誰にも言えない秘密
誰にも知られたくない、知られたら死んでしまう。
そんな秘密、誰もが持っていることでしょう。
全てを公開し自分には何一つ隠し事がないという人間はいません。
いたとしても誰も信じることは無いでしょう。
墓場まで持っていく秘密の一つや二つ持っているというのが、普通の人間というものです。
え?
そんな自分には秘密なんてないって?
そんなわけありませんよ。
例えば、あなたの14歳ごろに書いたノート……
あ、顔が変わりましたね。
つまりそういう事です。
そんなわけで、誰もが秘密を持っているのですが、それをみたいと思うのが人のサガ。
特に知りたいわけでもないが、秘密だからという理由で命をかける人もいますね。
隠してあるから暴く。
これは人の罪と呼ぶべきものかもしれません。
そんな人の習性に目をつけたカンベイというものがいました。
カンベイは三度の飯よりお金が大好き。
秘密を見せることで、なにか金儲けができないかと考えます。
そうして思いついたのが、秘密を売り買いするヒミツ屋。
ヒミツ屋では、お金を払って秘密を売ってもらい、そしてお金をもらってその秘密を見せる。
これはいい考えだと、カンベイは今までの貯金をすべて使い、カンベイはヒミツ屋を開きました。
ヒミツを買ってヒミツを売る。
その思惑は大当たりし、ヒミツ屋は連日大繁盛でした。
◆
そしてある日のこと、珍しく客が来ない静かな日でした。
連日大繁盛だっただけに、妙に落ち着かない気分でしたが、「こんな日もあるさ」と気楽に本を読んでいました。。
そしてのんびり本を読んでいると、従業員が騒ぎ始めたことに気づきます。
騒ぐ従業員を一言注意しようと顔を上げると、店の入り口に女性が立っていることに気づきました。
「ごめんくださいまし」
「へえ、……らっしゃ……い」
カンベイが思わず言葉を失います。
やってきた客はこの辺りでは有名な、おツルという女性でした。
おツルはたいそうな美人で、お金にしか興味がないカンベイでさえ見惚れるほどです。
ですがカンベイも商売人。
やってきた人間を区別することはありません。
首を振って、邪念を払いおツルを案内します。
「へえ、らっしゃい。
秘密をお売りで?
それとも買いに?」
おツルに見とれたことなど無かったかのように、笑顔をつくります。
カンベイの問いにもじもじしながらも、おツルは答えます。
「えっと、その……
秘密を売りに……」
その答えに、カンベイははしめしめと思いました。
おツルは誰も知る有名人。
そんな有名人が秘密を売ったとなれば、人々の口の端に登り、この店はさらに繁盛することでしょう。
人間は秘密の中でも、特に有名人の秘密を有難がるのです。
「わかりました。
ではこちらへ」
ですがカンベイは眉一つ動かさず、おツルを先導します。
表情をだせば、足元を見られる。
長い商売で、それがよく分かっていたのです。
おツルも、自分を見て騒ぎ立てないカンベイに、信頼のようなものを感じていました。
「ここです」
そういってカンベイは、部屋のふすまを開けます。
その部屋は、畳二畳ほどの広さで、真ん中には何かの機械が置いてありました。
「では少し説明を。
これは海外から取り寄せた最新の蓄音機です」
「蓄音機?」
「はいこれに声を封じ込めることで、何度もこの声を聴くことが出来る凄い機械なんですよ」
「そんなものがあるのですか……」
「今からあなたには、これに秘密を話してもらいます。
誰の秘密化は割らないようにしていますが、話していいのは自分の秘密だけです。
他人のものではいけません。
そして我々はお金を払う。
それで終わりです」
「なるほど」
おツルは興味深そうに蓄音機を眺めます。
その目はどこか輝いているように見えましたが、カンベイはそのことには触れませんでした。
「次に、機械の操作の説明を――」
「あの……」
カンベイが説明をしようとしたとき、おツルが言葉をかぶせるように遮りました。
「どうしましたか?」
カンベイは表情を崩さず、おツルを見ます。
「あの、実は秘密を売りに来たわけではないのです」
「と言いますと?」
「これからいう事は秘密にしていただきたいのですが……」
「もちろんでとも。
秘密を売り買いしていますが、私も商売人。
