G14

Open App

           1

『人魚の肉を食べると不死身になれる』
 人魚にはそんな伝説が日本各地に残っている。

 俺は伝説に聞く人魚を捕まえるため、とある海岸にやって来た。
 この海岸では、人魚の目撃情報が多数あるのだ。
 捕まえる目的はもちろん、食べて不死身になるため。
 俺には不死身になりたい理由がある。

 俺はこれまで会社に人生を捧げた。
 入社から定年まで45年。
 何も疑いもせず、会社のために身を粉にして働いた。
 だが定年の身になって、初めて思ったのだ。
 『仕事だけの俺の人生、一体何だったのか』と……

 俺は怖くなった。
 若い頃、年相応にやりたいことがたくさんあった。
 けれど『今はまだ我慢の時』と仕事に没頭して、いつのまにかやりたい事が合った事すら忘れてしまった。
 だが、実行に移そうにも、そんな体力はどこにもない。

 だから、俺は人生をやり直すため、人魚を食べることにした。
 不死身になれば、体力が無くとも時間をかけることが出来る。
 俺は、人魚を食べて不死身となり、やりたかったことに挑戦すると決めた。

 だが相手は伝説の人魚だ。
 捕まえるのには長丁場となるだろう。
 入念な準備と食料を用意し、海岸へ張り込んだ。
 俺が死ぬのが先か、人魚を捕まえるのが先か……

 と思っていたのだが、一日目であっさり捕まえることが出来た。
 あまりの簡単さに、伝説は嘘ではないかと思い始めた。
 こんなに簡単に不死身になれるわけがない。

 だが食べた途端、体が見る見る若返った。
 また久しく感じていなかった、とてつもない気力が、自分の中に生まれたことを感じる。
 正直眉唾だったのだが、伝説は本当だったらしい。

「よし、これで不死身だ。
 やりたいことやりまくるぜ」
 仕事に夢中で出来なかったあれやこれや……
 不死身になった今、俺には時間が無限にある。
 俺の人生は、ここから始まるのだ。


          2

 一年後。

 飽きた。
 飽きてしまった。
 不死身に飽きてしまった。
 
 不死身になった後、『やりたい事』がたくさんあった。
 だがいざ不死身になって、有り余る時間を手に入れた瞬間、『やりたい事』に魅力を感じなくなってしまったのだ。
 とはいえ、時間がある。
 しかたなく幾つかをやってみたものの、『こんなもんか……』以外の感想が出てこず、何も面白くなかった。
 こんなものかとゲンナリして、それっきり何もせず怠惰に過ごした。
 そうしてほとんど『やりたい事』をやらず一年が過ぎてしまった。

 こんなはずではなかった。
 俺は不死身になって、バラ色の人生を送るはずだったのに、なぜこんなことになってしまったのか。
 俺にもう『やりたい事』はない。
 これからの人生、一体どうすれば……

「はあ、不死身もういらねえな。
 返品出来ねえかな……」
「飽きるの早くありません?」
 俺の飽き性に苦言を呈するものがいた。
 食べた人魚の幽霊である。
 もちろん俺を食べた恨みを持つ悪霊なのだが、別に害は無いので放置している。
 だが今俺は暇でしょうがなかったので、話に乗ることにした。

「はっ、魚風情が分かってないな。
 こういうのは、いつでも出来ないから面白いんだよ」
「そういう物ですかね?」
「そういう物だ」
 会話が途切れる。
 お互いに会話を続ける意思が無いのだから仕方がない。

 このままふて寝しようとしたとき、人魚のやつが爆弾発言をした。
「そうだ、あなたに伝えたいことがあったんです」
「伝えたい事……?」
「あなたの様に、人魚の肉を食べて不死身になった人間たちのデスゲームが始まります」
「デスゲーム!?
 聞いてないぞ。
 なんで言わなかった」
「会話をしようとしなかったじゃないですか」
「確かにそうだが……」
 痛いところを突かれ、少しバツが悪くなる。
 もうちょっと会話すればよかったな。

「それで?
 なんでデスゲームしようとするんだ?」
「暇つぶしらしいです」
 人魚の他人事のような発言に、俺は首を傾げる。

「暇つぶし『らしい』?
 『らしい』ってなんだ?」
「あなた方の様に不死身になった方が、『何か面白い事をやる』といってデスゲームを始めるようです」
「どこで聞いたんだ?」
「悪霊ネットワークです。
 我々がここに集まり、情報交換しているんです」
「なんだそれ……
 だが興味あるな」
「悪霊ネットワークに入りたいなら、非業の死を遂げる必要があります」
「そっちじゃねえ、デスゲームの方だ」
 面白い事=デスゲームというのは、少々意見したいところがある。
 だがデスゲームというのは、とても興味を惹かれる。

「あんたを食ってからというもの、多少の傷はすぐ直るようになった。
 普通だったら死ぬような傷も、一日で治る……
 そんな奴らが集まって殺し合いっていうのは、なかなか面白そうだ」
「血の気が多いですね」
「若くなったからか、気持ちも若い時のまんまだな」
「まあ、気に入ったのなら何より。
 私も、貴方が無残に殺されるところを見るのが楽しみです。
 ああ、私は何もしませんし、出来ませんのでそのつもりで」
「はっ、頼まれても手出しさせねえよ。
 ククッ、不死身同士の殺し合い。
 楽しみだぜ」


           3

 一年後。

「おい、デスゲームとやらはまだか」
 俺は人魚の幽霊に向かって怒鳴り散らす。
「いったいいつまで待たせる気だ」
「その内、始まるそうです」
「『その内』っていつだよ?」
 俺が怒り心頭で、幽霊を睨みつけるも、奴はどこ吹く風だった。

「私には何とも。
 主催者の方が、その内やるって言ってただけなので」
「ふざけんな、暇で死にそうだ。
 どうなっている?」
「そう言われましても……
 主催者がその内としか言わないので」
「そいつ、やる気なくなったとかじゃないよな」
「分かりません。
 まあ、気長に待ちましょうや。
 我々には時間がいくらでもあるんですから」
 

6/25/2024, 1:37:26 PM