「残ったのは、私たちだけのようね」
「当然の結果だ。
他の有象無象など、取るに足らん」
観衆が見守る中、二人の男女が熱い視線を交わしている
観衆たちは囃し立て、場を盛り上げる
だが二人の間に浮ついた空気はない。
それもそのはず、彼らはとある景品を巡って争っているのだ。
それは、だれもが欲しがる一級品。
もちろん他の人間も欲しがったが、難なくそれらを蹴散らた。
二人と他の人間たちの間には、埋める事の出来ない力の差があったのだ。
そして勝者は一人……
相容れぬとばかりに男は女を睨みつける。
それに対して、女はクスリと笑った。
「何がおかしい?」
「そりゃおかしいわよ。
いつも残るのは、あなたと私の二人……
もしかしたら、運命の糸で結ばれているのかも」
「抜かせ、お前とは因縁しかない」
「あら、つれないこと……」
女は残念そうにため息をつく。
だがすぐ気を取り直し、男の方を見る。
「小さい頃、遊んだ仲じゃない。
もう少し仲良くしましょうよ」
「バカなことを言うな。
俺とお前は敵同士。
そして勝つのは俺だ」
「ふふ、大きく出たものね。
小さい頃、泣きながら私の後ろをついてきたのに」
「……言いたいことはそれだけか」
男の言葉は怒気をはらんでいた。
女の言葉は、男のプライドを傷つけたのだ。
しかし、女の方はそのつもりはなかったらしく、慌てて謝罪する。
「待って!
怒らせるつもりはなかったの。
あなたと取引がしたいと思って」
「取引?」
「ええ、取引よ。
こんな争いは無意味だわ。
この景品、二人で分けない?」
「ふん、考えるまでもない。
そんな恥ずかしい事は出来ん」
「残念ね」
断られると思っていたのだろう。
言葉こそ残念というが、ショックを受けたような様子は無かった。
緊迫した空気が流れる中、女は悲し気な笑みを浮かべる。
「……どうして、こうなったのでしょうね?」
「あ?」
「私たち、小さい頃ずっと一緒だったわよね?」
「……昔の話だ」
「いつも一緒に遊んた。
結婚の約束もしたわね。
けれど段々一緒に遊ばなくなり、お互い疎遠になった……」
「縁が無かっただけだろう?」
「ねえどうしてこんなことに。
私たちあの頃には戻れないの?
やり直しましょう!」
「ふん、そうやって油断させる気か?
その手には乗らん!」
「あらダメ?
行けると思ったんだけど」
「お前の笑顔は嘘くさいんだよ」
「じゃあ、次までに笑顔の練習をしておくわ」
その言葉を合図に、二人の顔は引き締まる。
もはや語り合う時間は終わったのだ。
あとは拳で語り合うのみ。
二人につられ、観衆も静かになる。
だれかがそう指示したわけではない。
ただそうすべきだと、観衆たちは確信していた。
二人は拳を強く握りしめ、腰を低くする。
一発で勝負を決めるつもりだった。
観衆が固唾をのんで見守る中、ついに二人が動く。
「「最初はグー! じゃんけんぽん!」」
給食のプリンを賭けた戦いが、今始まる。
会社から家に帰る途中、急に雨の匂いがした。
驚いて顔を上げると、雨粒が顔に当たる。
大変、雨だ!
しかし私は傘を持っていない。
これはいかんと周囲を見回し、雨宿りが出来る場所を探す。
私が手間取っている間も、雨はどんどん強くなっていく。
今は雨足も弱く、柔らかい雨と言ったところ。
遠くの空を見れば暗く、すぐに土砂降りになるだろう。
けれど雨宿りできるところが見当たらない
このまま私はビショ濡れになってしまう運命なのだろうか?
