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11/1/2024, 2:42:55 PM

 よ、旦那しけたツラしてんな!
 それじゃいい酒も不味くなっちまうぞ。
 スマイル、スマイル。

 ん、人生がうまくいかなくて辛い?
 彼女もいなくてお金もない?
 
 そっか、お前も苦労したんだな。
 まあ飲めよ、俺のおごりだ。
 今日は何もかも忘れて、パーッと飲もうぜ。

 かんぱーい!
 ふう、やっぱりこの国のビールは最高だぜ。

 え?
 この辺りの人間に見えないって。
 そうだよ、俺外国人だもの。
 世界中を旅してんのさ。

 俺、いろんな場所を回るのが好きでな。
 ああ、別に観光が好きなわけじゃないんだ。
 ただいろんな場所に行くのが好きなだけ。
 その土地の文化とか歴史とか全く興味がない。
 酒だけは、少し興味あるかな。

 そんな感じだから、目的地についてすぐに『あーここまで大変だった、さあ次の場所にでかけるか』ってなる。
 『旅でどこかへ行く』より、『旅をしている』っていうのが大事なタイプなんだよ、俺。

 ん?
 どんな場所に行ったのかって?
 俺の話に興味あんのか?

 どこか住みやすい土地はないか?
 ああ、お前辛いって言ってたもんな。
 どこかに行きたくもなるか……

 だがそれは教えられん。
 だって俺、同じところにいないんだよ。
 住み心地なんて知るわけがない。
 おい、笑うところだぞ。

 でもそうだなあ。
 そういう話なら『理想郷』とかどうだ?
 なんでもあるという、あの『理想郷』
 ちょうどこの国にあるし、行ってみるか?

 ……信じてないな、その目。
 でもあるんだなあ、理想郷は。
 なんなら行ってきたばっかりだよ。

 数週間前な、酒を飲んでいると近くの席で飲んだくれが話していたんだ。
 『理想郷は存在する』って。
 耳を疑ったね。
 いくら酒を飲んでいるとはいえ、おいそれと『理想郷』なんて言葉出てこないよ。

 だからその理想郷とやらに興味を持ったの。
 もちろん普段はそんなの信じてないよ。
 でも酔っぱらってたのもあるんだろうね。
 面白そうだから「酒を奢る」と言って詳しく話を聞いたんだ。

 それで具体的な場所を聞き出して、旅に出ることにした。
 もちろん本気であるとは思ってない。
 けど、たまにはそれでもいいかなと思ってね。
 空振り覚悟で旅立った。

 で結論を言うとな……

 あったんだ。
 理想郷はあったんだよ。

 見渡す限りたくさんの花が咲き乱れてた。
 街も綺麗でチリ一つ落ちてない。
 通りは活気があって、そこら中からいい匂いがしてお腹を刺激されたりとか。
 行き交う人々もみんな笑顔だし、『理想郷』はあったんだって確信したね。
 
 そんな都合のいいものがあるはずがないって?
 まあ、そうだな。
 分かるよ、その気持ち。
 でも、俺は見たんだ。
 理想郷をね。
 君も行って確かめればいいさ。

 え?
 住み心地?
 知らないよ、すぐ帰って来たからね。

 なんだよ、その顔。
 なんで『理想郷』に長居しなかったかって?
 普通住むだろって?

 おいおい、俺の話を聞いてたか?
 俺は旅が好きなんだ。
 理想郷なんて興味ないよ
 

10/31/2024, 1:35:20 PM

「お?」
 実家の花壇に花を植えるべく穴を掘っていたところ、なにか硬い物をカツンと掘り当てた。
 下水管か?
 こんな浅いところにあるわけないと思いながらも、丁寧に周りの土を取り除く
 そして出てきたのは、小さい頃埋めたタイムカプセルだった。

「懐かしいな……」
 小学生の時だったか、当時の宝物をこのタイムカプセルに入れて埋めた
 何を入れたかまでは覚えてない。
 それにしても懐かしい。

「開けてみよ」
 私はタイプカプセルのふたを開ける。
 当時のお宝、いったいなんだろう。
 昔のおもちゃだといいなあ。

 ……だってプレミアがついて高く売れるんだよ!
 思い出?
 そんな腹の膨れない物よりは金だ!
 金があれば、欲しいものが買える。
 世の中金だよ!

