G14

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7/13/2024, 3:41:24 PM

「アイツ、どこ行った!」
「まだ近くにいるはずだ、探せ」

 俺を見つけ出そうと、辺りを捜索する警備兵の二人。
 二人の男は、乱暴に周囲の物を殴り飛ばす。
 そうすることで、隠れている俺をあぶりだそうとしているのだろう。
 二人はどんどん近づいてくる。
 それに対して、俺は『近づいてきませんように』と神に祈るしかなかった。

「くそ、ここにはいないな」
「向こうに行ったかもしれない」
 だが神に祈りが通じたのか、側で隠れている俺には気づかず、二人の男たちは遠くへ去っていく。
 どうやら窮地は脱したようだ。
 俺は安心感から、大きく息を吐く。
 いったいなぜ、こんな事になってしまったのか。
 なんの役にも立たないと分かっていながら、俺は少し過去の事を思い出していた。

 ◆

 俺は、破壊工作専門のスパイ。
 基地のシステムを乗っ取って、基地の破壊の手助けをするのが俺の主な任務だ。
 俺は今まで、いくつもの基地を破壊してきた。
 俺に乗っとれないシステムは無い。

 俺は長い間この仕事を続けているが、これまでずっと失敗をしたことは無い。
 達成率100%の凄腕エージェント。
 それが俺。

 これまでも完璧、これからも完璧……
 そのはずだった。

 その基地は警備が厳重だった。
 警備の薄い基地など無いのだが、今回は特に厳重だった。
 今まで見たことがない厳重さに、俺は攻めあぐねた。
 そこで俺は、リスク高い手段を取って侵入することを選んだ。
 このまま見ていても、なにも始まらないからだ。
 しかし、それがいけなかった

 断言するが、油断は無かった。
 俺は自分の持っている技能全てを駆使し、侵入を試みた。
 リスクを取ったとはいえ、半ば成功を感触をつかんでた。
 俺にとって計算外だったのは、これまでの基地の警備兵より、この基地の警備兵がはるかに優秀だったと言う事。
 そして最新の防犯設備によって、すぐに俺の侵入が察知され、追いかけられる羽目になった。
 そして今に至る。

 ◆

 だがいつまでもこの場所にいても状況は好転しない。
 俺は自分の命すら投げうって、任務を遂行することを決意する。
 この基地のシステムさえ乗っ取れば、すぐに応援が来る。
 そうなれば、たとえ基地を破壊する前に俺が殺されることになったとしても、俺の勝利だと言うことが出来る。

 今後の方針は決まった。
 あとは実行するだけ。
 死の恐怖と戦いながら、俺は自らを奮い立たせる。

 俺は、早速周囲を伺う。
 物音一つない静けさ。
 どうやらこの辺りには警備兵はいないようだ。
 この隙に、隠れていた物陰から出る。
 はやくシステムを乗っ取って、応援を――
 
「引っ掛かったな!」
 物陰から出た瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。
 声の主は、遠くへ行ったはずの警備兵だった!
「お前は囲まれている。
 諦めるんだな」
 周囲を見渡せば、数えきれないほどの警備兵に囲まれている。
 万事休すだ。

「見つかったスパイがどうなるか……
 お前は知っているか?」
 俺を囲む包囲網が、少しずつ狭まっていく。
 どこかに突破口は無いのか?
 このままじゃ俺は……!

「スパイの末路は――それは、みじめな死だ」
 俺は大量の警備兵にもみくちゃにされ、意識が重く沈んでいくのだった。

 🤧

「うん、37度5分。
 まだ熱はあるけど、一晩寝たら直るでしょう」
「うん」
「風邪薬が効いて良かったわ」

 目の前にいる母親が、安心したように笑う。
 心配してくれたのだろう。
 なにせ私が人生で初めて風邪をひいたのだ。

 家族が揃いも揃って、『バカは風邪をひかないって言うのは嘘だったんだな』と言われた。
 失礼な話だが、私もそう思ったから何も反論できなかった。
 それほどの衝撃だった。

 それにしても、風邪をひくことがこんなに大変だとは思わなかった。
 私は今日、学校を休んだ。
 それはつまり仲のいい友達に会えないと言う事。
 やたらめった人肌が恋しい。
 みんなは私がいなくて寂しいと思ってくれるのだろうか?

