G14(3日に一度更新)

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10/28/2024, 1:45:49 PM

 日本人の夢は、バケツ大のプリンを食べることと聞いたことがある。
 英国人である私には少しも理解できないが、いかにも日本人らしい慎ましく馬鹿馬鹿しい夢である。

 しかし笑うまい。
 何事にも身の程というものがある。
 私のような、上流階級と比べては彼らが可哀そうだ

 なぜなら私のような立場の夢ともなれば、とてつもなくスケールが大きい。
 バケツ程度では満足できないのだ。

 私の夢を知りたいか?
 では教えよう。
 私の夢とは――

 紅 茶 で 満 た し た プ ー ル を 泳 ぐ こ と で あ る ! ! !

 分かるか?
 日本人ではバケツで満足するが、私クラスとなればプールになるのだ。
 どんな強欲な日本人でも、プールいっぱいのプリンは望むまい。
 そこが私と日本人との圧倒的な差だ。

 ふふふ、笑いが止まらぬ。
 おっと『笑うまい』と言ったのに笑ってしまった。
 英国紳士にあるまじき行為である。
 反省せねば……

 だが反省は後。
 私には為すべきことがある。
 それはもちろん、紅茶のプールで泳ぐこと。
 長年の夢が叶い、ようやく実現までこぎつけたのだ。
 私は紅茶で満たされたプールを前に、

 紅茶の香りが、私の鼻腔を満たす。
 カップとは比べることが出来ないくらい、圧倒的な紅茶の香り。
 これが選ばれた人間だけが辿り着くことができる高みなのだ!

 長かった。
 ここまでの紅茶の葉を集めるのにどれだけ苦労したことか……
 ようやく苦労が報われる。

 喜びを分かち合おうと、友人たちも誘ったのだが固辞されてしまった。
 ヤツらの断る時の態度と言ったら……
 言葉こそ選んでいたが、目だけはおぞましい物を見るような目だった。
 どうやらこの偉業が理解できないらしい。
 選ばれし者は孤独なのだ

 いかんいかん。
 何を落ち込んでいるのだ。
 せっかく夢が叶うというのだ。
 塞ぎ込む時間は無い。

 私は悪い感情を振り払うべくプールに飛び込む。
 紅茶の中に入った瞬間、私を紅茶が包み込む。
 そして嗅覚を始めとした五感すべてで、紅茶を感じる。
 
 私はなんて幸せなのだろう。
 このまま死んでもいい――

 その時だ。
 足に違和感を感じたのは。

 すぐにふくらはぎに激痛が走る。
 その痛みに思わずうめき声を上げる。
 しかしそれがいけなかった。

 口を開けたのは一瞬だったにも関わらず、紅茶が私の口に流れ込んできたのだ。
 息が出来なくなり、パニックに陥る
 溺れる!
 私は

 私は生命の危機を感じ、助けを求めようとした。
 だが無駄だった。
 ここには私以外には誰もいない、一人きりなのだ

「し、死にたくない」
 私はそのまま、紅茶の中に沈んでいくのであった。


 ◇

「うあああああ」
 私は勢いよく跳ね起きる。
 周囲を見ると、見慣れた家具が並べてある。

 どうやらさっきのは夢だったようだ。
 若く、恐れを知らなかったときの夢だ。

 あの後、たまたま様子を見に来た執事によって、私は救出された。
 たしかに死んでもいいとは思ったが、本当に死にかけるとは思わなかった。
 こっぴどく怒られ、私の夢は儚く散った。

 日本人は慎ましいと笑ったが、彼らは知っていたのだ。
 望みすぎては身を滅ぼすと……
 そしてバケツでちょうどいい事を知っていたのだ。
 完敗である。
 
「旦那様、紅茶が入りました」
「ありがとう」

 執事の入れた紅茶の香りが鼻をくすぐる。
 やはり紅茶は良い。
 一日が始まるって感じだ。

 さて反省はここまで、今日を始めるとしよう
 私は執事の置いたバケツを手に取り、紅茶を飲み干す。
「やっぱり程々が一番だな」

10/27/2024, 12:27:01 PM

 私はいわゆる勝ち組である。
 なぜなら私は、この国の王女だから。
 小さい頃から教育を施され、食べ物にも困らず、何不自由なく暮らしてきた。
 淑女教育だけ面倒だったけど、それ以外は文句なし。
 そして運命の人が、私を迎えに来るのだ。

