『街の灯り』
俺の名前は五条英雄
私立探偵をやってる。
といってもアニメのように、難解な殺人事件を扱うことは無い。
なぜなら日本は平和であり、警察が困るような事件は年に何件もない。
だが探偵とは謎を解き明かすだけが、存在意義ではない
人々の不安に寄り添い、闇を振り払う。
街の灯りを灯すように心に火を灯すのが、『探偵』という仕事だと思っている
そんな俺の事務所には毎日、いろんな依頼が飛び込む。
一見雑用にしか見えない依頼もあるが、手を抜いたりしない。
俺はどんな依頼にも真剣に取り組む。
この世界に手を抜いていい仕事など無いのだ。
というわけで、俺は街に灯り(物理)を灯すため、街灯の交換に勤しんでいた。
依頼主は街灯の保守会社。
最近の酷暑で人が倒れるわ、他の場所で緊急の工事が入るわで、人手が足りなくなったらしい。
そこでウチの事務所に依頼が来たのだ。
いくらなんでも探偵の仕事だとは思えないのだが、しかし断る理由もない。
困っている人がいて、自分以外に頼る人がいないと言れば探偵は動くのだ。
依頼料も色を付けてくれたので文句なしである。
なお、部外者の俺がやっていい事かは知らん。
だがこういう時にぴったりの言葉がある。
『藪をつついて蛇を出す』
つまり、変に深く聞いたら、仕事が無くなる可能性がある。
無くなると俺が困るので、聞かない。
そういう事だ。
何かあっても、向こうが何とかするだろう。
そんなことを考えながら、街灯の交換を進めていく。
俺は街灯交換に関しては全くの素人なので、補助しかしていない。
それにも関わらず、俺の体は汗を滝のように流す。
作業の親方の指示で、こまめに休憩をはさんで作業を進めるものの、炎天下の作業は非常につらい。
これだけ暑ければ、人も倒れるわけだ。
地球温暖化、恐るべし。
そして俺はなんとか無事に仕事を終えるも、体は疲労でいっぱいだった。
少し休むために、近くにあった公園のベンチに腰を下ろす。
体が鉛のように思い。
なんとなく空を見上げれば赤い空。
もう少し涼しくなってから動こう。
そう思っていると、遠くから近づいてくる人間が見えた。
「先生、お疲れ様です」
助手である。
奴は、いかにも『今日は暑かったですね』という顔で俺を労うが、騙されてはいけない。
助手は街灯交換に参加してないのだ。
今朝になって『暑いのは駄目なので勘弁してください』と言って、NGを出したのである。
仕事を選り好みするのはどうかと思ったが、今日は猛暑の予報だったのでさすがに無理強いするのは止めた。
苦手な人間に無理やりやらせて、倒れられても困る。
労災の手続きは面倒なのだ。
その代わり、俺が苦手な書類仕事をやってもらうことにした。
お互い苦手なことせず、得意な仕事を行う。
これぞ適材適所。
なので助手は今も涼しい事務所で書類仕事をしているはずなのだが……
「先生、これを」
思案していると、助手は俺の前に缶を差し出してきた。
スポドリだろうか?
「ありがとう、気が利くな」
そう言って受け取ると――それは消臭スプレーだった。
……おまえ、俺が汗臭いと言うのか?
っていうか、普通スポドリを持ってくるのが筋じゃね?