客に秘密にしてほしいと言われるのであれば、誰にも話しません」
「ありがとうございます」
おツルは安心したような声で、頭を下げました。
「実は秘密を覗きに来たのです」
「なるほど」
「実は以前から他人の秘密に興味がありまして……
ですが私が、他人の秘密を覗きに来たなんて噂が広まれば、家族に怒られていまいますし、近所の人にも何と言われるか……
「わかります。
決していい趣味ではありませんからね」
「はい、それで秘密を売りに来たことにして、秘密を覗かせてもらえないかと……
あと、秘密を売りに来たが、やはりやめた、ということにしていただければ……
秘密を売ったとなれば、それはそれで怒られてしまいますから」
「ふむ」
カンベイは腕を組み少し考える素振りを見せました。
しばらくしたあと大きく頷き、おツルを見据えます。
「分かりました。
今回は特別に取り計らいます。
ですがこの事は誰にも口外されないように」
「ありがとうございます」
「いえ、秘密を守るのも大事ですが、客の要求に応えるのも商売というものです。
それでは機械の説明を――」
◆
「またの機会がればお越しください」
「今回は申し訳ありませんでした」
「おかまいなく」
カンベイとおツルは、店先であいさつを交わします。
あの後おツルは他人の秘密を覗き、大変満足しました。
そして秘密がばれないように念入りに打ち合わせを行い、「秘密を売りに来たが、やはりやめた」という設定で部屋から出てきます。
打合せ通り、おツルは申しわけなさそうに店を出去っていきます。
そしておツルが見えなくなるまで見送った後、ため息を吐きました。
これも打ち合わせにあった演技でした。
「俺は奥の部屋で休む。
何かあったら呼べ」
従業員に指示を出し、自分の部屋まで戻る。
そして部屋に一人きりであることを確認し、貴重なビジネスチャンスを逃したカンベイは、残念そうに肩を落とす――
「いやあ、残念残念」
――こともなく晴れやかに笑っていました。
「おツルさんが秘密を話してくれなかったのは残念だったが、問題ない」
カンベイにとって、おツルが秘密を話したかどうかは、そこまで関係ありません。
おツルが『ヒミツ屋に来た』という事実が重要なのです。
周囲には『結局乙類は秘密を売らなかった』ということにしても、噂には尾ひれがつくもの。
いつの間にか、『実はおツルは秘密を売っていて、常連だけ秘密が覗ける』と変化することは、想像に難くありません。
カンベイは、これからもっとヒミツ屋が繁盛するであろうことにご満悦でした。
「それにしても」
とカンベイは誰も聞いていたい独り言をつぶやきます。
「売りに来た人間は数多くとも、誰も秘密を喋らないとは口が堅い
誰にも言えないから秘密ってか?
それだけは計算外だったな」
実はこのヒミツ屋、様々な人が秘密を売りに来たのですが、誰も秘密を売ったことはありません。
おツルの様に本当は秘密を覗きにきたり、あるいは土壇場で怖気づき売ることを辞めてそのまま帰る、そんな事ばかりです。
しかしそうなると秘密が一つもない事になりますが、そこは抜け目のないカンベイ。
きちんと対策を打っています。
「まったく、ここで聞ける秘密が全部俺のでっち上げだなんて、こんな秘密、誰にも言えないな」
『狭い部屋』
私は一人、灯りはろうそく一本の狭い部屋で、静かに目を閉じていた。
私はこれから竜神様の生贄になる。
私を食べていただくことを条件に、雨を降らせてもらうのだ。
最近村では雨が降らない
日照り続きで、作物が育たないのだ。
生きるための水すら無くなりかけたころ、竜神様のお告げがあった。
『若い娘を生贄に差し出せ、そうすれば雨を降らせてみせる』と……
もう後がない村人たちは会議をし、そして私が生贄に選ばれた。
理由は知らないが察しはつく。
どうせ私の化粧がどうとか、服を着崩しているとかだろう。
ていのいい厄介払いだ。
とはいえ今の状況に不満は無い。
私が犠牲になることで、みんなが救われるのだから……
怖くないといえば嘘になる。
家族を残すのも心残りだ。
だがそれ以上に、村のみんなのためになれる事が誇らしかった。
そんなことを考えていると、ふと何かの気配を感じた。
(龍神様でしょうか?)
