1
『人魚の肉を食べると不死身になれる』
人魚にはそんな伝説が日本各地に残っている。
俺は伝説に聞く人魚を捕まえるため、とある海岸にやって来た。
この海岸では、人魚の目撃情報が多数あるのだ。
捕まえる目的はもちろん、食べて不死身になるため。
俺には不死身になりたい理由がある。
俺はこれまで会社に人生を捧げた。
入社から定年まで45年。
何も疑いもせず、会社のために身を粉にして働いた。
だが定年の身になって、初めて思ったのだ。
『仕事だけの俺の人生、一体何だったのか』と……
俺は怖くなった。
若い頃、年相応にやりたいことがたくさんあった。
けれど『今はまだ我慢の時』と仕事に没頭して、いつのまにかやりたい事が合った事すら忘れてしまった。
だが、実行に移そうにも、そんな体力はどこにもない。
だから、俺は人生をやり直すため、人魚を食べることにした。
不死身になれば、体力が無くとも時間をかけることが出来る。
俺は、人魚を食べて不死身となり、やりたかったことに挑戦すると決めた。
だが相手は伝説の人魚だ。
捕まえるのには長丁場となるだろう。
入念な準備と食料を用意し、海岸へ張り込んだ。
俺が死ぬのが先か、人魚を捕まえるのが先か……
と思っていたのだが、一日目であっさり捕まえることが出来た。
あまりの簡単さに、伝説は嘘ではないかと思い始めた。
こんなに簡単に不死身になれるわけがない。
だが食べた途端、体が見る見る若返った。
また久しく感じていなかった、とてつもない気力が、自分の中に生まれたことを感じる。
正直眉唾だったのだが、伝説は本当だったらしい。
「よし、これで不死身だ。
やりたいことやりまくるぜ」
仕事に夢中で出来なかったあれやこれや……
不死身になった今、俺には時間が無限にある。
俺の人生は、ここから始まるのだ。
2
一年後。
飽きた。
飽きてしまった。
不死身に飽きてしまった。
不死身になった後、『やりたい事』がたくさんあった。
だがいざ不死身になって、有り余る時間を手に入れた瞬間、『やりたい事』に魅力を感じなくなってしまったのだ。
とはいえ、時間がある。
しかたなく幾つかをやってみたものの、『こんなもんか……』以外の感想が出てこず、何も面白くなかった。
こんなものかとゲンナリして、それっきり何もせず怠惰に過ごした。
そうしてほとんど『やりたい事』をやらず一年が過ぎてしまった。
こんなはずではなかった。
俺は不死身になって、バラ色の人生を送るはずだったのに、なぜこんなことになってしまったのか。
俺にもう『やりたい事』はない。
これからの人生、一体どうすれば……
「はあ、不死身もういらねえな。
返品出来ねえかな……」
「飽きるの早くありません?」
俺の飽き性に苦言を呈するものがいた。
食べた人魚の幽霊である。
もちろん俺を食べた恨みを持つ悪霊なのだが、別に害は無いので放置している。
だが今俺は暇でしょうがなかったので、話に乗ることにした。
「はっ、魚風情が分かってないな。
こういうのは、いつでも出来ないから面白いんだよ」
「そういう物ですかね?」
「そういう物だ」
会話が途切れる。
お互いに会話を続ける意思が無いのだから仕方がない。
このままふて寝しようとしたとき、人魚のやつが爆弾発言をした。
「そうだ、あなたに伝えたいことがあったんです」
「伝えたい事……?」
「あなたの様に、人魚の肉を食べて不死身になった人間たちのデスゲームが始まります」
「デスゲーム!?
聞いてないぞ。
なんで言わなかった」
「会話をしようとしなかったじゃないですか」
「確かにそうだが……」
痛いところを突かれ、少しバツが悪くなる。
もうちょっと会話すればよかったな。
「それで?
なんでデスゲームしようとするんだ?」
「暇つぶしらしいです」
人魚の他人事のような発言に、俺は首を傾げる。
「暇つぶし『らしい』?