俺、暑い中頑張ったんだぞ。
俺が目で訴えると、助手は何事も無かったように、キンキンに冷えたスポドリの缶を差し出してくる。
最初から出せよと思うのだが、ありがたいのは事実なのでお礼を言って受け取る。
俺はごくごくと、受け取ったスポドリを飲み干す。
キンキンに冷えたスポドリは、乾燥した体中に染みわたる。
さっきまで重たかった体が軽くなっていく。
「ぷはー、生き返る……
で、お前何しに来たの?」
「家に帰る途中です。
遠くから見かけたので、恩を売るために飲み物持って来ました」
「おまえ、嘘でも『心配した』って言えよ。
まあ、いいや。
書類終わったのか?」
「緊急性の高い書類を優先的に終わらせて、退勤時間になったので事務所を出てきました」
「……相変わらず要領良いな」
「先生が要領悪いんですよ」
助手はなんてことないと言う風に笑うが、
「ああ、この公園に寄ったのは、もう一つ理由があります」
そう言って、助手は俺の隣に座ろうとして――
消臭スプレーを俺から奪い取り、俺にこれでもかと吹きかける。
ゴメン。
「アレを見てください」
俺に満足するまでスプレーした助手は、住宅街の方を指差す。
そこにはたくさんの住宅が立ち並び、日没間近ということもあって、ポツポツと光が付いていた。
「日没の時間までに帰れた時、いつもここでこの様子を見るんです」
助手が話している間も、一つまた一つと光が増えてく。
「この風景を見ると思うんです。
自分たちのしていることは、ちゃんと誰かのためになっている。
自分はこの街の一員なんだって、自信が持てるんです」
「分かるよ」
俺は助手に同意する。
探偵をしていると、人間の闇を見る事なんて普通だ。
『探偵をやっていると人間不信になる』とういうのは有名な話だ。
俺も人間の汚さに嫌気がさして、何度も探偵を辞めてやろうかと思った事だろう。
でも辞めなかった。
闇も多いが、感謝されることも多いのだ。
ベットと飼い主の感動の再会は、見てて嬉しい。
それを見るたびに、俺は『誰かのために働いている』と確信を持てる。
コレだから探偵は止められない。
助手と一緒に街の様子を眺めていると、後ろから「ぶうん」という音が聞こえた。
振り返れば、そこには俺自身が交換した街灯があった。
親方に『せっかくだからお前もやってみろ』と言われ、いい機会だとやってみたのだ。
この街灯は、きっと誰かの役に立つのだろう。
悪くない気分だった。
俺は満足感を胸に抱きながら、もう一度住宅街の方に視線を戻す。
住宅街のたくさんの街の灯りが、俺たちを明るく照らしていた。
七月七日、日本某所にて。
普段は観光客で賑やかなこの場所も、深夜となれば静けさが支配していた。
日付が変わる変わらないかという時間帯では、観光客などどこにもいない。
まるで人間など、世界から消え去ったような錯覚を覚えるほどだ。
だが七夕の夜、そこにはたくさんの蠢く影があった。
鹿である。
鹿たちは一匹残らず、空を見上げていた。
普段は愛嬌を振りまく可愛らしい目も、空を見つめる目に高い知性を感じさせた。
一見して異様な光景であるが、彼らは何かを待っているようにも見える。
そのな異常な光景を前に、息を殺して近づく男がいた
もちろん、こんな夜更けに出歩く人間などまともではない。
彼は『不思議な鹿がいる』という噂を聞きつけ、やって来た。
鹿を捕まえて見世物にし、お金を稼ごうとする魂胆である。
そして彼には、動物愛護の精神など無い。
金を稼げるのであれば、他人の非難を気にしないタイプである。
鹿を限界まで酷使し荒稼ぎすることで、楽に金持ちの仲間入りをすることを夢い見ていた。
だがうまい話はない。
鹿たちを覗こうとしたとき、彼はその場に倒れるように気絶してしまった。
天罰が下ったのだ。
鹿は神の使い。
その小さな体にすさまじい神気を蓄えているが、昼間は抑えている。
なぜなら普通の人間がその神気を浴びてしまえば、たちどころに倒れてしまうから……
鹿にとっても不本意なことなので、普段は人間のために抑えている。
だが今は夜。
人間たちはおらず、鹿たちも神気を抑えてなどいない。
男は神気を無防備に浴びてしまい、その神気に耐え切れずそのまま気絶してしまったのである。
男たちが倒れた後も、彼らは待ち続けた。
どれほど待っただろうか……
不意に、なにかが落ちてくる。
落ちてきたもの――それは鹿せんべいだった。
鹿たちは、それを見て厳かに頭《こうべ》を垂れる。
「七夕様、恵みを感謝します」
鹿の中の一匹が言葉を発する。
鹿がしゃべると言う異常事態だが、それを指摘するものは誰もいない。
この場にいる唯一の人間は、哀れにも気絶しているからだ。
鹿は感謝を述べた後、その中の一匹が前に出て来て、静かに落ちてきたせんべいを食べる。
昼間の様に一枚の鹿せんべいに群がるような真似はしない。
それは高い知性を隠すための、人間に対する擬態なのだ。
鹿は食べ終わると静かに後ろに下がる。
すると新しい鹿せんべいが落ちてきて、別の鹿が前に出る。
その鹿がせんべいを食べ、またせんべいが落ちる。
それを幾度も繰り返し、全ての鹿にせんべいが行き渡る。
これが毎年、七夕の夜に行われる鹿たちの儀式。
鹿たちの『ゆっくり鹿せんべいが食べたい』という願いを、七夕が叶える。
七夕は特別な夜なのだ
鹿たちは願いが叶った事に感謝し、再び頭を垂れる。
それが儀式終了の合図。
そして鹿たちは、再び一枚の鹿せんべいに群がる生活に戻るのであった。
私は友人の沙都子の部屋で、いつものようにお菓子をつまみゲーム興じていた時の事。
良いところまでプレイし、ティーブレイクで一息ついていると、あることを思い出した。
「ねえ沙都子、ちょっといい?」
「なによ百合子、私のお菓子まで食べようって言うの?」
「そうじゃなくってさ。
宿題の作文はもう書いた?