 そして私は勢いよくカプセルの蓋を開け、そして出鼻を挫かれた。
 タイプカプセルに入っていた物は、ちゃちな玩具の金庫だったからだ。

 なんで金庫があるのか……
 私は古い記憶を掘り返す。
 そうだ。
 宝物を入れる時悪い奴が見つけたら大変と、宝物を金庫に入れたのだった。

 なので玩具といっても、番号を入れないと開かない本格志向。
 プラスチックで出来ているとはいえ、黒く塗ってあってなかなかの貫禄である。

 けれど、その点はさして問題ではない。
 問題は、そう!

 番号が分からない!

 一応、金庫を壊す選択肢もあるけどそれは取りたくない
 中のものに傷がついたら、価値が無くなってしまうかもしれないからだ。
 破壊は最後の手段である。

 なにはともあれ、正攻法を試してみよう。
 話はそれからだ。

 私の誕生日――違う。
 電話番号下4桁――開かない。
 上4桁か?――だめ。

 違う、違う、違う。
 思いつく限り4桁の番号を入力してみるが、開く気配はない。
 うーむ。
 やりたくはなかったが、こうなったら……

 番号総当たり!
 時間はかかるけど、これが確実。
 くそめんどくさいけど仕方ない。
 あとは飽きるまでに当たればいいだけだ。

 じゃあ、最初の番号0000。
 カチッ。

「あっ開いた」
 初期設定のままだったか……
 せっかくやる気出したのに急に梯子を外されたようで、なんだか恥ずかしい気持ちだ

 ま、いいさ。
 これを開けたという事は、お宝が手に入るという事。
 では御開帳!
 小さい頃のお宝はとはいったい……

「へっ?」
 私は思わず変な声を出す。
 誰かが見ていれば、さぞ笑える顔だったに違いない。
 私は金庫の中から宝物と取り出す
 金庫から出てきたの――それは丸くてフワフワのタンポポの綿毛だった。

 金庫にしまってあったから湿度がいい具合だったのか、それともただの奇跡なのか?
 まるで、さっきまで地面に生えていたような瑞々しさ。
 私は目の前のタンポポに目が釘付けになる

 これが宝物?
 たしかにタンポポの綿毛は、この歳になってもそそるものはある。
 けれど、小さいとはいえこれを宝物と呼ぶには無理がないか……
 どちらにせよ、金になるものではない。
 がっかりだ。

 そうして私が落ち込んでいると、急に強い風が吹いた。
 するとどうだろう。
 待ってましたと言わんばかりに、タンポポの綿毛が風に乗って飛んでいく。
 私の視界を白く埋め尽くす綿毛たち。
 その光景を見て、私は思い出す。

 そうだった。
 小さい頃、私はタンポポの綿毛がを吹くのが好きだった。
 まるで意思を持っているかのように、新天地へと向かう姿はとても幻想的だ。

 命を繋ぐ尊い光景。
 それこそが私の宝物

「綺麗だな」
 私はすぐに見えなくなった綿毛を思いを馳せながら、あの頃を懐かしく思い出すのであった

10/30/2024, 1:44:50 PM

「ちっ、くそ上司が!」
 部屋の中で悪態を付きながら、クビリとビールを煽る。
 今日は定時で帰る予定だったのに、上司のちゃぶ台返しによって残業になってしまった。
 当の本人は『用事がある』と言って帰りやがった。

 あんまりムカついたので、同僚総出で上司の机を『馬鹿には見えない机』にしてやった。
 普段から『自分は天才』発言してるから、きっと引っ込みがつかないだろう。
 いい気味だ。

 だけど、俺の心は満たされない。
 こんなことをしても無意味だと分かっている。
 嫌がらせが大成功したところで、給料は上がらないし、彼女も出来ない。
 大衆に称えられたりもしない。

 どうしてこんなことになったのだろうか……
 俺は本当はもっと優秀な人間なのだ。
 もっと高い地位にいるべき人間なのだ。

 けれど未だに出世は叶わない。
 無能な上司は、俺の能力を見抜けないばかりか、仕事を増やす始末からである。
 無駄な仕事ばかりで、俺の才能は日の目を浴びることは無く、いまも下っ端のままである。

