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7/5/2024, 2:49:08 PM

「あれ?
 靴下がない……」

 ベランダに干した洗濯物を取り込んでいる時の事。
 洗濯物の中に、靴下の片方が無い事に気づいた。

 部屋に取り込むときに落としたのだろう。
 そう思って、ベランダまでの道を辿ってみるも、どこにも靴下の片割れは無い。
 念のために洗濯機の周りを見てみるも、出てきたのは埃だけ……
 いつかは掃除しないとだけど、後回し。
 靴下を探す方が先だ。
 見落としがあったかもしれないのでもう一度道を戻る。
 今度は丁寧に探すもやはりない。

「うーん」
 私は腕を組んで、頭を働かせる。
 靴下は脱いだらいつも、洗濯機の中に放り込んでいる。
 どこか別の場所で脱いだ可能性もあるが、もう片方があるので無視していいだろう
 一人暮らしなので、同居人がどこかに脱ぐ散らかすと言うのは無い。
 だからどこかにあるはずなのだが、影も形も無い。
 一体どこへと行ったのだろう……

 私が考え込んでいると、視界の端で何か動くものがあった。
 飼い犬のクロだ。
 そうだ、クロに聞いてみよう。

「ねえ、クロ。
 靴下知らない?」
「わん」
「そっか」
 シロは探し物の達人――いや達犬だ。
 いつも探し物をしていると、頭がいいからなのかどこからともなく探し物を持ってくる。
 だからクロに聞いてみたのだが、私にはクロの言っていることはてんで分からない。

 知っているのか、知らないのか……
 というか私の言うことを理解しているのか……
 靴下はどこいったのか……
 それは神様だけが知っている。


 ……待てよ。
「クロ、こっちへおいで」
 私がそう言うと、クロは嬉しそうに寄って来た。
 やっぱりクロは賢い子だ。
 こっちの言葉は分かるようだ。

 私はクロの鼻先に、靴下を下げる。
 テレビで見たことあるような探知犬みたいなことが出来るかもしれない。
 そう思って私はクロに靴下の匂いを嗅がせる
「ほら、クロ。
 これを探して」
「クンクン」
 クロは靴下をかいだ。
 こちらの意図は伝わったようだ。
 さすがクロだ。

 そしてクロは一瞬臭そうな顔をして(失礼な)、辺りを嗅ぎまわる。
 しばらく匂いを嗅いでいたようだが、急に顔を上げた。
 どうやら見つけたようだ。

「わん」
 クロは鳴いてから、とある場所に向かって走り出す。
 クロの向かった場所は、クロお気に入りのクッションがある場所。
 そしてクロはクッションの下を漁りはじめ、こちらを向く。
 私がクロの方へ振り向くと、なんとクロは探していた靴下を口にくわえていた。

 クロはこちらに走ってきて、私の前に靴下を置く。
 その顔はどこか誇らしげだ。
「おー、よしよし。
 偉いぞ」

 色々言いたいことはあるが、とりあえず褒める。
 本当に言いたいことがあるけれど、クロは命令を完遂した。
 ならば褒めるしかない。

「クロー、お前は賢いな」
 言葉とは裏腹に、私の胸の内ではある想いが芽生えていた。
 『今までに失くしたものが、あそこに眠っているかもしれない』と……
 クロの機嫌を損ねないよう、折を見てあの場所を捜索だ。

 私はクロに悟られぬよう、頭をわしゃわしゃして褒める。
「クロは何でも知ってるね。
 今度、なにか無くしたらクロに聞くことにするよ」
 無くし物は、神様ならぬ犬様だけが知っている。

7/4/2024, 1:46:30 PM

『この道の先に』


「もう一年の半分過ぎたって?
 嘘は駄目だよ、沙都子。
 まだ一月だよ
 一年は始まったばかり!」
「嘘じゃないわ、百合子。
 今週で七月なのよ。
 カレンダー見なさい」
 友人の沙都子は、私をたしなめる。
 お前は間違っていると……

 けど私は友人の沙都子の言葉を一蹴する。
 なぜなら今は一月だからだ。
 
「見るまでも無いよ。
 今は一月、一年は始まったばかり」
「最近、最高気温が30℃を超え始めたけど」
「異常気象怖いね」
「百合子、あなたがなぜ一月と言い張るのかは知らないけれど、いい加減現実を受け入れなさい」
「ふん、沙都子はいつも私の事を騙すからね。
 もう騙され――」
「面倒くさい」

