カーテンから差し込む光で目が覚める。
よく眠れたからか、体が軽い。
やはり健康の秘訣は8時間睡眠だな。
昨日残業祭りで夜遅かったかったから、なおさらだ。
そして顔を洗った後は、一杯のコーヒー。
やはり朝飲むコーヒーは格別だ
靄がかかった頭が徐々に晴れ渡り、思考はクリアになる。
さて頭がスッキリしたところで、これからの事を考えよう……
これからの事……
遅刻の件をどうするかだ
つまり俺は寝坊してしまったのだ
ちゃんと目覚ましをかけていたのに、こんなことになるなんて。
目覚ましが鳴った記憶はあるけど、二度寝してしまったようだ
日が昇る前に家を出ないといけないのに、既に日が昇っている
これでは、どうあがいても遅刻は確定である。
いっそ休みにするか?
うん、それがいい!
となると理由が必要だ。
それにギリギリまで会社に連絡を入れなかった言い訳もいる。
鉄板は『親に不幸があったから』だけど……
却下。
以前それ使って怪しまれたんだよなあ
さすがに三人目の親を死んだことにしたら追求された。
『実は義理の父親がいて』――という事にしたけど、あの目は信じてないだろうな。
兄弟は――
駄目だ
もう何人死んだか分からない。
二桁はかるく行くな
一人っ子なのに。
仕方ない。
一度電話し、なにか大変な事が起こったテイで誤魔化すとしよう。
スマホを取り出し、上司にかける
「もしもし俺です。
途中お婆さんが困っていたので、トラックに轢かれそうになった猫を助けて、魔王を討ち滅ぼしましてたんです」
自分でも何言っているか分からない。
もう一回言ってくれと言われても、言えないだろう
だが何となく大変そうなのは察してくれるはず。
だが現実は甘くない
スマホからは、上司のため息が聞こえる。
もうダメだ
「寝ぼけているの?
残業で遅くなったから、今日は振り替えで休みって言ったでしょ」
「えっ」
俺は、昨日の記憶を掘り起こす。
そう言えば、帰り際にそんな事も言っていたようないなかったような……
限界を超えて仕事したので、記憶が曖昧だ。
「それにもう夕方。
連絡をいれるには遅すぎるわね」
俺は、目が覚めてから初めて時計を見た。
現在の時刻、PM四時。
今日もあと少しだ。
「私ももう少し寝るから、電話切るわね。
あなたも寝足りないみたいだから、すぐ寝なさい」
上司は俺の事を、疑うこともなく、アッサリと電話を切る。
なんてことだ。
俺は寝ててよかったのか……
安堵するとともに、後悔が押し寄せる。
寝てもいいなら、心底眠りたい
だが俺はコーヒーを飲んでしまったばかりに、もう眠ることはできない。
俺はヨロヨロと立ち上がり、部屋のカーテンを開ける。
「綺麗だな」
窓から見える夕日は、人生で一番キレイな夕日だった
昔々あるところに元気な女の子がいました。
彼女はいつもお気に入りの赤ずきんを被っていて、知り合いからは『赤ずきん』と呼ばれていました。
ある秋の日、赤ずきんはお婆さんの家へ訪れます。
夏の暑さで体調を崩したお婆さんを心配して、お見舞いにやって来たのです。
「お婆さん、お加減いかが?」
「ええ、最近涼しくなって体の調子がいいわ」
「それは良かったわ」
赤ずきんは、まるで我が事のように喜びます。
赤ずきんはとても優しい子でした。
ニコニコと喜ぶ赤ずきんですが、あることに気づきます。
お婆さんの様子がどこかおかしいのです。
好奇心旺盛な赤ずきんは、お婆さんに質問しました。
「お婆さんの耳は、なぜそんなに大きいの?」
「それはね、お前の声をよく聞くためだよ」
「お婆さんの目は、なぜそんなに大きいの?」
「それはね、お前をよく見るためだよ」
「お婆さんの口は、なぜそんなに大きいの?」
「それはね――
お前を食べるためだよ」
「きゃあああ」
なんということでしょう。
今まで赤ずきんがおばあさんだと思っていたのは、オオカミだったのです。
赤ずきんは、驚いて腰を抜かしてしまいました。
これでは逃げられません
絶体絶命のピンチです!
