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9/11/2024, 1:32:07 PM

 雨に打たれながら、一人砂浜を歩く.
 大地を蹴るその足は重い。
 いつもの歩く道なのに、今日ばかりは足を取られる。

 今日僕は背中に背負っていた大切な物を失った。
 失うということは、こんなにも辛いものか。
 この世に生を受けて初めて知った喪失感は、酷く僕の心を蝕む。

 敗者は失い、勝者は得る。
 それはこの世の習い。
 常に奪う側だった僕は、これからもそうだと信じて疑わなかった。
 さっき、奪われるまでは……

 かつて自分は大きなものを背負っていた。
 仲間たちからは羨望の目で見られ、とてもいい気分だった。
 だが今はどうだ。
 僕を心配してくれる奴すらいない。

 結局のところ、僕が背負っていたものしか見えていなかったのだろう。
 価値があるのは僕ではなく、僕が背負っていたものだったのだ。
 みんな僕の事を見ていなかったのだ。

 自分はこれからどうなるのだろう?
 先行きが見えないことに、恐怖を感じる。
 早く背負うものを探さないと。
 でも、そんな都合よくあるわけが……

 おや、僕の高性能な目が、遠くの方でキラリ光るものを捉える
 遠くにあるもの。
 それはいい感じの貝殻。

 全身の血が沸き上がる。
 他のやつに取られる前に、アレを僕の物にしなくては!
 僕は大急ぎで貝殻の元に駆け寄る。

 近くで見ると想像以上にいい貝殻だ。
 これほどの貝殻、他のやつらに取られてはたまらない。
 早く用を済ませよう。

 まずは中を点検。
 うん、変な虫はいない。
 大きさは『前の』よりも少し大きいくらい。
 形も文句なし。

 この貝殻の評価は星五つ、最高だ。
 早速背負ってみよう。
 ここをこうして……
 完成。

 数刻ぶりに感じる背中の重みに、僕は安心感を覚える。
 さっきのまでの不安が嘘のように、僕の心は晴れ渡っている。

 やっぱり貝殻を背負ってなければ様にならない
 だって僕はヤドカリだからね

9/10/2024, 1:28:26 PM

 僕のお嫁さんは超能力者だ。
 と言ってもサイコキネシスとかテレパシーとか、そういった有名なものは使えない。
 マイナーというか、多分世界に一人だけの超能力だ。

 嫁の超能力、それは『世界に一つだけ』の複製を作ること。
 凄い、と思われるかもしれないが、意外と使い勝手は悪い。
 
 その名の通り、そもそも存在しないものは作れない。
 二個あったりするとこれも複製不可。

 複製できるのは、失敗含めて一日一回。
『世界に一つだけと思ったら、なんか二つあったらしく失敗』なんてこともあり得る(と言うかあった)。 
 だから手あたり次第は出来ず、案外使いどころが難しい

 それにだ。
 考えてもみてほしい。
 世界に一つだけのものが分かったとして、欲しいだろうか?

 仮にテレビで『世界に一つだけ特集』をしていたとしよう。
 そこで紹介されたもの、本当に欲しいだろうか?
 凄いとは思っても、欲しいとまでは思わないのでは?

 『世界に一つだけ』でも欲しくない。
 あるいは欲しくても『世界に一つだけ』じゃない。
 現実は厳しい。

 ちなみに、お札は複製できる。
 『あれこそ数えきれ程あるだろ?』と思うだろうが、そこは発想の転換。
 お札には固有の番号が振ってあるので、番号さえ指定すれば複製できる。
 試しにやったら出来たので間違いない。
 妻と二人で大喜びである。

 だけど、寝て起きたら急に怖くなった。
 だってこれ、通貨偽造だよね。
 通貨偽造は重罪。
 真っ当な人生を生きてきた僕たちは、やったことに怖気づいてしまった。
 なので、こっそり燃やして捨てた。
 それ以来、お札は複製してない。

 まあこんな感じでうまくいかなかった。
 ということで最近は、一日ごとに『世界に一つだけの物』を当てる遊びみたいに使っている。

 結局俺たちは、このくらいのほうがちょうどいいのだ。
 

 そんなある日の事。
 その日は僕の番だったのだけど、どうしても思いつかなかった。
 99回連続で外した身としては、どうしても正解したい。
 妻から笑われないためにも、ここは負けられない。