 沙都子はそう言うと、私をスリッパで叩き、叩かれた私の頭はいい感じの音を響かせる。
 それを音を聞いて、私は『いい音だな』と他人事のように思った。

「これ以上言うと、次は花瓶で殴るわ」
 沙都子は、近くにある花瓶に手を伸ばす。
「それ殺人事件になるよ!」
「安心して、完全犯罪をなして見せるわ。
 ミステリ好きでしょ?」
「参加するのは嫌いだよ!」
 「ふん」と沙都子が花瓶を持ったのを見て、私は慌てる。
 これは本当にやるやつだ。

「分かったから、やめて」
「目が覚めたようね。
 使わずに済んで良かったわ。
 これ高いのよ」
 沙都子は、持っていた花瓶を大事そうに置く。
 そんなに大事なら、最初から使わなければいいのに……

「それで?
 なんで、今月が一月っていうの?
 興味ないけど、暇だから聞いてあげるわ」
 沙都子は、目を輝かせて私を見る。
 普通に興味津々じゃんか。

「今週で一年の半分過ぎたでしょ。 
 それで私、思い出しなんだ」
「何を?」
「新年の抱負」
 私がそう言うと、沙都子は目をパチクリとさせた。

「あら、あなた目標なんて立てるタイプだったのね……
 意外だわ」
「私の事なんだと思ってるのさ」
「過去も未来も預かり知らぬ、今だけを生きるスーパーJKでしょ?」
「なんかカッコいいように言ってるけど、バカにしてるな!
 新年の抱負くらい立てるわい!」
「でもその様子じゃ、達成してないんでしょ」
「うぐ」
 憐れむような目が腹立たしいが、実際達成してないので反論できない。

「それで?
 あなたの新年の抱負は何?」
「サメ映画をたくさん見る事」
「聞かない方が良かったわ」
「ひどくない?
 自分で言うのもなんだけど、ツッコミ所はあると思うんだ」
「私の話術では話を広げられそうにないわ」
「がんばろうよ」
「と言ってもね。
 私もサメ映画の事は知らないもの」
「じゃあ、一緒に観よう!」
 私が食い気味に誘うと、沙都子は怪しむような目で私を見る。

「あなた、その流れに持っていきたかっただけでしょ」
「そそそそそんなわけない」
「ホラーじゃないんだから、一人で見ればいいのに……」
「ある意味で怖い物なのです」
「聞くだけならそういう話も聞くけれど……」
 むう、沙都子はあまり乗り気でないようだ。
 ここは
「怖がっちゃダメ。
 サメ映画の……いやサメ道の先に、輝かしい未来がある!」
「怖がっているのはあなたでしょう。
 というかサメ道って何?」
「サメ映画に人生を捧げる的な?」
「なんで疑問形。
 そんなのだから、今だけを生きるスーパーJKって言われるのよ」
「言ってるのは沙都子だけじゃん」
 

「いいじゃんか。
 一緒に映画観ようよ」
「なんでそこまで頑なに……」
「沙都子と映画観たことないから、一緒に見たいと思って」
 そう言うと沙都子は、味のある顔をする。

「そう言ってくれること自体は嬉しいんだけど……」
「お、沙都子は照れるの珍しい。
 ツンデレ?」
「だからと言って、サメ映画を誘うのはおかしいと思うわ。
 あとツンデレじゃないわ」
「サメ映画を誘ったのは合理的な理由がある」
 私はカバンから、サメ映画のDVDを取り出す。

「近所の店で100円の福袋買ったら、たくさんサメ映画が入ってた」
「店の在庫処理……敗戦処理に付き合わされたわね。
 十中八九つまんないわよ、それ」
「沙都子、私もう分かってるんだ。
 この道の先に地獄が待っていると……」
「さっき『輝かしい未来』ってい言ってたじゃないの」
「それは忘れて。
 ともかく、一緒に見よう。
 私の100円のためにも」
「100円くらいなら諦めなさいよ……
 まあいいわ。
 暇だし付き合ってあげる」
「やった」
「でも退屈だったら、ジャンルをミステリに変えるわ」
 沙都子はチラと、さっき渡しを殴ろうとした花瓶の方を見る。
 ……私、生きて帰れるかな?