 ……もしかしたら思ってくれてないかもしれない。
 いつも騒ぎすぎて、私怒られるもんな。
 うるさい私がいなくなって、『今日は静かでいいね』とか言ってるかも……
 やべ、泣きそう。

 ……はっ、いかんいかん。
 風邪をひくと、弱気になるって言うのは本当だったようだ。
 嫌なことを考えず、ポジティブな事を考えよう。
 例えば明日学校に行けばみんなに会えるとか。
 うん、元気出てきた。
 
「ああ、そうだ」
 母さんが、今思い出したと言う風に声を上げる。
「さっき、あなたのクラスメイトからお見舞いを貰ったわよ」
 と言って、私の前に大量のお菓子を渡してきた。

 私は、袋に入ったお菓子を受け取って、思わず息をのむ。
 受けっとった袋は、お菓子が詰められてパンパンに膨らんでいた。
 そして、一つ一つは大したことのない重さで軽いお菓子も、ここまで来ると少し重い。
 なんというか、これは凄いぞ。

「みんなお大事にって言ってたわよ。
 愛されているわね」

 これまでずっと我慢してきたって言うのになあ。
 私は友達の優しさに触れ、嬉しさのあまり少しだけ涙がこぼれるのだった。

7/12/2024, 3:20:36 PM

『放課後、遊びに行っていい?』

 平日の朝、一件のLINEに眉を顰める。
 メッセージの主は、友人の百合子。
 個人的は友人と呼びたくないけれど、周りから見れば友人に見えるだろう。
 不本意ながら。
 だから『一応』友人から送られた、このメッセージ自体は何らおかしいところはない。

 けれど、私は今まで奴から『遊びに行っていいい?』なんて、LINEでもらったことなどない。
 遊びに来たければ、アポもなく勝手に来るやつなのだ。
 といか当然のように毎日来るので、連絡の必要性が全くない。

 そして伝えたい事がある場合も、わざわざ私の所に来て伝えるくる。
 なので遊びのお誘いどころか、普通のLINEのやり取りすらしたことがない。
 だから今回だって、学校に来てから聞けばいいのである。
 にもかかわらず、なぜLINEを送ってくるのか。
 非常にきな臭い物を感じる。
 なにか企んでいるのだろうか?

 私は色々考えつつも、とりあえず自分の正直な気持ちをLINEで送る。
『だめ』
 これでよし。
 正直、毎日来る百合子には辟易していたのだ。
 駄目だと言っても、勝手に来る。
 言わなくても、勝手に来る
 だから、どう返しても結果が変わるとは到底思えなかったけれど、正直に私の意思を伝える。
 正直なことは大事だ。

 私のメッセージにすぐ既読がつく。
 さて、百合子はどう出る?

『分かった』
 意外にも、物わかりのよい返事。
 というか、こんなに素直な百合子は初めてだ。
 メールでは人格がタイプの人間かしら?
 普段も、ずっと素直だったらいいのに……

 どちらにせよ、これで今日の放課後の予定が空く。
 久しぶりの一人の時間。
 せっかくだから読みたかった本でも読もうかしら……
 あーすっきりした。

 ……
 …………
 だめだ。
 モヤモヤする。

 いくらなんでもおかしい。
 あの百合子がウチに来ない?
 絶対に何かある。
 だけど

『何かあった?』
 色々遠回しな言い方はないかと考えるも、結局率直に聞くことにした。
 気づかれるとは思わないけど、気にしていることがバレたらきっといじってくるだろう。
 それは避けたい。

『風邪ひいた』
 風邪ひいた。
 百合子、風邪ひくことあるんだ。
 クラスの中で、馬鹿の代名詞と評判の百合子が風邪をひく……
 非科学的ながら、百合子は風邪をひかないとばかり。
 思い込みは怖い……

 とはいえ、納得できる部分もある
 通りで百合子の様子がおかしいはずだ。
 というかさっきの質問に『いいよ』と答えたら、本当に私の家に来たのだろうか……
 来るのだろうなあ。
 だって百合子だもの。

 私が物思いに耽っていると、百合子から新しいメッセージが届く。
『風邪移さないように、学校終わったらすぐ帰るね』
 私は再び眉をしかめる。
 もしかして学校に来ようとしてる?
 風邪ひいてるのに?

