「アイツ、どこ行った!」
「まだ近くにいるはずだ、探せ」
俺を見つけ出そうと、辺りを捜索する警備兵の二人。
二人の男は、乱暴に周囲の物を殴り飛ばす。
そうすることで、隠れている俺をあぶりだそうとしているのだろう。
二人はどんどん近づいてくる。
それに対して、俺は『近づいてきませんように』と神に祈るしかなかった。
「くそ、ここにはいないな」
「向こうに行ったかもしれない」
だが神に祈りが通じたのか、側で隠れている俺には気づかず、二人の男たちは遠くへ去っていく。
どうやら窮地は脱したようだ。
俺は安心感から、大きく息を吐く。
いったいなぜ、こんな事になってしまったのか。
なんの役にも立たないと分かっていながら、俺は少し過去の事を思い出していた。
◆
俺は、破壊工作専門のスパイ。
基地のシステムを乗っ取って、基地の破壊の手助けをするのが俺の主な任務だ。
俺は今まで、いくつもの基地を破壊してきた。
俺に乗っとれないシステムは無い。
俺は長い間この仕事を続けているが、これまでずっと失敗をしたことは無い。
達成率100%の凄腕エージェント。
それが俺。
これまでも完璧、これからも完璧……
そのはずだった。
その基地は警備が厳重だった。
警備の薄い基地など無いのだが、今回は特に厳重だった。
今まで見たことがない厳重さに、俺は攻めあぐねた。
そこで俺は、リスク高い手段を取って侵入することを選んだ。
このまま見ていても、なにも始まらないからだ。
しかし、それがいけなかった
断言するが、油断は無かった。
俺は自分の持っている技能全てを駆使し、侵入を試みた。
リスクを取ったとはいえ、半ば成功を感触をつかんでた。
俺にとって計算外だったのは、これまでの基地の警備兵より、この基地の警備兵がはるかに優秀だったと言う事。
そして最新の防犯設備によって、すぐに俺の侵入が察知され、追いかけられる羽目になった。
そして今に至る。
◆
だがいつまでもこの場所にいても状況は好転しない。
俺は自分の命すら投げうって、任務を遂行することを決意する。
この基地のシステムさえ乗っ取れば、すぐに応援が来る。
そうなれば、たとえ基地を破壊する前に俺が殺されることになったとしても、俺の勝利だと言うことが出来る。
今後の方針は決まった。
あとは実行するだけ。
死の恐怖と戦いながら、俺は自らを奮い立たせる。
俺は、早速周囲を伺う。
物音一つない静けさ。
どうやらこの辺りには警備兵はいないようだ。
この隙に、隠れていた物陰から出る。
はやくシステムを乗っ取って、応援を――
「引っ掛かったな!」
物陰から出た瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。
声の主は、遠くへ行ったはずの警備兵だった!
「お前は囲まれている。
諦めるんだな」
周囲を見渡せば、数えきれないほどの警備兵に囲まれている。
万事休すだ。
「見つかったスパイがどうなるか……
お前は知っているか?」
俺を囲む包囲網が、少しずつ狭まっていく。
どこかに突破口は無いのか?
このままじゃ俺は……!
「スパイの末路は――それは、みじめな死だ」
俺は大量の警備兵にもみくちゃにされ、意識が重く沈んでいくのだった。
🤧
「うん、37度5分。
まだ熱はあるけど、一晩寝たら直るでしょう」
「うん」
「風邪薬が効いて良かったわ」
目の前にいる母親が、安心したように笑う。
心配してくれたのだろう。
なにせ私が人生で初めて風邪をひいたのだ。
家族が揃いも揃って、『バカは風邪をひかないって言うのは嘘だったんだな』と言われた。
失礼な話だが、私もそう思ったから何も反論できなかった。
それほどの衝撃だった。
それにしても、風邪をひくことがこんなに大変だとは思わなかった。
私は今日、学校を休んだ。
それはつまり仲のいい友達に会えないと言う事。
やたらめった人肌が恋しい。
みんなは私がいなくて寂しいと思ってくれるのだろうか?
……もしかしたら思ってくれてないかもしれない。
いつも騒ぎすぎて、私怒られるもんな。
うるさい私がいなくなって、『今日は静かでいいね』とか言ってるかも……
やべ、泣きそう。
……はっ、いかんいかん。
風邪をひくと、弱気になるって言うのは本当だったようだ。
嫌なことを考えず、ポジティブな事を考えよう。
例えば明日学校に行けばみんなに会えるとか。
うん、元気出てきた。
「ああ、そうだ」
母さんが、今思い出したと言う風に声を上げる。
「さっき、あなたのクラスメイトからお見舞いを貰ったわよ」
と言って、私の前に大量のお菓子を渡してきた。
私は、袋に入ったお菓子を受け取って、思わず息をのむ。
受けっとった袋は、お菓子が詰められてパンパンに膨らんでいた。
そして、一つ一つは大したことのない重さで軽いお菓子も、ここまで来ると少し重い。
なんというか、これは凄いぞ。
「みんなお大事にって言ってたわよ。
愛されているわね」
これまでずっと我慢してきたって言うのになあ。
私は友達の優しさに触れ、嬉しさのあまり少しだけ涙がこぼれるのだった。
7/13/2024, 3:41:24 PM