『らしい』ってなんだ?」
「あなた方の様に不死身になった方が、『何か面白い事をやる』といってデスゲームを始めるようです」
「どこで聞いたんだ?」
「悪霊ネットワークです。
我々がここに集まり、情報交換しているんです」
「なんだそれ……
だが興味あるな」
「悪霊ネットワークに入りたいなら、非業の死を遂げる必要があります」
「そっちじゃねえ、デスゲームの方だ」
面白い事=デスゲームというのは、少々意見したいところがある。
だがデスゲームというのは、とても興味を惹かれる。
「あんたを食ってからというもの、多少の傷はすぐ直るようになった。
普通だったら死ぬような傷も、一日で治る……
そんな奴らが集まって殺し合いっていうのは、なかなか面白そうだ」
「血の気が多いですね」
「若くなったからか、気持ちも若い時のまんまだな」
「まあ、気に入ったのなら何より。
私も、貴方が無残に殺されるところを見るのが楽しみです。
ああ、私は何もしませんし、出来ませんのでそのつもりで」
「はっ、頼まれても手出しさせねえよ。
ククッ、不死身同士の殺し合い。
楽しみだぜ」
3
一年後。
「おい、デスゲームとやらはまだか」
俺は人魚の幽霊に向かって怒鳴り散らす。
「いったいいつまで待たせる気だ」
「その内、始まるそうです」
「『その内』っていつだよ?」
俺が怒り心頭で、幽霊を睨みつけるも、奴はどこ吹く風だった。
「私には何とも。
主催者の方が、その内やるって言ってただけなので」
「ふざけんな、暇で死にそうだ。
どうなっている?」
「そう言われましても……
主催者がその内としか言わないので」
「そいつ、やる気なくなったとかじゃないよな」
「分かりません。
まあ、気長に待ちましょうや。
我々には時間がいくらでもあるんですから」
『子供の頃は』
「婆ちゃん、遊びに来たよ」
「百合子かい?
相変わらず騒がしい子だねぇ」
私は親に連れられて、久しぶりに婆ちゃんの家に遊び来た。
縁側で気持ちよさそうに日向ぼっこしていた婆ちゃんは、一瞬だけ私に顔を向けた後、すぐに別の方を向く。
久しぶりに孫が遊びに来たいうのに、冷たい態度をとる婆ちゃん……
私は知ってる。
婆ちゃんは、私が来た事をとても嬉しく思っている事を。
婆ちゃんは、とても自分に正直で、本当に興味が無ければ振り向きもしない。
だから挨拶を返す、というのはそれだけで親愛の表現なのだ。
その証拠に婆ちゃんの『しっぽ』は、嬉しそうにゆっくりと左右に揺れている。
そう、婆ちゃんは人間ではない。
長生きして猫又となり、言葉が話せるようになった猫、それが婆ちゃん。
ただ、人間の言葉が話せるようになっただけで、他の所は何も変わりは無い。
昔話の様に尻尾が二つに別れてている訳でも、不思議な力が使えるわけでもない。
ただ人間の言葉を話すことが出来る、不思議な猫なのだ。
そして、『婆ちゃん』と言っても別に血のつながりがあるわけじゃない。
私はちゃんと人間の婆ちゃんがいる(こっちは『ババ』と呼んでいる)
私のお父さんが生まれる前、ジジとババがこの家に引っ越して来た時に、当たり前のように居たらしい。
最初は言葉を話せることに驚いたらしいけど、『おもしろそう』だから一緒に住むことにしたそうだ
……ジジとババは心臓に毛でも生えてんのか?
それはともかく、私はジジとババの家に遊びに来るたびに、こうして婆ちゃんとお話しているのだ。
「婆ちゃんも相変わらず、物ぐさだよね。
孫が遊びに来たんだから、もう少し歓迎してくれても良くない?