『友達の思い出』がテーマのヤツ」
私は、先日学校で出された宿題の話題を出す。
正直に言って、作文なんて小学生の宿題だろうと思し、テーマも小学生でありそうなやつだ。
私たち高校生には相応しくないと信じて疑わないのだが、国語教師はそうは思わなかったらしい。
クラスの反対意見を封殺し、権力を持って押し通したのだ。
大人ってずるいよね
私が世の中の不条理に憤っていると、沙都子は優しく笑う。
「もう書いたわ」
「早いなあ」
相変わらずの沙都子の優等生ぷりに感心する。
私は作文を書くのが苦手なので、純粋に羨ましい。
私も、沙都子くらい書けたら――
いい事思いついた。
「ねえ、沙都子の書いた作文、ちょっと見せて」
「……なぜかしら?」
「まだ書いてなくってさ。
沙都子の作文を参考にしたいんだ」
半分本当で、半分嘘。
沙都子の作文を読んで参考にするのと、私が純粋に読みたいから。
作文のテーマは『友達の思い出』。
そして沙都子の一番の友人は私。
導き出される答えは、『沙都子は私の事を書いている』。
簡単な推理である。
これを読めば、沙都子が私の事をどう思っているのか分かるだろう。
けれど沙都子の事だ。
何かと理由を付けて読ませまいと――
「いいわよ」
「えっ」
沙都子はあっさりと了承する。
粘られると思ったから、かなり意外だ。
「珍しく素直にくれるね」
「それはどういう意味かしら?」
「あー、特に他意は無いよ」
「ま、いいわ。
友人が困っているのを見捨てるほど、薄情ではないわ」
「沙都子……」
私は沙都子の言葉に感激しそうになるが、思い直して冷静になる
沙都子が友情アピールをしてくるのは、なにか裏がある時だ。
もしやこの作文は偽物?
それとも、作文に罵詈雑言が書かれている……?
「ほら、これが私が書いたものよ」
「……うん、ありがとう」
沙都子は学習机の棚から原稿用紙を取り出し、それを私に渡してくる。
今のところ、いたずらの気配はない。
一体何を企んでいるのか……
「百合子、どうかした?」
「ううん、何でもないよ。
それにしても私の書かれている作文を読むのは少し恥ずかしいなあ」
「何のこと?」
「やだなあ、『友人』である私の事を書いているんだよね」
「違うわ」
『違う』だって?
私じゃないんだ……
沙都子の言葉に、私は頭をガツンと殴られたような衝撃を覚える。
「じゃ、じゃあ、誰の事を書いて……」
「ラリーよ」
「ラ、ラリー?」
『誰だ』という疑問、『外人!?』という驚き、『自分じゃなかった』という失望感、そして『どこかで聞いたことあるな』という既視感。
それらの感情がごちゃ交ぜになって、私は頭が真っ白になる。
「あら百合子、変な顔をしてるけど、どうしたのかしら?」
沙都子は面白い物を見たかのように笑う。
笑っている場合じゃないでしょ、と言いたいのを堪え、どうしても聞きたかった言葉を絞り出す。
「ラリーって誰?」
沙都子ははぐらかすと思ったが、予想に反し不思議そうな顔をしていた。
「あら、あなたラリーの事知らなかったっけ?」
『あなた、ラリーの事知らなかったっけ?』。
え、私ラリーと会ったことある?
外人に知り合いはいないはずだけど……
「あ、忘れたのね。
呼ぶからちょっと待ちなさい」
「呼ぶ!?」
えっ、ラリーここにいるの?
「ラリー、こっち来なさい」
沙都子が、まるで猫でも呼ぶかの様にラリーを呼ぶ。
すると、隠れていたのか部屋の隅からラリー?が走ってきて、勢いそのまま沙都子の膝に飛び乗る。
猫だった。
「ほら思い出した?