ゆっくりと目を開けると、そこにいたのは体中に飾りをジャラジャラ付けた、なんというか軽薄そうな青年がいた。
状況から言って、この青年が竜神様だろう。
……だが信じられない。
聞いていた姿と違うのもあるが、目の前の青年はとても軽薄そうで、竜神様とはとても思えなかった。
どうするべきか悩んでいると、青年がこちらに気づき、私の目をじっと見る
「えっと、あんたが村の生贄って事でいいすかね?」
「そうです……」
見た目も軽薄だが、言葉も軽薄だった。
「えっと竜神様ですよね」
すると前の前の彼は、バツの悪そうに顔をしかめる。
何やら言い辛そうな雰囲気だったが、青年は口を開く。
「すいませんっす。
実はその、自分、竜神様?の代理できてまして」
「代理!?」
代理?
なんで代理?
「あの、竜神様はどうなされたのですか?」
聞くと、やはり苦虫を噛み潰したような顔。
軽そうな人?が軽々しく口を開けないような事とはいったい……
「大変言いにくいんすけど、その……詐欺で捕まりました」
「詐欺?」
「簡単に言えば、出来もしないことを出来るように吹聴し、不当に利益を得ようとしたのです」
「まさかそれって……」
嫌な考えがよぎります。
嘘であって欲しい。
だが現実は残酷だった。
「おそらく考えられている通りっす。
竜神と名乗った者は雨を降らせれる事なんて出来ないのに、生贄を要求したんす」
「そんな」
嫌な予感が的中してしまった。
最悪の展開だった。
「なんてこと……
雨が降らない。
みんなが飢えてしまう」
私が床にがっくりと崩れ落ちると、青年はポンと私の肩に手を置く。
「降るんで大丈夫っす」
「……はい?」
ん? この人なんて言った。
「それはあなたが降らせてくれるって言うこと?」
「違うっす。
明日普通に雨が降るっす」
考えが追い付かない。
「何もしなくても降るんすよ、雨。
多分すけど、ただの自然現象を自分の手柄にして、さらに信仰を集めるつもりだったんすね。
偶然を自分の手柄にする。
詐欺の手口っすね」
何を言っているかさっぱりわからない……
とりあえず、どうしても聞きたい事だけ聞くことにする。
「つまり……雨が降るんですよね」
「そうっす。
これは本当は言っちゃいけないんすけど、100年は困らないだけの雨が毎年降るっす。
これ不祥事のお詫びって事で」
「はあ、とにかく雨が降るのならこちらは問題ありません」
雨が降るなら何でもいい。
何でもいいんだ。
「それで、これからどうしますか?」
「うっす。ここから出て村の皆さんに説明するっす。
それが仕事っす」
どうやら青年が
私は青年の頭から足の先まで眺める。
全身奇妙な飾りをつけ、見たことないほどカラフルである。
正直、この人?が神様だと言っても誰も信じないだろう。
私も半信半疑なので、多分間違いあるまい。
それっぽさなら、竜神様のほうが信用できたのだけど……
それも詐欺師の手口か?