 僕は一日中悩んだ末、天啓を得た。
 『僕を複製できるか』
 僕はこの世界で一人だけ。
 間違いなく当たりだ。

 とはいえ、本気で言ったわけじゃない。
 はっきり言って冗談だ。
 思いつかなかったので、やけくそで言っただけ。
 本当に複製を作られても困る。
 妻もきっと、僕の冗談に笑うか、あるいは『趣味が悪い』と怒るだろう。
 そう思っていた。

 だけど、妻は予想外の反応をした。
 僕から気まずそうに目をそらす。
 何その反応?

 待って、『ゴメン』ってなに?
 土下座しないで。
 ちゃんと説明を、いや説明しないでくれ、知りたくない。

 もう一人僕がいるなんて、そんなのありえない
 だって僕は、世界に一人だけの――

9/9/2024, 1:25:26 PM

 俺は今、柄にもなく緊張していた。
 胸の鼓動が速くなっているのを自覚する。

 ドラゴンすら屠る上級冒険者の俺が、である。
 仲間に裏切られて、ダンジョンに一人置いて行かれた時も緊張したものだが、今回のこれはそれとは別格だった。

 今日、俺は結婚する。
 ダンジョンで一人になったとき、俺を助けてくれた人と。
 色恋は自分に関係ないもんだと思っていたが、『出会いは突然』なんてよく言ったもんだ。
 若い頃の俺は、自分が結婚するなんて夢にも思いもしなかった。

 夢に思わなかったと言えば、俺が冒険者をやめて故郷の村でのんびり過ごしているのもそうだ。
 何も無いから飛び出したのに、最後に戻ってくるのはなにも無い故郷の村。
 不思議な気分だ。
 そして、この村で結婚式を挙げると言うのだから、運命とは不思議である。

「バン様、準備はできましたか?」
 『綺麗だ』
 そう言おうとして息をのむ。
 俺を呼びに来た花嫁のクレアは、純白の衣装に身を包んでいた。
 人生で見てきたどの女性よりも綺麗で、『綺麗だ』なんて陳腐な言葉ではとても表せそうになかった。

「どうしましたか?」
 何も言わない俺を不審に思ったのか、クレアが顔を覗き込む。
 今更『綺麗だ』なんて言えない。
 からかわれる未来しか見えないからだ。

「いや、あんまり見慣れない格好だったからな。
 いつも動きやすそうな服装だしな」
 自分の気持ちを悟られたくなくて、咄嗟に嘘をつく。

「ええ、私もこんな上等な絹は初めて見ます。
 なんでもバン様が仕送りしていたお金で買ったそうです。
 田舎では使い道が少ないから、お金が有り余っているそうで」
 俺のついた嘘に、クレアは疑うことなく付き合ってくれるクレア。
 どうやら誤魔化せたようだ。

「で?
 さっき何を言おうとしたんですか?」
 クレアは、ずいと俺に近寄る。
 前言撤回、誤魔化せなかった……

「言いたくない」
「怒りますよ。
 正直に言えば怒りません」
「仕方ない。 
 言うと怒られるから黙っていたが……
 『馬子にも衣裳』と言いそうになったんだ。
 だが、さすがに失礼と思ってなあ」
「ふーん」
 クレアが感情の無い目で俺を見る。
 だめだ、信じてない

 おそらく俺が『綺麗だ』と言おうとしたことに感づいているのだろう。
 そして、どうしても俺に言わせたい……
 くそ、いい性格してやがる。

「でさっきの話なんですけど――」
「悪いがその前に式の打ち合わせを――」
「それは後回しでいいので――」

 なりふり構わず話をそらそうとするが、どうしても言って欲しいクレア。
 そんな恥ずかしいこといえない。
 いや、言ってもいいのだが、言わされるのは違う気がする……
 こういうのは改めて次の機会に……