具体的にはお小遣いちょうだい」
「生意気言うようになったね、百合子。
子供の頃はあんなに可愛かったのに、どうしてこんなに擦れちまったのかね」
「婆ちゃん、それは違う。
私は今でも可愛いよ」
「……本当になんでこんな子になったんだろうね。
母親の教育が悪いのだろうかね。
ちょっと言っておかないと……」
「婆ちゃん、それ悪い姑ムーブだからやめな。
まあ、どうせ面倒臭くなって、言わないんだろうけどね」
婆ちゃんはバツが悪そうに、顔を洗い始める。
図星だったらしい。
「子供の頃と言えば……
婆ちゃんの子供の頃ってどんな感じだったの?」
「そうさね……
あたしの子供の頃は、そりゃもう可愛い可愛いと言われて、あっちこっちに引っ張りだこだったよ。
江戸一番の美猫と言われたもんさ」
「えー、婆ちゃんいくつなのさ。
江戸ってかなり昔の話だよ。
えっと……」
私はスマホを取り出し、東京の歴史をパパっと調べる。
「1868年に東京に改名だから……
うそ、最低でも150年生きてるの!?」
「もうそんなに経ったのかい?
15年くらいの話だと思うんだけど……」
「婆ちゃん、それ私が生まれた年だよ」
「そうだったかの」
にゃおと、婆ちゃんはおかしそうに笑う。
婆ちゃんにとって、時間の長さはあまり気にならないみたいだ。
まあずっと寝てるしね。
婆ちゃんは、おもむろに立ち上がって背筋を伸ばした後、私の膝の上に歩いてきて座る。
私が遊びに来た時、婆ちゃんはいつも膝の上に座る。
婆ちゃんにとって、私の膝の上は特等席なのだ。
そして私が、膝の上の婆ちゃんを優しくなでると、婆ちゃんは喉をゴロゴロ鳴らし始めた。
「こうして見ると、婆ちゃんってちっちゃいよね」
「なんだい、急に……
猫の大きさはこんなもんだろう?」
「そうじゃなくって……
ほら、私が子供の頃、婆ちゃんが膝の上に座ったとき、狭そうにしてたから」
「ああ、確かに今のほうが座りやすいね。
人間の成長の早いこと。
まあ、あんたは体ばっかり大きくなって、中身は子供のままだけども」
「中身だけじゃなくて、体も子供になりたいなあ。
子供の頃は可愛いだけ言ってもらえるのに、最近は勉強しろって怒られるんだ」
私の言葉に、婆ちゃんは器用に溜息を吐く。
猫ってため息を吐くんだ。
「百合子、あんたもいい加減に大人になりな。
あたしは心配でしょうがないよ」
「婆ちゃんは子供の頃に戻りたくないの?」
「戻りたくないね。
だって百合子に『婆ちゃん』って呼んでもらえなくなるからね」
私には卓也という恋人がいる。
初めて出逢った時に運命を感じ、私から告白して、それ以来ずっと一緒にいる。
拓哉と一緒にいるのは、私にとってもはや日常の一部。
拓哉がいないなんて考えられない。
でも私たちはまだ学生だから、別々の家に住んでいる……
だから高校を卒業したら卒業したら、同じ大学に通って、大学近くのアパートに一緒に住むんだ……
そして大学卒業後は結婚……
なんて幸せな未来予想図。
けれど私には最近悩みがある。
もしかしたら、一緒にいれなくなるような、重大な悩みだ。
それは『拓哉が最近冷たい』という事。
最初は気のせいだと思ったが、何度デートに誘っても煮え切らないのだ。
もしやと思い友人に聞いてみたけど、拓哉には他の女がいるような気配はない。
そうなると認めたくはないけど、一つだけ可能性がある。
……倦怠期だ。
私と拓哉に限ってそんな事は無いと思っていた……
けれど、実際そうなったのだから由々しき事態だ。
これを放置すれば、待つのは破局だろう。
妄想にも関わらず、私は頭をガツンと殴られた衝撃を受ける
拓哉がいない未来なんて想像できない
いなくなったら生きていけない。
最悪の未来を避けるため、私自ら動かねば
ではどうするか?
