俺は今、柄にもなく緊張していた。
胸の鼓動が速くなっているのを自覚する。
ドラゴンすら屠る上級冒険者の俺が、である。
仲間に裏切られて、ダンジョンに一人置いて行かれた時も緊張したものだが、今回のこれはそれとは別格だった。
今日、俺は結婚する。
ダンジョンで一人になったとき、俺を助けてくれた人と。
色恋は自分に関係ないもんだと思っていたが、『出会いは突然』なんてよく言ったもんだ。
若い頃の俺は、自分が結婚するなんて夢にも思いもしなかった。
夢に思わなかったと言えば、俺が冒険者をやめて故郷の村でのんびり過ごしているのもそうだ。
何も無いから飛び出したのに、最後に戻ってくるのはなにも無い故郷の村。
不思議な気分だ。
そして、この村で結婚式を挙げると言うのだから、運命とは不思議である。
「バン様、準備はできましたか?」
『綺麗だ』
そう言おうとして息をのむ。
俺を呼びに来た花嫁のクレアは、純白の衣装に身を包んでいた。
人生で見てきたどの女性よりも綺麗で、『綺麗だ』なんて陳腐な言葉ではとても表せそうになかった。
「どうしましたか?」
何も言わない俺を不審に思ったのか、クレアが顔を覗き込む。
今更『綺麗だ』なんて言えない。
からかわれる未来しか見えないからだ。
「いや、あんまり見慣れない格好だったからな。
いつも動きやすそうな服装だしな」
自分の気持ちを悟られたくなくて、咄嗟に嘘をつく。
「ええ、私もこんな上等な絹は初めて見ます。
なんでもバン様が仕送りしていたお金で買ったそうです。
田舎では使い道が少ないから、お金が有り余っているそうで」
俺のついた嘘に、クレアは疑うことなく付き合ってくれるクレア。
どうやら誤魔化せたようだ。
「で?
さっき何を言おうとしたんですか?」
クレアは、ずいと俺に近寄る。
前言撤回、誤魔化せなかった……
「言いたくない」
「怒りますよ。
正直に言えば怒りません」
「仕方ない。
言うと怒られるから黙っていたが……
『馬子にも衣裳』と言いそうになったんだ。
だが、さすがに失礼と思ってなあ」
「ふーん」
クレアが感情の無い目で俺を見る。
だめだ、信じてない
おそらく俺が『綺麗だ』と言おうとしたことに感づいているのだろう。
そして、どうしても俺に言わせたい……
くそ、いい性格してやがる。
「でさっきの話なんですけど――」
「悪いがその前に式の打ち合わせを――」
「それは後回しでいいので――」
なりふり構わず話をそらそうとするが、どうしても言って欲しいクレア。
そんな恥ずかしいこといえない。
いや、言ってもいいのだが、言わされるのは違う気がする……
こういうのは改めて次の機会に……
「ほら、言いたいことありますよね。
早く言って楽になりなさい」
だめだ押し切られそう。
こんな時モンスターさえ来てくれれば……
ん?
外が騒がしいな。
「おい、大変だ。
村の近くにモンスター出た」
それは大変だ!
俺は急いで部屋から出る。
「モンスターはどこだ?
俺が退治してやる」
すると呼びかけをしていた青年が、驚いて俺を見る。
「待ってくれバン。
あんたこれから結婚式だろ?
退治は他の奴らでやる」
「だからこそだ。
さっさと退治して結婚式を――」
「バン様?
話が終わってません」
後ろから、恐ろしい存在の声が……
「ち、モンスターがきたか」
「いや来てな――」
「ほら、案内しろ。
一瞬で倒す」
そして俺は、半ば引きずるように青年に案内させる。
とりあえず時間は稼げた。
モンスターを退治した後は、それっぽい感じで言ってやろう
花を添えるといいかもしれない。
あとはクレアが怒り狂ってないことを祈ろう。
恐怖で高鳴る胸の鼓動を感じながら、俺はモンスターに向かうのであった
9/9/2024, 1:25:26 PM