日本人の夢は、バケツ大のプリンを食べることと聞いたことがある。
英国人である私には少しも理解できないが、いかにも日本人らしい慎ましく馬鹿馬鹿しい夢である。
しかし笑うまい。
何事にも身の程というものがある。
私のような、上流階級と比べては彼らが可哀そうだ
なぜなら私のような立場の夢ともなれば、とてつもなくスケールが大きい。
バケツ程度では満足できないのだ。
私の夢を知りたいか?
では教えよう。
私の夢とは――
紅 茶 で 満 た し た プ ー ル を 泳 ぐ こ と で あ る ! ! !
分かるか?
日本人ではバケツで満足するが、私クラスとなればプールになるのだ。
どんな強欲な日本人でも、プールいっぱいのプリンは望むまい。
そこが私と日本人との圧倒的な差だ。
ふふふ、笑いが止まらぬ。
おっと『笑うまい』と言ったのに笑ってしまった。
英国紳士にあるまじき行為である。
反省せねば……
だが反省は後。
私には為すべきことがある。
それはもちろん、紅茶のプールで泳ぐこと。
長年の夢が叶い、ようやく実現までこぎつけたのだ。
私は紅茶で満たされたプールを前に、
紅茶の香りが、私の鼻腔を満たす。
カップとは比べることが出来ないくらい、圧倒的な紅茶の香り。
これが選ばれた人間だけが辿り着くことができる高みなのだ!
長かった。
ここまでの紅茶の葉を集めるのにどれだけ苦労したことか……
ようやく苦労が報われる。
喜びを分かち合おうと、友人たちも誘ったのだが固辞されてしまった。
ヤツらの断る時の態度と言ったら……
言葉こそ選んでいたが、目だけはおぞましい物を見るような目だった。
どうやらこの偉業が理解できないらしい。
選ばれし者は孤独なのだ
いかんいかん。
何を落ち込んでいるのだ。
せっかく夢が叶うというのだ。
塞ぎ込む時間は無い。
私は悪い感情を振り払うべくプールに飛び込む。
紅茶の中に入った瞬間、私を紅茶が包み込む。
そして嗅覚を始めとした五感すべてで、紅茶を感じる。
私はなんて幸せなのだろう。
このまま死んでもいい――
その時だ。
足に違和感を感じたのは。
すぐにふくらはぎに激痛が走る。
その痛みに思わずうめき声を上げる。
しかしそれがいけなかった。
口を開けたのは一瞬だったにも関わらず、紅茶が私の口に流れ込んできたのだ。
息が出来なくなり、パニックに陥る
溺れる!
私は
私は生命の危機を感じ、助けを求めようとした。
だが無駄だった。
ここには私以外には誰もいない、一人きりなのだ
「し、死にたくない」
私はそのまま、紅茶の中に沈んでいくのであった。
◇
「うあああああ」
私は勢いよく跳ね起きる。
周囲を見ると、見慣れた家具が並べてある。
どうやらさっきのは夢だったようだ。
若く、恐れを知らなかったときの夢だ。
あの後、たまたま様子を見に来た執事によって、私は救出された。
たしかに死んでもいいとは思ったが、本当に死にかけるとは思わなかった。
こっぴどく怒られ、私の夢は儚く散った。
日本人は慎ましいと笑ったが、彼らは知っていたのだ。
望みすぎては身を滅ぼすと……
そしてバケツでちょうどいい事を知っていたのだ。
完敗である。
「旦那様、紅茶が入りました」
「ありがとう」
執事の入れた紅茶の香りが鼻をくすぐる。
やはり紅茶は良い。
一日が始まるって感じだ。
さて反省はここまで、今日を始めるとしよう
私は執事の置いたバケツを手に取り、紅茶を飲み干す。
「やっぱり程々が一番だな」
10/28/2024, 1:45:49 PM