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『子供の頃は』

「婆ちゃん、遊びに来たよ」
「百合子かい?
 相変わらず騒がしい子だねぇ」
 私は親に連れられて、久しぶりに婆ちゃんの家に遊び来た。
 縁側で気持ちよさそうに日向ぼっこしていた婆ちゃんは、一瞬だけ私に顔を向けた後、すぐに別の方を向く。

 久しぶりに孫が遊びに来たいうのに、冷たい態度をとる婆ちゃん……
 私は知ってる。
 婆ちゃんは、私が来た事をとても嬉しく思っている事を。

 婆ちゃんは、とても自分に正直で、本当に興味が無ければ振り向きもしない。
 だから挨拶を返す、というのはそれだけで親愛の表現なのだ。
 その証拠に婆ちゃんの『しっぽ』は、嬉しそうにゆっくりと左右に揺れている。

 そう、婆ちゃんは人間ではない。
 長生きして猫又となり、言葉が話せるようになった猫、それが婆ちゃん。
 ただ、人間の言葉が話せるようになっただけで、他の所は何も変わりは無い。
 昔話の様に尻尾が二つに別れてている訳でも、不思議な力が使えるわけでもない。
 ただ人間の言葉を話すことが出来る、不思議な猫なのだ。

 そして、『婆ちゃん』と言っても別に血のつながりがあるわけじゃない。
 私はちゃんと人間の婆ちゃんがいる(こっちは『ババ』と呼んでいる)
 私のお父さんが生まれる前、ジジとババがこの家に引っ越して来た時に、当たり前のように居たらしい。
 最初は言葉を話せることに驚いたらしいけど、『おもしろそう』だから一緒に住むことにしたそうだ
 ……ジジとババは心臓に毛でも生えてんのか?
 それはともかく、私はジジとババの家に遊びに来るたびに、こうして婆ちゃんとお話しているのだ。

「婆ちゃんも相変わらず、物ぐさだよね。
 孫が遊びに来たんだから、もう少し歓迎してくれても良くない?
 具体的にはお小遣いちょうだい」
「生意気言うようになったね、百合子。
 子供の頃はあんなに可愛かったのに、どうしてこんなに擦れちまったのかね」
「婆ちゃん、それは違う。
 私は今でも可愛いよ」
「……本当になんでこんな子になったんだろうね。
 母親の教育が悪いのだろうかね。
 ちょっと言っておかないと……」
「婆ちゃん、それ悪い姑ムーブだからやめな。
 まあ、どうせ面倒臭くなって、言わないんだろうけどね」
 婆ちゃんはバツが悪そうに、顔を洗い始める。
 図星だったらしい。

「子供の頃と言えば……
 婆ちゃんの子供の頃ってどんな感じだったの?」
「そうさね……
 あたしの子供の頃は、そりゃもう可愛い可愛いと言われて、あっちこっちに引っ張りだこだったよ。
 江戸一番の美猫と言われたもんさ」
「えー、婆ちゃんいくつなのさ。
 江戸ってかなり昔の話だよ。
 えっと……」
 私はスマホを取り出し、東京の歴史をパパっと調べる。

「1868年に東京に改名だから……
 うそ、最低でも150年生きてるの!?」
「もうそんなに経ったのかい?
 15年くらいの話だと思うんだけど……」
「婆ちゃん、それ私が生まれた年だよ」
「そうだったかの」
 にゃおと、婆ちゃんはおかしそうに笑う。
 婆ちゃんにとって、時間の長さはあまり気にならないみたいだ。
 まあずっと寝てるしね。

 婆ちゃんは、おもむろに立ち上がって背筋を伸ばした後、私の膝の上に歩いてきて座る。
 私が遊びに来た時、婆ちゃんはいつも膝の上に座る。
 婆ちゃんにとって、私の膝の上は特等席なのだ。
 そして私が、膝の上の婆ちゃんを優しくなでると、婆ちゃんは喉をゴロゴロ鳴らし始めた。

「こうして見ると、婆ちゃんってちっちゃいよね」
「なんだい、急に……
 猫の大きさはこんなもんだろう?」
「そうじゃなくって……
 ほら、私が子供の頃、婆ちゃんが膝の上に座ったとき、狭そうにしてたから」
「ああ、確かに今のほうが座りやすいね。
 人間の成長の早いこと。
 まあ、あんたは体ばっかり大きくなって、中身は子供のままだけども」
「中身だけじゃなくて、体も子供になりたいなあ。
 子供の頃は可愛いだけ言ってもらえるのに、最近は勉強しろって怒られるんだ」
 私の言葉に、婆ちゃんは器用に溜息を吐く。
 猫ってため息を吐くんだ。

「百合子、あんたもいい加減に大人になりな。
 あたしは心配でしょうがないよ」
「婆ちゃんは子供の頃に戻りたくないの?」
「戻りたくないね。
 だって百合子に『婆ちゃん』って呼んでもらえなくなるからね」

6/24/2024, 1:37:47 PM