私と拓哉は恋人同士。
私たち二人いれば、どんなにつまらないことでも、楽しくなる。
そして今日、私た夏休みと言うことで、恋人の拓哉と映画を見ていた。
空調の効いた涼しい部屋の中、拓哉にピッタリとくっついて映画鑑賞する。
もちろん、ポップコーンとコーラも完備。
まさに映画鑑賞スタイル。
とは言っても私たちは学生の身分。
お金はない。
よって私の部屋で鑑賞会だ。
上映作品は、今ネットで話題のアニメ『しかのこのこのここしたんたん』。
30分くらいで見れるのがいい。
え?
映画じゃないって?
ここにポップコーンとコーラがあるでしょ?
なら映画だよ。
といわけで、アニメを見終えた後は感想会である。
もちろん、私の部屋で紙パックの。
私は拓哉に向かって、満面の笑みで微笑む。
「拓哉、今のアニメ、面白かったね」
「俺は詰まんなかったな。
咲夜はあんなのが趣味なの」
「えー、酷くない?」
私はこの映画は自分の見たアニメの中でも上位に入ると思っている。
自分が面白いと思ったものを、つまらないと言われると結構ショック……
でもなかったりする。
言われるのは想定内だからだ。
私と拓哉は、こうしてよくアニメや映画を一緒に見る。
今回みたいに私から誘うこともあるし、拓哉が誘ってくることもある。
けれど、私と拓哉の映画の趣味は全く違う。
私は日常系、拓哉はアクション系。
好きなものが全然違うのだ
けれど、それを前提で一緒に映画を見ているので、相手の辛辣な意見も意外と気にならない。
むしろどんな理由が出てくるの楽しみまである。
それが感想会の醍醐味なのだ。
「ほう、ではどこが詰まらなかったのか、言ってみたまえ」
「シュール」
即答。
このアニメ、たしかにシュールである。
だからこそ私は面白いと思うのだけど、拓哉にとっては違うらしい。
というかこのアニメ、シュールさが売りのがだが、そこを否定されると反論に困る。
拓哉に色々言いたいことはあるけれど、これ以上は口をつぐむ。
私たちの感想会はターン制だからだ。
そうしないと、いつまでも一方的に片方がしゃべって収集が付かなくなってしまうからだ。
というか一度それで喧嘩した。
その事について話し合った結果、感想の言い合いはターン制になった。
ということで、私が聞いたから、次のターンは拓哉だ。
「咲夜はどこがおもしろいと思ったの?」
「シュールなとこ」
「……とことん話が合わないな」
「話が広がらないから次行こうか」
「そうだな」
私は腕を組んで考える。
どうやったら拓哉は、このアニメの良さに気づくだろうか?
そうだ、拓哉が好きそうな物で攻めてみますか。
「オープニングは良かったでしょ」
「それは良かった。
ノリがよくて結構好き」
「つまりこのアニメを面白いと認めると?」
「異議あり!
さすがにそれだけで、面白いと言うのは無理がある」
「好きって言ったじゃんか!」
「それとこれとは別」
「ぐぬぬ」
ガードが堅い。
嘘でもいいから好きだと言ってくれればいいのに。
そうすれば、2話も一緒に見ることが出来るのに……
それほどまでに見たくないかね?
「次は俺だけど……
そうだ、どうしても理解できないことがある。
オープニングは良かったけど、なんでエンディングが鹿せんべいの作り方なんだ?」
「教育的アニメだから?」
「初耳だし、なんで疑問形?」
「考えるな、感じろ」
「そういうのが嫌いなんだよなあ……」
なんと、拓哉は理論派だったか。
勉強得意だし、こういうふざけたアニメは苦手なのかもしれない
「じゃあ、次は私。
登場人物の中で誰が好み?
出てきてないのもいるけど、オープニングにいたでしょ?」
「ノーコメント。
それ言ったら咲夜怒るだろ?」
「怒らないわよ。
ただ拓哉のためにキャラの真似をするだけだから」
「じゃあ俺の番ね。
作中色々ボケがあったけど、ぶっちゃげ鹿に関係無くない?」
「それは私も思う」
「ぶは」
私の発言に、ついに拓哉が笑いだす。
なにか変な事言った?