 私はその日を楽しみにしながら、これからも自由気ままに人生を過ごしていく
 そう思っていた……
 しかしそうは問屋が卸さない。

 数日前父と母が、国のために跡継ぎを産めと迫ってきたのである
「お前もいい年頃だ、釣り合う見繕ったからこの中から選びなさい」
 私の目の前に、候補者の似顔絵が並べられる。
 けれど、それを一瞥もせず、私は答えた。
「いいえ、相手は私が探します」

 もちろん父と母は猛反対。
 最初は口げんか程度だったけど、すぐに血を血で洗う親子喧嘩になる。
 あまりの騒ぎに、城勤めの近衛兵が出張って来る事態になった。

 けれど私を止めることは出来ない。
 最終的に私が父と母と近衛兵を全て殴り倒し、私の希望を押し通した。

 とはいえ、運命の相手を探すのは至難の業。
 そこで王女特権を駆使し、とあるお触れを出した。

 『私の結婚相手を募集する』
 『条件は“巡り合えたら”という問いかけに、正しく答えること』
 『なお、身分は問わない』

 私の出したお触れに、国中が――いや国外も沸き立った。
 無理もない。
 ここで私に見初められれば、一気に勝ち組の仲間入り。
 やる気にもなる。

 でも残念だね。
 これは出来レース……
 私には心に決めた相手がいるのだ。

 実は、私には前世の記憶がある。
 あの人とは、人生の大半を一緒に過ごし、死に別れる前に再開を約束した……

 ここまで言えばお分かりであろう。
 『問いかけ』というのは他でもない、私とあの人との合言葉なのだ
 これだけ大騒ぎすれば、きっとあの人の耳にも届いているに違いない。

 ちなみに問いかけの答えは『好き好き大好き愛してる』。
 前世でのあの人のプロポーズの言葉である。
 正直生まれ変わるとは思いもしなかったので、ついふざけてしまった。
 けれど絶対に被らないだろうという答えなので、ファインプレーである
 何が幸いするか、分からないものだ。

 合言葉ならぬ愛言葉。
 あの人はどんな顔をして、私に愛を囁いてくれるのだろうか?
 まだまだ先の話だというのに、眠れないほどあの人の愛言葉《プロポーズ》が楽しみだ

10/26/2024, 3:39:13 PM

 某日夜、小学校。
 人気のない廊下に、一人の少年が歩みを進めていた。

 彼の名前は、空木 想太。
 この学校の生徒である。
 しかし、生徒だからと言って夜の学校にいていいわけがない。
 なぜ彼はこんな時間に廊下を歩いているのか……

 それは彼が、宿題のプリントを教室に忘れたからである。
 彼の担任の教師は、宿題を忘れることを決して許さないタイプなのだ。

 彼の担任の教師は基本的におおらかなタイプだ。
 居眠りも遅刻もおしゃべりも怒らない先生である
 しかし宿題を忘れる事だけは許さない。
 宿題を忘れた日には、その晩の夢に出てくるほど猛烈に怒られる。
 だから彼のクラスでは宿題を忘れる生徒はいない。

 それでも想太は、はじめ学校に来ることにしり込みしていた。
 彼は怖がりなのだ。
 特に夜の学校という不気味な空間は、彼にとって絶対に訪れたくない場所である。
 そんな彼がここにいるのは、ひとえに心強い助っ人――友人の隆二がいたからだ。

「助かるよ、隆二。
 僕一人じゃ来れなかった」
「なんだよ想太、改まって……
 俺たちの仲だろ?」

 隆二はにこりと笑う。
 彼は想太の良き理解者であった。
 彼は、想太の事なら何でも知っており、そして常に彼の味方だ。
 そして、想太が助けを求めれば。、すぐに駆けつけてくれる正義のヒーロー。
 それが隆二だ。

 これを読んでいる読者は、『そんな奴いない』とお思いの事であろう。
 それもそのはず、隆二は想太のイマジナリーフレンドなのだ。

 想太は家庭の事情から、引っ越しが多かった。
 そして生来の引っ込み思案から、なかのいい友達が出来ることが無かった。
 彼はアニメや漫画で見る『友達』に人一倍憧れ、ついには空想上の友達を生み出すに至ったのである。

「それにしても想太、忘れ物多いぜ。
 気を付けな」
「気を付けているんだけどね」

 しかし想太は、隆二が存在しないことに気づいていなかった。
 彼には友達がいない。
 その寂しさが埋まらない限り、隆二は彼の心の中で存在し続けるのだ。

「なんだよ、想太。
 気味の悪い笑顔をしやがって」
「いやあ、僕もいい友達を持ったなあって
 やっぱり持つべきものは友達だね」

 思い込みとはいえ、想太は一人ではなかった。
 不気味な校舎も、二人であれば怖くない。
 想太は、ウキウキしながら教室に向かうのであった。

 ◇

 だが、その様子を見ていた者がいた。

 想太と同じように、宿題のプリントを取りに来たクラスメイトである。
 そして彼女は一人でしゃべる想太を見て震え上がる

 無理もない。
 想太は、隆二と楽しく会話していると思っているが、その実独り言である。
 事情を知らない人間から見えれば、想太が何か見えない存在――幽霊と話しているようにしか見えないのだ。

