カシュ、カシュ。
僕の部屋に筋トレ用の握力ハンドグリップの擦れる音が響き渡る。
今使っているのは100均で買ったものだ。
音こそうるさいが意外と使いやすい。
おかげで僕の野望は達成できそうだ。
……そう僕には野望がある。
鍛える事は手段であり、真の目的は別にあるのだ。
そのため僕は筋トレを続けてきた。
あれは一か月前のこと……
休憩時間、廊下をぶらついていて、あるものを見つけた。
火災報知機である。
特に何の変哲もない火災報知器。
別に気になる点があったわけじゃないけど、僕は何となく眺めていた。
そして目を惹いたのは、赤いボタン。
そこには『強く押す』と書かれている。
僕は思った。
『押すとどうなるのだろう?』と……
もちろん必要のないときに押してはいけないことは知っている。
だから一度はやめた。
怒られるからだ。
でも僕は気づいてしまった。
周囲には誰もいないことに……
つまり、押してもばれないという事
僕は周囲の気配を探りつつ、ボタンに指を伸ばす。
だけど、押せなかった。
思い直したわけじゃない。
何度やっても押せなかった。
『強く押す』ボタンを、『強く押す』ことが出来なかったのだ。
僕は自身の非力さを痛感し、屈辱にまみれ、逃げるようにその場を後にした。
そして誓った。
体を鍛え、絶対にボタンを押してみると……
そして今日。
鍛えに鍛えたこの体。
きっとボタンも強く押せるだろう。
僕は火災報知器の前に立って、深呼吸。
ボタンに指を添え、力を込めて――押す!
ジリリリリリリリ
辺りにけたたましい音が鳴り響く。
成功だ。
あの『強く押す』ボタンを、『強く押す』ことが出来た。
これで僕の野望は達成された。
感動で泣きそうだ
とゆっくりしたいところだが、すぐに先生が来るはず。
見つかる前に、早く逃げよう。
「おい」
突然の声に驚いて振り向くと、そこには体育の先生がいた。
この令和の時代、暴力を厭《いと》わないとんでもない教師だ!
なんで先生が……
あっ!
そういえば、押す前に周囲の確認をしていない。
気持ちが先行しすぎて、身の安全を確保を忘れていたみたいだ。
不覚……
「お前、このボタン押したな?
必要なく押しちゃだめだって知っているよな?」
「いえ、人違いで――」
「バカモン!!!!」
先生は、あろうことか僕の頭を思いっきりぶん殴る。
なんて奴だ。
教師の風上にも置けない。
「暴力だ!
虐待だ!」
「お前がバカをするからだ!
親も呼ぶからな!」
「そんな!」
職員室まで連行された僕は、先生から説教と、力の込められた拳骨を貰う羽目になるのであった。
10/8/2024, 1:10:58 PM