「申し上げにくいのですが、そのお姿ではみんな信じないと思います」
「う、仲間のみんなにもそう言われるっす」
言われるんだら、ちゃんとした服装をしなさい。
そう言いたくなるのを堪え、私は一つの提案をする。
「私に言い考えがあります。
私にお任せいただければ、万事うまくやってみせます」
◆
私が部屋を出ると、それに気づいたみんなが駆け寄ってくる。
「おい、何してる。
龍神様がお怒りになるぞ」
「大丈夫です。
龍神様が先程来られ、私にお告げをされていきました」
ざわめく村人たち。
私はそれを意図的に無視し、言葉を続ける。
「龍神様はおっしゃいました。
村のために身を捧げる私の献身に、心を打たれたと……
よって生贄の要求は撤回、雨は明日にでも降らすと言われました。
そして百年は豊富な雨を約束していただきました」
「おお」と歓声が上がる。
これで村のみんなは安心するだろう。
疑っている人もいるだろうが、明日になればすべてわかる。
本当は竜神様は言ってないのだが、あの軽薄そうな青年が言うよりはずっと信憑性があるだろう。
私は本当の事を言ってないが、問題ない。
雨は降るのだから……多分。
「それともう一つ」
嘘ついでに、もう一つ嘘をつく。
「化粧や服の着崩しは、積極的にすべきとも言っていました。
他にも、無くすべき風習があると、仰せつかってます。
そして私を巫女にして、改革を主導せよと。
竜神様は自由な精神をお望みです」
完全な嘘だが、絶対にばれない自信がある。
嘘だと疑う人もいるかもしれないが、何もできまい。
なぜなら、狭い部屋で神と何を話したかなど、私以外に誰も知らないのだから。
『失恋』
「え、お前結婚するの?」
探偵事務所を訪れた俺の古い友人、鐘餅の言葉に驚く。
「まだだよ、今度プロポーズするつもりだ」
「あんだよ、驚かせやがって」
「いや、お前が早とちりなんだよ」
「いや結婚するって言っただろうが」
学生時代に戻ったように、ばかな話をする。
久しぶりに直接会ったが、なかなか楽しいものだ。
「それで、何の用だ?」
「つれないな、バカ話しに来ただけとは思わないのか?」
「それだったら電話やSNSで事足りるんだよ。
直接頼みたいことがあるんだろ?」
「……相変わらず、勘がいいな」
鐘餅はだらけた顔を引きしめる。
「単刀直入に言う。
俺がプロポーズするのを見守って欲しい」
「は?」
なに言ってんだこいつ。
「やだよ、一人でやれ」
「勇気がでないんだ。
ついて来てくれよ」
「ボランティアじゃないんだよ、こっちは!」
今月カツカツなんだ。
鐘餅のヘタレなんぞに付き合っている余裕はない。
「いいじゃないですか、友達なんでしょう」
助手が、淹れたての紅茶を持ってきてやって来た。
奥にいろって言ったのに、なんで出てくるんだよ……
おそらく『プロポーズ』という言葉が聞こえたので、出てきたのだろう。
このコイバナ大好き人間め。
「先生の大事なご友人ですからね。
お茶くらいは出しませんとね」
俺が睨んでいることに気づいて、助手は素敵な営業スマイルを作る。
今日の助手は、猫かぶりモードらしい。
そんなにコイバナが聞きたいのかよ。
男のコイバナなど楽しくなかろうに……
「来なくていいって言っただろ」
助手に『奥にいろ』といったのは、話に邪魔だったからじゃない。
俺は、嫌な汗をかきながら鐘餅を見る。
「おい、なんだあの可愛い子」
「助手だよ」
「助手……
確か、ここの事務所二人でやっているって」
「そうだ」
「くそ、お前ずるいぞ、あんなかわいい子!」
「お前結婚するんだろ
他の女に現を抜かすな」
「それとこれとは別だ」
鐘餅が激高する。
鐘餅は大の女の子好きだ。
しかも……
「お茶をどうぞ」
「ありがとう、それにしてもいいお尻――ぐぎゃ」
助手の尻に伸びようとした鐘餅の手は、助手本人の手によってひねり上げられる。
「助手よ、奥に引っ込んでろと言った意味が分かっただろ」
「すいません先生。
私、軽率でした」
「分かればよろしい。
次は気を付けるように」
「待って待って、痛いから、謝るから、その手を離して」
「……助手、離してやれ」
俺は目で合図すると、助手は不承不承手を離す。
鐘餅は痛みから解放され、息も絶え絶えになる。
だが、理解したくはないが、興奮しているようにも見える。
まさか、そういう性癖か?
