昔々とある村に、いつも提灯を持っている男がいました。
彼は、提灯が役に立たない昼間でも提灯を持ち歩き、片時も離すことはありません
とはいえ、彼も生まれた時から肌身離さず、提灯を持っているわけではありません。
数週間前、彼は突然提灯を持ち歩くようになったのです。
彼は村では『勉強好きの変人』と有名でした。
なので村人たちは『勉強のし過ぎで狂ってしまったのだ』と噂し、彼を憐れみました。
そして『落ち着くまで放っておこう』と、彼から距離を置きました。
ある日の事です。
村の男の子が男の元を訪れました。
少年は、自分の中にある疑問を男にぶつけます
「あなたはなぜ、提灯をいつも持っているのですか?」
男は答えます。
「近い内に世界が暗闇に覆われる。
その時にコレが役に立つのだ」
この話を聞いた少年は、他の子供たちにも伝えました。
そして子供経由で、話を聞いた大人たちは『やっぱり彼は狂っているのだ』と疑念を確信に変え、男からさらに距離を置くようになりました。
ある日のことです。
その日は、気持ちのいいほど良く晴れた日でした。
見渡す限りどこまでも続く青い空。
『こんな気持ちのいい日に外に出ないなんて損だ』と村人たちは外に出てきます
普段村の仕事で忙しい彼らも、今日ばかりはゆっくり過ごしていました。
そして提灯の男も、他の村人たちと同じように外へと出てきます。
もちろん提灯を持ってです。
しかし他の村人たちとは違って、ソワソワしていました。
明らかに挙動不審でしたが、村人たちは気にしません。
そんな事が気にならないほど、いい天気だったのです。
ですが信じられないことが起こりました。
先ほどまで明るかった空が、突然暗くなったのです。
『太陽を隠すほど厚い雲は無かったのになぜ?』
人々は不思議に思い、空を見上げます。
そこで彼らは見ました。
太陽が徐々に欠けていく様子を……
そう日食です。
現代に生きる我々にとって、日食は説明できる自然現象。
しかし、当時の人々は何も知りません。
彼らは何が起こっているかもわからず、不安に駆られて大騒ぎし始めました。
提灯の男の予言通り、世界が暗闇に包ました。
そこでポオっと、ある一点が明るくなりました。
提灯の男が、提灯に火を灯したのです。
不安に押しつぶされそうな彼らは、光を求める虫の様に、提灯の男に集まります
救いを求めるように、男に集まる人々。
ですが、そこでも信じられない物を見ました。
提灯の男が不可解な行動をしていたからです。
男は、提灯の灯りを頼りに、欠けていく太陽をスケッチしていました。
彼の鬼気迫る雰囲気に、村人たちは声をかける事も出来ず、ただ見ることしか出来ません。
そして、なぜそんな事をするのかも分からず、村人たちはさらに混乱しました。
村人たちが大混乱していると、周囲がだんだんと明るくなっていきました。
空を見上げると、なにも無かったかのように空は晴れ渡っていました。
日食が終わったのです。
男は提灯の火を消すと、満足した顔で立ち上がり、自分の家へと帰っていきます。
村人たちは、それを呆然と見送ることしか出来ませんでした。
しばらく時間が経った後、村人たちは気を取り直します。
そして、こう思いました。
『寝て忘れよう』と……
村人たちは、各々の家に戻っていきました。
誰も何も話すことなく、バラバラと解散していきます。
そうして出歩く人は誰もいなくなりました。
そして残されたのは、どこまでも続く青い空だけ。
雲一つない、気持ちのいい青空でした
10/24/2024, 2:00:52 PM