諦めかけたまさにその時、視界の端にコンビニの光が見えた。
まさに地獄に仏ならぬ、雨中にコンビニ。
助かった。
私は車が来てないことを確認しながら、コンビニへと走り出す。
これで安心だ。
そしてコンビニにたどり着き、ぜえぜえと息を吐く。
久しぶりに走ったな。
私は運動不足の体を恨みながら、筋トレの重要性について考える。
だがそんなのは後。
とりあえず中に入り、体を休めよう。
そう思って顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「何してんすか?」
そう言うのは、私の後輩だ。
社会人になって初めてできた後輩……
だが私はコイツの事が嫌いである。
私の方が年上だって言うのに、敬意というものが感じられず馴れ馴れしくてチャラい。
なのに他の同僚に対しては、それなりの態度なのが気に入らない。
誰だよ、初めての後輩はメチャクチャかわいいって言った奴
私の後輩は可愛くないぞ!
「見て分からない?
雨が降って来たから、雨宿りに来たのよ」
「えー、ホントすか?
雨降ってなかったすよ?」
まるで私が嘘をついているように言う後輩。
本当にこいつだけは……
「疑うなら自分で見ろやい」
「どれどれ……」
後輩はめんどくさそうに、私の肩越しから外を見る
そしてしばらくした後、私に視線を戻す。
「降ってないっすよ」
不思議そうに首を傾げる後輩……
え、もしかして止んだ?
私は訝しみつつも、振り返る
だが雨足こそ弱いものの、絶賛降雨中であった。
「おい!」
「こんなの降った内に入らないすよ」
「私はデリケートなの。
アンタみたいにガサツじゃないの!」
「ひどい言い草っすね」
「アンナにだけは言われたくない」
まったく、コイツの相手をしたら疲れるだけだ。
話を切り上げよう。
「もういいわ。
そこをどいてちょうだい。
私は傘を買わないといけないの」
「傘欲しいんすか?」
「そうだけど……
何、貸してくれるって言うの?」
「どうぞ」
後輩が押し付けるように、私に傘を渡す。
私は一瞬呆ける。
確かに口には出したものの、本当に貸してくれるとは思わなかったからだ。
「ちょ、あんたの傘は?」
「大丈夫っすよ。
こんなの降った内に入らないっす」
そう言って、私が止める間もなく後輩は雨の中を駆けだしていく。
すぐに雨足が強くなり土砂降りになるが、後輩は戻ってこなかった。
私はしばし呆然とした後、あることに気づく。
「もしかして気を使われた?」
何という事であろう。
後輩が傘の無い私を慮って、濡れることをいとわず傘を貸してくれたのである。
どうやら私はアイツの事を誤解していたようだ。
「ふーん、意外とかわいいとこあるじゃん」
なんだかんだ言って、アイツは私の事を心配してくれてたんだな。
私は後輩の優しさにニヤニヤして――
「あ!
この傘ボロボロじゃん!」
あちこち穴が開いた、ゴミのような傘だった。
だからくれたのか?
本当に可愛くないやつ!
夜空を走る一筋の光。
それを皮切りに、次々と光が走る
流星群である
人々は、暗闇のカーテンで行われる光のショーに目が釘付けだ。
だが人間は気づかない。
流れ星の一つが、不自然な軌道を描いている事を。
それは地球外生命体――宇宙人の来訪を意味していた。
人知れず地球にやってきた宇宙船は、誰もいない山に降り立つ
宇宙船の扉は音もなく開き、その中から宇宙人――タコのような形をした二人の火星人が出てくた
「うまくいったな」
「はい、銀河連邦に動きはないようです」
銀河連邦……
この宇宙の平和を守る治安組織である。
地球人は知る由もないが、地球は『未開の星』として、許可のない渡航を禁止されている。
しかし、この火星人たちは許可を得て地球に来たわけではない。
流星群に紛れて、銀河連邦の目を欺きこの地球にやって来た
火星人たちは密航者なのだ。
彼らはなぜ許可を取らないのか……
それは彼らには、口に出すのもおぞましい目的があったからだ。
絶対に許可が下りないことを分かっての、密航なのである。
「タイムリミットは、流星群が離れる8時間後です。
手早く済ませましょう」