赤ずきんは目を閉じて、死ぬことを覚悟しました。
ところがです。
いつまで経ってもなにも起こりません。
恐る恐る目を開けると、お婆さんの振りをしたオオカミは、涙を流していました。
「オオカミさん、なぜ泣いているの?」
「それはね、おまえを食べる喜びで泣いているのさ」
「嘘おっしゃい。
あなた、とても辛そうだわ」
「嘘じゃない。
今からおまえを食べる――イタタタタ」
オオカミは辛そうな声を上げたかと思ったら、お腹を押さえながらその場にしゃがみこんでしまいました。
誰が見ても大丈夫そうではありません。
「大変!
すぐにお医者様に見せないと……」
「何を言っている。
どこも痛くなど――イタタ。」
「無理してはダメ。
すぐに人を呼ぶから、そのままじっとしているのよ」
「……赤ずきんよ、なぜ俺を助ける。
俺はおまえを食おうとしたんだぞ?」
オオカミが聞くと、赤ずきんは不思議そうな顔をしました
「あなたこそ何を言っているの?
困った時はお互い様。
人助けは当然の事よ」
そう言って赤ずきんは、部屋から出ていきました。
助けを呼ぶためです。
残されたオオカミは、一人泣いていました。
痛みで泣いているのではありません。
赤ずきんの優しさに感動して泣いているのです。
オオカミは今まで誰かに優しくされたことはありません。
彼は乱暴者で、皆が迷惑していたからです。
ですが、赤ずきんの優しさに触れたことで、自分が愚かなことに気づきました。
彼は今までの行いを恥じ、生き方を変えることを決意したのでした。
そして赤ずきんが呼んできた助けによって、オオカミは一命を取り留めます。
腹痛の原因は、赤ずきんの本当のお婆さんでした。
お婆さんは食べられたあと、オオカミの腹のなかで暴れていたのです。
村のお医者さんによって、腹からお婆さんを取り出されたことで、オオカミは元気になりました。
オオカミは、赤ずきんとお婆さんに謝罪し、心を入れ換え人にために生きることを告げました。
それを聞いた二人は、オオカミを許すことにしました。
誰にだって間違いはある。
だから反省したのならなにも言うことはない。
こうして反省したオオカミは、人助けをすべく旅に出るのでした
めでたしめでた――
「ちょっと待ちたまえ」
お医者さんが、そこに待ったをかけました。
三人は何事かとお医者さんに注目します。
「手術の代金を支払ってもらおうか。
保険証はあるかね?
……なに無いだと!?
となると全額負担だな。
手術料100万円、びた一文まけんぞ」
オオカミは涙を流しました。
「 ₍₍⁽⁽ココロ₎₎⁾⁾
見て、沙都子!
ココロが踊っているよ。
かわいいね」
「キモッ」
「 ココロ
沙都子の心無い言葉のせいで、ココロは踊るのをやめてしまいました
お前のせいです
あ〜「ウザい」ああああ」
ビリビリビリビリ。
なんということでしょう。
沙都子によって、私のココロがズタズタに引き裂かれてしまった!
これには抗議せざるを得ない。
「なんて酷いことをするんだ!」
「百合子も大げさね。
『ココロ』って書いただけのルーズリーフじゃない」
「心は傷つきやすいから、優しくしないといけないんだよ!」
「それが通じるのは小学生までよ
高校生にもなってやるもんじゃないわ
それに、それはゴミでしょう?」
相変わらず、酷い言い草だ。
私のココロになんの恨みがあるのか?
さては私の人権を認めてないな。
「ところで、なんで『ココロ』?
元ネタはサボテン(₍₍⁽🌵₎₎⁾)だったわよね?」
「今日、国語の授業で、夏目漱石の『こころ』をやったじゃん」
「それでか……」
「で、サボテンとこころを悪魔合体させてみた」
「しょうもな」
「それに今の沙都子はココロ踊っているだろうから、私が表現してみたの」
私がそう言うと、沙都子は味わい深い表情になる。
言ってることが伝わらなかったようだ。
でも私と沙都子はツーカーの仲、気持ちを読むのは造作もない
この顔は『何言ってんの、お前』である。
「沙都子は『こころ』を読んだら心が躍るでしょ」
「うん、なんで?