 結局、時間的に一本しか見れないということで、適当に選んで一緒に見た。
 選んだ映画は、控えめに言って外れだった。
 それでも、この映画を刺激的に見れたのは、沙都子がチラチラ花瓶の方を見ていたからだろう。
 沙都子の方も、私のびくついた反応を見て機嫌は上々だった。
 意図せずして、サメ映画に出てくる人間の気持ちわかっちゃったよ。

 このサメ道の先に、一体何があるのだろうか?
 映画を見終わっても虚無しか感じず、何も見通せない。
 私たちはまだ、サメ道という道を歩き始めたばかりだ。

7/3/2024, 1:34:44 PM

 それでは次のニュース。

 『日差しチャレンジ』でまた悲劇が起こりました。

 本日午後一時頃、住宅街の公園で『日差しチャレンジ』をしたと思われる、吸血鬼が5人見つかりました。
 一人は今も意識不明の重体、他四人は完全に灰になり、現地で死亡が確認されました。

 若い吸血鬼の中で流行している『日差しチャンレンジ』。
 日光に弱い彼らがわざと太陽の元に身を晒すことで、自らの勇気を示す度胸試しが、この『日差しチャレンジ』。
 一種のステータスなのか、SNSでは『日差しチャレンジ』の写真がずらり。

 ですが吸血鬼にとって、太陽は天敵……
 太陽の危険性を十分知っているはずなのに、今回のような事故が後を絶えません。
 なぜ悲劇が止まらないのでしょうか?

 今回、この謎に迫るため、専門家の方にお越しいただきました。

 元ヴァンパイアハンターのジャックさんです。
 ジャックさん、こんにちは。

「こんにちは」

 ジャックさん、なぜこのような悲劇が止まらないのでしょうか?

「はい、これには吸血鬼を取り巻く事情が変わったことが挙げられます」

 と、言いますと?

「まずSNSの普及ですね。
 これによって簡単に自らの存在を誇示することが出来るようになったのです」

 吸血鬼は目立ちたがりなのですか?

「これに関しては人間と同じ、と言っておきましょうか。
 彼らも元は人間……
 承認欲求が強いのです」

 なるほど。

「二つ目は令和になり、吸血鬼の安全が確保されるようになったことが挙げられます」

 それは関係なさそうに聞こえますが……

「いえ、関係あります。
 昔、吸血鬼というものは、駆除の対象でした。
 そしてそれに対するハンターがいました。
 それらを返り討ちにすれば、人々の噂になります」

 そして承認欲求が満たされると……

「はい。
 ハンター側も、富と名誉が得られる……
 ある意味でwin-winな関係でした」

 そうだったんですね……

「3つ目の理由に、人間と吸血鬼、双方の価値観が変わったことが挙げられます」

 価値観ですか?

「『暴力沙汰はご法度』という価値観です」

 なるほど、それは分かります。
 今は令和の時代。
 ハンターが吸血鬼を狩っても、逆に吸血鬼が返り討ちにしても、避難の嵐でしょうからね。

「その通りです。
 そして吸血鬼も目立ちたがりとはいえ、こういった避難の嵐に巻き込まれるのは本望ではありません。 
 そこで考え出されたのが、血を流さない『日差しチャレンジ』という事です」

 なるほど。
 よく分かりました。
 ですが将来有望な吸血鬼が亡くなる悲劇が続いています。
 悲劇を防ぐため、なにか有効な手立ては無いのでしょうか?
 
「残念なことに対策は難しいと言わざるを得ません」

 それはなぜでしょう?

「先ほども言ったように、承認欲求を満たすには最適だからです。
 天敵にあえて身を晒す……
 これ以上、勇気の必要なことはありません。
 それに……」

 『それに』?

「私は生存者に聞き取り調査を行った事があります。
 この問題に新しい切り口が無いかとね……
 そして彼らは、口を揃えて言いました。
 『最初は恐怖しかないが、時間が経つと最高にハイってやつになる』と……」

 ハイに?

「はい……
 つまり彼らにとって、娯楽であると同時に、宗教的な意味を持つのです。
 彼らは灰になることでハイになるのです」

 そうだったんですね……
 問題は複雑のようです……

 おや、もう時間ですね。
 ジャックさん、解説ありがとうございました。


 それでは次のニュース。
 動物園から嬉しい知らせです。
 世界で初めてチュパカブラの繁殖に成功したと――

7/2/2024, 12:31:05 PM

 ガタンガタンと体が揺れる。
 私たちは妻と息子の3人で、『銀河鉄道』に乗っていた。
 目的は、地球に住む親に孫の顔を見せる事。
 息子が生まれてから、初めての帰省だ。
 自分たちの住んでいる惑星から地球は遠いので、なかなか踏ん切りがつかなかったのだ。