 彼女はその様子を見て怖くなり、逃げるように逃げてしまった。
 先生に怒られるよりも、幽霊と話す想太のほうが怖かったのだ

 そして次の日、クラスで『空木想太は幽霊と話せる』という噂が流れ、想太に友人が出来る日がさらに遠のくのであった

10/25/2024, 3:35:52 PM

「ふう、やっと寝た……」
 私はスヤスヤと寝息を立てる息子を眺めながら、大きく息を吐く。
 息子のコウ君は、何が不満なのかさっきまで大泣きしていた。
 マンション暮らしなので、近所迷惑になると、どうにかこうにか泣き止ませて、寝かしつけてひと段落。
 とても疲れたよ……

 それにしてもコウ君ってば、寝ていると天使のように可愛らしい。
 起きている間は、暴君もかくやと思わせる横暴ぶり。
 さらにイタズラ好きなのも併せて、油断ならない息子である。

 それでも怒れないのは『ママ、ママ』と、私の傍をついて離れないからだろう。
 まるでカルガモの子どもみたいに付いて来るコウ君は、私の中にある母性を刺激してやまない。

 けれどこんなママっ子の息子も、大きくなったら私の元を離れるのだろう……
 それは育児の定め、避けられない運命である。

 その時は決して『行かないで』とは言うまい。
 コウ君の幸せと未来を信じ、笑顔で送り出すのだ。
 見えなくなるまで、手を振って――
 うう、想像していると涙が出てきた。

 いやいやいや。
 私は、頭を振って切り替える。
 これは仮定の話、しかもずっと先の未来だ。
 いくら何でも、今泣くのは早すぎる。

 それに私には、まだまだやることがある。
 例えば、コウ君の大泣きで中断した洗濯物。
 洗濯の終わった服を一刻も早く干さなければいけない。
 でないとこの季節は乾かないのだ。

 私はもう一度、寝ているコウ君を見る。
 ぐっすり眠っており、起きる様子はない。
 ヨシ!!
 今の内に、洗濯物を片づけてしまおう。

 私は音を立てずに立ち上がり、洗濯カゴを持ってベランダにでる。
 外に出ると、涼しい空気が私の肌を撫でた
 季節は秋だった。

 扉を開けてコウ君の様子を見ながら洗濯物を干したいが、私はそっと扉を閉める。
 部屋が冷えれば、コウ君は起きていまうだろう。
 そして泣く。
 それだけは避けたい。

 でもゆっくりしてもいけない。
 これは時間との戦いなのだ。
 静かに、でも迅速に、洗濯物を干す必要がある。
 フフフ、専業主婦歴5年の洗濯物を干す技を――
 カチャリ。
 後ろの方で、いやーな音が聞こえた。

 恐る恐る振り返ると、ガラスの向こうにはこちらを見ている息子の姿が……
 寝ていたはずでは。
 そんな思いがよぎるも、私は顔に笑顔を張り付ける。
 もし私が大声を出したら、また泣くに違いないからだ。

 私は息子に動揺を悟られないよう、そーーーっとベランダのドアを横に引こうとして――動かない!
 やっぱりさっきの音はカギが掛けた音のようだ。
 つまり私はベランダに締め出されたのだ!
 なんてこったい!

「ねえ、コウ君」
 私は出来るだけ優しい声で、コウ君に語りかける。
「ここ、開けて欲しいな」
 チョンチョンと、扉の鍵を指さす。

 その様子を見たコウ君は、頭を横にコテリンと倒す。
 ダメだ、伝わってない。
 一体どうすれば……
 私は打開策を必死に考える。

「バイバイ」
 だが現実は甘くない。
 コウ君は手を振って部屋の奥に向かって歩いていった。
 嘘でしょ!?