なんで『こころ』を読んだら、私の心が踊るのかしら?
本は好きだけど、別段文学少女ではないわよ」
「ええ!?
沙都子、誰かが不幸になる話好きでしょ?
寝とられて裏切られて、Kが絶望するシーンはぞくぞくしたでしょ?」
「あなた、私のことをそんな風に見ているのね」
「だって、沙都子はいつも私をいじめて喜ぶくそ野郎でしょ――
待って、顔が怖いよ」
沙都子が満面の笑みを浮かべる
でも私と沙都子はツーカーの仲、裏の気持ちを読むのは造作もない
この顔は『よし、絶望させるか』である。
「すいません、言い過ぎました、ごめんさない」
「何を謝っているの百合子。
私は何も怒ってないわ。
何も、ね」
ひえ、怒ってる。
何か怒りを和らげるものを……
そうだ!
「沙都子様、ココロ二号を献上しますので、どうか怒りを鎮めてください」
「……なんで、それもう一枚あるのよ」
ココロ二号を見て、沙都子の怒りが若干収まる。
呆れつつも、沙都子はココロ二号を受け取る。
いけるか?
ビリビリビリビリビリ。
沙都子は受け取ったココロ二号をびりびりに破く。
どうやら沙都子を鎮めることは出来なかったようだ
万事休す。
「これ、意外と気持ちいいわね」
その時、奇跡が起こりました
沙都子はココロを破くことで、ご機嫌になったのです。
……なんで?
「許して欲しいって言ったわよね」
「はい」
「ならこのゴミを、もう一つ作りなさい」
「はい」
だけど、私には逆らう選択肢などない。
私はルーズリーフに『ココロ』と書いて、沙都子に渡す。
そして沙都子は渡されたココロ三号をびりびりに破く。
沙都子は無表情で、何も感慨はなさそうだ。
でも私と沙都子はツーカーの仲、気持ちを読むのは造作もない
この顔は『ココロオドル』である。
「沙都子、もう一枚作ろうか?」
「……いえ、いらないわ」
少し恥ずかしそうに、そして満足したような顔で微笑む沙都子。
これはツーカーでなくても分かる。
この顔は『スッキリ』である。
「言ってくれればまた作るよ。
別に手間じゃないし」
「……ならまたお願いするわ」
沙都子って、紙を破ると快感を得るタイプなんだな
私は沙都子の意外な一面を見て、ちょっとだけ『ココロオドル』のであった。
拝啓、アナタ様。
いかがお過ごしでしょうか?
最近過ごしやすい季節になりましたね。
わたくし、アナタの部屋にあるエアコンです。
はい、夏の間ずっとあなたの部屋を冷やしていたエアコンで間違いありません。
突然の手紙に、アナタはきっと驚かれたことでしょう。
申し訳ありません。
ですが、どうしてもお伝えしたいことがあるのです。
そのことを伝えるために、こうして筆を取りました。
手紙を書くのは初めてなので、おかしなところがあっても笑ってお許しください。
つい先日までの地獄のような猛暑も鳴りを潜め、とても快適な時期になりました
夏の間は私に頼りっきりだったアナタも、最近は私をお使いになりませんね
いえ、嫌味を言っているのではありません。
アナタの部屋を快適にするのが我が使命。
ですが、私に頼らずともアナタが快適に過ごせているのならば、それに越したことはないのです。
ただ急にお暇を頂いたので、時間を持て余しているのは確かです。
その時に何か出来ないことは無いかと探したのですが、お世話になっているアナタに手紙を書くことを思いつきました。
初めて手紙を書きますが、とても楽しいものですね。
ごめんなさい。
私が言いたいことは、そうではないのです。
こういった機会がないためか、思った事をそのまま書いてしまいますね。
ですが、このままでは話が進みません。
まだ話したいことはたくさんありますが、本題に入りましょう。
エアコンのフィルターの掃除はお済みでしょうか?