昔の人は言った。
『押してダメなら引いてみよ』と。
つまり、私が拓哉に素っ気ない態度を撮るという事……
――無理だな。
一瞬で不可能と判断する。
たとえ嘘でも、拓哉の事を嫌いになんてなれるはずがない。
多分無理やりにでもやろうものなら、そのままストレスで倒れてしまう事だろう。
そうなると出来ることは……
『押してダメなら、もっと押してみよう』。
それしかない。
ちょうど授業終了のチャイムが鳴った。
隣のクラスにいる拓哉の所に走り出す。
この重大な問題は、一刻も早く解決しなければいけない。
私は拓哉のいる教室に着くや否や、拓哉を呼ぶ。
「拓哉!!!」
すると一斉にクラスにいた人間が、私の方を見て――嫌そうな顔をする。
なんで嫌そうな顔をするのか、小一時間ほど問い詰めたくなる。
しかし優先順位を間違えてはいけない。
今大切なのは拓哉に会う事だ。
「咲夜、どうした?」
教室の中から、私に気づいた拓哉が出てくる。
その顔を見て、幸せな気分になり――そして首を振る。
今日は拓哉の顔を見に来たわけではない。
もっと重要な用事があるのだ。
「拓哉、これからデートしよう」
「今から?」
「今から!」
これまでの熱い想いを思い出してもらうには、デートしかない。
しかし、拓哉は嫌そうな顔をした。
その時私は気づいた。
もう、拓哉の心に、私はいないんだと……
そう思った時、私の目から涙がこぼれる。
「ちょっと待て咲夜。
なんで泣いているんだ」
「グス、だって拓哉、私の事が嫌いに――」
「ならないから、誤解だから!」
「じゃあ、なんで?」
「何でって……
まだ授業が残ってるから……かな」
「あー」
ああ、授業ね。
そういえばまだ学校終わってなかった。
「じゃあ、学校終わったらデートしてくれる?」
「分かった。
一緒に帰ろう」
「本当!?
やった」
私は嬉しさのあまり、拓哉に抱き着く。
「おい、咲夜。
みんなが見てる」
「学校が終わるまで拓哉をチャージする」
「いや、それは……
はあ、授業が始まるまでに帰れよ」
そう言って拓哉は、大人しく抱き着かれてくれる。
私は何を怖がっていたのだろうか?
拓哉はこんなにも優しいのに。
もし嫌いならこんな事をさせてくれるわけがない。
倦怠期というのは私の気のせいみたいだ。
これからもずっと一緒にいられることが何よりも嬉しい。
私が安心して拓哉分を補充していると、クラスの話し声が聞こえる。
「またあの二人やってる」
「お熱い事で」
「ホント、飽きないのかね」
「俺たちは飽きたぞ」
「ここまで来ると逆に気にならないな」
「二人がイチャイチャするのは、もはやこのクラスの日常風景だな」
鏡の前に立って、髪型をチェック。
次は、腹から声を出すことを意識して「あー」と発声。
うん、いい調子だ。
これなら大丈夫だろう。
大事な場面で声が裏返ったりしたら、大変だからね。
私は鏡の前でポーズを取る。
自分はインテリでミステリアスな女。
イメージを守るための努力は欠かせない。
失敗は許されないのだ。
大きく息を吸って、決められたセリフを言う。
「えー、好きな色ですか?
そうですね、『色即是空』、かな」
よどみなく言えた。
完璧だ。
これでみんなの心を鷲掴みに――
「私の部屋で何やってるの、百合子……
おかしくなったの?」
だが後ろから冷たい言葉が投げつけられる。
そんな人の心が無い言葉を吐く奴は誰だ!
振り向けば、友人の沙都子――この部屋の主――が、私の事を困惑して見つめていた。
家に遊びに来たはいいが肝心の沙都子がいなかったので、勝手に上がって一人で遊んでいただけなんだけど……
それにしても沙都子の困惑顔、面白いな。
少しからかってやろう。
「もう一度聞くわ、百合子……
あなた、何をしているの」
「アイドルのインタビューの練習」
「アイドル?
あなたスカウトでもされた?」
「されてないよ」
「じゃあ、アイドルになりたのかしら」
「全然」
「……じゃあ、演劇部の練習とか?」
「私は運動部一筋だよ」
私の言葉に、沙都子の面白い顔が、さらに面白くなっていく。
「前々からおかしいとは思っていたけど、暑さでさらにおかしくなったようね。
でも安心して、いい医者を紹介するわ」
「きっとよくなるわ」と優しい笑顔で私を諭す沙都子。
あれ?