「やっぱ、咲夜と話すのおもしれえわ。
詰まんないアニメに付き合った甲斐がある」
「私も拓哉と話せて楽しいよ。
あと詰まんないって言うな」
私は凄みを利かせてみるが、拓哉はそれを見てさらに笑い出す。
最初はなんて奴だと思うが、私もだんだん楽しくなって一緒に笑う。
私は、どんなにつまらないことでも、拓哉と一緒ならなんでも楽しい。
拓哉もそう思ってくれるのなら、これ以上嬉しい事は無い。
本当は映画鑑賞会なんてどうでもいい。
それは拓哉と一緒にいるための言い訳作り。
拓哉との映画鑑賞は好きだけど、それ以上に拓哉一緒にいられるなら何でもいい。
だから、これからも私は拓哉の隣にいるために、いろんな言い訳をするのだ。
「ということで、二話も一緒に――」
「それはNO」
「ケチ」
膝の上で、幼い息子がすーすーと寝息を立てている。
さっきまで怪獣のように大暴れしていたのが嘘のようだ。
息子の寝顔は天使の様に可愛く、いつまでも見ていられる。
けれど、この年頃の子供の遊びに付き合うのは一苦労。
もう少し、大人しく遊んでくれないだろうか
叶わぬ願いだろうけど……
本当に、寝顔は天使である
だけどいつまでもこうして眺めているわけにはいかない
たまりにたまった家事を消化しなければいけないからだ。
時間は有限なのである。
私は息子を起こさないよう、膝の上から少しずつずらす。
いくら時間が無いからといって、急いではいけない。
焦ったばかりに息子が目が覚めれば、大泣きし始めて何もできなくなる。
そうなっては時間がどうとかという話ではない。
慎重に、しかし確実にずらしていく。
完全に膝から下ろし、それでも起きる兆候がない事を確認して、ゆっくりと立ち上がる。
さあ、家事の時間だ。
鬼の居ぬ間にならぬ、怪獣の寝ている間に洗濯である。
洗濯、掃除、片づけ、晩御飯の下ごしらえ……
いつ息子が起きるか分からない不安と戦いながら、家事を一つずつこなしていく。
特に大変だったのが、息子が出したままのおもちゃの片づけ。
部屋の隅に置いてあるかと思えば、もう反対側の隅にも置いてある。
あるいは隠すように置いてあったり……
部屋を何往復もして、全てのおもちゃを片づけた。
一纏めにしてくれれば楽なのにと思うのだが、息子はどうしても部屋の隅に置きたいらしい。
息子はといえば、今日はお疲れだったようで、ぐっすりと寝ている。
いつもは物音で一度起きるのだが、今回は起きる気配すらなかった
おかげで家事が滞りなく進み、あっという間に家事が終えることが出来た。
毎回こうだったらいいのに。
時計を見れば、まだ晩御飯の支度には早い時間だった
つまり、久しぶりの自由時間ということで、私の心は浮足立つ。
が、次の瞬間この時間をどう使うかを悩んでいた。
普段こんな機会は無いので、何をすべきか何も思いつかない。
うーんうーんと悩み抜き、そして大きなあくびを一つ。
そういえば、最近寝不足なことを思い出す。
家事に息子の相手に、そして夫の晩酌に、とにかく寝る時間が無かった。
ならば何もせず寝るのもいいかもしれない。
慢性的な寝不足には付け焼刃かもしれないが、一分でも長く寝ることにしよう。
息子の目が覚めるまで。
◆
目を覚ますと、お母さんが隣で寝ていた。
気持ちよさそうにすーすーと寝息を立てている。
お母さんを起こそうと叩いたりしたけど、全く起きなかった。
どうやらお母さんは、いつもよりお疲れらしい。
ぐっすりと寝ている。
仕方が無いので、一人で遊ぶことにした。
おもちゃ箱をみると、おもちゃが全部おもちゃ箱に帰って来ていた。
いつも部屋の警備をさせているんだけど、寝ている間に戻ってくることがある。
なんでだろう。
お母さんなら知っているかな?
起きたら聞いてみよう
それまでは、警備させるためにおもちゃを置くことにしよう。
お母さんの目が覚めるまで。
俺は凄腕の霊媒師。
悪霊を払祓い続けて20年。
祓えなかった悪霊は存在しない。
そんな俺に舞い込む依頼はどれも危険な物ばかり。
どんな悪霊でも祓えるので、他の霊媒師が匙を投げた案件が俺に回ってくる。
だが危険な分、報酬も多いため文句はない。
今日も『ヤバい』案件を受け、とある病院を訪れる。
この病院のとある病室に、とんでもない悪霊が出ると言うのだ。
他の霊媒師が何人も挑んだが、全員が悪霊を前に逃げ帰ったそうだ。
どんな悪霊か楽しみである。
そして俺は、悪霊の出る病室の前まで案内されたのだが……
「これは……」
俺は目の前の光景に絶句する。
この病室には多くの数の悪霊がいた。
霊媒師をして長くなるが、今まで見たことないくらい多い。
確かにこの数では、並みの霊媒師では歯が立つまい。
『とんでもないのは数の方かよ』と脳内で愚痴を言う。
だが、多すぎないか?
