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『この道の先に』


「もう一年の半分過ぎたって?
 嘘は駄目だよ、沙都子。
 まだ一月だよ
 一年は始まったばかり!」
「嘘じゃないわ、百合子。
 今週で七月なのよ。
 カレンダー見なさい」
 友人の沙都子は、私をたしなめる。
 お前は間違っていると……

 けど私は友人の沙都子の言葉を一蹴する。
 なぜなら今は一月だからだ。
 
「見るまでも無いよ。
 今は一月、一年は始まったばかり」
「最近、最高気温が30℃を超え始めたけど」
「異常気象怖いね」
「百合子、あなたがなぜ一月と言い張るのかは知らないけれど、いい加減現実を受け入れなさい」
「ふん、沙都子はいつも私の事を騙すからね。
 もう騙され――」
「面倒くさい」

 沙都子はそう言うと、私をスリッパで叩き、叩かれた私の頭はいい感じの音を響かせる。
 それを音を聞いて、私は『いい音だな』と他人事のように思った。

「これ以上言うと、次は花瓶で殴るわ」
 沙都子は、近くにある花瓶に手を伸ばす。
「それ殺人事件になるよ!」
「安心して、完全犯罪をなして見せるわ。
 ミステリ好きでしょ?」
「参加するのは嫌いだよ!」
 「ふん」と沙都子が花瓶を持ったのを見て、私は慌てる。
 これは本当にやるやつだ。

「分かったから、やめて」
「目が覚めたようね。
 使わずに済んで良かったわ。
 これ高いのよ」
 沙都子は、持っていた花瓶を大事そうに置く。
 そんなに大事なら、最初から使わなければいいのに……

「それで?
 なんで、今月が一月っていうの?
 興味ないけど、暇だから聞いてあげるわ」
 沙都子は、目を輝かせて私を見る。
 普通に興味津々じゃんか。

「今週で一年の半分過ぎたでしょ。 
 それで私、思い出しなんだ」
「何を?」
「新年の抱負」
 私がそう言うと、沙都子は目をパチクリとさせた。

「あら、あなた目標なんて立てるタイプだったのね……
 意外だわ」
「私の事なんだと思ってるのさ」
「過去も未来も預かり知らぬ、今だけを生きるスーパーJKでしょ?」
「なんかカッコいいように言ってるけど、バカにしてるな!
 新年の抱負くらい立てるわい!」
「でもその様子じゃ、達成してないんでしょ」
「うぐ」
 憐れむような目が腹立たしいが、実際達成してないので反論できない。

「それで?
 あなたの新年の抱負は何?」
「サメ映画をたくさん見る事」
「聞かない方が良かったわ」
「ひどくない?
 自分で言うのもなんだけど、ツッコミ所はあると思うんだ」
「私の話術では話を広げられそうにないわ」
「がんばろうよ」
「と言ってもね。
 私もサメ映画の事は知らないもの」
「じゃあ、一緒に観よう!」
 私が食い気味に誘うと、沙都子は怪しむような目で私を見る。

「あなた、その流れに持っていきたかっただけでしょ」
「そそそそそんなわけない」
「ホラーじゃないんだから、一人で見ればいいのに……」
「ある意味で怖い物なのです」
「聞くだけならそういう話も聞くけれど……」
 むう、沙都子はあまり乗り気でないようだ。
 ここは
「怖がっちゃダメ。
 サメ映画の……いやサメ道の先に、輝かしい未来がある!」
「怖がっているのはあなたでしょう。
 というかサメ道って何?」
「サメ映画に人生を捧げる的な?」
「なんで疑問形。
 そんなのだから、今だけを生きるスーパーJKって言われるのよ」
「言ってるのは沙都子だけじゃん」
 

「いいじゃんか。
 一緒に映画観ようよ」
「なんでそこまで頑なに……」
「沙都子と映画観たことないから、一緒に見たいと思って」
 そう言うと沙都子は、味のある顔をする。

「そう言ってくれること自体は嬉しいんだけど……」
「お、沙都子は照れるの珍しい。
 ツンデレ?」
「だからと言って、サメ映画を誘うのはおかしいと思うわ。
 あとツンデレじゃないわ」
「サメ映画を誘ったのは合理的な理由がある」
 私はカバンから、サメ映画のDVDを取り出す。

「近所の店で100円の福袋買ったら、たくさんサメ映画が入ってた」
「店の在庫処理……敗戦処理に付き合わされたわね。
 十中八九つまんないわよ、それ」
「沙都子、私もう分かってるんだ。
 この道の先に地獄が待っていると……」
「さっき『輝かしい未来』ってい言ってたじゃないの」
「それは忘れて。
 ともかく、一緒に見よう。
 私の100円のためにも」
「100円くらいなら諦めなさいよ……
 まあいいわ。
 暇だし付き合ってあげる」
「やった」
「でも退屈だったら、ジャンルをミステリに変えるわ」
 沙都子はチラと、さっき渡しを殴ろうとした花瓶の方を見る。
 ……私、生きて帰れるかな?



 結局、時間的に一本しか見れないということで、適当に選んで一緒に見た。
 選んだ映画は、控えめに言って外れだった。
 それでも、この映画を刺激的に見れたのは、沙都子がチラチラ花瓶の方を見ていたからだろう。
 沙都子の方も、私のびくついた反応を見て機嫌は上々だった。
 意図せずして、サメ映画に出てくる人間の気持ちわかっちゃったよ。

 このサメ道の先に、一体何があるのだろうか?
 映画を見終わっても虚無しか感じず、何も見通せない。
 私たちはまだ、サメ道という道を歩き始めたばかりだ。

7/4/2024, 1:46:30 PM