 これは止めなければいけない。
 超健康優良児の百合子ですら、感染してしまった風邪ウイルス……
 そんなものが学校で広まれば、たちどころに学校閉鎖である。

『だめ。
 学校は休みなさい』
『授業受けないと』
『普段勉強しないくせに、今回だけ優等生ぶってもダメ。
 帰りがけに差し入れ持って行ってあげるから、大人しくしなさい』
 私がメッセージを送って、すぐに既読がつくが返事が返ってこない。
 長文を考えているのかと思えば、返ってきたの2文字だった。
『うい』

 まったく世話の焼ける。
 素直になったと思ったが、風邪くらいでは頑固さは治らないらしい。
 ともあれ、百合子が学校を休むなら、私は今日一日平和に過ごせるだろう。
 久しぶりの平穏、堪能することにしよう。

 私はウキウキで、玄関で靴を履き替えていると、スマホが震えて一件のLINEの通知を知らせる。
『学校を休んで風邪が治ったら、放課後遊びに行っていい?』

 百合子はどうしても、私と遊びたいらしい。
 私は仕方ないと少し笑ってから、百合子にメッセージを返す。
 
『だめ』

7/11/2024, 1:34:33 PM

 目が覚めると、自分の部屋に鹿がいた。
 しかも立派な角をはやした鹿。
 ただでさえ狭い部屋が、鹿のせいでさらに狭くなっている。
 寝ぼけた頭で『これは夢だな』と判断し、頬をつねる。
 痛い。

「気が付かれましたか?」
 へー最近の鹿ってしゃべるんだ。
 目の前の鹿が、少女のようなソプラノボイスで俺に話かけてくる。

 声だけを聴けばメスか?
 だが俺は知っている。
 角はオスの鹿だけしか持たず、メスには無い事を。

 このチグハグな状況が示すのは、ただ一つ。
 コレは夢!
 俺は頬をつねる力を、さらに増す!
 さらに痛い!

 バカな!?
 夢じゃないのか!
 俺は現実を受け入れるしかないようだ
 だが夢じゃないとしたら、なぜ鹿がここに?
 俺は少し悩んだ末、直接鹿に聞くことにした。

「えっと、どちら様?」
 噛まずに得たのは上出来だと思う。
 俺は俺を褒めてやりたい。
 だって喋る鹿を前にして動転しないことは凄い事だと思うんだ。
 世界よ、俺を褒めろ(現実逃避)

「あなたに助けてもらった鹿です。
 覚えてませんか」
「俺が助けた鹿?」
「はい」

 俺は昨晩の記憶を探る
 だが、なにも思い出せない。
 昨日の夕方、飲み屋に入ってからの記憶がない。
 飲みすぎだな、これ。
 通りで頭が痛いわけだ。

「思い出せないようですね。
 薄々そんな気はしていましたが……」
「ごめんなさい」
 俺は鹿に謝る。
 世界広しと言えども、鹿に謝るのは俺くらいだろうな。

「覚えておられないようなので、私から説明しましょう」
「お願いします」
 俺は布団の上で正座する。
 いったい何をすれば、喋る鹿をお持ち帰りすることになるのか……
 俺は気合を入れて聞かなければいけない

「昨夜の事です。
 私は無性に鹿せんべいが食べたくなり、公園のせんべい売り場に向かいました。
 しかし夜も遅く、公園には誰もいませんでした」
 気持ちはわかる。 
 深夜に無性にカップ麺食べたくなることあるもんな。
 鹿の話は続く。

「諦めて帰ろうとしたとき、あなたがやってきたのです。
 もしかしたら鹿せんべいをくれるかもと近づいたのですが、この時点であなたはかなり酔っぱらってました」
 あー全然記憶にない。
 ほんと、酒を控えないいといけないな。

「そこで私は言いました。
 『鹿せんべいをください』と……」
「えっ、人間の言葉で?」
「はい、酔っぱらっているからどうせ覚えていないだろうと。
 そして無人販売所から鹿せんべいを買って、私にくれました」
 マジかよ。
 今月は金ないのに、そんなことをしたのか。
 酒は辞めよう。
 ……明日から。

「非常に助かりました。
 鹿せんべいを食べなければ死んでしまう所でした」
「言いすぎだろ」
「そして『恩返しがしたい』というと、『じゃあ、俺の恋人になれ』と言われ、ここまで来ました。
 そして今に至ります」