「ほら、言いたいことありますよね。
 早く言って楽になりなさい」

 だめだ押し切られそう。
 こんな時モンスターさえ来てくれれば……

 ん?
 外が騒がしいな。

「おい、大変だ。
 村の近くにモンスター出た」
 それは大変だ!
 俺は急いで部屋から出る。

「モンスターはどこだ?
 俺が退治してやる」
 すると呼びかけをしていた青年が、驚いて俺を見る。

「待ってくれバン。
 あんたこれから結婚式だろ?
 退治は他の奴らでやる」
「だからこそだ。
 さっさと退治して結婚式を――」
「バン様?
 話が終わってません」
 後ろから、恐ろしい存在の声が……

「ち、モンスターがきたか」
「いや来てな――」
「ほら、案内しろ。
 一瞬で倒す」

 そして俺は、半ば引きずるように青年に案内させる。
 とりあえず時間は稼げた。
 モンスターを退治した後は、それっぽい感じで言ってやろう
 花を添えるといいかもしれない。

 あとはクレアが怒り狂ってないことを祈ろう。
 恐怖で高鳴る胸の鼓動を感じながら、俺はモンスターに向かうのであった

9/8/2024, 12:18:10 PM

 俺は自他ともに認めるお祭り男。
 お祭りを求めて、世界中を渡り歩いている。
 いつか本にして出すのが、俺の野望だ

 そんな俺の次のターゲットは、とある田舎の村で行われる『幻のお祭り』。
 祭りがあること以外はなにも分からない。
 名前も、どんな祭かもだ。

 なんとか場所は突き止め、バスを何回も乗り継いで来てみれば、そこは絵にかいたような田舎だった。
 期待に胸を膨らませて聞き込み調査!
 幻の祭りに参加するのが楽しみ――

 だったんだが……
 祭りについて有益な情報を得ることはできなかった。
 地元の人間に聞いても要領を得ないのだ。

 祭の存在は肯定してくれるのに、『いつ?どこで?』がさっぱり分からない。
 地元の人間は『そのうち、そこらへんで』としか言ってくれない
 誰が取り仕切っているかも知らない。
 本当に存在するのか、この祭り?

 隠しているのだとも思ったが、そんな感じでもない。
 嘘情報を流して観光客を呼び寄せる類とも思ったが、それにしては商売っ気が無さすぎる。
 ホテルすらない

 だから多分、本当に知らないのだろう。
 幻の祭りと呼ばれることはある。

 俺はそこからさらに聞き込みをしたのだが、それ以上の情報は全く得られなかった。
 このままやっても無駄だ。

 肩を落としながら、とぼとぼとバスの停留所に向かっていた時の事。
 ドスンと何かにぶつかる
 下を向きながら歩いてしまったせいで、至近距離まで気づかなかったようだ。

「スイマセン」
 思わず謝り、顔を見上げると……
「え?」
 そこには形容しがたい何かがいた。

 俺は驚いて一歩下がるが、その何かは気にする様子もなく身をくゆらせていた。
 ゆらゆら、ゆらゆらと身をくねらせる。

 そこで俺は気づいた
 こいつは都市伝説で有名な『くねくね』だと……
 俺の危機センサーが最大級の警報を鳴らす。
 『くねくね』を見ると、おかしくなってしまうのだ。

 だが今の所なんの変化もなかった。
 理由は分からないが一安心。
 もしかしたら、うわさ話に尾ひれがついただけかもしれない。
 俺が色々考えている間も、『くねくね』は踊るようにくねくねしていた。

 それにしても、この『くねくね』はとても楽しそうだ。
 見ていると段々こちらも楽しくなってくる。
 俺もなんだか踊りたくなってきた。

 こんななにも無い寂れた田舎。 
 なにも娯楽が無くて辟易していた。
 ここでパーッと踊って憂さ晴らしをするのもいいかもしれない

 俺は持っていたカバンを投げ出して、くねくねの隣で踊る。
 馬鹿なことをしている自覚はあるが、どうでもいい。
 俺は踊るだけだ。

 騒ぎを聞きつけたのか、地元の人がやって来た。
「おお、外の人間が踊っているぞ!」
「踊るようにくねっておる!」
「『くねくね』様が来られたぞ」
「皆の者、踊るのじゃ!」