今の内に準備をしていただければと思います。
私は部屋を快適にすることは出来ても、フィルターを掃除することはできません。
ご面倒をおかけしますが、なにとぞよろしくお願いします
もしもフィルターの掃除を怠ってしまうと、アナタの部屋を快適に出来なくなってしまいます。
知り合いのエアコンに聞いたのですが、埃が溜まったことで喉を傷めた人もいるそうです。
アナタに快適に過ごしてもらうためにも、ぜひともフィルターの掃除をお願いいたします。
面倒だからと言って、後回しもいけません。
秋は短いもの。
すぐに冬はやってきます。
その時になってフィルターの掃除を始めると、その分アナタが寒い思いをしてしまいます。
そうならないためにも、今の内にお願いします。
と、長々書いたのですが、なんだか疲れてしまいました。
慣れないことをしたからかもしれません。
手紙を書くのはここまでにして、私は休もうと思います。
でも心配しないでください。
必要になったらすぐ呼んでいただければ、すぐに部屋を快適にしてみせます。
それでは、冬の到来までの束の間の休息ですが、ゆっくりと休みたいと思います。
アナタの方も体調を崩されないように、ご自愛ください
また会いましょう。
敬具。
P.S.
フィルターの件、本当にお願いしますね。
カシュ、カシュ。
僕の部屋に筋トレ用の握力ハンドグリップの擦れる音が響き渡る。
今使っているのは100均で買ったものだ。
音こそうるさいが意外と使いやすい。
おかげで僕の野望は達成できそうだ。
……そう僕には野望がある。
鍛える事は手段であり、真の目的は別にあるのだ。
そのため僕は筋トレを続けてきた。
あれは一か月前のこと……
休憩時間、廊下をぶらついていて、あるものを見つけた。
火災報知機である。
特に何の変哲もない火災報知器。
別に気になる点があったわけじゃないけど、僕は何となく眺めていた。
そして目を惹いたのは、赤いボタン。
そこには『強く押す』と書かれている。
僕は思った。
『押すとどうなるのだろう?』と……
もちろん必要のないときに押してはいけないことは知っている。
だから一度はやめた。
怒られるからだ。
でも僕は気づいてしまった。
周囲には誰もいないことに……
つまり、押してもばれないという事
僕は周囲の気配を探りつつ、ボタンに指を伸ばす。
だけど、押せなかった。
思い直したわけじゃない。
何度やっても押せなかった。
『強く押す』ボタンを、『強く押す』ことが出来なかったのだ。
僕は自身の非力さを痛感し、屈辱にまみれ、逃げるようにその場を後にした。
そして誓った。
体を鍛え、絶対にボタンを押してみると……
そして今日。
鍛えに鍛えたこの体。
きっとボタンも強く押せるだろう。
僕は火災報知器の前に立って、深呼吸。
ボタンに指を添え、力を込めて――押す!
ジリリリリリリリ
辺りにけたたましい音が鳴り響く。
成功だ。
あの『強く押す』ボタンを、『強く押す』ことが出来た。
これで僕の野望は達成された。
感動で泣きそうだ
とゆっくりしたいところだが、すぐに先生が来るはず。
見つかる前に、早く逃げよう。
「おい」
突然の声に驚いて振り向くと、そこには体育の先生がいた。
この令和の時代、暴力を厭《いと》わないとんでもない教師だ!
なんで先生が……
あっ!
そういえば、押す前に周囲の確認をしていない。
気持ちが先行しすぎて、身の安全を確保を忘れていたみたいだ。
不覚……
「お前、このボタン押したな?
必要なく押しちゃだめだって知っているよな?」
「いえ、人違いで――」
「バカモン!!!!」
先生は、あろうことか僕の頭を思いっきりぶん殴る。
なんて奴だ。
教師の風上にも置けない。
「暴力だ!
虐待だ!」
「お前がバカをするからだ!
親も呼ぶからな!」
「そんな!」
職員室まで連行された僕は、先生から説教と、力の込められた拳骨を貰う羽目になるのであった。