 鹿の説明が終わった。
 知りたいことは全て知れたが、知りたくないことも知ってしまった。
 俺、酔っぱらって鹿を口説いてた。
 しかもオスの……
 自分の馬鹿さ加減に辟易する。
 やっぱり酒は今日からやめるべきだな。

「どうかしましたか?」
「あんたはいいのか?
 恋人同士になるのは?」
「『鹿せんべいをたらふく食わせてやるよ』と言われましたので」
「俺、そんなこと言ったのかよ。
 ああ、そうじゃなくて男同士でいいのかって事」
「私、メスですよ……」
「えっ」
 話がかみ合わない。
 待て待て、その立派な角はなんだ!
 オス以外の何だと言うんだ。

「あっ、もしかしてこの角の事ですか?」
「そうだ」
「この角は着脱式です」
「……はい?」
「最近メスの間で、オスの真似をするのが流行っているんです。
 人間の言葉で言うと――コスプレってやつですね」
「へえー」
 そういうと、どういう仕組みかポロっと角が取れる。
 よく見れば確かにおもちゃっぽい感じはある。
 はい、これを角が無いメスがつけて、コスプレしてたと……

 ……うん、やっぱ夢だな、コレ。
 何もかも意味が分からない。
 俺は頬をつねる。
 やっぱり痛かった。

「あ、そうだ」
 鹿がそういうと、どこから出したのか葉っぱを頭の上に乗せていた。
「ちょっと人間になりますね」
 俺が返事する間もなく、鹿は「ぼよよーん」という効果音ともに煙に包まれる。
 唖然する俺の前に現れたのは、目が覚めるような美少女だった。

「成功ですね。
 知り合いの狸に教えてもらったんですよ。
 どうですか?
 変なところはありませんか?」
 怒涛の展開に、俺は混乱しつつも、言うべきことははっきりと言う
「ええと、綺麗だと思います、はい」
「ありがとうございます」
 俺の答えに満足したのか、元鹿の美少女は嬉しそうに笑う。
 その笑顔に俺は、急に現実感を失う。

 これはきっと夢だ。
 俺はまた頬をつねろうとして――
 しかし頬をつねる前に、彼女に手を取られてしまう
 握られた手から、彼女の熱を感じる。
 どうやら夢じゃないらしい。

「ではいきましょうか?」
「行く?
 どこへ?」
「決まっています。
 デートです、デート」

 デート。
 なんて甘美な響き。
 女性と付き合った事がない自分にとって、こんなかわいい子がデートしてくれるんて夢のようだ。
 ていうかもう夢でもいい。

「ふふふ、約束通り鹿せんべい買ってくださいね」
 彼女の言葉に、今の懐事情をを思い出し、一気に夢から目が覚める思いがしたのだった。

7/10/2024, 1:38:31 PM

 私と拓哉は付き合っている。
 拓哉の隣が、私の定位置。
 自分で言うのもなんだがラブラブだ。

 運命のいたずらで、合えない日が続いたこともあったけど、そんなものは愛の前では無意味。
 何人たりとも私たちの仲は引き裂けない。
 だって私たちは運命の赤い糸で結ばれているから。
 きっと生まれる前から一緒にいることが決まっていて、神様もそれが祝福してくれている。

 同棲して一日中一緒にいたいけど、私たちは高校生
 親からは許してもらってないけど、、高校卒業したらいいって言われてる。
 大学だって一緒の所に行く。
 私たちは離れてもいい時間なんて無いのだ。

 今日も私は拓哉の隣にいる。
 私が当たり前の様に拓哉のそばにいて、拓哉もそれが当たり前だと思っている。
 私は幸せだった。
 これからもずっと、それが当たり前の様に続くと信じていた。

 けれど、その当たり前が足元から崩れ去る経験をした。
 ある日、学校から帰って自分の部屋に戻って拓哉と電話しようと思っていた時の事。
 居間から母さんが出てきて、玄関で呼び止められた。

「咲夜、話があるから居間に来なさい」
 そう言い残して、部屋に戻る母。
 一体何の用だろう?
 この前の小テストの点数が悪かったことががバレたかな
 私はビクビクしつつ、居間に入る。

 そこにいたのは、私を呼んだ母と、普段は夜遅くまで仕事で滅多に帰ってこない父がいた。
 まさか父までいるとは……
 本当に何の話だ?

