私は友人の沙都子の部屋で、いつものようにお菓子をつまみゲーム興じていた時の事。
良いところまでプレイし、ティーブレイクで一息ついていると、あることを思い出した。
「ねえ沙都子、ちょっといい?」
「なによ百合子、私のお菓子まで食べようって言うの?」
「そうじゃなくってさ。
宿題の作文はもう書いた?
『友達の思い出』がテーマのヤツ」
私は、先日学校で出された宿題の話題を出す。
正直に言って、作文なんて小学生の宿題だろうと思し、テーマも小学生でありそうなやつだ。
私たち高校生には相応しくないと信じて疑わないのだが、国語教師はそうは思わなかったらしい。
クラスの反対意見を封殺し、権力を持って押し通したのだ。
大人ってずるいよね
私が世の中の不条理に憤っていると、沙都子は優しく笑う。
「もう書いたわ」
「早いなあ」
相変わらずの沙都子の優等生ぷりに感心する。
私は作文を書くのが苦手なので、純粋に羨ましい。
私も、沙都子くらい書けたら――
いい事思いついた。
「ねえ、沙都子の書いた作文、ちょっと見せて」
「……なぜかしら?」
「まだ書いてなくってさ。
沙都子の作文を参考にしたいんだ」
半分本当で、半分嘘。
沙都子の作文を読んで参考にするのと、私が純粋に読みたいから。
作文のテーマは『友達の思い出』。
そして沙都子の一番の友人は私。
導き出される答えは、『沙都子は私の事を書いている』。
簡単な推理である。
これを読めば、沙都子が私の事をどう思っているのか分かるだろう。
けれど沙都子の事だ。
何かと理由を付けて読ませまいと――
「いいわよ」
「えっ」
沙都子はあっさりと了承する。
粘られると思ったから、かなり意外だ。
「珍しく素直にくれるね」
「それはどういう意味かしら?」
「あー、特に他意は無いよ」
「ま、いいわ。
友人が困っているのを見捨てるほど、薄情ではないわ」
「沙都子……」
私は沙都子の言葉に感激しそうになるが、思い直して冷静になる
沙都子が友情アピールをしてくるのは、なにか裏がある時だ。
もしやこの作文は偽物?
それとも、作文に罵詈雑言が書かれている……?
「ほら、これが私が書いたものよ」
「……うん、ありがとう」
沙都子は学習机の棚から原稿用紙を取り出し、それを私に渡してくる。
今のところ、いたずらの気配はない。
一体何を企んでいるのか……
「百合子、どうかした?」
「ううん、何でもないよ。
それにしても私の書かれている作文を読むのは少し恥ずかしいなあ」
「何のこと?」
「やだなあ、『友人』である私の事を書いているんだよね」
「違うわ」
『違う』だって?
私じゃないんだ……
沙都子の言葉に、私は頭をガツンと殴られたような衝撃を覚える。
「じゃ、じゃあ、誰の事を書いて……」
「ラリーよ」
「ラ、ラリー?」
『誰だ』という疑問、『外人!?』という驚き、『自分じゃなかった』という失望感、そして『どこかで聞いたことあるな』という既視感。
それらの感情がごちゃ交ぜになって、私は頭が真っ白になる。
「あら百合子、変な顔をしてるけど、どうしたのかしら?」
沙都子は面白い物を見たかのように笑う。
笑っている場合じゃないでしょ、と言いたいのを堪え、どうしても聞きたかった言葉を絞り出す。
「ラリーって誰?」
沙都子ははぐらかすと思ったが、予想に反し不思議そうな顔をしていた。
「あら、あなたラリーの事知らなかったっけ?」
『あなた、ラリーの事知らなかったっけ?』。
え、私ラリーと会ったことある?
外人に知り合いはいないはずだけど……
「あ、忘れたのね。
呼ぶからちょっと待ちなさい」
「呼ぶ!?」
えっ、ラリーここにいるの?
「ラリー、こっち来なさい」
沙都子が、まるで猫でも呼ぶかの様にラリーを呼ぶ。
すると、隠れていたのか部屋の隅からラリー?が走ってきて、勢いそのまま沙都子の膝に飛び乗る。
猫だった。
「ほら思い出した?
我が家のネズミ捕りのエース、ラリーよ」
私が呆然としていると、沙都子が私を見て大笑いし始めた。
自分がどんな顔をしているか分からないが、さぞ面白い顔をしているのだろう。
「作文はいくらでも読んでいいから、参考しなさい。
そして私とラリーが強い絆で結ばれていることを理解することね」
私はこのとき思った。
そうだ、作文には今の出来事を書こう、と……
そしてクラスのみんなに知らしめよう。
沙都子の悪魔的所業を……
あれほど悩んでいた作文が、今ならすらすらと書けそうだ。
作文って魂で書くんだな。
私は心の底からそう思うのだった。
7/7/2024, 1:36:45 PM