 俺と『くねくね』を中心にして、人が集まって踊り始める。
 どこにいたのかと思うほど、人が集まって来た。

 辺りをを見渡せば、老いも若いもみんな体をくねらせて踊っている。
 男も女も身をくねらせる。
 犬も猫もくねっている

 もはやお祭騒ぎ。
 なるほど、これが幻の祭の正体か。
 激熱じゃないか!
 これを本に書けばきっと大ヒット間違いなし。

 俺は未来の栄光を夢見ながら、体を激しくくねらせるのだった

9/7/2024, 3:32:10 PM

「こちら市役所です。
 午後五時をお知らせします。
 子供は家に帰る時間です。
 車に気を付けてください」

 17時00分、俺は市役所の放送室にいた。
 俺の仕事は午後17時きっかりに、夕焼けチャイムを流すこと。
 決められた時間に決められたボタンを押すだけの仕事だけど、給料はきっちり出る。

 夕方チャイムとは、防災行政無線を通して行われている。
 災害が発生したとき、これで避難や災害状況を知らせるのだが、その時に壊れていては意味がない。
 ということで、毎日決まった時間に点検を兼ねてチャイムや音楽を流しているのである。

 だがこういったものは、令和の時代において自動化されているもの。
 だが、施設の老朽化とやらで肝心の自動化システムが壊れてしまったらしい。
 それで応急処置として俺が雇われたってわけ。

 だから俺は雇われた最初の日に、役人にいつ直すのか聞いた。
 俺はあくまでも代理であり、機械を直せばお役ごめんなのだ。
 だが市役所側の答えは、俺にとって意外なものだった。
 『直さない』

 この市は過疎化が進んでいて、碌に税金が入ってこないらしい。
 『慢性的な財政難であり、とても修理費なんて出せやしない』とのこと

 俺は『言いたいことは分かるけど、それ逆にお金かからない?』と返したのだが回答は変わらず。
 貧乏って嫌だね。
 そして『だがいつかは直す、いつかは分からないけど』と言って、はや3年。
 市役所のやつら、壊れているのを忘れている可能性がある

 ともかく俺は毎日、夕方チャイムを流すお仕事をしている。
 地味だけど、皆のためになるやりがいのある仕事。
 俺はとても満足している

 え?
 ボタンを押すだけのお仕事、飽きないのかって?
 ところが楽しいんだなあ、コレが。

 実はさっきの『おしらせ』の音声、録音されたものじゃない。
 録音された音声を流す機械も、普通に壊れているのだ。
 貧乏って嫌だね(2回目)

 ただしマイクは使える。
 ということで、誰かがしゃべる必要があるんだけど……
 それが俺だと思うだろ?
 違うんだなあ。

 喋るのは俺じゃない。
 ウチで飼っているインコたちだ。

 始めこそ俺がやっていたが、ある日『インコにやらせたら面白んじゃね?』と思った。
 善は急げで芸を仕込んでやらせてみたら、案外そつなくこなす。
 俺よりもだ。

 今では毎日インコが夕方チャイムでしゃべっている。
 市民の皆さんにも評判は上々だ。
 本音はウチのインコを自慢したいだけだったが、ここまで評判がいいと俺まで嬉しくなる。
 ただ人間ではなく鳥なので、たまに予定外のことをしゃべるトラブルもある。
 それも含めて愛されているけどな。

 物珍しいとのことで、わざわざ市外から聞きに来る人がいるほど。
 移住してきた人もいるそうで市役所の人たちも喜んでいた。
 大活躍のインコに、市役所がボーナスとして高級おやつをプレゼントしたくらいだ。
 俺には無かったが……
 まあいいけどさ。

 そして次の日も、夕方チャイムの時間がやって来た。
 俺は設備の前でスイッチを押す準備をする。
 横目で相棒のインコを見れば、静かに集中していた。
 ウグイス嬢ならぬインコ嬢。
 どこまで分かってるか分からないけど、頼もしい限りだ。

「時間だ、いくぞ」
「ハーイ」
「3,2,1」

 そしてインコが時を告げる。
 
「こちら市役所です。
 午後五時をお知らせします。
 子供は家に帰る時間です。
 車に気を付けてください」

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