「そう急かすな。
『アレ』は逃げたりはしない」
上官と思わしき火星人が、獰猛な笑みを浮かべる。
その飢えた目は、人間が見たならば腰を抜かして失神するだろう。
彼の顔は、自身の悪意をそのまま表したようだった。
しかし、このまま目的地に向かえば、騒ぎになることは明白。
その騒ぎは察知され、すぐさま銀河連邦がやって来るだろう。
そうなれば目的どころではない。
彼は地球人に擬態するため、プログラムを作動させる。
「翻訳システム起動、擬態システム起動。
動作チェック、オールグリーン
……これで、どこからどう見ても地球人にしか見えません」
「よろしい、では行こうか」
そして彼らは目的にに向かって歩き出す。
「ですが少し遠いですね。
現地の交通機関を使いましょう」
「そうだな」
地図を確認し最寄駅へ向かう。
そこから新幹線に乗り、乗り継ぎで電車を乗る……
そうして辿り着いた場所は――
「ついに来たぞ、道頓堀。
食の聖地!」
上官の火星人が感極まって、喜びの声を上げる。
周囲の地球人に不審な目を向けられるが、二人は気づかない。
ついに念願の物が手に入る高揚感でいっぱいだからだ。
そして火星人は冷静さを装いつつ、目的地で合言葉を発する。
「大将、二人分くれ」
「あいよ」
そうして火星人たちは、作り立てのたこ焼きを受け取った。
そして鰹節が踊るたこ焼きに少し息を吹きかけ、火傷しないよう口に放り込み――
「うまい!
やっぱり同族の共食いは最高だ!」
金曜日の夕方、働いている探偵事務所で私は事務作業をしていた。
私は万全の状態で週末を迎えるべく、一人で書類を黙々と処理する。
この事務所で働くのは、事務所の主である先生と私だけ。
そして先生は浮気調査でいないので、必然的に私がするしかないのである
この書類を片づけない限り帰れないのだが、この調子なら定時で帰れそうだ。
書類をためた先生を恨みつつ、書類をさばいていると、外回りから先生が帰って来た。
「先生、お帰りなさ――」
私の言葉が止まる。
なぜなら仕事から帰って来た先生が、中学生くらいの子供を連れていたからだ。
『誘拐』の二文字が頭をよぎる。
だが先生にそんな度胸があるわけがないと自分に言い聞かせ、思考を切り替える
基本的に子供が探偵事務所に来ることはない。
我が事務所に舞い込む依頼の多くは、浮気調査だからだ。
たまに子供からペット探しの依頼が来るが、それくらい。
しかしこの子は、ペット探しを依頼に来たようには、とても思えなかった。
ではこの子は誰なのか……
私は意を決し、先生に尋ねる。
「先生、その子は誰ですか?」
私の問いかけに、先生はニヤリと笑う。
「ああ、こいつはな――」
「初めまして!
アナタが師匠の助手ですね?
僕は師匠の弟子の武田と言います」
「弟子!?」
思わず、言葉をオウム返しで返す。
こんな底辺をうろついている探偵に弟子だって!?
信じられない……
「先生、子供を騙して何が目的ですか?
やっぱり誘拐!?」
「人聞きの悪い!
俺の人徳に惹かれてだな――」
「師匠となって何を教えるのですか?
さすがにこの年頃の子に、大人のドロドロとした事情を教えるには早いと思うんです」
「話を聞けよ!
コイツは探偵としての弟子じゃない」
「じゃあ、何の弟子ですか?」
「ハードボイルドの弟子だ」
「はあ?」と変な声が、私の口から洩れる。
ハードボイルドの弟子?
何言ってんだ、コイツ……
「先生みたいな『なんちゃってハードボイルド』に憧れる人なんていませんよ」
「失礼だな、お前!
俺のハードボイルドっぷりは日本一だぞ。
その証拠に武田が弟子入りしただろ?」
「はい、師匠は素晴らしいハードボイルドです。
先日見た哀愁を誘う背中を見て憧れました。
それで今日、勇気を出して弟子にしてもらいました」
哀愁を誘う背中ねえ。
この前、依頼料を払ってもらえなかった時の話かな。
その時ばかりは、私も哀愁を漂わせていたと思う。
だってボーナス減るんだよ!
「助手よ、納得したな?」
「納得してませんけど……
今依頼来てませんし、私の事務作業の邪魔をいいんじゃないですかね」
「よし、助手の許可が出た!
