『泣かないで』
育児を経験した人間なら、誰もが願ったことがあるだろう。
いや、育児の習性を持つ動物ですら、願っているのかもしれない。
赤ちゃんが泣くのは仕事とはいえ、世話をする側にとっては大変な事だ。
赤ん坊はこっちの事情はお構いなし。
寝ていようが他の作業をしていようが、ひたすら泣くのだ……
ただ何事も例外はある。
泣くことが良い事とされ、赤ん坊たちをこぞって泣かせようとする奇祭がある。
泣き相撲だ。
ルールは簡単。
赤ん坊を向かい合わせて、先に泣いた方が勝ち。
同時の場合は、泣き声の大きな方が勝ち。
そんな奇妙な祭事なのだ
赤ん坊の泣き声によって邪を打ち払い、健康と成長を願う。
ヤケクソで思いついたのではないかと邪推するものの、そこそこ人気のある行事でもある。
ともかく、この泣き相撲に我が子を参加させようと、日本各地から泣き上手が集まる。
その泣き上手の中に、晴太という赤ん坊がやって来た
去年のチャンピオンで、今年も優勝すべく参加を決めた。
彼は関係者の期待に答え、決勝戦へと駒を進めた。
だが彼の最後の相手は、誰もが予想だにしなかった相手だった。
今回初出場の、ロボ太――超高性能のAIを搭載したロボットだったのだ
もちろん、ロボ太を参加させるに当たって議論は紛糾した。
『AI』を赤ん坊に数えていいものなのかと……
しかし制作者いわく、
『このAIは生まれて一年です。
この子にも参加資格はありますよ。
ありますよね!?』
とゴリ押し、責任者はしぶしぶ参加を認めた。
とはいえ、納得いかない人間が多いのも事実。
新参者に現実を思い知らせてやれと、否が応でも晴太に期待は集まる
そして決勝戦、二人は顔を合わせた。
両者は笑顔で土俵に登る。
そして行司が入場。
会場は緊張に包まれた。
そして――
「はっけよい……
のこった!」
行司の掛け声が響き渡る
観衆が見守る中、注目を集めた二人は――
笑顔だった。
晴太は、始めて見たロボットに興味津々。
ロボ太も、晴太につられ誤作動を起こし、こちらも笑う。
これには関係者も大慌て。
泣き相撲は泣いた方が勝ち。
泣いてもらわないと、勝負が決まらないのだ。
二人を泣かせようと、鬼のお面を持った大人たちが土俵に登る。
しかし、二人は泣くどころか大喜び。
これには誰もが困惑顔である。
そして一番焦っていたのは行司であった。
彼はトイレを我慢していたのだ。
少し遠いトイレに行くかどうか迷い、行かないことを選んだのだ彼だが、早くも後悔し始めていた
優勝候補の二人の試合は、いつも数秒で決まっていた
なのですぐ終わるだろうと、我慢して土俵に登ったのが運の尽き。
勝負は終わりそうにない
このまま勝負が長引けば、行司は大衆監視のなかで漏らしてしまう。
もしそうなれば、行司は恥ずかしさのあまり泣いて、泣き相撲の勝者として祭り上げられるだろう。
それだけは避けたかった。
「ほら泣いて、泣いて」
行司は必死に赤ん坊に泣くように促す。
しかし、二人は喜ぶばかり。
とても泣きそうになかった。
「ほら、泣いて、ね?
泣いてよ。
お願いだからさ」
行司は泣きそうになりながら、二人を泣かせようと奮闘するのであった
12/1/2024, 1:37:07 PM