「結婚するって聞いたから、少しはまともになったと思ったのだが……
さらにキモくなってないか?」
「言いたくありませんが、きっと結婚詐欺ですよ。
こんな男性を受け入れる女性はいません」
「君ら、酷いこと言うね」
「「自業自得」」
「ぐふ」
鐘餅は精神にダメージをおって、床に倒れ込む。
二度と起き上がらないで欲しい。
「先生、私どうしてもこの人が結婚できるような方には見えません」
「まあ、そうなんだが金はもっていてな
だが金は持ってるが、それ以外褒めるべきところがない
本当に……金だけはあるんだが……」
「気前もいいだろ!」
あ、復活しやがった。
「学生時代、さんざん奢ってやったろ。
忘れたのか?」
「その節はお世話になりました」
「そんでもって、今日も気前の良さを見せてやる。
ほら、依頼料だ」
机の上に札束が置かれる。
この厚み、100万は下るまい。
「では依頼を受けさせていただきます」
「サービスで、助手ちゃんの胸を――」
まあ、鐘餅はくそ野郎だが、当分友達を辞める気はない。
金払いの良さもあるが、友達やるのは刺激的なのだ。
今日だって、キン肉バスターを生で見られるとは思わなかったからな。
◆
「来たぞ」
バーの入口から鐘餅が入ってくる。
数日前に喰らったキン肉バスターの影響はなさそうだ。
……タフだなアイツ。
そして一緒にいる女性は、彼女が例のプロポーズ相手だろう。
聞いてた容姿と一致するので間違いあるまい。
「隣の女性が、噂の彼女さんですね」
助手が、呑気につまみをぼりぼり食っている。
こいつ、一応仕事だって分かってるのか?
「そうだろうな……だが」
「はい、その隣で親し気にしている男性、いったい誰なんでしょうか?」
女性と腕を組んで、歩いてくる男性は一体だれなのか?
遠目であるが、鐘餅も動揺しているように見える。
芽生えた不安を誤魔化すため、つまみを食べる。
食わんとやってられん。
「彼氏ですかね?」
「ベタに弟、とか。
というか弟であってくれ」
幸せを祈るほどアイツの事は好きではないが、さすがに不幸を願うほど嫌いなわけではない。
マジで頼むぞ。
「あ、さっき少し聞こえたんですけど、夫らしいですよ
「アー、キコエナイキコエナイ」
「先生も人の心が残っていたんですね」
「どういう意味だ」
ほんと、助手は口が悪い。
「まあ、あの金餅さんを受け入れる女性ですからね。
男性の方がほっときませんよ」
「だよなあ」
まあ、そんな気がしてたけども。
だって鐘餅だぜ。
よほど器か、包容力のある相手じゃないと務まらない。
「うん?
あの夫婦出ていったな」
「なんか旦那さんがいろいろ察して、何か言ってましたよ」
「普通は察するよなあ……
うわ、背中に哀愁漂ってる」
人が失恋する瞬間を初めて見るが、なかなか心に来るものがあるな。
「それでどうします?」
助手は、自分の方を見て尋ねる。
『励ますか?』と聞いているのだろう
「はあ、仕方ない。
男同士で飲むから、帰っていいぞ」
「安心してください。
黙ってお酒飲むだけですから」
「セクハラされるぞ」
「その時は慰謝料ふんだくってやりますよ」
「やっぱお前帰れ!」
助手を無理矢理帰らせ、俺は静かに鐘餅の隣に座る。
お互い何も言わず、酒を飲み交わす。
言葉などなくても心は通じるのだ。
俺たちは一言も会話することなく、朝まで飲むのであった
『正直』
正直ものしか住んでいないという、村があるという
正直者しかいないため、騙すことも騙されることも無く、誰もが自分に正直に生き、村はまるで楽園のようだという。
そんな楽園のような村に住みたいと、多くの人間が訪れた。
そして『我こは正直ものである』と主張したが、住めるのはごく一部であった。
そういったこともあり、さらに話題になることで、さらに多くの人が訪れたという
ある日、とある男がこの村にやって来た。
もちろん、この村に住むためである。
男は馬鹿正直な人間で、これまでに多くの人間に騙された。
それでも正直なことは美徳であると信じてきたが、ついに限界を迎え、この村こそ自分の場所だと信じ、訪れたのだった。
◆
「ようこそこの村においでくださいました。
今回面接を担当する阿久です。
どうぞ、椅子にかけてください」
男は、面接官に勧められるまま、椅子に座る。
「お名前は……正さんとお呼びしますね。
知っているとは思いますが、この村に住むための条件を説明させていただきます」
「お願いします」
男は真剣な表情で、面接官を見る。
その目には失敗できないという、強い覚悟があった。
「条件はたった一つ。
『正直者である』ということ」
「嘘をついたことはありません」
「素晴らしい。