我が家のネズミ捕りのエース、ラリーよ」
私が呆然としていると、沙都子が私を見て大笑いし始めた。
自分がどんな顔をしているか分からないが、さぞ面白い顔をしているのだろう。
「作文はいくらでも読んでいいから、参考しなさい。
そして私とラリーが強い絆で結ばれていることを理解することね」
私はこのとき思った。
そうだ、作文には今の出来事を書こう、と……
そしてクラスのみんなに知らしめよう。
沙都子の悪魔的所業を……
あれほど悩んでいた作文が、今ならすらすらと書けそうだ。
作文って魂で書くんだな。
私は心の底からそう思うのだった。
『星空』
「以上が注意事項だ。
質問、あるいは申告したい事はあるか?」
星空の下、リーダーが整列している俺たちに向かってゆっくりと告げる。
とある仕事のため集められた俺たちだが、手をあげる者は誰もいない。
ここにいるのは全員ベテランばかりで、何をするかは全部分かっているからだ。
それでも聞くのは、何かあったときに『聞いてない』と言われるのを避けるためだろう。
「質問がないようなら始めよう。
のんびり、ゆっくり、でもノルマは守る。
ああ、夜とはいえ熱中症には注意しろ。
労災の報告なんてしたくないからな」
ちゃんと聞いているかを確かめるように、俺たち一人一人の顔を見渡すリーダー。
もっとも日は完全に沈んでおり、ここは街灯もない山奥。
星明りだけで顔がしっかりと見えているのだろうか?
俺の疑念をよそに、リーダーは言葉を続ける。
「では、はじめ」
その言葉を合図に、俺たちはまっすぐ持ち場に向かう
ここには何回も来たことがあり、迷うことは無い。
山の起伏をえっちらおっちら歩き、十分くらいで目的地に着く。
俺の持ち場は、雑草がこれでもかと生えており、植物の生命力の強さが溢れていた。
これを綺麗に出来れば、さぞ気持ちよかろう。
だがそれは俺の仕事ではない。
俺の仕事は雑草駆除ならぬ、雑星駆除。
どんどん増えていく星を、適度に間引くのが仕事だ。
間引かないと、増えた星は瞬く間に夜空を覆いつくし、昼間並みに明るくなってしまう。
いわゆる光害というやつだ。
都会の方では絶滅寸前と聞くが、田舎では今も空は星であふれている。
大気汚染に弱い星だが、空気が綺麗だととんでもない速さで増えていく。
ちょうどいい塩梅というのは無いのだろうか?
もっとも星が増えて困るのは人間だけなので、星にとっては知ったことではないのだろう……
俺は哲学的な事を考えながら、会社から支給された星取網を取り出す。
星取網の柄をしっかり持って、星空に向けて網を伸ばす。
そして一振り。
それから手元に引き戻すと、網にかかった星がわんさか取れていた。
俺はとれた星を、専用の箱に詰め込む。
この箱に入れた星は、専門の業者に引き渡され、『一等星』『二等星』などに分別される。
先人の知恵というやつで、捨てることなく再利用されるのだ。
再利用先は、工芸品や漬物など多岐に渡る。
なかでも『一等星』で作られた星屑の佃煮は絶品で、俺の大好物だ。
そうだ、今日の晩御飯は星屑の佃煮を食べよう。
今日は給料日なので多少奮発するのもいい。
そんなことを考えながら、網を一振りして、取れた星を箱に詰めていく。
そうして地道に星を集める事一時間。
空だった箱はいっぱいになり、ノルマが達成されたことを示していた。
肩をまわしながら見上げてみれば、あれほど星でいっぱいだった夜空が随分とすっきりしている。
しかし、これだけ取っても、一か月後にはまた星でいっぱいになる。
星の増殖速度、恐るべしである。
とはいえ、それを考えるのは俺の仕事ではない。
あくまでも、ノルマの分だけ星を間引くのが仕事なのだ。
仕事が終わったら、後は帰るだけである。
俺はいっぱいになった箱を担ごうとしたとき、お腹がぐうとなった。
そういえば食欲が無くて、昼飯を抜いてしまったのだ。
少しくらい食べておけばよかったと後悔するが、俺の腹はなおも抗議の声を上げる。
このまま戻れば恥ずかしい思いをするなと憂鬱になったとき、あることを思いついた。
星をつまみ食いすればいいのだ。
普通、星を生で食べると腹を壊すのだが、取れたてほやほやの新鮮な星は食べることが出来る。
一瞬頭の中の天使が『今は仕事中、商品に手を付けるのはダメ』と囁くが、無視して箱の中の星を漁る。
空腹の前には、正義など無意味なのだ。
俺は箱の中で一番おいしそうに輝く星を取り出す。
『二等星』だ
明るさだけならもっと明るい星もあるが、生で食べるならこれくらい位でいい。
星を一口で食べる。
天の川(ミルキーウェイ)の近くにあった星だろうか?
