こんにちは。
私、須藤霧子。
『刹那的に生きる』がモットーの、どこにでもいる女子高校生。
だから、学校も気分で行ったりいかなかったりしたんだけど、ついに先生に呼び出され怒られた。
無視しようとも思ったけど、進級できないと言われれば話は変わる。
『刹那の女』の異名を取る私であるが、仲のいい友達と離れる事だけは避けたい。
自由には責任が伴う事を思い知ったね。
明日からきちんと出よう。
そして、楽しく明るい学校生活を送るんだ。
そう決意した翌朝、見事に寝坊した。
私は起き抜けに制服に着替え、朝食のパンを咥え、玄関を出て走り出す。
我ながらベタだなあ、と思いつつも懸命に走る。
今日は遅刻するわけにはいかないのだ。
家から飛び出して全力で走る。
人間追い詰められたら、
このまま行けば間に合うな。
そう頭の中で計算し、遅刻回避の文字が浮かんだ時、それは起こった。
なんと曲がり角から、人が飛び出してきたのだ。
反射的に止まろうとするが、勢いは殺せない。
これは駄目かと、思わず目を瞑ってしまう。
走った勢いのまま人にぶつかり、体が空中に投げ出される。
そして空中に投げ出された私は地面に叩きつけられ――なかった。
恐る恐る目を開けると、私は空中をすーーと飛んでいた。
まるで、アクションゲームなどで当たり判定の処理をミスったキャラクターの様にである……
バグかあ……
そう思った刹那、私の頭に電流が走る。
そして私は思い出す。
前世の事をを。
私はトラックにぶつかって一度死に、この世界で生まれ変わったのだ。
そして、ここはゲームの世界。
タイトルは『パンと少女とファンタジー』という、有名なバグゲーである。
さっきぶつかったのは、この後転校して来るであろう私の運命の相手。
衝突イベントは、ゲームを開始して最初のイベントであるのだが、そこそこの確率でこうして吹き飛ぶ。
本来ならこの後、転校してくる彼との再会イベントが発生するのだけど、彼はぶつかった衝撃で世界のかなたに吹き飛ばされたので学校に来ない。
しょっぱなからこれなのだから、バグゲーとして大いに有名になった。
もちろんバグはこれだけではなく、数多のバグがプレイヤーを待ち構えている。
例えばこの後の転校イベント、当事者がいないためイベントが起きないかと思いきや、彼の代わりに世界を脅かす魔王が転校してくるのである。
本当、何をどうしたらそうなるのか不明すぎて、一時隠しルートではと噂されたほどである。
もちろん、そんなことは無い。
ぶっちゃげそんなイベントに参加したくないので、『刹那の女』としてはサボりたい気持ちでいっぱいである。
だけどこのバグは、常に学校の方に吹き飛ばされ、そのまま窓から教師に直接入り、自分の席に着席、それと同時にHRが始まると言う、悪夢のような流れなのだ。
ほんとどういうバグだよ。
そして、このイベントを無事こなしても、様々な頭の痛いイベントが待っている……
これからの学校生活は不安でしかない
やっぱり、刹那に生きることにしよう。
私は自由の利かない空中で、私は決意を新たにするのであった。
私は親友の沙都子の家で勉強していた。
沙都子は勉強できない私に付き合ってくれる、私にはもったいないくらい出来た友人だ。
だけど私は、そんな尊敬すべき友人のために言わなければいけないことがある。
「ねえ、沙都子。少しいいかな」
「どうしたの、百合子?」
「生きる意味って何だろうね?」
「……百合子、ふざけてないで大人しく勉強しなさい」
「私は真面目だよ!」
私の問いかけに、沙都子はそっけなく返す。
沙都子は、私がふざけていると思ったらしいが、今日はいたって真剣だ。
「沙都子は、今の状況がおかしいと思わなないの?」
沙都子は胡散臭そうな目で、私を見つめる。
あまりの冷たい目に、気後れしそうになるがなんとか踏みとどまり、言葉を続ける。
「今日はゴールデンウィーク初日!
世間ではどこに行こうかってウキウキしてる……
なのに私たちはどう? なんで勉強しているの!?
私たちは華の女子高生! 今と言う瞬間はもう二度と来ない。
遊べるときに遊ばなきゃ、生きる意味なんてないんだ」
考える前に、私の中から言葉が出てきた。
自分で自分の熱さに驚くけど、この想いの熱さならきっと沙都子を説得できるに違いない。
「だから遊びに行こう。 問題集なんてほっといてさ」
届け、私の想い。
そう願いを込めて、沙都子の目をじっと見る。
だが沙都子の目は相変わらず感情の無い目であった。
これダメかな?