 理由は、惑星を移動するには、お金がかかるし時間もかかるから。
 というか面倒くさい。
 そんな訳で行きたくなかったのだが、『金なら出す』という親と、『銀河鉄道に乗りたい』という息子、『いいかげん諦めろ』という妻の意見により、多数決で出発が決まった。
 多数決なら仕方がない。

 そんなわけで乗り込んだ銀河鉄道だが、さっきも言ったように目的地に着くまで長い。
 列車特有の心地よい揺れに眠りかけるも、なんとか意識を保つ。
 幼い息子が危険な真似をしないように見張る必要があるからだ。

 一方で妻はと言うと、すでに幸せそうに寝入っていた。
 いつも暴君である息子の相手をしているのだ。
 日頃の疲れが溜まっているのか、椅子に座った瞬間眠りに落ちた。
 普段の苦労が偲ばれる。
 今だけは平和に寝かせてやろうと心に誓う。

 そしてその元凶である息子はと言うと、普段の暴君っぷりが嘘のように静かに窓の外を見ていた。
 初めて乗った列車から見る景色は格別らしい。
 窓越しに見えるのは、黒い空に浮かぶ星々の輝きを、息子は熱心に眺めてみる。
 星に興味があるのだろうか?
 将来は天文学者にあるのかもしれない。

 そうなると、この列車は息子にとって天国みたいな場所だろう。
 『銀河鉄道』の名の通り、この列車は星々の中を通ってるのだ。
 なにせ360度、どこを見ても星、星、星。
 星が好きな人間にとっては、幸せだろう。
 私?
 私は一瞬で飽きた。

 いつまでも続く黒い空は私にとって眠くなるものでしかない。
 その上、この振動……
 ヤバい、眠い。


「ねえ、お父さん」
 さきほどまで窓の外を見ていたはずの息子が、肩をゆすっている。
 いつのまにこんな近くに……?
 もしかして寝てた?

「なんかあったか?」
 焦る気持ちを隠して息子に尋ねる。
 すると息子は、世紀の大発見をしたような顔で窓の外を指す。

「変な星がある」
「変な星?」

 息子が指を差した方向を眺める。
 見つけられるか自信が無かったのだが、『変な星』というのはすぐ分かった。
 なるほど確かに息子は正しい。
 その星は、他の星とは違い、青く光っていた。

「あれが爺ちゃんと婆ちゃんが住んでる『地球』だよ」
「地球!?
 アレが!?」
 息子は、もっと見ようと窓に顔を押し当てる。
 そんなに焦らなくても、すぐ見えるようになるのに……
 忙しい子である。
 
 息子と一緒に地球を見ていると、急に『帰って来たんだな』という感情が芽生える。
「ただいま」
 自然と口から言葉が漏れる。
 聞かれたかと息子を見るが、息子は地球に夢中で気づいていない。
 まあ聞かれたところで、何があるわけでもないのだが…… 
 私はもう一度息子の肩越しに窓の外を見る。

 窓越しに見えるのは、10年ぶりの地球。
 地球を出た時と変わらない、綺麗な星であった

7/1/2024, 1:25:22 PM

『自分の私物に赤い糸を巻き付けると、運命の人に出逢うことが出来る』

 私の学校では、そんな噂が飛び交っている。
 その噂を受けて、友人たちは私物に赤い糸を巻き付けていた。

 もちろん根拠は無いおまじない。
 根も葉もないうわさ。
 子供っぽいとも思う。

 けれど楽しんでいる人間に対して、わざわざ冷めるような事をいうほど、私は偏屈な人間じゃない
 それにみんな、心の底から信じているわけではないだろう。
 多分、『だといいな』くらいの認識だと思う。

 そんなわけで私は、友人たちと違って赤い糸を巻き付けていない。
 ただ、いいアイディアだとは思った。
 例えば、傘に目印として付けるとか。

 雨が降ると、下駄箱に置いてある傘置きには、たくさんの傘が差しこまれる。
 私も、ギュウギュウ詰めになった傘立てに差し込むのだけど、帰る際たくさんの傘の中から自分の傘を見つけるのは、いつも一苦労なのだ。