 未来に夢を見ていた俺はいない。
 今では人生に絶望し、ビールくらいしか楽しみが無い。
 どうしてこうなったのか――いや分かってる。
 転機はあの時だ。

 社会人3年目のこと。
 会社を辞める同僚から、会社を作るから一緒に来ないかと誘われた。
 でも俺は一蹴した。
 そんな博打なんて打てないと断ったのだ。
 俺は無難に会社に残ることを選んだ。

 けれど今でも思う。
 同僚と一緒に独立していれば、大金持ちになっていたのかもしれない。
 あるいは仕事に張りが出て、楽しい人生を送っていたかもしれない

 俺のもう一つの物語。
 決して届かない『もしも』の話。
 現実の俺が落ちぶれる程、それは俺の中でさらに輝いていく。

 なんて惨めなんだ。
 俺はやけくそで残りのビールを飲み干そうとした、その時だった。

「お悩みのようですね」
「誰だ!」
 突然後ろから声がする。
 振り向くと見知らぬ男が立っていた
 警察に電話すべきとも思ったが、男の放つ異様な雰囲気にのまれてしまい、体が動かなかった。

「お初にお目にかかります。
 ワタシは『もう一つの物語』の悪魔。
 『あそこでああすればよかった』……
 そんな思いを抱く人間の前に現れる、か弱い悪魔でございます」
「帰れ!
 どんなに落ちぶれようと、悪魔に魂を売り渡す気はない」
 俺が精いっぱいの虚勢で叫ぶ。
 だが俺の心の中を知ってか、悪魔は少し笑っただけだった。

「いえいえ、アナタ様に気概を加える気はありません。
 魂もいりません」
「なんだと?」
「ではワタシは仕事をさせていただきます」
「仕事?」
「ワタシの仕事は、望むものに人間の『もしも』を見せる事です。
 ああ、ご心配なさらず。
 アナタに何かを要求しませんから」

 俺が呆然と見つめる中、悪魔はテレビに近づく。
 するとテレビが映像を映し出した。
 
「こちらをご覧ください。
 これが『もしも』のアナタです」
「こ、これは……」

 テレビに映し出されたもの。
 それは――

『ちっ、くそ取引先め』
 そこに映ったモノ、それは愚痴を言いながらビールを飲んでいる自分の姿。
 愚痴の相手が、上司から取引先に変わっただけ。
 それ以外はまごうことなき自分だった。
 俺は目の前の現実に打ちのめされる。

 『俺は本当は出来るやつなんだ』。
 『だからあの時、違う道を選べばよかった』
 『そうすれば俺は成功者だ』

 俺はそんな思いを胸に、今まで頑張って来た。
 けれど、俺はどこへ行ってもダメなままらしい。
 最後の希望が打ち砕かれ、その場に崩れ落ちる。

「ヒャッハアアアア。
 それ!
 それですよ、私が見たかったのは!
 その絶望した顔、魂より美味です!」

 落ち込む俺を見て、悪魔がこれ以上ないほど喜んでいた。
 やはり悪魔。
 くそ悪魔だ。

「待ちなさい」
「誰だ」
 悪魔が笑っていると、突然女性の声がした。
 声の方を見ると、清浄なオーラを纏った聖母のような女性が立っていた。

「私は天使。
 『もう一つの物語』の天使。
 貴方を救いに来ました」
「天使ぃ、いいところなんだよぉ。
 私の邪魔をすr―――――ごへえ」
 悪魔が天使に突撃するが、鎧袖一触、片手で振り払われた。
 天使は悪魔を一瞥すると、俺の方を振り向く

「アナタ、大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫ではありません」
「そうでしょうね……
 ですがご安心下さい。
 この映像は偽物です」

 なんだって。
 この無気力なおっさんは嘘だって言うのか
 少しだけ元気が出てきた

「では見せましょう。
 真実を」
 天使の言葉と共に、テレビに新しい映像が映し出される。
 それは――

『ガハハハハハ、お金がどんどんたまっていくぜ!』
 テレビに映る映像。
 それは、バカみたいにハイテンションな自分の姿だった。
 羽振りも良さそうで、美女を何人も侍らせている。 
 これが、俺?