ですが、自らを正直者と騙って入村しようとするものが後を絶ちません。
そこで我々は希望者に面接をして、この村に住む資格があるか、判断させていただいています
ここまではよろしいですか?」
「はい」
男は大きく頷く。
その男の目には、自身が溢れていた。
「ではいくつか質問をさせていただきます」
「お願いします」
「では一つ目、『嘘をついたことはありますか?』」
「いいえ」
面接官は男の目をじっと見る。
その眼差しは、どんな嘘も見抜くと思わせるほど鋭いものであった。
「素晴らしいですね。
この質問ではほとんどの人が脱落されるのですが、正さんは大丈夫なようだ」
「正直者ですから」
「しかし油断はいけませんよ、まだ質問がありますからね
では次の質問を――」
◆
「最後の質問です」
男は、その言葉を聞き、体に緊張が走る。
これまでは反応が良かった。
しかし、最後まで気を抜けない。
男は失敗できないのだ。
「『大切な人はいますか?』」
「恋人がいました。
しかし破局したので、今は大切な人はいません」
「なるほど。
でも、未練はありませんか?
この村で住むことになると、二度と会えませんよ」
「未練はありません。
会っても話すことはありません」
「分かりました」
面接官は目をつむり、思考に耽る。
男の合否を決めるためだ。
「では、審査の結果をお伝えします」
「はい、お願いします」
「不合格です」
「なぜですか!」
男は椅子から立ち上がる。
「私は、これ以上無いほど正直に話しました。
そこに嘘偽りはありません」
男は面接官を責めるように叫ぶ。
受け答えは完璧だと自負しているからだ。
男の気迫にも関わらず、面接官は涼しい顔で男を見る。
「はい、確かにあなたは嘘をついてません」
「ならなぜ――」
「一つだけ、嘘がありますよね」
その言葉を聞いた瞬間、男は表情を失う。
面接官の言葉は真実だからだ。
「もう少しで騙されるところでした。
嘘がお上手ですね。
しかし私の目は誤魔化せません」
「嘘なんてついて……」
「いいえ、嘘をつきました。
『未練がない』なんて嘘だ」
男は言葉を失い、しばらくの後短い言葉を絞り出す。
「……はい」
「申し訳ありませんが、嘘をつかれる方はこの村には入れません。
お引き取り下さい」
「そんな、この村でも駄目だなら、私の居場所なんて、どこにも……」
「その通りですよ、正さん。
嘘をつく方には、どこにも居場所なんてありません」
「そんな」
「特に自分の心に嘘をつかれる方はね……」
「これからどうすれば」
男は椅子に崩れ落ちる
「ですが、チャンスはあります」
「え?」
「自分の心に正直になるのです」
「それは……」
「ええ、この村に住めるという事ではありません。
正さんは嘘をつかれてしまいましたから」
面接官は大きく深呼吸をする。
「もう一度、恋人に会うのです」
「会ってどうすれば……」
「簡単です。
会って謝り、自分の心を正直に話すのです」
「でも……」
「はい、許してもらえないかもしれません。
ですが、心の内を洗いざらい話すことで、進むこともあるのですよ。
あなたより、少し長く生きた者のアドバイスです。」
面接官はニコッと笑う。
「もしその後で、どうしてもだめな時は、もう一度こちらに来てください。
我々は、『自分にも正直な方』を歓迎します」
「ありがとうございます」
「がんばってください」
「はい!」
男は深くお辞儀をして、部屋を出ていく。
面接官は一人部屋に残された。
「それにしても」
面接官は誰もいない部屋で、一人呟く。
「本当に、正直者だけが住む村なんてあると思ってるのか。
少し考えれば、ありえないと分かるだろうに」
面接官はひどく残念そうにため息をつく
「正直者の魂はウマいんだが、食いそびれたな。
まさか土壇場で嘘をつかれるとは……」
面接官には悪魔の尻尾がはえていた。
『梅雨』
今週の月曜日の事である。
友人の百合子が、私の部屋に遊びに来たのだが、この日は様子がおかしかった。
いつも『小学生か?』というくらい元気いっぱいの百合子なのだが、妙にしおらしい。
遊びに来たときは、いつも自分の部屋の様にくつろぎ始めるというのに、今日は部屋に入るなり窓際に座り、外を見ながら奇妙な歌を歌い始めたのである。
「ハッピーバースデー 梅ー雨ー。
ハッピーバースデー 梅ー雨ー。
ハッピーバースデー ディア わーたしー。
ハッピーバースデー 梅ー雨ー」
前からおかしい奴だと思っていたが、いよいよおかしくなったらしい。
確かに梅雨の時期だが、この辺りはまだ雨の気配はない。
今も雨どころか曇り一つない快晴だというのに、梅雨の歌を歌う百合子……
やはり様子がおかしい――いや、通常運転か?