「うん、百合子の言いたいことは分かったわ」
沙都子はゆっくりと口を開く。
「確かに私も、今日ここで勉強しているという状況に、思うところはあるわ」
「でしょ」
「ええ。 そして遊びに行くというのも素晴らしい考えだわ」
「うんうん」
沙都子は私に全面的に同意してくれた。
相変わらず冷たい目のままで。
「じゃあ、早速遊びに――」
「でもね……」
沙都子は私の言葉を遮るように、ゆっくりと言い放つ。
「それもこれも全て、あなたがGW前に終わらせないといけなかった課題を一切してなかったからよ」
「うぐっ」
沙都子の反論にぐうの音も出なかった。
バカな……
私の完璧な計画の、唯一の弱点を見破られるとは!
「私、本当は関係ないのよ。
でもね、私言われたのよ。
先生から『コイツは一人じゃ絶対に課題をこなさないだろうから、面倒を見てやってくれ、頼む』って。
申し訳なさそうに……」
「そこは大変申し訳ないと思っております」
本当に、心の底から申し訳ないと思っている。
そして『放置してくれればよかったのに』とも。
放置してくれれば、私も気兼ねなく課題をほっといて遊びに行ったのに。
さすがにそれは言えないけども
「ねえ、答えてくれる?
私も遊びに行きたいのを我慢して、百合子の勉強に付き合っているっていうのに、本人の口から遊びに行こうって誘われるのよ。
どう思う?」
「えっと、少々デリカシー無かったかなと反省しております」
沙都子が怒ってる。
やはりダメだったか。
沙都子は怒らせると怖いんだよな。
何されるか分かんないという意味で……
部屋の片隅にある、『百合子ぶっ殺しゾーン』を横目で見る。
未だにアレが何なのか理解できてないけど、アレを使わせることだけは避けたい。
なんとかフォローをしなければ。
「うん、私もさ、さすがに沙都子に悪いと思っているの。
だから、ほら、遊びに行けば沙都子の気分転換にいいかなと思ってさ」
「だったら早くノルマの分やって頂戴。
そうすれば私も遊びにいけるわ」
「はい」
まっとうな反論に私は大人しく引き下がる。
遊びに行きたがっている沙都子が、『行かない』っていうなら、それ以上何も言うことは出来ない。
私は渋々、積みあがった課題に手をかける。
終わりの見えない問題集に絶望を覚える。
こんなのを解いたところで、なんの意味があるのか?
こんなの解いたところで、『生きる意味』なんて解明できるのだろうか?
唐突で取り留めのない思考が、私の頭の中をぐるぐる回る。
ああ、集中できない。
気分転換したい。
なんでこんなことに。
課題さえなければ、オシャレな喫茶店でケーキを食べる予定だったのに。
「ケーキ食べたい」
心の声が漏れ出る。
ヤバっと思い、沙都子の様子を伺うが、何の反応も無かった。
聞いてないのか、聞かなかったことにしたのか。
どちらにしても助かった。
ならば、私はこのケーキを――じゃない課題を終わらせて、ケーキを食べに行くだけだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「ケーキ食べたい」
「……」
「……」
「……」
「ケーキ食べたい」
「……」
「ケーキ食――」
「ああもう!」
沙都子は突然部屋から出ていく。
やっぱり怒ったか?
部屋で不安に襲われながら沙都子の帰りを待つこと数分。
部屋に戻ってきた沙都子が持っていたのは、ケーキと紅茶のセットだった。
「今はコレで我慢しなさい」
そういって沙都子は、私の前にケーキセットを置く。
「ありがとう」
まずお礼をいってから、ケーキを貪り食う。
ケーキの中の糖分に体が反応し、なんともいえぬ幸福に包まれる。
これだよ、これ。
私が欲しかったのは!
