれていき、そして積まれていたブロックが異常な速さで消えていく。
はたから見て、一体に何が起こっているのか分からなかった。
テトリスはスコアが上がるごとに落ちる速度が上がると聞いたことがある。
けれど、目に見えないほど早くなるのは、始めて見た。
そしてそれに対応する人間も始めて見た。
……もしかしたら部長は人間ではないのかもしれない。
そう思うと、急に部長が恐ろしいもののような存在に見えてきた。
とそこである事を思い出す。
そういえば、昨日も部長はテトリスをやっていた。
僕が帰ろうと誘った時も『いいところだから、先に帰ってくれ』と言われたのだが……
気のせいか、昨日いた時の位置と変わってない気がする。
ゲーマーは、ときには徹夜することもあるが、もしや……
「部長、もしやと思いますが、昨日は寝ましたか?」
「……たくさん……寝たよ……」
嘘だ。
部長の目の下には、濃いクマが出来ていた。
このゲーム狂、間違いなく徹夜である。
「寝ましょう!」
「……だめ……いいところ……だから……」
「中断しましょう!」
「……だめ……勢いが……なくなる……」
「この前、徹夜ではやらないって約束してくれましたよね」
「……でも…手いいところ……だったから……」
うん、知ってた。
僕が少し諭したくらいで、この人が寝るわけがないんだ。
多分、これ以上言葉を掛けても、部長は態度を変えることはないだろう
という訳で実力行使である。
僕は椅子から立ち上がって、ゲーム機へと近づく。
ゲームの電源をシャットダウンして、むりやりゲームを止めさせるんだ。
言っても聞かないのだから、強硬な手段に出るしかない。
僕のその意図に気づいたのか、部長が怒気をはらんだ声で僕を怒鳴る
「……杉下くん!
……何をする……つもりなの!」
僕は振り返って、部長をまっすぐ見る。
「ゲームの電源を切ります。
言っても聞いてくれなさそうなので」
「言ってるでしょ!
今いいところなの!
勢いがあるの!
だから――」
「切りますね」
「待ってあと五分待って五分で終わるからここまで続いたのは初めてなの奇跡なのいいところなのだからもう少しやらせてこの奇跡を終わらせないで――」
「ダメです」
「あっ」
はい、強制終了。
これでゲーム終わり、良い子は寝る時間だ。
部長はショックのあまり、その場に立ち尽くす
僕だっていいところで中断される辛さは分かる。
けれど徹夜はしないって約束を破ったのは部長の方なんだ。
僕は悪くない。
僕が責任転嫁している間も、部長は未だにモニターを見つめていた。
なにも言わず、動かず数刻……
やりすぎたかと思い始めた時のことだった。
部長はゆっくりとその場に崩れ、床に倒れる
「部長!
気をしっかり!」
僕は倒れている部長を抱き起す。
ちょっといい匂いがする……
ってそんな場合じゃない。
僕は部長の容態を見る。
ピクリともしない
さすがに刺激が強すぎたのか、死んでしまったのかもしれない。
普通の人間はそんなことないけど、部長だったらありえる……
そんな感じでパニクっていると、部長から寝息が聞こえ始めた。
なんだ、寝ているだけか……
びっくりした……
僕は起こさないように(起きないと思うけど)、静かにソファーに運び横たわらせる。
それにしても寝顔は可愛いな。
さっきまで鬼気迫る表情でテトリスをやっていたが、絶対にこっちのほうがいい。
なんども寝落ちした部長を見た僕が言うのだから間違いがない。
けどちょっと憂鬱なのが、部長が起きた後の事。
絶対に責められるよね、コレ……
だって自己新記録を邪魔したもの……
今までいろいろあったけど、今回こそ絶交を申し付けられるかもしれない。
この楽しい関係を終わらせないでいられるよう、言い訳を考えないといけないな。
僕は部長の可愛い寝顔を見ながらそう思うのだった