というか多すぎて詰まっているぞ。
みっちりと、隙間なく……
ここまで来ると、詰まりすぎてキモイ。
おそらくこの悪霊たちは、霊道や鬼門、風水などの関係で、この病室にやってきたのだ。
そしてこの場に集まり、どんどん集まり、そして集まりすぎて、詰まる事になったのだ。
普通は、こんなことになる前にこの場を離れるはずだが、惹きつける力が強いのだろう。
逃げる事も出来ず、たた悪霊が増えるばかりで減ることが無かったのだろう。
よくよく冷静に見れば、悪霊たちは詰まりすぎて身動きが取れてないようだった。
ここまで集まると、悪霊でも動けなくなるのか……
勉強になったな。
『憎い憎い憎い』『なんでこんな目に』『狭いよぉ』『臭え』
だが、そんな状態でも悪霊たちは、悪霊らしく怨嗟の言葉を吐き、邪気をまき散らしていた。
主に他の悪霊たちに対して。
だがその邪気も、まき散らしてすぐ、病室に引き寄せられている。
そして邪気によって逆に悪霊たちが苦しみ、さらなる邪気をまき散らし、その邪気によって悪霊が苦しむ。
酷い光景だった。
あまりの光景に、さすがの俺も涙を禁じ得ない
だが唐突に、悪霊たちの怨嗟の言葉が止まる。
霊媒師である俺に気づいたのだ。
悪霊にとって、霊媒師は自分たちを滅ぼす敵。
こういった場合、悪霊たちは霊媒師に襲い掛かるのだが……
『助けろ助けろ助けろ』『解放してくれ』『助けてぇ』『ここ臭いよぉ』
悪霊が自分に助けを求めてきた。
霊媒師を続けて長いが、こんな切羽詰まった悪霊を見るのは初めてだ。
今まで、悪霊は害虫くらいにしか思ってなかったが、ここまでくると憐れになる。
俺は悪霊が嫌いのなので、普段は苦しませるように祓うのでだが、同情心から苦しませないように祓うことにした。
数こそ多かったものの、とくに強力な悪霊もおらず、しかも協力的なこともあって、これまでにないくらいスムーズに除霊を行う。
おそろしく時間がかかったため、その間に新しい悪霊が来たりもしたが、それ以外には問題なかった。
そして、なんとかすべての悪霊を祓いきる。
どっと疲れた。
肉体的というか、精神的に。
祓った悪霊からは『感謝感謝感謝』『恩に着る』『ありがとうぉ』『臭いから解放された』と感謝された。
悪霊から謝されるのは初めてだ。
今日は初めて尽くしの日である。
「先生、どうですか?」
見計らったかのように病院の院長がやってきた。
「院長さんか。
この病室の悪霊は全て祓った。
また集まらないように、結界も張ったのでご安心くれ」
「ありがとうございます。
来客室にお菓子を用意しています。
そちらでゆっくりしてください」
「悪いが、その前に寝かせてくれ。
数が多くて疲れた」
「構いませんが……
仮眠室は使っているので、他の病室しかありませんよ」
「構わない。
広い部屋で頼む。
でないと、あの隙間の無い光景を思い出しそうだ」
20XX年、人類は――おや、地球上の生命は、未曽有の危機に晒されていた。
地球全土に全く雨が降らなくなったのである。
明日、晴れたら前回から数えて1000日目。
そこまで雨が降らなければ、慢性的に水不足。
雨ごいや、科学的見地から雨を降らせようとするも効果なし。
このまま人類は滅亡するかと思いきや、しぶとく命を繋いでいた。
理由は、科学技術の進歩。
海水から真水を生成したり、空気中から抽出したり、地下深くから水を汲み上げたり……
近頃さらに科学技術が進歩し、以前より真水を大量に作れるようになった。
いよいよ滅亡から遠ざかる。
最初の頃こそ、終末的な思想で治安こそ悪化したが、今では楽観的なムードが流れていた。
どうせ、なるようにしかならないと、気楽に構え始めたのだ。
かく言う俺も、他の人間と同じように気楽に生きている。
足掻いたところで、何も変わらない。
どうせ、なるようにしかならないからだ。
そして今日も車に乗って、生活必需品を買いに近くの商店街まで向かう。
買い物を済ませ、さあ帰ろうと言うところで、福引の会場が目に入る
運が悪いと言う自覚があるので、いつも福引はスルーするのだが、虫の知らせというのか、ちょっとだけしてもいい気分だった。
買い物のレシートを見せ、ガラガラと一回だけ福引をまわす。
「おおあたりー!