もしかして本気で心配されてる?
ふざけただけなのに、本当に医者を呼ばれそうだから、私ははっきりと否定する。
「待って、沙都子。
私は正気だよ」
「正気じゃない人はみんなそう言うのよ……」
「だから大丈夫だってば!
私の目を見て!」
私が顔をずいっと近づけると、意を汲んだ沙都子は私の目をじっと見る
「……本当ね。
いつものふざけた目だわ」
「誤解が解けて良かったよ」
『それはそれで失礼じゃない?』と思いつつも、私はそれ以上言わなかった。
冗談か本気か分からないボケをやった私が悪いのだ。
人を笑わせるって難しい。
「それで?
なんで突然役に立たないインタビューの練習をし始めたの?」
「最近やってる、ソシャゲのアイドルゲームが面白くってね」
「そう……」
沙都子は呆れたような顔をした。
「ところで色即是空の意味を知っているの?」
「ククク、分からん」
「分からないのに使ったの?」
「……一応調べたんだけど、難しすぎる
『この世界は実体が無く、全ては無である』みたいな意味想像していたのに、詳しく調べたら、因果とか煩悩とか執着とか悟りとか出てきて、私の理解の範疇を超えた……
これ多分、仏教の極意とかそういう物だよ
軽率に使っちゃいけないやつだ」
「そういうあなたは軽率に使ったじゃないの……」
沙都子は大きくため息をつく。
ゴメンね、面白いこと言えなくて。
「まあいいわ。
それで、オチは何?」
「無いよ」
「無いの!?
オチがあるから、この話題振ったんでしょ?」
「勢いで何か出てくるかなって思ってたけど、ダメだった」
いやー、いつもはうまくいくんだけどね。
ほんと、何もないところからポロっと、実体というか、何かか出てくるんだけどね……
こういう事もあるさ。
こうして、私と沙都子の中身の無いやり取りは終わりを告げ――
「ダメよ、なにか面白いこと言いなさい」
「ええー」
告げなかった。
沙都子が許してくれなかった。
やっぱ難しい言葉は軽率に使うもんじゃない。
「無理だって。
なにも出てくないもん」
「はあ、仕方ないわね。
さっきのアイドルごっこ、もう一度やりなさい。
つまんなかったら罰ゲームね」
「暴君だー」
私は、『色即是空』という存在しないアイドルグループの物真似をやらされた。
まったく中身のない物真似だったが、沙都子は大層ご満悦なのであった。
というか沙都子の命令の根拠も無いよね。
なんでそんなのに従ってるんだろう、私……
もしかして私には自分というものが無い……?
私即是空。
『あなたがいたから』
「やっと着いた……
ここが最深部かな?」
私の名前は、リリィ。
冒険者をやっている。
誰も攻略したことが無いと言われるダンジョンの噂を聞き、ここまでやってきた。
ダンジョンに眠る金銀財宝を独り占めしようと、このダンジョンにやって来た。
「ハイ、ココガ最深部デス」
そして私の周りをグルグルまわる、珍妙な生き物はナヴィ。
このダンジョンの入口にいて、それからずっと私に付きまとっている。
自称『このダンジョンのナビゲーター』。
正直に言うと、私は信じていない。
ナビゲーターなんて他のダンジョンで見たことないからだ。
けれど、ここまで力を貸してくれたのは事実。
それでもって話してみるととても面白い。
悪い奴ではなさそうなので、とりあえず信用することにしたのだ。
そして『ナビゲーター』を自称するだけあって、このダンジョンには詳しく、ダンジョンに仕掛けられたトラップや仕掛けを事前に察知することが出来た。
そしてナヴィの力を借り、今私はダンジョンの最下層まで来ることが出来た。
感謝してしきれない恩がある
「感謝するよ、ナヴィ。
あなたがいたから、このままで来れた」
「お安い御用デス」
「コレが終わったら、もっと話しようね」
「タノシミデス」
ナヴィは嬉しそうに私の周りを回る。
彼?の事はよく分からないが、感情というものはあるらしい。
まるで子供の様にはしゃぐ様を見て、私も嬉しくなる。
だけど、感傷に浸るのは後。
目の前の事を終わらせてからだ。
「ジャア、りりぃ、ソノ扉ノアケテクダサイ。
コレガ最後デス」
「分かった」
ナヴィい言われた通り、ゆっくりと部屋の扉を開く。
そこにいたのは……
「クククッ。
封印を解いて下さり、ありがとうございます。
強力な封印でこちらからは開けることが出来なかったのですよ……」
部屋の中には男がいた。
しかし、その男は禍々しい魔力を放ち、ただの人間ではないことを示していた。
「私は人間が魔王と呼ぶ存在。
あなたのおかげで、私はここから出ることが出来る……」
私は男の言葉に耳を疑う。
魔王だって!?
