G14

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 目が覚めると、自分の部屋に鹿がいた。
 しかも立派な角をはやした鹿。
 ただでさえ狭い部屋が、鹿のせいでさらに狭くなっている。
 寝ぼけた頭で『これは夢だな』と判断し、頬をつねる。
 痛い。

「気が付かれましたか?」
 へー最近の鹿ってしゃべるんだ。
 目の前の鹿が、少女のようなソプラノボイスで俺に話かけてくる。

 声だけを聴けばメスか?
 だが俺は知っている。
 角はオスの鹿だけしか持たず、メスには無い事を。

 このチグハグな状況が示すのは、ただ一つ。
 コレは夢!
 俺は頬をつねる力を、さらに増す!
 さらに痛い!

 バカな!?
 夢じゃないのか!
 俺は現実を受け入れるしかないようだ
 だが夢じゃないとしたら、なぜ鹿がここに?
 俺は少し悩んだ末、直接鹿に聞くことにした。

「えっと、どちら様?」
 噛まずに得たのは上出来だと思う。
 俺は俺を褒めてやりたい。
 だって喋る鹿を前にして動転しないことは凄い事だと思うんだ。
 世界よ、俺を褒めろ(現実逃避)

「あなたに助けてもらった鹿です。
 覚えてませんか」
「俺が助けた鹿?」
「はい」

 俺は昨晩の記憶を探る
 だが、なにも思い出せない。
 昨日の夕方、飲み屋に入ってからの記憶がない。
 飲みすぎだな、これ。
 通りで頭が痛いわけだ。

「思い出せないようですね。
 薄々そんな気はしていましたが……」
「ごめんなさい」
 俺は鹿に謝る。
 世界広しと言えども、鹿に謝るのは俺くらいだろうな。

「覚えておられないようなので、私から説明しましょう」
「お願いします」
 俺は布団の上で正座する。
 いったい何をすれば、喋る鹿をお持ち帰りすることになるのか……
 俺は気合を入れて聞かなければいけない

「昨夜の事です。
 私は無性に鹿せんべいが食べたくなり、公園のせんべい売り場に向かいました。
 しかし夜も遅く、公園には誰もいませんでした」
 気持ちはわかる。 
 深夜に無性にカップ麺食べたくなることあるもんな。
 鹿の話は続く。

「諦めて帰ろうとしたとき、あなたがやってきたのです。
 もしかしたら鹿せんべいをくれるかもと近づいたのですが、この時点であなたはかなり酔っぱらってました」
 あー全然記憶にない。
 ほんと、酒を控えないいといけないな。

「そこで私は言いました。
 『鹿せんべいをください』と……」
「えっ、人間の言葉で?」
「はい、酔っぱらっているからどうせ覚えていないだろうと。
 そして無人販売所から鹿せんべいを買って、私にくれました」
 マジかよ。
 今月は金ないのに、そんなことをしたのか。
 酒は辞めよう。
 ……明日から。

「非常に助かりました。
 鹿せんべいを食べなければ死んでしまう所でした」
「言いすぎだろ」
「そして『恩返しがしたい』というと、『じゃあ、俺の恋人になれ』と言われ、ここまで来ました。
 そして今に至ります」

 鹿の説明が終わった。
 知りたいことは全て知れたが、知りたくないことも知ってしまった。
 俺、酔っぱらって鹿を口説いてた。
 しかもオスの……
 自分の馬鹿さ加減に辟易する。
 やっぱり酒は今日からやめるべきだな。

「どうかしましたか?」
「あんたはいいのか?
 恋人同士になるのは?」
「『鹿せんべいをたらふく食わせてやるよ』と言われましたので」
「俺、そんなこと言ったのかよ。
 ああ、そうじゃなくて男同士でいいのかって事」
「私、メスですよ……」
「えっ」
 話がかみ合わない。
 待て待て、その立派な角はなんだ!
 オス以外の何だと言うんだ。

「あっ、もしかしてこの角の事ですか?」
「そうだ」
「この角は着脱式です」
「……はい?」
「最近メスの間で、オスの真似をするのが流行っているんです。
 人間の言葉で言うと――コスプレってやつですね」
「へえー」
 そういうと、どういう仕組みかポロっと角が取れる。
 よく見れば確かにおもちゃっぽい感じはある。
 はい、これを角が無いメスがつけて、コスプレしてたと……

 ……うん、やっぱ夢だな、コレ。
 何もかも意味が分からない。
 俺は頬をつねる。
 やっぱり痛かった。

「あ、そうだ」
 鹿がそういうと、どこから出したのか葉っぱを頭の上に乗せていた。
「ちょっと人間になりますね」
 俺が返事する間もなく、鹿は「ぼよよーん」という効果音ともに煙に包まれる。
 唖然する俺の前に現れたのは、目が覚めるような美少女だった。

「成功ですね。
 知り合いの狸に教えてもらったんですよ。
 どうですか?
 変なところはありませんか?」
 怒涛の展開に、俺は混乱しつつも、言うべきことははっきりと言う
「ええと、綺麗だと思います、はい」
「ありがとうございます」
 俺の答えに満足したのか、元鹿の美少女は嬉しそうに笑う。
 その笑顔に俺は、急に現実感を失う。

 これはきっと夢だ。
 俺はまた頬をつねろうとして――
 しかし頬をつねる前に、彼女に手を取られてしまう
 握られた手から、彼女の熱を感じる。
 どうやら夢じゃないらしい。

「ではいきましょうか?」
「行く?
 どこへ?」
「決まっています。
 デートです、デート」

 デート。
 なんて甘美な響き。
 女性と付き合った事がない自分にとって、こんなかわいい子がデートしてくれるんて夢のようだ。
 ていうかもう夢でもいい。

「ふふふ、約束通り鹿せんべい買ってくださいね」
 彼女の言葉に、今の懐事情をを思い出し、一気に夢から目が覚める思いがしたのだった。

7/11/2024, 1:34:33 PM