 背中に嫌な汗が流れる。
 このまま逃げたい衝動に駆られるが、そうもいかない。
 私は覚悟を決めて、テーブルをはさんで、両親とは反対側に座る。

「母さん、父さん、話しって何?」
 私は極力平静を装って両親に尋ねる。
 すると母さんが、気まずそうな顔で私を見た。

「実はね、拓哉君のことで話があるの」
 拓哉の事?
 もしや結婚を認めてくれて――
 なんてお気楽な話題ではないことは、両親の顔を見れば明白。
 聞きたくないなあ。

「父さんから話そう。
 咲夜、よく聞きなさい。
 拓哉君と別れ――」
 気付けば私は父さんを殴っていた。
 殴られた父さんは、そのまま床に倒れ、動かなくなる。
 父さんはたった今、父さんだった物になってしまった。
 惜しい人を亡くしてしまった。
 でも仕方がないことなんだ。
 私と拓哉の仲を邪魔する奴は、親だって許さない。

「咲夜、いきなり殴るとは何事だ」
 父さんは勢いよく起き上がり、私に怒号を飛ばす。
 チッ、生きてたか。
 殺すつもりで殴ったんだけど、私も詰めが甘い。

「おい、母さん!
 今の見たよな!
 母さんからも言ってくれ!」
 父さんは母に向かってツバを飛ばしながら叫ぶ。
 だが母さんは、興奮している父さんに静かにほほ笑みかけて――引っぱたいた

「あなた、咲夜は拓哉君の事になると、周りが見えなくなるって知ってますよね」
「え?」
「そして自分に任せろと言っておいて、この有様ですか?
 がっかりです」
「スイマセン」
「私が話します。
 あなたはそこで黙って座っていて下さい」
「ハイ」
 父は、母に叱られてしょんぼり肩を落とす。
 ざまあ。
 私と拓哉の仲を裂く奴は、地獄に落ちればいいのだ。

「咲夜、話の続きだけど……」
 私が心の中でガッツポーズしていると、母さんがこっちを見る。
(まさか、母さんまで『別れろ』と言わないよね)
 内心ビビりながら、母さんの言葉の続きを待つ。

「父さんが言った、『拓哉君と別れる』という話。
 今のままなら本当に別れてもらうかもしれません」
 それを聞いた瞬間、私の体は沸騰したように熱くなった。
「……どういう事?
 母さんでも許さないよ」
「話しを聞きなさい。
 『このままでは』と言ったでしょう。
 短気なところは父さんに似たのね」

 母が私をたしなめるように叱る。
 というか、私が父親似?
 めちゃくちゃ嫌だ。
 これから気を付けよう。

「落ち着いた?
 じゃあ最初から話すわね。
 咲夜、あなたは拓哉君と一緒の大学に行きたい。
 そうですね?」
「うん」
「この前、たまたま拓哉君の両親に会って聞いたのだけど……
 拓哉君の志望校、あなたの学力では無理です」
「あがあ」

 母さんから告げられる衝撃の事実にショックを受ける。
 でも知らなかったわけじゃない。
 拓哉は私より、はるかに頭がいい。
 今まで見て見ぬふりをしていただけだ。

「だから咲夜は、受ける大学を変える必要があるんだけど……」
「待って、そこは愛の力で、なんとか……」
「『愛の力』ねえ」
 母が含みのある笑みを浮かべる。
 てっきり『無理だ』とばかり言われるものだと思っていたから、母の笑みがとてつもなく不気味に見える。

「そうね、おめでとう。
 あなたたちは愛の力で同じ大学に行けるわ」
 母の言っていることが理解できず、ぽかんとする。
 だってさっき私の学力では無理だって……
 まさか――

「拓哉、大学のランクを落とすの?」
 現状、同じ大学に行くにはそれしかない。
 だけどそれは……

「拓哉君のお母さんに聞いた限りでは、変えるらしいわ」
「でも拓哉、夢があるって言ってた。
 受ける大学を変えるっていうのは……」
「そうよ、拓哉君は夢よりもあなたを取ったのよ」
 母の言葉を聞いた瞬間、私の頭は真っ白になる。
 私のために、夢を諦める?
 それは絶対にダメ。