特賞、おめでとうございます!」
まさかの大当たりだ!
俺は人生初の快挙に浮足立つ。
が、はしゃぐのも少しの間だけ。
俺は特賞の商品を見てがっかりする。
「1賞は、真水200L!
おめでとうございます」
水200L、ちょうど風呂が入れるくらいの水の量。
これでゆっくり風呂に入れと言う事だろう。
入浴剤もついている。
至れり尽くせり。
だがそんな気遣いに対し、俺は全く嬉しくなかった。
たしかに人類全体で水が不足している。
けれど、俺個人に至っては余っている。
これ以上はいらないのだ。
水は公的機関から支給される。
その際、二、三日に一度は風呂に入れるように多めにくれる。
だが俺はシャワー派なので、多くの水を使う事もなく、水を余らせてしまうのだ
近所の人に分けたりするのだが、ご近所さんはシャワー派が多く、水は減る気配がない。
そこに来て福引の水200Lである。
いらない。
本当にいらない。
どうせなら2等のテレビが欲しかったよ。
『水が欲しいと言う人がいれば上げるのに』と思いながら、周囲を見渡す。
だが今回に限っていえば、誰も欲しがりそうな人はいなかった。
俺と同じでシャワー派なのだろうか?
かといって押し付けるのも何か違うし、捨てるのも勿体ない。
俺は仕方なく、持って帰ることにした。
だが水200Lはおよそ重さ200㎏。
福引のスタッフと一緒に運んだが、結構な重労働だった。
終わったころには汗びっしょり。
なんて日だ!
車を運転しながら、水の使い道を考えていると、あることを思いついた。
そう言えば、車をしばらく洗ってないから洗車もいいなと。
明日、晴れたら1000日目なので、車を洗ってないのも1000日以上前だ。
せっかくなので自分の愛車に、シャワーをすることにしよう。
どうせ水が余っているのだ。
ここで、パーッと使うのがいい
俺は家の中から、洗車グッズを取り出し、洗車を始める。
1000日ぶりの洗車だ。
以前は洗車なんて面倒なだけと思っていたが、これがなかなか楽しい!
こんなことなら、もっと早くすればよかった。
そうすれば水の使い道に悩まずに済んだのに。
俺はご機嫌に車に水をぶっかけ、そして拭きあげる。
一時間後、そこにはピカピカに磨き上げられた綺麗な車が!
汚れすぎてグレーぽかった車も、今では真っ白!
ピカピカって素晴らしい。
水はまだまだある。
これからも積極的に洗って――
「マジかよ」
いきなり空が暗くなり、雨粒がぽつぽつと落ちてくる。
次第に雨は強くなっていき、すぐに土砂降りになる。
『せっかく洗車したのについてない』という怒りと、『久しぶりの雨!?』と喜びが、俺の心にせめぎ合う。
喜ぶべきか、怒るべきか。
それにしても、なんでこのタイミングで雨なんか降るんだ。
せっかく車を洗ったと言うのに、雨が降るとせっかくピカピカにしたのが台無しだ。
……待てよ。
そう言えば、車を洗う時に限って雨になるというジンクスを聞いたことがある。
信じてなかったが、本当に降るとは。
それにしても最悪のタイミングで降るものだ。
せめてもう少し後なら、ピカピカの車でドライブに行くことが出来たのに……
本当に運が悪い。
なんにせよ、この雨によって、人類は再び息を吹き返すだろう。
文字通り、恵みの雨。
もっとも俺にとっては、災難な雨だが……
人類の未来はどうなるか分からない。
この雨だけじゃ何も生活は変わらないかも知れないし、これを期にこれからもっと雨が降るかもしれない。
何一つ見通せない、足掻いても何も変わらないはずの未来
けれど一つだけ心に決めたことがある。
「これからも定期的に洗おう」
どうせ、なるようにしかならない
「だーかーらー、一人でいたいの」
「分かんないよ。
説明して」
「いいから!