「魔王が、なんでこんなところに!?」
「昔、世界を支配しようとして、失敗してしましてね。
ここに封印されていました」
私は背中に冷たいものを感じた。
お金持ちになろうとして、逆に魔王の封印を解いてしまうとは……
絶対怒られる奴だよ。
「ちょっとナヴィ、こんなのいるって聞いてないよ――
ナヴィ?」
『なぜ魔王がいることを黙っていたのか』
そう問い詰めようと振り返るも、ナヴィの姿がどこにもない。
どこに行った?
「魔王!
ナヴィをどうした!?」
「分かりませんか?
あなたがナヴィと呼ぶ存在は、私の使い魔……
私とあなたはナヴィを通じて話していたのですよ、リリィ」
「そんな……」
私はまんまと魔王の口車に乗り、封印を解いてしまったわけだ。
何が『悪い奴ではなさそう』だ。
くそ、自分が不甲斐ない。
「封印を破ってどうするつもりだ!」
「まずは世界を支配します。
あなたがその気なら一緒に支配しませんか?
不意員を解いた礼というやつです。
相応の地位を約束しましょう」
「ふざけるな」
私は腰に携えた剣を引き抜く。
伝説の剣ではないが、これで戦うしかない。
どこまで行けるか分からないが、出来る限りの事をしよう。
「私は世界征服なんて興味は無い。
刺し違えてでも、魔王を倒す」
「これは困りましたね。
私はあなたの事を気に入っているのです。
我が傘下に入っていただけませんか?」
「くどい」
「ふーむ」
魔王は本当に困ったように腕を組む。
見る限り、本当に困っているように見える。
なんか調子が狂うな。
「分かりました。
世界を征服するのはやめにしましょう」
「は?」
またしても耳を疑う。
コイツの言っていることが理解できない。
「からかっているのか?}
「いえ、本心です。
実を言うと、最初はあなたの事を道具としか思っていませんでした。
しかし、このダンジョンの中だけとはいえ、とても楽しかった。
そして気づいたのです。
貴方がいたから楽しかったのだと……
ですので、あなたが隣にいない世界征服など興味はありません」
「えっと、つまり?」
「私があなたの傘下に入ります。
何なりとご命令を……
私の事は……
そうですね、以前の様にゲータとお呼びください」
魔王――ゲータの言葉に衝撃を受け、私は剣を落としてしまう。
「待って待って。
魔王が復活したとなったら、他の人たちが黙ってないよ。
また封印されるだけだよ」
「確かに……
私があなたに従うと言っても、誰も信じないでしょうね」
「そういう事ではなく……」
ゲータはまたも腕を組んで悩み始めた。
しばらく悩み、ぱあっと顔が明るくなる
「ではこうしましょう。
私があなたに婿入りします」
「どういうこと!?」
「魔王が人間の家庭に入ったとなれば、すくなくとも表面上は敵対の意思が無いと分かるはずです」
「そうかなあ?」
「そして世界に知らしめるのです。
私たちは結婚すると!」
「話聞いてねえし」
お、おかしい。
ダンジョンに潜ってたらいつのまにか結婚することになってしまった。
なんでこうなった……
「結婚は大げさすぎる。
私は世界が平和ならそれでいいんだ」
「なら別にいではないですか……
披露宴に呼んだ各国の王や重臣たちは、こう言ってくれるはずです。
「魔王が復活を許したが、貴方がいたから今日も世界は平和のままだ』とね」