私は親友の沙都子の家で勉強していた。
沙都子は勉強できない私に付き合ってくれる、私にはもったいないくらい出来た友人だ。
だけど私は、そんな尊敬すべき友人のために言わなければいけないことがある。
「ねえ、沙都子。少しいいかな」
「どうしたの、百合子?」
「生きる意味って何だろうね?」
「……百合子、ふざけてないで大人しく勉強しなさい」
「私は真面目だよ!」
私の問いかけに、沙都子はそっけなく返す。
沙都子は、私がふざけていると思ったらしいが、今日はいたって真剣だ。
「沙都子は、今の状況がおかしいと思わなないの?」
沙都子は胡散臭そうな目で、私を見つめる。
あまりの冷たい目に、気後れしそうになるがなんとか踏みとどまり、言葉を続ける。
「今日はゴールデンウィーク初日!
世間ではどこに行こうかってウキウキしてる……
なのに私たちはどう? なんで勉強しているの!?
私たちは華の女子高生! 今と言う瞬間はもう二度と来ない。
遊べるときに遊ばなきゃ、生きる意味なんてないんだ」
考える前に、私の中から言葉が出てきた。
自分で自分の熱さに驚くけど、この想いの熱さならきっと沙都子を説得できるに違いない。
「だから遊びに行こう。 問題集なんてほっといてさ」
届け、私の想い。
そう願いを込めて、沙都子の目をじっと見る。
だが沙都子の目は相変わらず感情の無い目であった。
これダメかな?
「うん、百合子の言いたいことは分かったわ」
沙都子はゆっくりと口を開く。
「確かに私も、今日ここで勉強しているという状況に、思うところはあるわ」
「でしょ」
「ええ。 そして遊びに行くというのも素晴らしい考えだわ」
「うんうん」
沙都子は私に全面的に同意してくれた。
相変わらず冷たい目のままで。
「じゃあ、早速遊びに――」
「でもね……」
沙都子は私の言葉を遮るように、ゆっくりと言い放つ。
「それもこれも全て、あなたがGW前に終わらせないといけなかった課題を一切してなかったからよ」
「うぐっ」
沙都子の反論にぐうの音も出なかった。
バカな……
私の完璧な計画の、唯一の弱点を見破られるとは!
「私、本当は関係ないのよ。
でもね、私言われたのよ。
先生から『コイツは一人じゃ絶対に課題をこなさないだろうから、面倒を見てやってくれ、頼む』って。
申し訳なさそうに……」
「そこは大変申し訳ないと思っております」
本当に、心の底から申し訳ないと思っている。
そして『放置してくれればよかったのに』とも。
放置してくれれば、私も気兼ねなく課題をほっといて遊びに行ったのに。
さすがにそれは言えないけども
「ねえ、答えてくれる?
私も遊びに行きたいのを我慢して、百合子の勉強に付き合っているっていうのに、本人の口から遊びに行こうって誘われるのよ。
どう思う?」
「えっと、少々デリカシー無かったかなと反省しております」
沙都子が怒ってる。
やはりダメだったか。
沙都子は怒らせると怖いんだよな。
何されるか分かんないという意味で……
部屋の片隅にある、『百合子ぶっ殺しゾーン』を横目で見る。
未だにアレが何なのか理解できてないけど、アレを使わせることだけは避けたい。
なんとかフォローをしなければ。
「うん、私もさ、さすがに沙都子に悪いと思っているの。
だから、ほら、遊びに行けば沙都子の気分転換にいいかなと思ってさ」
「だったら早くノルマの分やって頂戴。
そうすれば私も遊びにいけるわ」
「はい」
まっとうな反論に私は大人しく引き下がる。
遊びに行きたがっている沙都子が、『行かない』っていうなら、それ以上何も言うことは出来ない。
私は渋々、積みあがった課題に手をかける。
終わりの見えない問題集に絶望を覚える。
こんなのを解いたところで、なんの意味があるのか?
こんなの解いたところで、『生きる意味』なんて解明できるのだろうか?
唐突で取り留めのない思考が、私の頭の中をぐるぐる回る。
ああ、集中できない。
気分転換したい。
なんでこんなことに。
課題さえなければ、オシャレな喫茶店でケーキを食べる予定だったのに。
「ケーキ食べたい」
心の声が漏れ出る。
ヤバっと思い、沙都子の様子を伺うが、何の反応も無かった。
聞いてないのか、聞かなかったことにしたのか。
どちらにしても助かった。
ならば、私はこのケーキを――じゃない課題を終わらせて、ケーキを食べに行くだけだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「ケーキ食べたい」
「……」
「……」
「……」
「ケーキ食べたい」
「……」
「ケーキ食――」
「ああもう!」
沙都子は突然部屋から出ていく。
やっぱり怒ったか?
部屋で不安に襲われながら沙都子の帰りを待つこと数分。
部屋に戻ってきた沙都子が持っていたのは、ケーキと紅茶のセットだった。
「今はコレで我慢しなさい」
そういって沙都子は、私の前にケーキセットを置く。
「ありがとう」
まずお礼をいってから、ケーキを貪り食う。
ケーキの中の糖分に体が反応し、なんともいえぬ幸福に包まれる。
これだよ、これ。
私が欲しかったのは!
「ちゃんと味わって……
まあいいわ、少し休憩したら続きをするのよ」
「オッケー」
頭に糖分が回り、思考がクリアになる。
すさまじい万能感。
絶望的に見えた課題の山も、今の私ならできる。
そして課題を終わせてケーキを食べに行こう。
俄然やる気が出てきたぞ。
きっと人間って言うのは、ケーキを食べるために生まれてきたのだろう。
これが『生きる意味』ってやつか……
課題ごときが何するものぞ。
私はケーキの甘さを噛みしめながら、少しずつ課題をこなしていくのだった。
4/28/2024, 11:11:43 AM