いつもこのくらいの奇行はするし……
判断に迷うものの、歌いたいなら歌わせておくことにする。
百合子には物を壊す悪癖があるので、大人しくするならそれに越したことは無い
私には関係ない事だ。
「沙都子」
歌っていた百合子が、急にこちらを向いて私の名前を呼ぶ。
こっちを見ないで欲しい。
どうせ、碌なことにならない。
「なんでこんな歌を歌っているか聞きたい?」
「興味ないわ……」
私は心底興味がないという意思表示に、近くにあった漫画を手に取る。
「しかたないな。そんなに知りたいなら教えてあげよう」
だが私の返事を無視し、百合子が語り始めた。
やっぱりこうなるのか……
「これはね、誕生日と梅雨の歌なんだ」
そのままだった。
わざわざ言うほどの事か?
「私の誕生日に毎年雨が降るから、小さい頃やさぐれて作った」
「えっ」
『なんとなく作った』と言うと思ったら、予想に反した理由が出てきて少し驚く。
心底興味のない状態から、砂粒一つくらい興味が出てくる。
「あなた、誕生日いつだっけ?」
「来週の土曜日。
六月一日」
「なるほど、たしかに梅雨の時期。
たしかに雨になる日は多いでしょうね」
「『多い』じゃななんだよ。
毎年、誕生日には必ず雨が降る」
「毎年?
気のせいでしょ」
「ううん、私が生まれてから毎年。
家にあるアルバムで確認したから間違いない。
ウチは誕生日に写真撮るんだけど、毎年雨が降ってる」
「親にも言質取ったよ」と寂しそうな顔で笑う百合子。
どうにも雲行きが怪しくなってきた。
百合子だけなら気のせいで言い切れるが、まさか物的証拠があるとは……
もし百合子の言った事が事実なら、とても興味深いことだ。
砂粒ほどの興味が風船のように膨らんでいく。
まんまと百合子の話に乗ってしまったことに少しだけ腹立たしいが、それよりも好奇心がを勝った。
「なにか、神様の怒りでも買った?
例えばご神体壊したとか」
「ちょっと待って。
沙都子は私の事、何だと思っているの?」
「破壊神の生まれ変わり」
「ひどい!」
叫んで泣きまねをする百合子。
「でもさ、それは無いと思うよ。
生まれた日から雨降っていたからね」
「じゃあ先祖代々の呪い?」
「雨女体質なのは私だけ」
「うーん、他に分ってることないの?」
「霊能力者とかに見てもらったけど、何も異常なし。
ただただ不思議と言われた」
「なるほど」
気になるがこれ以上、情報が出てこないようだ。
ただ自称霊能力者も多い。
こんど、私のコネで信頼できる霊能力者を探しておこう。
「でもそれって落ち込むような事なの?