「ちゃんと味わって……
まあいいわ、少し休憩したら続きをするのよ」
「オッケー」
頭に糖分が回り、思考がクリアになる。
すさまじい万能感。
絶望的に見えた課題の山も、今の私ならできる。
そして課題を終わせてケーキを食べに行こう。
俄然やる気が出てきたぞ。
きっと人間って言うのは、ケーキを食べるために生まれてきたのだろう。
これが『生きる意味』ってやつか……
課題ごときが何するものぞ。
私はケーキの甘さを噛みしめながら、少しずつ課題をこなしていくのだった。
仲の良い友人数人と、行きつけの喫茶店に行った。
その喫茶店は、落ち着いた雰囲気で、値段もお手頃なのでよく利用している店である。
そして揃いも揃って金のない俺たちは、全員お得な日替わり定食を頼む。
安さは善。
これからもお得であってもらいたいものだ。
友人と取り留めのないことを話していると、定食が配膳される。
今日の定食は目玉焼きセット。
また目玉焼きに掛けるためなのか、様々な調味料セットも運ばれてきた。
ぱっと見ただけでも、バラエティ豊かな調味料がある。
『まったく、こんな調味料誰が使うんだよ』と思いつつ、醤油を取ろうとしたときに事件は起こった。
「……おい、Bよ。貴様、何をかけた?」
「なんだよ、A。トンチか?」
Bの目玉焼きは既に調味料がかかっていた。
だが――
「とぼけんな。目玉焼きに何かけてやがる」
「何って…… マヨネーズだが?」
「ふざけんな。目玉焼きは醤油一択!
唯一絶対の善! マヨネーズなど悪だ」
「はあ!? Aは醤油でかけるからっていい気になるな。
多数派に迎合した軟弱者め!」
軟弱者!?
Bめ。俺の事を軟弱者だと!
だが正義はこちらにある。
「C、貴様からも言ってやれ」
隣に座っているCに同意を求める。
Cも俺と同じく、目玉焼きに醤油をかけている。
きっと俺に味方してくれるだろう。
だが俺の期待とは裏腹に、返ってきた言葉は予想だにしない言葉であった。
「俺はどうでもいい」
「は?」
『どうでもいいってど、ういうことだ?』
そう問いただそうとCの顔を見れば、非常に穏やかな表情であった。
いや、違う。
Cの表情、これは……哀れみ?
「醤油? マヨネーズ? 馬鹿馬鹿しい。そもそも貴様らは前提が間違っている」
「「前提?」」
思わず、Bと目を合わせる。
Cはいったい何をいっているんだ?
そもそも目玉焼きに前提とかあったか?
「目玉焼きは、そもそも半熟が至高。
今食べている目玉焼きが、固焼きの時点でこの議論の価値は無い」
「「うるせえ! 半熟でも固焼きでも、どっちでもいいだろ!」」
「どっちでもいいとはなんだ。大事だろうが!」
急にCがヒートアップしてきた。
なんでコイツ、焼き加減に情熱をかけているんだ?
「ねえ、みんなやめようよ。 喧嘩は駄目だよ」
「「「お前は黙ってろ。」」」
見かねたDが口を出してくるが、3人で止める。
こいつが目玉焼きにかけているのは、メープルシロップである。
ありえん! ていうか、なんで用意してんの?
議論が白熱する中、Eが何も言わないことに気づく。
そして箸すらつけず、じっと目玉焼きを見つめていた
「おい、E。お前何してんだ?」
「うん、俺目玉焼きが嫌いなんだよ」
「「「「じゃあ頼むなよ」」」」
友人全員が見事にシンクロする。
「だから俺は主張することなんてない。今回はおまえたちに勝ちを譲ってやる」
「「「「情けを掛けんな!」」」」
Eが一番ありえなかった。
「あの、お客様、よろしいですか?」
Eに言い返そうとしたとき、突然声を掛けられる。
声の主を見れば、なんとこの店の店長であった。
「他のお客様がいらっしゃるので、お食事はお静かにお願いします」
俺たちは絶句した。
ここは喫茶店、静かに食事する場所。
決して騒いでいい場所ではない。
つまり、俺たちは異端者を正すという善い事をしているつもりで、周りに迷惑をかけるという悪事を行っていたのである。
現状を正しく認識した俺たちが言って善い事は一つだけ。
「「「「「すいませんでした」」」」」
店長が持ち場に戻った後、俺たちは一言も発することなく、静かに目玉焼きを食べるのだった。
「私たち死ぬまで一緒だよ」
「もちろんさ。この手を離さない」
公園のベンチに座る一組のカップル。
彼らはお互いに手を握り合い、愛を語り合っていた。
だが二人の顔に喜びは無く、思いつめた表情をしている。