「これが、もう一つの物語。
 あの時の選択が違っていれば、あなたはこうなっていたのです」

 つまりあの時独立していれば大金持ちに?
 ……俺は選択を間違えて……
 俺は体中の力が抜け、地面に倒れる。

 俺の抱いていた思いは正しかった。
 でも、俺が見たかった『もしも』はこれじゃない!
 どんな『もしも』だったら満足していたかは分からない。
 けれど目の前に映し出される映像は、俺を絶望のどん底に落とすには十分だった。

「天使も酷いことをする。
 ですが、ワタシが偽の映像を出した理由が分かっでしょう?」
 すぐ近くから悪魔の声がする。
 どうやら倒れた先は、悪魔の隣だったようだ。

「ワタシもそのまま出すのはやりすぎと思いましてね。
 映像をいじらせていただきました。
 悪魔だって、一つまみくらいなら慈悲の心があるんですよ」

 その声は、不思議と優しさに溢れていた。

10/29/2024, 1:47:48 PM

 カタン。
 夜、飼い猫と遊んでいると、隣の部屋から物音がした。
 物置代わりにしている部屋なので、なにか落ちたかと思い何気無く物音の方を見る。

「ヒイッ」
 思わず小さな悲鳴をあげる。
 電気のついていない物置部屋。
 そんな暗がりの中で、何かが蠢いているのが見えたからだ。

 もしかして幽霊……?
 そうなら大変だ!
 私は幽霊が大の苦手。

 わざわざ出なさそうな新築アパートを借りたって言うのに、まさか先客がいたとは!
 すぐに逃げないと!

「なーんてね」
 多分、物音の正体は飼い猫のクロだ。
 名前の通り真っ黒な毛並みで、暗がりに溶け込むのはお手の物。
 こうして脅かされたことは、一度や二度ではない。

「クロ、遊んでないで出てきなさい。」
「にゃー」

 ほら、返事した。
 クロはお利口なので、呼ぶと寄ってくるのだ。
 今もトテトテと、後ろから歩いて来る音が――

 後ろ!?
 驚いて後ろを見ると、そこには驚いた顔をしたクロが!
 じゃあ隣の部屋にいるのは……
 本当に幽霊!?

「なーんてね」
 実はもう一匹飼い猫がいる。
 シロだ。
 名前のとおり、真っ白な猫。
 クロみたいに闇に紛れるなんて器用なことできないんだけど、その代わりかくれんぼが得意だ。

 よく見れば蠢いているのは、毛布の下にいる。
 そしてシロは、毛布をかぶる遊びが大好きなのだ。
 きっと今回もシロのイタズラだろう

「シロ、おいで」
「ニャオ」
 ホラこの通り。
 白もお利口なので、私の膝の上から返事を――って膝の上ぇ!?

 そうだった。
 私はさっきまで、シロと遊んでいたんだった。
 え、じゃあ今も蠢いている『あれ』は何?

 我が家のイタズラ好きの猫は、二匹ともここにいる。
 もう他には猫はいない……
 つまり毛布で蠢いているのは……
 ヒィィィ。

 私が硬直していると、我が愛猫は蠢く毛布に走り寄った。
「クロ! シロ!
 ダメよ、離れなさい!」
 けれど呼んでも帰ってこない。

 それどころか、毛布を攻撃し始めた。
 蠢く姿が彼らの琴線に触れたようだ。
 だが危険だ。
 私は勇気を振り絞り、猫を回収するため、毛布に駆け寄る。
 だが――

 ハラリ
 猫たちの攻撃に耐えかねたのか、毛布はひらりとずれ落ちる。
 そして蠢めいたものが姿を現す

「あら?」
 だけど、私は拍子抜けした。
 なぜなら蠢いていたものは、この前捕まえた強盗だったからだ。

 数日我が家に侵入し、私が返り討ちにした強盗。
 そのまま警察に突き出そうと思っていたのだけど、暴れるから縄でぐるぐる巻きにして、うるさいから口にガムテ貼って、目障りだから毛布をかけて、そしてそのまま忘れていた。