「そ、そんなの間違ってる!
 拓哉は夢を追うべき!」
「母さんもそう思うわ。
 そこでさっきの話に繋がるのよ。
 『拓哉君と別れる』。
 そうすれば、拓哉君は安心して夢を追いかけることが出来るわ」
「そんな……」
 私の頭の仲はぐちゃぐちゃになる。

 別れなければ、このまま拓哉と一緒だけど、拓哉は夢を諦める。
 別れれば、拓哉と一緒にいられないけど、拓哉は夢を叶えることが出来る。
 なんて残酷な二択。
 こんなの選べるわけが……

「そこで、母さんは他の選択肢を提示します」
「え?」
「それは、あなたが今から猛勉強して成績を上げる事。
 そうすれば拓哉君も志望校に行けて、咲夜も恋人同士のまま」
 「いい考えでしょう?」と母は私に笑いかける。
 でもその選択肢は致命的な欠点がある。

「私、控えめにいってバカなんだけど……」
「安心しなさい。
 あなたは一年生。
 塾に行けば、」
「でも追いつけるかな」
「そこは愛の力で何とかするのよ」
 母は笑いながら父の方を見ると、父は恥ずかしそうに目をそらす。

「もしかして、父さんが愛の力でなんとかしちゃった感じ?」
「そうなのよ。 
 あの時の父さん、とても情熱的だったわ。
 聞きたい?」
「聞きたい!」
「その話はいいだろ!」
 これ以上続けると、父が怒りそうなのでこの話題は終了。
 後でこっそり聞いておこう。

「咲夜、拓哉くんの隣にいたいなら頑張りなさい。
 『当たり前』というのは、なんとなくそこにあるものじゃないの。
 努力して手に入れる物なの」
「母さん……」
 母さんの言う通りだ。

 拓哉と付き合う時だって、私が精いっぱいアピールして勝ち取った関係なのだ。
 最初からそうだったわけじゃない。
 なんでこんな大事なことを忘れていたのか
 この関係を変えないために、私は変わらないといけない時が来たようだ

 勉強はちょーーーとばかり苦手だけど、拓哉のためなら頑張れる。
 私の当たり前が、ずっと当たり前のままであるように。
 拓哉と一緒にいられるように。

 それに拓哉に勉強教えてもられば、さらに一緒の時間を過ごすことが出来る
 まさに一石二鳥。
 よーし、勉強頑張るぞ

7/9/2024, 1:26:36 PM

『街の灯り』

 俺の名前は五条英雄
 私立探偵をやってる。
 といってもアニメのように、難解な殺人事件を扱うことは無い。
 なぜなら日本は平和であり、警察が困るような事件は年に何件もない。

 だが探偵とは謎を解き明かすだけが、存在意義ではない
 人々の不安に寄り添い、闇を振り払う。
 街の灯りを灯すように心に火を灯すのが、『探偵』という仕事だと思っている
 
 そんな俺の事務所には毎日、いろんな依頼が飛び込む。
 一見雑用にしか見えない依頼もあるが、手を抜いたりしない。
 俺はどんな依頼にも真剣に取り組む。
 この世界に手を抜いていい仕事など無いのだ。

 というわけで、俺は街に灯り(物理)を灯すため、街灯の交換に勤しんでいた。
 依頼主は街灯の保守会社。
 最近の酷暑で人が倒れるわ、他の場所で緊急の工事が入るわで、人手が足りなくなったらしい。
 そこでウチの事務所に依頼が来たのだ。

 いくらなんでも探偵の仕事だとは思えないのだが、しかし断る理由もない。
 困っている人がいて、自分以外に頼る人がいないと言れば探偵は動くのだ。
 依頼料も色を付けてくれたので文句なしである。

 なお、部外者の俺がやっていい事かは知らん。
 だがこういう時にぴったりの言葉がある。
『藪をつついて蛇を出す』
 つまり、変に深く聞いたら、仕事が無くなる可能性がある。
 無くなると俺が困るので、聞かない。
 そういう事だ。
 何かあっても、向こうが何とかするだろう。

 そんなことを考えながら、街灯の交換を進めていく。
 俺は街灯交換に関しては全くの素人なので、補助しかしていない。
 それにも関わらず、俺の体は汗を滝のように流す。
 作業の親方の指示で、こまめに休憩をはさんで作業を進めるものの、炎天下の作業は非常につらい。
 これだけ暑ければ、人も倒れるわけだ。
 地球温暖化、恐るべし。