ベンチの端に置かれたラジオからは、悲しいメロディーが流れ彼らの悲壮感が際立つ。
「ああ、幸せ」
「僕もだ」
「でも、もうすぐお終いなのね」
その言葉を合図に二人は空を見上げる。
彼らの目に映るのは、視界いっぱいの流れ星。
文字通りの視界いっぱいであり、この数の流れ星など異常というほかは無かった。
「まるで世界の終わりだな」
「うん、でも最後はあなたと一緒でよかったわ」
「僕もだよ」
二人はお互いを見つめ合う。
そんな時、ラジオから流れていた曲が終わり、ラジオから司会の男の声が流れてくる。
「さあ、リクエストの『5年前のあの日』が終わったところで、隕石についての続報だ。
地球に接近していた大隕石<メテオ>は、核弾頭<ホーリー>によって無事破壊。
その破片も問題なく大気圏で燃え尽きたそうだ。
隕石による被害は無し。
素晴らしいね。
では次のリクエスト。
ペンネーム・アルテマさんから『J-E-N-O-V-A』。
さあ、行ってみよう」
司会の言葉と共に、テクノな音楽が流れてくる。
その曲を聞いて、二人は思わず吹き出してしまう。
「これじゃ『悲劇のカップルごっこ』できないね」
「この曲好きなんだけどねー」
二人は腹を抱えて笑い出す。
ひとしきり笑った後、男が口を開く。
「そういえば願い事した?」
「あっ、事忘れてた」
「やっぱり。……でも安心して。俺が代わりにしといたから」
「ありがとう。それで、なんてお願いしたの?」
「うーん、恥ずかしいから内緒」
「話ふっといてそれかい!気になるだろ。吐け―」
そうして二人は鬼ごっこを始め、公園内を走り回る。
いつもの賑やかな公園の風景。
雲一つない青空の下、二人の笑い声が響くのであった。
そして、ところ変わって地球から遠く離れたところの宇宙船。
そこにいる宇宙人たちは、公園のカップルとは反対に悲痛な面持ちで地球を眺めていた。
彼らは自分たちが移住する星を探すために、宇宙を旅する宇宙人。
長い旅の末、地球を発見し、地球を侵略せんと企んでいたのだ。
お察しの通り、あの隕石は宇宙人が差し向けたものである。
彼らは、地球に知性を持った生命体がいることは知っていた。
だが宇宙航行技術すらもたぬ知性体とは交渉の価値なしと判断し、邪魔な地球人を滅ぼすことを決定した。
地球に隕石を落とし、地球の生命を滅ぼした後で、ゆっくり地球を征服する……
その計画は完璧に思えた。
だが失敗した。
なんと地球人が隕石を破壊したのだ。
それもただ破壊するだけでなく、地表に被害が無いように計算をした上で、である。
宇宙人はただ恐怖するしかなかった。
隕石の接近を察知した地球政府が、『この隕石は破壊可能である』というアナウンスをしたことは知っている。
だがそのアナウンスはやせ我慢であり、不可能だと宇宙人は思っていた。
ところが地球人は隕石を軽く破壊した。
宇宙人自身にとってですら破壊困難であった隕石をだ。
もはや、疑う余地は無かった。
あの星の知性体は強力な兵器を保持している。
地球に関わるのは危険だ。
そして宇宙人たちは、万が一にも報復されるのを避けるため、即座に地球から離れることを決断する。
離脱の準備をしている中、一人の宇宙人が最後の破片が大気圏に突入するのを目撃する。
その破片は赤い光の尾を引き、すぐに消える。
それを見て、彼は思いだした。
地球には『流れ星に願いをかける』風習があることを。
『なんと馬鹿馬鹿しい。
流れ星と願いが叶う事は、なんの因果もないただの現実逃避。
これだから未開の星の知生体というものは……』
そう言って、地球人の風習を鼻で笑った彼……
しかし、今の彼は笑うことが出来なかった。
たとえ馬鹿馬鹿しくとも、地球人が現実逃避する気持ちが分かってしまったのだ。
無意味だと知りつつも、彼は流れ星に願う。
現実から目を背けるために、ただ願うしかなかった。
『願わくば、地球人が我々の存在に気づきませんように』
「助かったわ。省吾君。小学生なのに偉いわ」
「いえ、当然の事です」
公園のお掃除を手伝って、大人の人たちからお礼を言われる。
僕はいい子と言われて嬉しくなって、にんまりと笑ってしまう。
僕はいい子だ。
人助けをするし、ルールもどんな時だって守る。
廊下は走らないし、授業中お喋りしない。
挨拶は欠かさないし、誰かが困ってたら手伝う。
交差点では、車が通ってなくても青信号になってから渡る。