 だから私は見つけやすいように、傘の取っ手に赤い糸を巻き付けた。

 違うんだ。
 勘違いしないで欲しい。
 傘を見つけやすくするために目印につけただけで、決して他意はない。
 別に噂を信じている訳じゃない。

 ほら、今日も傘置きには他の生徒がもって来た傘でいっぱいだ。
 朝から降っていたので、傘を忘れた人はいないだろう。
 つまり、全校生徒の傘がここにはあるのだ

 けれど、私の傘には赤い糸が巻き付いている。
 他の傘と違うから、私の傘はすぐ見つか――らなかった。
 おかしいな。

 朝の記憶では、確かこの辺に差し込んだのだけど、記憶違いかな……
 赤い糸が外れてしまった可能性も考慮して探しても見つからない。
 念のために他の傘立てを見てみるも、やはり見当たらない。

 私が傘を探している間にも、他の生徒たちはどんどん自分の傘を持って下校していく。
 そうしてスカスカになった傘立ての中を見ても、自分の傘は見当たらない……
 なるほどね。

 私、分かっちゃった。
 ここまで、ヒント出されちゃうと分からない方が難しいね。
 今の状況が指し示すのは――
 私の傘を誰かが間違えて持って帰ったと言う事だな。

 マジか……
 はあ、と私はため息をつく。

 流石に傘が無いと困ってしまう。
 だって外は土砂降り。 
 傘なしでなんて帰りたくない。

 親に迎えに来てもらう?
 今日は夜勤って言ってたから、無理だ。
 友人の傘に入れてもらう?
 全員帰宅部なのですでに帰っている。

「はああああ」
 私は特大のため息を吐く。
 これはもう、びしょぬれを覚悟して、傘なしで帰るしかないな。

 せめてもの抵抗で、雨が弱くなるのを待っていると、隣の家に住んでいる幼なじみの安藤が走ってくるのが見えた。
 なんとなく眺めていると、安藤は差していた傘を折りたたみ、そのまま傘入れに入れる。
 彼の傘は特徴的で、取っ手に赤い糸が巻き付いた傘だった。
 私の傘だった。

「あーー」
 コイツが持っていったのか!
 私が合点がいった一方で、傘どろぼうは私を不思議そうに見ていた。

「なんだよ。突然大声出して」
「それ、私の傘」
「なんだ、お前のかよ」
「『お前のか』じゃない」
 私が怒りの形相で近づくと、彼は慌てて手をあげて降参のポーズ。

「待ってくれ、わざとじゃないんだ。
 間違えたことに気づいて、慌てて戻ってきたんだ」
「私、もう少しで濡れて帰るところだったんだけど」
「ゴメン!」
 正直、まだ怒りは収まらないが、反省しているようなのでこれくらいで許してやろう。

「じゃあ、帰るか」
 傘も返ってきたことだし、ここに長居する用事はない。
 そう思って帰ろうとして、私はあることに気づいた。
 安藤が帰ろうとしないのだ。

「帰らないの?」
「あー」
 安藤はバツが悪そうに、顔をポリポリかく。

「実は傘を忘れて……」
「朝も降ってたじゃない……
 あんたどうやって来たの?」
「今日寝坊したから、親に送ってもらったんだ。
 そのとき傘を車に置き忘れちゃって……」
「そういうことか」
 こいつ朝弱いからなあ。
 いつも起こしに行ってるのに、一度もすんなり起きたためしがない。

「ていうか、傘持ってなかったくせに、『間違えて』持って帰ったのか……」
「ご、ごめん。
 靴履いた時、似ている傘を持って行ってしまった……
 というわけで、スンマセセン。
 傘ないんです。
 傘にいれて下さい」
 安藤は勢いよく頭を下げる。
 それを見て私は、今日で何度目かもわからないため息をつく。

「はあ、このまま見捨てるのは気分が悪いか……」
「ありがとうございます」
「代わりにパフェ奢ってよ」
「デートって事?」
「勘違いすんな。
 お前はただの財布じゃい」

 ◆

 その後、私と安藤は付き合う事になった。
 パフェを食べに行った後も、ちょくちょく一緒に出掛けるようにあり、最終的に恋人同士となった。

 きっかけはもちろん、傘持ち去り事件である。
 アレが無ければ、私たちはただの幼馴染で終わっていただろう。
 安藤が私の傘を持っていったから、私たちはデートに行く事になったのだ。
 赤い糸が巻き付いた私の傘を……

 別に赤い糸が巻き付いていたから、持っていったわけじゃないだろう。
 けれど運命が、あの傘を中心にして変わったのは事実……

 あのおまじない、まさか本物!?
 ははは、まさかね。

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