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『星空』

「以上が注意事項だ。
 質問、あるいは申告したい事はあるか?」
 星空の下、リーダーが整列している俺たちに向かってゆっくりと告げる。
 とある仕事のため集められた俺たちだが、手をあげる者は誰もいない。
 ここにいるのは全員ベテランばかりで、何をするかは全部分かっているからだ。
 それでも聞くのは、何かあったときに『聞いてない』と言われるのを避けるためだろう。

「質問がないようなら始めよう。
 のんびり、ゆっくり、でもノルマは守る。
 ああ、夜とはいえ熱中症には注意しろ。
 労災の報告なんてしたくないからな」

 ちゃんと聞いているかを確かめるように、俺たち一人一人の顔を見渡すリーダー。
 もっとも日は完全に沈んでおり、ここは街灯もない山奥。
 星明りだけで顔がしっかりと見えているのだろうか?

 俺の疑念をよそに、リーダーは言葉を続ける。
「では、はじめ」
 その言葉を合図に、俺たちはまっすぐ持ち場に向かう
 ここには何回も来たことがあり、迷うことは無い。

 山の起伏をえっちらおっちら歩き、十分くらいで目的地に着く。
 俺の持ち場は、雑草がこれでもかと生えており、植物の生命力の強さが溢れていた。
 これを綺麗に出来れば、さぞ気持ちよかろう。

 だがそれは俺の仕事ではない。
 俺の仕事は雑草駆除ならぬ、雑星駆除。
 どんどん増えていく星を、適度に間引くのが仕事だ。
 間引かないと、増えた星は瞬く間に夜空を覆いつくし、昼間並みに明るくなってしまう。
 いわゆる光害というやつだ。

 都会の方では絶滅寸前と聞くが、田舎では今も空は星であふれている。
 大気汚染に弱い星だが、空気が綺麗だととんでもない速さで増えていく。
 ちょうどいい塩梅というのは無いのだろうか?
 もっとも星が増えて困るのは人間だけなので、星にとっては知ったことではないのだろう……

 俺は哲学的な事を考えながら、会社から支給された星取網を取り出す。
 星取網の柄をしっかり持って、星空に向けて網を伸ばす。
 そして一振り。
 それから手元に引き戻すと、網にかかった星がわんさか取れていた。

 俺はとれた星を、専用の箱に詰め込む。
 この箱に入れた星は、専門の業者に引き渡され、『一等星』『二等星』などに分別される。
 先人の知恵というやつで、捨てることなく再利用されるのだ。
 再利用先は、工芸品や漬物など多岐に渡る。
 なかでも『一等星』で作られた星屑の佃煮は絶品で、俺の大好物だ。

 そうだ、今日の晩御飯は星屑の佃煮を食べよう。
 今日は給料日なので多少奮発するのもいい。
 そんなことを考えながら、網を一振りして、取れた星を箱に詰めていく。

 そうして地道に星を集める事一時間。
 空だった箱はいっぱいになり、ノルマが達成されたことを示していた。
 肩をまわしながら見上げてみれば、あれほど星でいっぱいだった夜空が随分とすっきりしている。

 しかし、これだけ取っても、一か月後にはまた星でいっぱいになる。
 星の増殖速度、恐るべしである。

 とはいえ、それを考えるのは俺の仕事ではない。
 あくまでも、ノルマの分だけ星を間引くのが仕事なのだ。
 仕事が終わったら、後は帰るだけである。

 俺はいっぱいになった箱を担ごうとしたとき、お腹がぐうとなった。
 そういえば食欲が無くて、昼飯を抜いてしまったのだ。
 少しくらい食べておけばよかったと後悔するが、俺の腹はなおも抗議の声を上げる。

 このまま戻れば恥ずかしい思いをするなと憂鬱になったとき、あることを思いついた。
 星をつまみ食いすればいいのだ。
 普通、星を生で食べると腹を壊すのだが、取れたてほやほやの新鮮な星は食べることが出来る。
 一瞬頭の中の天使が『今は仕事中、商品に手を付けるのはダメ』と囁くが、無視して箱の中の星を漁る。
 空腹の前には、正義など無意味なのだ。

 俺は箱の中で一番おいしそうに輝く星を取り出す。
 『二等星』だ
 明るさだけならもっと明るい星もあるが、生で食べるならこれくらい位でいい。
 星を一口で食べる。

 天の川(ミルキーウェイ)の近くにあった星だろうか?
 なかなかミルキーで美味しかった。

 満足した、と言いたいところだが、星を一個食べたくらいでは腹は膨れない。
 二個三個とつまみ食いする。
 頭の片隅ではやめるべきと警告するが、手が止まらない。
 新鮮な星は、これ以上なくおいしかったからだ。

 俺はそれからも食べ続け、15個目で腹いっぱいになった。
 思いのほか食べてしまった事に少し焦るが、多分バレはしないだろう。

 だってこの箱の中の星は、それこそ星の数ほどあるのだから。

7/6/2024, 2:17:00 PM