ご飯の前にお菓子は食べない、などなど。
だから僕はいつも『いい子』って、周りの大人たちから褒められる。
でも僕がルールを守るいい子でいるのは理由がある。
それはサンタさんからプレゼントをもらうため。
『いい子じゃないとサンタクロースからプレゼントをもらえない』
子供たちならみんな知ってる。
だからいい子でいるんだ。
でも正直なところ、少しだけ『本当に?』とも思っている。
だって、友達やクラスメイトは、普段はルールをあまり守らない『悪い子』なのに、クリスマスが近づいてから『いい子』になる。
それでも、サンタさんからプレゼントをもらえるんだから、不思議だ。
でも、と省吾は思う。
でも、僕は友達の翔君みたいサッカーがうまくない。
でも、隣の席の香織ちゃんみたいにテストで100点をとったことがない。
でも、隣のクラスの健吾君みたいにみんなを笑わせることが出来ない。
だからみんなは、ちょっとくらい悪い子でもいいのかもしれない。
でも自分は違う。
だって他の子みたいに何か出来るわけじゃない。
運動も勉強も、何も出来ない。
だから、僕が唯一出来る事、『ルールを守る』ことで、いい子アピールするしかない。
みんないろんなことが出来るから、少しの間『いい子』でいればいい。
だけど、僕は才能がない。
だから僕はルールを守らないといけないんだ
◆
ある日の夕方。
学校が終わって、いつもの帰り道。
車の通らない交差点に着いたとき、事件が起こった。
道路の向こうで、お爺さんが苦しそうにうずくまっていたのだ。
助けを呼ぼうとしたけど周りには誰もいない。
お爺さんを助ける事ができるのは自分だけ。
急いで道路を渡ろうとした瞬間、信号が赤になってしまった
赤はわたってはいけない。
それがルール。
信号が変わるまで待とう。
そう思ったけど、お爺さんはとても苦しそうに呻いている。
早く助けに行かないと、死んじゃうかもしれない。
でも、信号は変わらず赤のまま。
どうしよう。
僕は迷った。
赤信号を渡るのは、悪い事。
でも、道の向こうで苦しんでいる人がいる。
僕は少し迷って、赤信号を渡ることにした。
怒られるのは嫌だけど、でもお爺さんが死んじゃうのはもっと嫌だ。
僕は左右を見て車が来てないことを確認してから、横断歩道を走って渡り、お爺さんの元に走り寄る。
「お爺さん、大丈夫ですか?」
「ああ、そこのカバンを取ってくれ。薬が入っているんじゃ」
周りを見ると、少し離れたところにカバンがあった。
すぐさま、カバンを拾ってお爺さんに渡す。
「これですか?」
「ありがとう」
お爺さんはそう言うと、カバンの中から水筒を取り出して、薬を飲んだ。
何回か深呼吸した後、お爺さんは僕を見る。
「ありがとう。助かった」
「どういたしまして。 困ってる人が助けないといけませんから」
「ほほ、さすがだね。とてもいい子だ」
いい子、と言われたのに僕の心は嬉しくならなかった。
こんなことは初めてだった。
「どうしたのじゃ? そんな悲しそうな顔をして」
「お爺さんを助けるために、赤信号を渡ってしまったんです。
赤信号を渡るのは悪い子……
このままじゃ、サンタさんにプレゼントをもらえない」
お爺さんは、泣きそうになる僕の頭を優しく撫でてくれた。
「大丈夫、省吾君はとてもいい子じゃ」
「えつ、なんで僕の名前を?」
急に名前を呼ばれてビックリする。
「ほほほ、儂はサンタじゃ。子供のことは何でも知っておる」
「サンタさん!?」
「ほほほ、内緒じゃぞ。クリスマスじゃないのにサンタがいるとみんな驚いてしまうからな」
「分かりました」
確かにみんなを驚かすのはいい子のすることじゃない。
「儂は省吾君は励ましに来たんじゃ」
「えっ」
「省吾くんが最近悩んでいる事は知っておるじゃろう。
確かにルールを守ることはいい事じゃ。
じゃがそこまで必死にならなくてもよい」
「でも……」
「君は人助けができる。それは誰にもできる事じゃない」
省吾君はいい子じゃよ。
そう言ってサンタさんは微笑む。
たしかにサンタさんの言う通り、必死になりすぎたのかもしれない。
不安だったのだ。
けれど、もう大丈夫。
だってサンタさんにいい子だって言ってもらえたから。
「もう大丈夫じゃな」
「はい!」
僕は、大声で返事をする。
やっぱりサンタさんはすごい。
僕の悩みは、サンタさんの言葉で無くなってしまったのだった