武田続きをするぞ」
「はい、師匠!」
そう言うと二人は何やらポーズを取り始めた。
やり取りを見るにハードボイルドの特訓らしい……
だけど詳しくない自分でも『それは違うだろ』と。
でも指摘はしない。
書類を済ませるのが優先だ。
先生は仕事をしないのかって?
ダメダメ。
あの人は逆に事務仕事できないばかりか、仕事を増やすんだ。
ああして遊んでくれてた方が、仕事が捗る。
それにしても、ノリノリでやってるなあ。
『男はいくつになっても子供』とよく言われるが、まさにそれを体現したかのようなはしゃぎっぷり。
武田君も見る目が無いと思うが、ああいうのに憧れる年頃なのだろうか……
止めるべきかもしれないが、私は武田の家族ではない。
それに悪い大人に引っ掛かるのもいい経験になるだろう。
その点、先生は比較的無害なので問題ないはず。
放っておこう、私に仕事がある。
私は意識を切り替えて机に向かう。
少々うるさいけど、邪魔というほどではない。
粛々と事務作業をしよう。
一時間後。
私は書類を片づけ、定時になって未だ騒ぐ二人を尻目に帰路につくのであった
□
連休が明けていつものように出勤すると、事務所の雰囲気がいつもと違った
先生は泣きながら飲まない酒を飲んでいる。
そして昨日いたはずの武田君はどこにもいない。
何かあったのは明白だった。
正直聞関わりたくないが、放っておくも酷だと思ったので、武士の情けで聞くことにした
「先生、なにかあったんですか?」
「あいつ、裏切ったんだよ」
「というと?」
「あいつは……
あいつは……」
先生は鼻をすすりながら、再び酒を煽る
「昨日、一緒にハードボイルド修行していたのにさ。
女の子に『ダサい』と言われて止めやがった」
「はあ」
「若い者は根性がない!」
「はあ」
めんどくさいので生返事を返すが、先生は気にも留めた様子はない。
どうするかな、これ。
仕事になりそうにないから帰りたい……
でもこの状態の先生を放って帰るのもな……
「ハードボイルドはダサくない!」
酔っ払い相手の特別手当出ないかなあ。
先生の哀愁を誘う背中を見て、私は大きくため息をつくのだった。
朝顔を洗っていると、鏡に自分が映ってないことに気が付いた。
目の錯覚かと思って目をこする。
けれど、鏡の中の自分はどこにもいない。
漫画の中でしか見ないような異常事態。
あまりの非常識に、眠気がすべて吹き飛ぶ。
パニックになりながらも、心当たりを探してみる。
昨日を事を思い出そうとして……
ダメだ、酒を飲みすぎて何も記憶が残ってない
自分は毎日代り映えしない生活を送っているから、何かあるとしたら昨日である。
早く思い出して原因を突き止めて解決しないと、困ったことになるぞ。
困ったことになる……?
困ったことに……?
……
…………
困らないな。
うーん、鏡に映らなくなったところで、なにか不便なことがあるのだろうか?
自分はオシャレしないので、鏡を見る習慣がない。
顔を洗うため、一応毎朝目にはしているのだけど、意識の中に入ってない。
つまり見ていないに等しい。
そういえば、久しぶりにちゃんと鏡を見た気がする。
『結構前から映ってません』と言われても、反論できない程度には鏡を見ていない。
という事は困らない?
よし解決!
最初は何事かと思ったが、なんてことはない。
そもそも鏡を使わないのだから問題ない。
鏡に映らなくたって、生きていけるさ。
なんなら『鏡に映らない系』でネットで売り出すか?
いや、CGと言われるのがオチか……
それに映らないからなんだっていう……
まてよ、吸血鬼って鏡に映らないから、吸血鬼って言う設定で売りだし――
そこでハッとした。
そういえば、吸血鬼は噛むことで仲間を増やすと聞いたことがある。
もし知らないうちに噛まれていたら……
「まさかね」
不安を誤魔化すように、ぶつぶつ言いながら首筋に手を伸ばす。
そこには何かに噛まれたような傷があるのであった