確かに気は滅入るかもしれないけれど、不利益があるわけではないでしょう」
「誕生日パーティ開いても誰も来ない」
「……悲惨ね」
百合子のような騒ぐこと大好き人間にとっては、耐えられまい。
「開き直って梅雨系JKユーチューバーで売り出したらどうかと思っているんだけど、どうかな?」
「やめなさい。 すぐに飽きられるだけよ」
「なるほど、梅雨だけに露と消えると……」
「誰がうまい事言えと……
というか、結構余裕ね」
「さすがに15歳に、いや16になるのか……
そこまで来ると諦めの境地に達するんだよね」
「諦めの悪いあなたがそこまで……」
意外と傷は根深いらしい。
「でも安心しなさいな。
今年は私が行ってあげる」
「別にいいよ」
「……あなたね、誕生日会に来て欲しいから話題を振ったんじゃないの?」
「そうは言うけど、土砂降りになることが多いんだよね。
そんなわけだから、期待しない」
「私を見くびってもらっては困るわね。
誕生日は土曜日っていったわね?」
持っていたスマホで天気予報を見る。
「なんだ、その日なら晴れじゃない。
行ってあげるわ」
「ま、期待せずに待ってるよ」
その日はそれで終わり、すぐに百合子は帰った。
もう一度天気予報を確認したが、このとき確かに晴れの予報だった。
次の日に天気予報を見ると、曇りになっていた。
この時点では「そういう事もあるか」と思っていたのだが甘かった。
百合子の誕生日が近づくにつれ、天気は悪化の一途をたどり、そして雨マークがつき、ついに前日に警報が出るまでに至った。
◆
そして現在、土曜日。
百合子の誕生日当日。
「これは駄目そうね」
私は外の様子を見ながら呟く。
「まさかこんなに降るとは……」
外は轟音を立てて雨が降っている。
緊急の用事があっても、外出をためらう雨の強さだ。
なるほど、百合子が『期待しない』というだけの事はある。
「さすがにこれは予想外ね。
最悪を想定していて良かったわ。
ね、百合子」
「うん」
隣で窓の外を見ている百合子が頷く。
私は、土曜日に雨が降ると分かった瞬間から、私の家に泊まらせた。
何が起こってもいいように木曜日から泊まらせていたのだが、金曜日に学校が休校になるほど強い雨だったので正解だった。
あらかじめ百合子の親にも伺いを立てたが、あっさり了承された。
向こうも思うところはあったらしい。
もちろん私が向こうに泊まるという選択肢もあった。
だが私の屋敷のほうが大きく、使ってない部屋があるということで、そこを誕生日会の会場にしたのだ。
「どう?
人生初の誕生日」
私は百合子のために飾り付けた部屋を見渡す。
「がんばって飾り付けたわ」
「別に初めてじゃないよ。
家族とならしたことあるし」
「友達とは?」
「初めてです」
「なら楽しみなさい」
「うん」
百合子は一週間ぶりの満面の笑みを浮かべる。
やはり百合子は、こうでないといけない
「あなたのためにケーキも用意したわ。
どんどん食べなさい」
「沙都子、張りきっているねえ」
「私も意外だったわ」
私も自分の誕生日でも、ここまで張り切ったことは無い。
きっと、新鮮だったからだ。
私も、友人の誕生日会に出るのが初めてだから。
だから私は百合子を喜んでもらうため趣向を凝らした。
まずは最初のサプライズを味わって頂こう。
「早速だけど、見せたいものがあるわ」
「なんだろ……
あっ、誕生日プレゼントだね」
「外れ、あなたの小さい頃のアルバムよ」
「…………へ?」
私は、本棚に入れてった百合子のアルバムを取り出す。
「こっちに泊まらせれるって、あなたの両親に言ったら持ってきてくれたの」
「何してくれてんの、両親!」
「あら、あなたにも天使のような時期があったのね」
「見るなああああ」
誕生日会では、百合子もいつも以上に元気にはしゃいでいた。
私が繰り出すサプライズに口でこそ文句を言っていたが、喜んでいたのはバレバレだった。
最後にプレゼントで欲しいと言っていたゲームをあげた時、泣かれるとは思わなかった。
二人だけの誕生日パーティ。
初めての友人のお誕生日会。
私たちは、外の雨の音をかき消すくらい騒いだのであった。