なかなかミルキーで美味しかった。
満足した、と言いたいところだが、星を一個食べたくらいでは腹は膨れない。
二個三個とつまみ食いする。
頭の片隅ではやめるべきと警告するが、手が止まらない。
新鮮な星は、これ以上なくおいしかったからだ。
俺はそれからも食べ続け、15個目で腹いっぱいになった。
思いのほか食べてしまった事に少し焦るが、多分バレはしないだろう。
だってこの箱の中の星は、それこそ星の数ほどあるのだから。
「あれ?
靴下がない……」
ベランダに干した洗濯物を取り込んでいる時の事。
洗濯物の中に、靴下の片方が無い事に気づいた。
部屋に取り込むときに落としたのだろう。
そう思って、ベランダまでの道を辿ってみるも、どこにも靴下の片割れは無い。
念のために洗濯機の周りを見てみるも、出てきたのは埃だけ……
いつかは掃除しないとだけど、後回し。
靴下を探す方が先だ。
見落としがあったかもしれないのでもう一度道を戻る。
今度は丁寧に探すもやはりない。
「うーん」
私は腕を組んで、頭を働かせる。
靴下は脱いだらいつも、洗濯機の中に放り込んでいる。
どこか別の場所で脱いだ可能性もあるが、もう片方があるので無視していいだろう
一人暮らしなので、同居人がどこかに脱ぐ散らかすと言うのは無い。
だからどこかにあるはずなのだが、影も形も無い。
一体どこへと行ったのだろう……
私が考え込んでいると、視界の端で何か動くものがあった。
飼い犬のクロだ。
そうだ、クロに聞いてみよう。
「ねえ、クロ。
靴下知らない?」
「わん」
「そっか」
シロは探し物の達人――いや達犬だ。
いつも探し物をしていると、頭がいいからなのかどこからともなく探し物を持ってくる。
だからクロに聞いてみたのだが、私にはクロの言っていることはてんで分からない。
知っているのか、知らないのか……
というか私の言うことを理解しているのか……
靴下はどこいったのか……
それは神様だけが知っている。
……待てよ。
「クロ、こっちへおいで」
私がそう言うと、クロは嬉しそうに寄って来た。
やっぱりクロは賢い子だ。
こっちの言葉は分かるようだ。
私はクロの鼻先に、靴下を下げる。
テレビで見たことあるような探知犬みたいなことが出来るかもしれない。
そう思って私はクロに靴下の匂いを嗅がせる
「ほら、クロ。
これを探して」
「クンクン」
クロは靴下をかいだ。
こちらの意図は伝わったようだ。
さすがクロだ。
そしてクロは一瞬臭そうな顔をして(失礼な)、辺りを嗅ぎまわる。
しばらく匂いを嗅いでいたようだが、急に顔を上げた。
どうやら見つけたようだ。
「わん」
クロは鳴いてから、とある場所に向かって走り出す。
クロの向かった場所は、クロお気に入りのクッションがある場所。
そしてクロはクッションの下を漁りはじめ、こちらを向く。
私がクロの方へ振り向くと、なんとクロは探していた靴下を口にくわえていた。
クロはこちらに走ってきて、私の前に靴下を置く。
その顔はどこか誇らしげだ。
「おー、よしよし。
偉いぞ」
色々言いたいことはあるが、とりあえず褒める。
本当に言いたいことがあるけれど、クロは命令を完遂した。
ならば褒めるしかない。
「クロー、お前は賢いな」
言葉とは裏腹に、私の胸の内ではある想いが芽生えていた。
『今までに失くしたものが、あそこに眠っているかもしれない』と……
クロの機嫌を損ねないよう、折を見てあの場所を捜索だ。
私はクロに悟られぬよう、頭をわしゃわしゃして褒める。
「クロは何でも知ってるね。
今度、なにか無くしたらクロに聞くことにするよ」
無くし物は、神様ならぬ犬様だけが知っている。