「待って、行かないで」
 私はコウ君を必死に引き留める。
 けれど聞こえていないのか、コウ君はズンズン歩いていく。

 ああ、なんてこと
 息子が私の元を離れるのはもっと先だと思っていた……
 けれど、それは今日だったらしい。
 突如やって来た息子との別れに、私の心に嵐が吹き荒れる。

「行かない、で……」
 私の叫びも虚しく、コウ君は布団の上で寝てしまった。
 さっきはあんなにぐずったのになぜ、と思わなくもない。
 けれど、それ以上に私は打ちひしがれていた。

 私は息子から見捨てられたのだ。
 あんなに可愛がっていたのに、私たちは両想いではなかったらしい。
 それがとても悲しくて――

「スイマセン」
 と悲劇のヒロインぶっていると、声を掛けられた。
 振り向いてみると、隣の部屋の奥さんが、ベランダの手すりから身を乗り出して私を見ている。
 おお、女神様がいらっしゃった。

「あの、困っているようでしたので……
 何も無ければこのまま帰りま――」
「いえ、行かないでください
 滅茶苦茶困ってます」

 そして私は、隣の部屋から脱出。
 大家さんから鍵を借りて無事に、爆睡している息子と再会しましたとさ。

10/24/2024, 2:00:52 PM

 昔々とある村に、いつも提灯を持っている男がいました。
 彼は、提灯が役に立たない昼間でも提灯を持ち歩き、片時も離すことはありません

 とはいえ、彼も生まれた時から肌身離さず、提灯を持っているわけではありません。
 数週間前、彼は突然提灯を持ち歩くようになったのです。

 彼は村では『勉強好きの変人』と有名でした。
 なので村人たちは『勉強のし過ぎで狂ってしまったのだ』と噂し、彼を憐れみました。
 そして『落ち着くまで放っておこう』と、彼から距離を置きました。

 ある日の事です。
 村の男の子が男の元を訪れました。
 少年は、自分の中にある疑問を男にぶつけます
「あなたはなぜ、提灯をいつも持っているのですか?」


 男は答えます。
「近い内に世界が暗闇に覆われる。
 その時にコレが役に立つのだ」

 この話を聞いた少年は、他の子供たちにも伝えました。
 そして子供経由で、話を聞いた大人たちは『やっぱり彼は狂っているのだ』と疑念を確信に変え、男からさらに距離を置くようになりました。


 ある日のことです。
 その日は、気持ちのいいほど良く晴れた日でした。
 見渡す限りどこまでも続く青い空。

 『こんな気持ちのいい日に外に出ないなんて損だ』と村人たちは外に出てきます
 普段村の仕事で忙しい彼らも、今日ばかりはゆっくり過ごしていました。

 そして提灯の男も、他の村人たちと同じように外へと出てきます。
 もちろん提灯を持ってです。
 しかし他の村人たちとは違って、ソワソワしていました。

 明らかに挙動不審でしたが、村人たちは気にしません。
 そんな事が気にならないほど、いい天気だったのです。

 ですが信じられないことが起こりました。
 先ほどまで明るかった空が、突然暗くなったのです。

 『太陽を隠すほど厚い雲は無かったのになぜ?』
 人々は不思議に思い、空を見上げます。
 そこで彼らは見ました。
 太陽が徐々に欠けていく様子を……

 そう日食です。
 現代に生きる我々にとって、日食は説明できる自然現象。
 しかし、当時の人々は何も知りません。
 彼らは何が起こっているかもわからず、不安に駆られて大騒ぎし始めました。
 提灯の男の予言通り、世界が暗闇に包ました。

 そこでポオっと、ある一点が明るくなりました。
 提灯の男が、提灯に火を灯したのです。
 不安に押しつぶされそうな彼らは、光を求める虫の様に、提灯の男に集まります

 救いを求めるように、男に集まる人々。
 ですが、そこでも信じられない物を見ました。
 提灯の男が不可解な行動をしていたからです。

 男は、提灯の灯りを頼りに、欠けていく太陽をスケッチしていました。
 彼の鬼気迫る雰囲気に、村人たちは声をかける事も出来ず、ただ見ることしか出来ません。
 そして、なぜそんな事をするのかも分からず、村人たちはさらに混乱しました。

 村人たちが大混乱していると、周囲がだんだんと明るくなっていきました。
 空を見上げると、なにも無かったかのように空は晴れ渡っていました。
 日食が終わったのです。

 男は提灯の火を消すと、満足した顔で立ち上がり、自分の家へと帰っていきます。
 村人たちは、それを呆然と見送ることしか出来ませんでした。

 しばらく時間が経った後、村人たちは気を取り直します。
 そして、こう思いました。
 『寝て忘れよう』と……

 村人たちは、各々の家に戻っていきました。
 誰も何も話すことなく、バラバラと解散していきます。
 そうして出歩く人は誰もいなくなりました。

 そして残されたのは、どこまでも続く青い空だけ。
 雲一つない、気持ちのいい青空でした

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