『正直』
正直ものしか住んでいないという、村があるという
正直者しかいないため、騙すことも騙されることも無く、誰もが自分に正直に生き、村はまるで楽園のようだという。
そんな楽園のような村に住みたいと、多くの人間が訪れた。
そして『我こは正直ものである』と主張したが、住めるのはごく一部であった。
そういったこともあり、さらに話題になることで、さらに多くの人が訪れたという
ある日、とある男がこの村にやって来た。
もちろん、この村に住むためである。
男は馬鹿正直な人間で、これまでに多くの人間に騙された。
それでも正直なことは美徳であると信じてきたが、ついに限界を迎え、この村こそ自分の場所だと信じ、訪れたのだった。
◆
「ようこそこの村においでくださいました。
今回面接を担当する阿久です。
どうぞ、椅子にかけてください」
男は、面接官に勧められるまま、椅子に座る。
「お名前は……正さんとお呼びしますね。
知っているとは思いますが、この村に住むための条件を説明させていただきます」
「お願いします」
男は真剣な表情で、面接官を見る。
その目には失敗できないという、強い覚悟があった。
「条件はたった一つ。
『正直者である』ということ」
「嘘をついたことはありません」
「素晴らしい。
ですが、自らを正直者と騙って入村しようとするものが後を絶ちません。
そこで我々は希望者に面接をして、この村に住む資格があるか、判断させていただいています
ここまではよろしいですか?」
「はい」
男は大きく頷く。
その男の目には、自身が溢れていた。
「ではいくつか質問をさせていただきます」
「お願いします」
「では一つ目、『嘘をついたことはありますか?』」
「いいえ」
面接官は男の目をじっと見る。
その眼差しは、どんな嘘も見抜くと思わせるほど鋭いものであった。
「素晴らしいですね。
この質問ではほとんどの人が脱落されるのですが、正さんは大丈夫なようだ」
「正直者ですから」
「しかし油断はいけませんよ、まだ質問がありますからね
では次の質問を――」
◆
「最後の質問です」
男は、その言葉を聞き、体に緊張が走る。
これまでは反応が良かった。
しかし、最後まで気を抜けない。
男は失敗できないのだ。
「『大切な人はいますか?』」
「恋人がいました。
しかし破局したので、今は大切な人はいません」
「なるほど。
でも、未練はありませんか?
この村で住むことになると、二度と会えませんよ」
「未練はありません。
会っても話すことはありません」
「分かりました」
面接官は目をつむり、思考に耽る。
男の合否を決めるためだ。
「では、審査の結果をお伝えします」
「はい、お願いします」
「不合格です」
「なぜですか!」
男は椅子から立ち上がる。
「私は、これ以上無いほど正直に話しました。
そこに嘘偽りはありません」
男は面接官を責めるように叫ぶ。
受け答えは完璧だと自負しているからだ。
男の気迫にも関わらず、面接官は涼しい顔で男を見る。
「はい、確かにあなたは嘘をついてません」
「ならなぜ――」
「一つだけ、嘘がありますよね」
その言葉を聞いた瞬間、男は表情を失う。
面接官の言葉は真実だからだ。
「もう少しで騙されるところでした。
嘘がお上手ですね。
しかし私の目は誤魔化せません」
「嘘なんてついて……」
「いいえ、嘘をつきました。
『未練がない』なんて嘘だ」
男は言葉を失い、しばらくの後短い言葉を絞り出す。
「……はい」
「申し訳ありませんが、嘘をつかれる方はこの村には入れません。
お引き取り下さい」
「そんな、この村でも駄目だなら、私の居場所なんて、どこにも……」
「その通りですよ、正さん。
嘘をつく方には、どこにも居場所なんてありません」
「そんな」
「特に自分の心に嘘をつかれる方はね……」
「これからどうすれば」
男は椅子に崩れ落ちる
「ですが、チャンスはあります」
「え?」
「自分の心に正直になるのです」
「それは……」
「ええ、この村に住めるという事ではありません。
正さんは嘘をつかれてしまいましたから」
面接官は大きく深呼吸をする。
「もう一度、恋人に会うのです」
「会ってどうすれば……」
「簡単です。
会って謝り、自分の心を正直に話すのです」
「でも……」
「はい、許してもらえないかもしれません。
ですが、心の内を洗いざらい話すことで、進むこともあるのですよ。
あなたより、少し長く生きた者のアドバイスです。」
面接官はニコッと笑う。
「もしその後で、どうしてもだめな時は、もう一度こちらに来てください。
我々は、『自分にも正直な方』を歓迎します」
「ありがとうございます」
「がんばってください」
「はい!」
男は深くお辞儀をして、部屋を出ていく。
面接官は一人部屋に残された。
「それにしても」
面接官は誰もいない部屋で、一人呟く。
「本当に、正直者だけが住む村なんてあると思ってるのか。
少し考えれば、ありえないと分かるだろうに」
面接官はひどく残念そうにため息をつく
「正直者の魂はウマいんだが、食いそびれたな。
まさか土壇場で嘘をつかれるとは……」
面接官には悪魔の尻尾がはえていた。
6/3/2024, 12:09:29 PM