「まだ生きてたのねえ」
 人間は数日くらいなら飲み食いしなくても生きていけると聞いたことがあるが、あれ本当だったんだなあ……

 私は感心しつつ、強盗に毛布を掛ける。
 うん、気づかなかったことにしよう。

 今突き出したら、虐待?で怒られるかもしれないしね。
 この部屋には誰も強盗に来なかったし、放置されている強盗もいない。
 いいね。

 とは言っても死なれても困る。
 死んだら臭いって聞くし、幽霊になられても困るし……
 何か考えておこう。
 ああ、あとで水くらい上げないとな。

 そのうち暗がりの中に溶けて消えてくれることと願いつつ、私は猫との遊びを再開するのであった。

10/28/2024, 1:45:49 PM

 日本人の夢は、バケツ大のプリンを食べることと聞いたことがある。
 英国人である私には少しも理解できないが、いかにも日本人らしい慎ましく馬鹿馬鹿しい夢である。

 しかし笑うまい。
 何事にも身の程というものがある。
 私のような、上流階級と比べては彼らが可哀そうだ

 なぜなら私のような立場の夢ともなれば、とてつもなくスケールが大きい。
 バケツ程度では満足できないのだ。

 私の夢を知りたいか?
 では教えよう。
 私の夢とは――

 紅 茶 で 満 た し た プ ー ル を 泳 ぐ こ と で あ る ! ! !

 分かるか?
 日本人ではバケツで満足するが、私クラスとなればプールになるのだ。
 どんな強欲な日本人でも、プールいっぱいのプリンは望むまい。
 そこが私と日本人との圧倒的な差だ。

 ふふふ、笑いが止まらぬ。
 おっと『笑うまい』と言ったのに笑ってしまった。
 英国紳士にあるまじき行為である。
 反省せねば……

 だが反省は後。
 私には為すべきことがある。
 それはもちろん、紅茶のプールで泳ぐこと。
 長年の夢が叶い、ようやく実現までこぎつけたのだ。
 私は紅茶で満たされたプールを前に、

 紅茶の香りが、私の鼻腔を満たす。
 カップとは比べることが出来ないくらい、圧倒的な紅茶の香り。
 これが選ばれた人間だけが辿り着くことができる高みなのだ!

 長かった。
 ここまでの紅茶の葉を集めるのにどれだけ苦労したことか……
 ようやく苦労が報われる。

 喜びを分かち合おうと、友人たちも誘ったのだが固辞されてしまった。
 ヤツらの断る時の態度と言ったら……
 言葉こそ選んでいたが、目だけはおぞましい物を見るような目だった。
 どうやらこの偉業が理解できないらしい。
 選ばれし者は孤独なのだ

 いかんいかん。
 何を落ち込んでいるのだ。
 せっかく夢が叶うというのだ。
 塞ぎ込む時間は無い。

 私は悪い感情を振り払うべくプールに飛び込む。
 紅茶の中に入った瞬間、私を紅茶が包み込む。
 そして嗅覚を始めとした五感すべてで、紅茶を感じる。
 
 私はなんて幸せなのだろう。
 このまま死んでもいい――

 その時だ。
 足に違和感を感じたのは。

 すぐにふくらはぎに激痛が走る。
 その痛みに思わずうめき声を上げる。
 しかしそれがいけなかった。

 口を開けたのは一瞬だったにも関わらず、紅茶が私の口に流れ込んできたのだ。
 息が出来なくなり、パニックに陥る
 溺れる!
 私は

 私は生命の危機を感じ、助けを求めようとした。
 だが無駄だった。
 ここには私以外には誰もいない、一人きりなのだ

「し、死にたくない」
 私はそのまま、紅茶の中に沈んでいくのであった。


 ◇

「うあああああ」
 私は勢いよく跳ね起きる。
 周囲を見ると、見慣れた家具が並べてある。

 どうやらさっきのは夢だったようだ。
 若く、恐れを知らなかったときの夢だ。

 あの後、たまたま様子を見に来た執事によって、私は救出された。
 たしかに死んでもいいとは思ったが、本当に死にかけるとは思わなかった。
 こっぴどく怒られ、私の夢は儚く散った。

 日本人は慎ましいと笑ったが、彼らは知っていたのだ。
 望みすぎては身を滅ぼすと……
 そしてバケツでちょうどいい事を知っていたのだ。
 完敗である。
 
「旦那様、紅茶が入りました」
「ありがとう」

 執事の入れた紅茶の香りが鼻をくすぐる。
 やはり紅茶は良い。
 一日が始まるって感じだ。

 さて反省はここまで、今日を始めるとしよう
 私は執事の置いたバケツを手に取り、紅茶を飲み干す。
「やっぱり程々が一番だな」

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