お母さん、早く出て行ってよ!」
部屋に小学生になる息子の叫びが響く。
息子が突然私を押し出そうとするけど、その理由に全く心当たりが無い。
私、なにかしたかしら?
息子の豹変ぶりに驚きつつも、私は追い出されまいと抵抗を試みる。
「そんなここを追い出されたら、お母さんはどこへ行けばいいの?」
「台所にも行けばー」
「ひどい」
言葉ではショックを受けたように言いつつも、内心そこまでショックじゃない。
なぜなら、息子の癇癪は、別に珍しい事じゃないから。
無理難題を言われたことは一度や二度じゃない。
普段わがまま放題の息子だけれど、今回のはとびっきりだ。
なにせ、憩いの場であるリビングから出て行けと言うのだから。
このエアコンがよく利いた、快適な部屋から……
「お母さん、外に出たら暑くて死んじゃうかも」
ちら、と上目使いで息子を見る。
これで意見変えてくれないかな。
けれど私の願いは届かず、息子はどこ吹く風だ。
「お母さん、嘘泣きは駄目。
それに、お母さんなら暑くても大丈夫だよ」
謎の信頼感。
けれど、お義母さんは大丈夫じゃないです。
最近暑さがとんでもないので、倒れてしまいます。
「ほら出て行って」
息子は私を追い出そうとグイグイ押される。
仕方ない。
このまま居座っても、息子は諦めないだろう。
「分かったから。
危ないから押さないで」
私は息子に押されるまま、部屋の外に移動する。
「入ってこないでね」
そう言ってピシャリ扉を閉める。
多分、本人には悪気はないんだろうけど、少し傷つくなあ……
それにしても、今回は一体何なのか?
これまでも無理難題を言う事はあったけど、ここまで理由が分からないことは少ない。
一体何が……
もしや、あれか?
全ての親が恐れるあの時期……反抗期!
うちのコに限ってと思ったけど、ついに来てしまったか……
でも涙をのんで堪えよう。
反抗期は子どもが成長した証なのだから。
息子の成長に感動する。
けど、感動したのも束の間、私の頭はすぐに違うことを考える。
台所の暑さ、どうしよう、と……
台所は暑い。
エアコンをつけていない上、風通しが悪いので暑くなると、ずっと暑いままなのだ。
さらに勝手に一人で熱くなった分、余計に暑い
このままじゃ熱中症になってしまう。
私は冷蔵庫を開けて、手ごろな飲み物を物色する。
とりあえず冷たい物を飲んで涼もう。
おや?
冷蔵庫の一番下の棚に、見慣れない白い箱が、隠すように置いてある。
無地でそこそこ大きな白い箱。
まるでケーキでも入ってそうな箱である。
私は、使い勝手が悪いので、冷蔵庫の一番下の棚を使っていない。
代わりに息子が、自分のお菓子を入れるスペースになっているのだけど……
息子が、変なことを言い出したのも、これに関係するのかもしれない。
私は中身を確認すべきか悩んで……
チラッと見ることにした。
本当はしたくないんだけど、気になって夜寝れなくなると困るので、うん。
私は優しく箱を取り出し、箱を開けてみる
そこには、ケーキと『お母さん、誕生日おめでとう』の文字が……
なるほどね。
誕生日サプライズか……
この前まで、あんなに小さかった子が、そんな事が出来るようンになったんだ……
時間が経つのは早いものだ。
でもね……
誕生日、来月なんだよね。
そりゃ、いくら考えても心当たり無いはずだよ。
私は心に沸き上がった色んな感情に蓋をして、これからすべきことを考える。
選択肢として、息子に『今日は誕生日ではない』と伝えることはできない。
ケーキを用意するほど気合が入っているのだ。
おそらくだけど、息子はリビングで誕生日会の準備をしているはずだ。
そこに残酷な事実を伝えたら、多分息子は泣く。
そして『お母さん嫌い』って言われることだろう。
反抗期張りに口を聞いてくれなくなるかもしれない
私悪くないのに……
ならば私のとる選択肢は一つ。
私の誕生日誕生日、今年から今日になります。
すぐさまこの重大な変更を、仕事中の旦那にラインで送る。
旦那経由で、息子に事実が伝われば大変な事になる。
すぐに既読が付き、『了解』の返事が来る。
これで問題ない
あとは何も知らない振りをして、息子のサプライズを迎えるだけ。
学生時代、演劇部のエースの力、見せてやる。
まったく悟られずに驚いてみせるさ。
これもすべては、愛する息子のため
バレて、泣きながら『一人でいたい』なんて言われたら大変だからね。