 そして俺はなんとか無事に仕事を終えるも、体は疲労でいっぱいだった。
 少し休むために、近くにあった公園のベンチに腰を下ろす。
 体が鉛のように思い。
 なんとなく空を見上げれば赤い空。
 もう少し涼しくなってから動こう。
 そう思っていると、遠くから近づいてくる人間が見えた。

「先生、お疲れ様です」
 助手である。
 奴は、いかにも『今日は暑かったですね』という顔で俺を労うが、騙されてはいけない。
 助手は街灯交換に参加してないのだ。

 今朝になって『暑いのは駄目なので勘弁してください』と言って、NGを出したのである。
 仕事を選り好みするのはどうかと思ったが、今日は猛暑の予報だったのでさすがに無理強いするのは止めた。
 苦手な人間に無理やりやらせて、倒れられても困る。
 労災の手続きは面倒なのだ。

 その代わり、俺が苦手な書類仕事をやってもらうことにした。
 お互い苦手なことせず、得意な仕事を行う。
 これぞ適材適所。
 なので助手は今も涼しい事務所で書類仕事をしているはずなのだが……

「先生、これを」
 思案していると、助手は俺の前に缶を差し出してきた。
 スポドリだろうか?
「ありがとう、気が利くな」
 そう言って受け取ると――それは消臭スプレーだった。

 ……おまえ、俺が汗臭いと言うのか?
 っていうか、普通スポドリを持ってくるのが筋じゃね?
 俺、暑い中頑張ったんだぞ。

 俺が目で訴えると、助手は何事も無かったように、キンキンに冷えたスポドリの缶を差し出してくる。
 最初から出せよと思うのだが、ありがたいのは事実なのでお礼を言って受け取る。

 俺はごくごくと、受け取ったスポドリを飲み干す。
 キンキンに冷えたスポドリは、乾燥した体中に染みわたる。
 さっきまで重たかった体が軽くなっていく。

「ぷはー、生き返る……
 で、お前何しに来たの?」
「家に帰る途中です。
 遠くから見かけたので、恩を売るために飲み物持って来ました」
「おまえ、嘘でも『心配した』って言えよ。
 まあ、いいや。
 書類終わったのか?」
「緊急性の高い書類を優先的に終わらせて、退勤時間になったので事務所を出てきました」
「……相変わらず要領良いな」
「先生が要領悪いんですよ」
 助手はなんてことないと言う風に笑うが、

「ああ、この公園に寄ったのは、もう一つ理由があります」
 そう言って、助手は俺の隣に座ろうとして――
 消臭スプレーを俺から奪い取り、俺にこれでもかと吹きかける。
 ゴメン。

「アレを見てください」
 俺に満足するまでスプレーした助手は、住宅街の方を指差す。
 そこにはたくさんの住宅が立ち並び、日没間近ということもあって、ポツポツと光が付いていた。

「日没の時間までに帰れた時、いつもここでこの様子を見るんです」
 助手が話している間も、一つまた一つと光が増えてく。
「この風景を見ると思うんです。
 自分たちのしていることは、ちゃんと誰かのためになっている。
 自分はこの街の一員なんだって、自信が持てるんです」
「分かるよ」
 俺は助手に同意する。

 探偵をしていると、人間の闇を見る事なんて普通だ。
 『探偵をやっていると人間不信になる』とういうのは有名な話だ。
 俺も人間の汚さに嫌気がさして、何度も探偵を辞めてやろうかと思った事だろう。
 でも辞めなかった。
 闇も多いが、感謝されることも多いのだ。
 ベットと飼い主の感動の再会は、見てて嬉しい。
 それを見るたびに、俺は『誰かのために働いている』と確信を持てる。
 コレだから探偵は止められない。

 助手と一緒に街の様子を眺めていると、後ろから「ぶうん」という音が聞こえた。
 振り返れば、そこには俺自身が交換した街灯があった。
 親方に『せっかくだからお前もやってみろ』と言われ、いい機会だとやってみたのだ。
 この街灯は、きっと誰かの役に立つのだろう。
 悪くない気分だった。

 俺は満足感を胸に抱きながら、もう一度住宅街の方に視線を戻す。
 住宅街のたくさんの街の灯りが、俺たちを明るく照らしていた。

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