「だーかーらー、一人でいたいの」
「分かんないよ。
説明して」
「いいから!
お母さん、早く出て行ってよ!」
部屋に小学生になる息子の叫びが響く。
息子が突然私を押し出そうとするけど、その理由に全く心当たりが無い。
私、なにかしたかしら?
息子の豹変ぶりに驚きつつも、私は追い出されまいと抵抗を試みる。
「そんなここを追い出されたら、お母さんはどこへ行けばいいの?」
「台所にも行けばー」
「ひどい」
言葉ではショックを受けたように言いつつも、内心そこまでショックじゃない。
なぜなら、息子の癇癪は、別に珍しい事じゃないから。
無理難題を言われたことは一度や二度じゃない。
普段わがまま放題の息子だけれど、今回のはとびっきりだ。
なにせ、憩いの場であるリビングから出て行けと言うのだから。
このエアコンがよく利いた、快適な部屋から……
「お母さん、外に出たら暑くて死んじゃうかも」
ちら、と上目使いで息子を見る。
これで意見変えてくれないかな。
けれど私の願いは届かず、息子はどこ吹く風だ。
「お母さん、嘘泣きは駄目。
それに、お母さんなら暑くても大丈夫だよ」
謎の信頼感。
けれど、お義母さんは大丈夫じゃないです。
最近暑さがとんでもないので、倒れてしまいます。
「ほら出て行って」
息子は私を追い出そうとグイグイ押される。
仕方ない。
このまま居座っても、息子は諦めないだろう。
「分かったから。
危ないから押さないで」
私は息子に押されるまま、部屋の外に移動する。
「入ってこないでね」
そう言ってピシャリ扉を閉める。
多分、本人には悪気はないんだろうけど、少し傷つくなあ……
それにしても、今回は一体何なのか?
これまでも無理難題を言う事はあったけど、ここまで理由が分からないことは少ない。
一体何が……
もしや、あれか?
全ての親が恐れるあの時期……反抗期!
うちのコに限ってと思ったけど、ついに来てしまったか……
でも涙をのんで堪えよう。
反抗期は子どもが成長した証なのだから。
息子の成長に感動する。
けど、感動したのも束の間、私の頭はすぐに違うことを考える。
台所の暑さ、どうしよう、と……
台所は暑い。
エアコンをつけていない上、風通しが悪いので暑くなると、ずっと暑いままなのだ。
さらに勝手に一人で熱くなった分、余計に暑い
このままじゃ熱中症になってしまう。
私は冷蔵庫を開けて、手ごろな飲み物を物色する。
とりあえず冷たい物を飲んで涼もう。
おや?
冷蔵庫の一番下の棚に、見慣れない白い箱が、隠すように置いてある。
無地でそこそこ大きな白い箱。
まるでケーキでも入ってそうな箱である。
私は、使い勝手が悪いので、冷蔵庫の一番下の棚を使っていない。
代わりに息子が、自分のお菓子を入れるスペースになっているのだけど……
息子が、変なことを言い出したのも、これに関係するのかもしれない。
私は中身を確認すべきか悩んで……
チラッと見ることにした。
本当はしたくないんだけど、気になって夜寝れなくなると困るので、うん。
私は優しく箱を取り出し、箱を開けてみる
そこには、ケーキと『お母さん、誕生日おめでとう』の文字が……
なるほどね。
誕生日サプライズか……
この前まで、あんなに小さかった子が、そんな事が出来るようンになったんだ……
時間が経つのは早いものだ。
でもね……
誕生日、来月なんだよね。
そりゃ、いくら考えても心当たり無いはずだよ。
私は心に沸き上がった色んな感情に蓋をして、これからすべきことを考える。
選択肢として、息子に『今日は誕生日ではない』と伝えることはできない。
ケーキを用意するほど気合が入っているのだ。
おそらくだけど、息子はリビングで誕生日会の準備をしているはずだ。
そこに残酷な事実を伝えたら、多分息子は泣く。
そして『お母さん嫌い』って言われることだろう。
反抗期張りに口を聞いてくれなくなるかもしれない
私悪くないのに……
ならば私のとる選択肢は一つ。
私の誕生日誕生日、今年から今日になります。
すぐさまこの重大な変更を、仕事中の旦那にラインで送る。
旦那経由で、息子に事実が伝われば大変な事になる。
すぐに既読が付き、『了解』の返事が来る。
これで問題ない
あとは何も知らない振りをして、息子のサプライズを迎えるだけ。
学生時代、演劇部のエースの力、見せてやる。
まったく悟られずに驚いてみせるさ。
これもすべては、愛する息子のため
バレて、泣きながら『一人でいたい』なんて言われたら大変だからね。
8/1/2024, 1:57:48 PM